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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
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第109話「だから、」


 第九禁呪の弱点。

 対象のほぼ全身を肉眼で捉えていなくてはならない。

 つまり対象を完全に近い形で『認識』していなくてはならないのだ。

 先ほどは紫黒のゴーレムが邪魔でノイズの姿を捉えられなかった。

 今のノイズは大量の雑音で埋め尽くされた壁で姿を隠している。

 第九の特性は、見抜かれている。


「だろうとは、思ってたけどな……けど――」


 古代術式とやらまで持ち出してくる相手だ。

 致命打となりうる第九禁呪対策を、怠るはずがない。


「はなから第九禁呪だけでどうこうしようなんざ、思っちゃいない」


 俺は『狂い桜』を逆手に持ち替え、自分のわき腹にあてた。

 不可解げにノイズが眉根を寄せる。

 ぐぐっ、と内側へ力を入れる。


「禁呪使い、何を、している?」


 わき腹の肉が裂け、服の生地に血が滲み出す。

 カカッ、とヒビガミが声を発した。


「面白ぇ。そいつは、おれにゃあ思いつかなかった使い方だ」


 ヒビガミが思いつかなかったのは当然だ。

 あいつは強すぎる。

 ゆえに、こんなことをする必要がないから。


「妖刀『狂い桜』は、血を吸えば吸うほど、切れ味を増す刀」


 これからノイズが血を持たぬゴーレムを召喚し繰り出してくるならば、その効果を得るのは難しいだろう。


「なら――」


 さらに内側へと刃を押し込む。


「俺の血を吸わせればいい」


 血を吸った薄桃色の刃に、葉脈にも似た赤い線が伸びていく。

 わき腹にズキッとした痛みが走る。

 だけど……これでいい。

 戦闘に支障が出る重さと『狂い桜』が使えるレベルになる重さを秤にかけながら、ギリギリまで『のせる』。

 さあ、俺の血を吸い、咲き誇れ――『狂い桜』。


「はっ、やっぱあなたって完全にイカれてるわ。それを当たり前のことみたいに躊躇なくやれてしまう時点で、あなたの本能はもう、壊れ切っている」


 嫌悪を帯びたノイズの声。

 俺は刃先をノイズへと流し向け、構え直す。


「地の王は絶望を孕む! 挑み続けし王の願いは叶わず、潰え――」

「あれは……っ! クロヒコっ!」


 マキナさんの声。


「早くその場から離れて!」


 あれは確か、ロキアを拘束した詠唱呪文。


「『地縛潰蛇・闇、噛』……!」


 足元の地面に紫光の線が走った。

 光の筋が上方へ放出される。

 ノイズが勝ち誇った笑みを浮かべる。


「残念。もう、遅――」


 ドガァンッ!

 異形の黒腕で、俺は、思いっきり地面を殴りつけた。

 光を帯びた土塊が殴撃で砕け飛び、宙を舞う。

 地面に描かれた呪文陣が、その光を喪失。


 しかしまだ光を失わずに浮かぶ土塊の一部が、棘を纏った小型の岩蛇へと変化していく。

 岩蛇に形を成した十数ものそれが、襲いかかってくる。

 けれど刀を振るこの右手はあまりに、軽く――


 俺は岩蛇を一匹残らず解体し、すべてを、切り墜とした。


 血を浴びて切れ味を増した妖刀の、敵ではない。


 顔を上げ、ノイズに問う。


「……で?」

「ちっ……やっぱなぁんか苦手だわ、あなた。けどね、禁呪ちゃん? あなた、何か大事なことを忘れてなぁい?」

「……何?」


 見ればノイズがラーフェイスを拾っていた。

 二刀へ戻ったノイズがラーフェイスの刃を横へ滑らせる。

 その刃が示す先には、気を失った……キュリエさん。


「ここであたしがキュリエを盾にしたらどうしましょうかねぇ? なんたってキュリエは、言い換えればあなたの弱点だものねぇ?」


 キュリエさんとの距離はノイズの方が俺より近い。

 今のノイズの速度を考えると、キュリエさんの元へノイズより速く俺が辿りつくのは――厳しい、か。

 ……くそ。


「劇的には定番すぎて、人質の盾ってのはあんまり好きじゃないんだけど……でも、美学のせいで勝ちの材料を使わないってのは、もっと駄目じゃな〜い?」


 岩が砕け弾ける音が、した。


「あら……なんの、音?」


 横たわるキュリエさんの前に、立ちはだかったのは、


「ククク、忘れてもらっちゃ困るぜとか……ここで言ってみるかぁ?」


 憎悪を吐きだしたノイズの口が、ひん曲がった。

 続き、舌打ち。

 そうだった。

 俺とキュリエさん、ノイズの他に、もう一人、この雑音壁のテリトリーの中には人がいた。


「ロキ、アぁっ……!」

「その顔だぜ、ノイズ。オレはテメェのそういう顔が見たかったんだよ」

「あんたねぇ……つくづく、つくづくあんたはあたしの邪魔、ばかり……っ!」

「フハハハハ! しばらく休ませてもらったおかげであのクソ蛇の拘束を解けるくらいにゃ回復させてもらったぜ! 常時オレを傷つけておくのを怠ったテメェの慢心がここで響いたなぁ、ノイズ!?」


 拘束を解く際にズタズタになったであろうロキアの身体は、すでに再生を始めていた。


「よぉ、クロヒコ……何やってやがる?」


 ロキアがキュリエさんのリヴェルゲイトを手に取った。


「とりあえずキュリエのこたぁオレが一時的に任されてやるからよ。このクソみてぇな劇を考えたイカれ女を潰すのは、テメェに任せたぜ。だから心置きなく、この舞台で暴れてみせろよ――」


 リヴェルゲイトを地面に突き刺し、ぐらついた身体を支えながらロキアが言った。


「ここが、テメェの『見せ場』だろうが」


 嗤ってはいるが、ロキアは大量の汗をかいていた。

 息も荒い。

 血色がよいとも言えない。

 いくらか回復はしているのだろうが、それでもあの拘束から抜け出すには相当の力を消耗したはず。


「ありがとう、ロキア」

「気にすんな。この加勢も行き着くとこは打算だ」

「打算でも嬉しいよ」

「クク……だとよ、ノイズ?」

「だからイカれてんのよ、その男……他人からの好意に尻尾を振る豚が……すっごく、目障りだわ」


 キュリエさんとロキアを、ノイズが雑音の壁の中に閉じ込めた。

 これでいよいよこの舞台には、俺とノイズだけとなった。


「何度も言うが――俺はあんたの言葉が、耳障りだがな」


 言い切ると同時に地を蹴る。

 ノイズの腕輪が光を放つ。

 次々と彼女の前方に術式が出現。


「地に堕ちし聖なる騎士たち……穢れ、その肉は腐れ落ち、骨となり――」


 召喚術式から小型種、中型種、合成体、さらには初見のゴーレムまでもが召喚されていく。

 その数、ゆうに現時点で二十は越えるであろう。


「『堕天転写、巡り、四鎧骨』」


 剣を手にした紫鎧の骸骨騎士が斑模様の四つの球体から生成された。

 ノイズ・ディースに命を吹き込まれこの地に生まれ落ちた魔導の兵士たちが、殺意を剥き出しにして吼え猛る。

 その殺意は当然、俺へ向けられている。

 すぅ、と一呼吸する。

 左腕に、力を込める。


「――いくぞ」


 まずは一体、飛び出してきた小型種を左の拳で粉砕する。 

 右腕は刀を振るう。

 合成体を、細切れにする。


「我、禁呪ヲ発ス――」


 奥の中型種を認識。

 詠唱を、続行。


「第九禁呪、解放」


 中型種を一体、第九禁呪で拘束。

 続け、


「――第二界、解放」


 漆黒の槍が、鎖を引きちぎらんと雄叫びを上げる中型種を続けざまに串刺しにした。

 再び詠唱を、開始。

 ノイズは休む間もなく召喚を続行。


「あぁぁああああくそ、もういいわ! 聖樹騎士団の方に回す予定だったゴーレム、ぜぇんぶこっちに、投入よ! ここで禁呪ちゃんを数で押し潰す! 消耗して、消耗して、消耗し尽くせ……禁呪使い!」


 今までの均質なゴーレムと違った姿形や大きさを持った変成体とも呼ぶべきゴーレムが、ずらりと召喚陣から出現。

 さらにそこに小型種、中型種、合成体も追加される。


「あれほどの数のゴーレムを用意しておったとは……あ、あの女、戦争でもおっぱじめるつもりだったのか……?」


 唖然とした様子のシャナさんの声。


 確かに、驚きはする。


 ――だけど、関係ない。


 どれほどの数が来ようとやるべきことは、たった一つ。

 この舞台を潰してノイズの望みを潰えさせる。

 やるべきことは、決まっている。


 最大限に手数を減らす動きを意識しながら、刀を振るう。

 拳で砕き、禁呪を詠唱。

 破壊、

 破壊、

 破壊。

 すべてを、壊し尽くす。

 ディスプレイ越しにノイズが術式を描き始めるのが見えた。

 姿を隠している壁の上方にノイズが術式を描いている。

 なんだか、不思議な並びの術式だ。


「多段術式ですって!?」


 マキナさんの声。


「多段術式? 術式の方面にゃあおれはさほど明るくはなくてな……ノイズが使えたことも、知らなかったが――」


 ヒビガミの声が続き、また、マキナさんの声がした。


「多段術式というのは、重ねた術式を同時発動させることで威力を高める術式のことよ。けど、この国ですらあれを危なげなくやれるのなんて、お父様くらいしか――え?」


 さらにマキナさんが、絶句する気配。


「ノイズ・ディースは、へ、変奏術式まで……使えると、いうの?」

「変奏……術式? わたしもその名は、初めて耳にしますが――」


 セシリーさんの問いに、マキナさんが驚きを残したまま答えた。


「……変奏術式とは、つまりは複合術式のことよ。でも、もし発動に失敗すれば、術式同士の干渉爆発などで使用者に危険が及びかねない上、そもそも効果の確かな術式が生まれる確率自体、一万通りに一つとすら言われている……ゆえに、禁術とも呼ばれているわ。聖素の配分量を少しでも間違えれば自爆しかねない、繊細すぎる術式なの……なのに、それを多段術式と合わせてやるなんて、異常だわっ……多段変奏、術式なんてっ……!」


 十五体目のゴーレムを破壊し、俺は確信する。

 ノイズならばやるだろう。

 問題なく、やるはずだ。


 だけどどんな手を使われようと、俺に止まる選択肢はない。


 詠唱呪文で生成された鎧骨が襲い掛かってきた。

 鎧骨たちにはしっかりとした剣の技があった。

 だけど、届かない。

 まるで、届かない。

 キュリエさんにも、

 ヒビガミにも。


 柄で頭蓋を砕き、

 頭突きで胸骨を粉々に砕き、

 刃で首を切り離し、

 手刀で真っ二つに、骨を砕き割る。


 最後の鎧骨を粉砕した、その直後だった。


「――っ!?」


 何かが、俺の身体を駆け抜けた。

 超音波にも似た音がしたかと認識したその瞬間、何かが俺の身体を貫いたのだ。

 青白い、三本の光線だった。

 一本は肩を、一本はわき腹を、もう一本は頬を、かすめていった。

 そう。

 まるで、レーザー光線のような。

 なるほど。


「今のが、多段変奏術式ってやつ、か」


 熱い。

 痛い。

 だけど、

 だから、


「が……ぐっ……がぁぁああああああああ――――っ!」



 だから――どうした!



 ドガンッ! と変成種を破砕する。


「これで終わりか、ノイズ!? おまえの隠し玉ってのは、この程度か!?」

「しゃらくさいのよこのクソガキがぁ! 貫通する威力があるってことは――当たり所がよければ、殺せるってことでしょうがぁ!」


 再び多段変奏術式を描き出すノイズ。

 盾。

 身体を守る、盾が必要だ。


「我、禁呪ヲ発ス――」


 その間も切り殺し続ける。

 猛り、砕き、殺し続ける。

 迫る。

 ノイズに。


「第五禁呪、解放!」

「くたばれ、禁呪使い!」


 多段変奏術式の光線が放たれた。

 頭に閃きが走る。

 求めに応じてそれは、俺の中に生まれる。


「――第八禁呪、転、界っ!」


 叫びと共に、左腕が第一段階の盾へと戻る。


「――――」

「くそ、が」


 忌々しげなノイズの声。

 三本の青白いノイズが放った光線は、二枚の黒き翼と左手の盾によって、すべて防がれた。

 ……第五禁呪の翼と盾を貫くほどの威力は、ない。


「我、呪イヲ受ケシ身トナリ――」

「あぁ、くそが、ほんとなんなのよあんたはぁ!? ちょっとは怯むとか、そういうのないわけ!?」


「――第八禁呪……第二界、解放っ!」


 再び第八禁呪が、俺の左腕を黒き異形へと造り変える。

 休んでいる暇はない。

 このまま全てを蹴散らし、ノイズへ到達する。

 第五禁呪の羽を広げて、加速。

 ノイズが詠唱を開始する。


「腕を切り落とされし、心優しき巨人! その腕だけを残して、巨なる身体は葬られた! されど死した巨人の怨念は残り、その腕へと宿った! 呪われし腕は暴虐の限りを尽くし、果てに、青天を見上げる! 腕は嘆いた! ああ、今このすべては、虚無であるとっ――」

「あの女一体いくつ詠唱呪文が使えるというのだ!? ありえん! あれほどの数の詠唱呪文に適合する人間なぞおそらく、この大陸全土を見渡してもおらんぞ!?」


 シャナさんの声。


「あれこそがきっと、第6院の出身者なんです。でも――」


 祈るような声で、セシリーさんが言った。


「クロヒコなら、勝ちます……必ず」


 ノイズが詠唱を終える。



「『暴葬』」



 俺の前方に巨大な呪文陣が出現した。

 その呪文陣から、まるで砲弾でも打ち出されるみたいに、銀色の巨大な腕が飛び出してきた。

 射出、と呼ぶべきかもしれない。

 明らかにスペックが上がっている変成体に少し煩わされていたせいで、俺は、その拳を真正面から受けてしまった。


「ぐっ、はっ……!?」


 内臓が悲鳴を上げる。

 肋骨も何本かやられた。

 背後から迫っていた変成体へ、振り向かずに刀を投げる。

 ガシッ、と、腹を打った銀色の拳を両手で抱え込む。


「う、ぐ、が、がが、がっ……あぁぁああああああああ……っ!」


 バガッ! と、俺は銀の拳をそのまま潰し砕いた。

 核が存在するであろう心臓部を刃に貫かれ、倒れ込んできた変成体から、逆手で刀を引き抜く。

 ノイズ目がけ、疾走を再開する。


「くそ、が……! なんなのよ、こいつ……! 腕を切り落とされし、心優しき巨人! その腕だけを残して、巨なる身体は葬られ――」


 二度目の、『暴葬』。


 刀で半円の軌跡を三度描く。

 迫る変成体を切り裂きながら俺は、左腕を振りかぶる。

 射出された銀の拳と、黒き腕が衝突。

 ビキッ、と銀の拳に罅が入る。


 第八禁呪の左腕が銀の拳を、打ち砕く。


 ……疾駆を、再開。


「と、止ま、れ……」


 そう呟きながら、ノイズが夥しい数のゴーレムを召喚する。


「止まれ、止まれ止まれ、止まれ止まれ止まれ止まれ、止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ――」


 あの召喚の量。

 何もかもすべて、この場に投入するつもりか。


 構わない。

 そうしたいなら、すればいい。


 ノイズが叫ぶ。


「止ま、れぇぇぇぇええええええええええええええええ――――っ!」


 すべて俺が、破壊してやるから。


「勢いが――」


 襲い来るゴーレムたちをがむしゃらに壊殺する中、セシリーさんの声が聞こえてきた。


「ノイズの召喚する勢いを……クロヒコの殲滅速度が、上回ってる」



 そうして、気づけば――



 俺とノイズの間を阻むモノは、なくなっていた。



 残るはあの、雑音の壁だけ。

 ぶんっ、と左腕を振るい壁を殴りつける。

 ノイズの姿を覆い隠す雑音の壁に亀裂が走る。

 壁が砕け、消失。


 黒と白の剣を手にしたノイズが、姿を現した。


「はぁ……はぁっ……ようやく姿を拝めたな、雑音野郎」

「はっ……はっ……この、イカれた、クソガキ、がっ……」


 一拍あって、


 俺たちは剣を交え、打ち合いを始めた。


 けれど、本命は――


「我、禁呪ヲ発ス、

「清らかなる、風の精、


 詠唱の、撃ち合い。


「我ハ鎖ノ王ナリ、

「踊り、風を切り、また、踊り狂い、

「最果テノ獄ヨリイデシ、万ノ鎖ヨ、

「その風は、誰の目にも、そよ風のごとく映り、

「我ガ命ニヨリ、我ガ敵ヲ、

「けれどもその風の色は、殺戮の色を、持っていた、


 ノイズは勝ち誇っていた。

 おそらく詠唱終了はノイズの方が早い。

 知っていた。

 だが第九の詠唱はノイズを油断させるための、フェイク――


「――第八禁呪、転界!」


 第八禁呪は、盾の禁呪。

 この禁呪は俺の意思で飛ばすことができる。


 おまえ自身が言ったんだぜ、ノイズ?


 詠唱呪文の、最大の弱点は――



 その詠唱を、途中で阻害されることにこそあると。



「『か――ぶ、ぐぁっ!?」



 第八禁呪をノイズの口元めがけ飛ばし、ぶつけた。



「ぐ、がっ……なん、だ……とぉっ!?」


 その痛みにか、赤くなって出血する口元をノイズは咄嗟に抑えた。


 ノイズの手から、二本の剣が滑り落ちる。


 今のノイズはいわば、がら空きの状態。

 この『狂い桜』の切れ味をもってすれば、このままノイズを殺すことは容易い。



 けれどノイズの表情が、物語ってしまっていた。



 俺はその顔を知っている。

 俺がこの『狂い桜』でとどめを刺した四凶災が、死ぬ間際にそんな顔をしていた。

 それは、死を受け入れた表情だ。

 ……詰めが甘いんだよ、ノイズ。


「おまえ……結末を途中で、変更しただろ?」

「……え?」


 人はそう簡単には、変わらない。

 人はそう簡単には、変われない。


 根っこの部分は、なかなか変われない。

 セシリーさんがそうであったように。

 俺が、そうであるように。


 だからノイズも、劇的な死を望むという己の本質からはおそらく完全には逃れられない。


 昔、あるミステリ作家がネットの記事でこう言っていた。

 視点人物の思考の入った文章をどこまで信用するかというのはとても難しい問題です、と。

 また、ある役者はネットの記事でこう言っていた。

 僕ら役者は演技中に自分自身の思考すら騙して演じることがあるんです、と。

 相手を騙すため、己すらも騙す。

 嫉妬に狂う女になり切る。

 劇的な死を捨てたのだと、俺たちに思い込ませる。



 ノイズ・ディースのキュリエ・ヴェルステインへの届かぬ想い。

 では、この想い届かぬならばと、ノイズ・ディスはキュリエ・ヴェルステインを傷つけ、貶めた。

 思いの丈をすべて、ぶちまけた。


 キュリエ・ヴェルステインを一途に想う男がいた。

 ノイズ・ディースの想い人を、とても強く想う男。

 キュリエ・ヴェルステインを傷つけ貶めたノイズ・ディースを、その男は許さない。

 男は怒り、ノイズ・ディースを殺すと誓う。

 ノイズ・ディースは命を賭け、己の最期にふさわしい激闘をその男と繰り広げる。

 そうしてその男によって、ノイズの想い人への未練は命と共に絶たれる。

 すべてを吐き出し切り、ノイズ・ディースは最期を迎える。


 あるいは、これもノイズにとっては劇的な最期なのだろう。


 ノイズはそんな死を、やっぱりどこかで求めていた。

 劇的な死にざまを、求めていた。


 俺が復帰した後、おまえは途中で急遽結末を変更し『ここに』繋げたかった。

 ノイズ・ディースとしてギリギリ『勝ち』を拾うラストに、繋げたかった。

 俺が復帰した後の一切はすべて、布石。

 違うか、ノイズ?


 俺は『狂い桜』を下げた。


 俺は、おまえの望みを叶えてやりたくない。

 大好きなキュリエさんにひどいことを言ったおまえの望みなんて、叶っていいはずがない。

 だから、俺は、


「我、禁呪ヲ発ス、我ハ、鎖ノ王ナリ――」


 だから俺は――




 おまえを劇的に、殺してやらない。




「禁呪、使い……っ!」


 ようやくノイズは俺の意図を察したようだった。

 この時、ノイズが初めて本物の『ノイズ・ディース』としての表情を見せたような気がした。

 ノイズは目を剥き、歯茎から血が出るほどに歯を噛み込み、顔面をひどく引き攣らせていた。

 それは、悔しさと憎悪で染まり切った、そんな表情だった。


「禁呪使いっ……禁呪使い、禁呪使いっ……禁呪、使いぃぃいいいいぃぃぃぃいいいいいいいい――――――――っ!!!!!!」



 第九禁呪。

 これは、この世界に来て俺が初めて覚えた禁呪。

 この禁呪を覚えてから、色んなことが始まった気がする。


「我ハ、鎖ノ王ナリ、最果テノ獄ヨリイデシ万ノ鎖ヨ、我ガ命ニヨリ、我ガ敵ヲ拘束セヨ――」



 ひょっとするとこの禁呪でこの舞台を終わらせることこそが、俺にとっては、ふさわしい幕の下ろし方と言えるのかもしれない。


 ふと、そんな風に思った。






「第九禁呪、解放」






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