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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
136/284

幕間26「聖樹の国の守り人(前)」【ディアレス・アークライト】


 整然と行進していた古の伝承に聞く魔導人形を思わせる者たちが、牙の並ぶ口をぽっかりと開き、その身体に走る発光線を青白く輝かせる。

 大きさは個体によって多少の違いがある。

 小型、中型、といったところか。

 中には人と溶け混じったような異形の者もいた。

 その不可思議な群れに向かうは、馬を駆る、暫し王都を離れていた聖樹の国の守り人たち。

 先頭をゆくは守り人たちを束ねる、騎士団最強の聖樹士。


「ソギュート」


 ディアレスはソギュートの横に馬をつけ話しかけた。

 ソギュートは前方を睨んだまま。


「あれも四凶災の仕掛けたものだと思いますか? 例の学園で起きた巨人騒動の報告にあったものと、見た目が酷似している気もしますが」

「わからん。少なくとも昔おれたちが四凶災と戦った時、あんなものはいなかった。それに……四凶災はすでに誰かによって倒されたという情報も、出ているとか――」


          *


 セイラム砦を奪還したソギュート率いる部隊は、普通であれば往復で六日かかる道のりを、五日で移動した。

 そもそも砦へ向かう時点で本来の休息分の時間を削り砦へ急行したことにより、半日ほど早く到着していた。

 誰も団長の提案した強行軍に文句一つ言わなかった。

 それは一人でも犠牲者が多く出る前に救いたいという団長の想いを汲み取ったからでもあったろうし、何より、彼らの意思も同じだったからであろう。

 倒した砦の占拠者の言に不穏なものを感じ取ったソギュートは、すぐさま王都へ戻ることを決定した。

 ついて来れるものだけついて来い。

 そう彼は言った。

 自分一人でも行くつもりだという意思は、皆にすぐ伝わった。

 そして首を横に振る者はいない。

 団員の一人が言った。


『多少の強引な行軍で音を上げるほど自分たちはヤワな鍛え方をしてませんぜ、団長。なんたって、俺たちは最強の聖樹士であるあなたの元で鍛えられた、ルノウスレッド最強の騎士団なんですから』


 すぐさま転進した砦奪還部隊は、負傷者とその手当を担当する者のみを最寄の都市に残し、替え馬を使って一路、王都を目指した。

 ほとんど仮眠に近い短い睡眠を挟みながら、部隊は王都へと馬を進めた。

 団員たちは砦までの移動と砦奪還戦の疲労がほとんど抜けていない状態であったが、彼らは疲れた様子一つ見せず、弱音も吐かず、黙って、どころか時には軽口すら叩きながら、先頭をゆく団長に続いた。


 皆、この団長が好きなのだ。


 ディアレスにはそれがわかる。


 そしてついに王都が見えてきた時、多くの者は困惑の色を隠せなかった。

 時刻は夜半であるにもかかわらず、王都の上空だけが『明るかった』からだ。

 雨雲が重く垂れこめてこそいるものの、聖樹を抱く都が帰還した聖樹士たちに見せたのは、日中さながらの顔であった。

 王都だけがぽっかりと昼に切り取られたかのような異様な光景。

 しかし黒馬を駆る団長の放った言葉に、動揺の響きは微塵もなく。


「王都に異常が起こっているのは間違いない。このまま王都に入るぞ、ディアレス」


          *


 魔導人形が攻撃的に吠え猛るのが、遠くに見えた。


「このまま攻撃してくるつもりのようだな」


 ソギュートが体勢固定用の足場に足をかけ、右手で聖魔剣レーヴァテインを抜く。


「聖樹を目指しているようにも思えますが、あの魔導人形の反応……もし人間に対し攻撃行動を取るよう作られているのであれば、王都民がいる避難地区へ向かっている可能性もあります。ただ、移動経路は今のところひたすら直進、横道に逸れる気配がない。このままなら、幸いですが――」


 ソギュートが聖魔剣に聖素を送る。


「どちらにせよ、殲滅することに変わりはないがな」


 抜剣しながら周囲へ視線を飛ばすディアレス。


「四凶災は、見当たらないようですね」


 未だ王都では情報が錯綜しているらしい。

 今のディアレス達がかろうじて得ている情報は、王都に残った騎士団の生存者から得たものだけである。

 現在わかっているのは、四凶災の襲撃と、王都に残っていた聖樹騎士団が四凶災と戦い、圧倒的な敗北を喫したこと……。

 そして、これはまだ確定ではない情報だが、すでに四凶災は何者かに倒され、もう王都から危機は去ったのではないか――そんな噂も、一部では流れているという。


 砦奪還部隊が不在の王都にいた四凶災に対抗できる可能性を持つ者……。

 聖樹騎士団以外の者だと、ワグナス・ルノウスフィア、ガイデン・アークライト、マキナ・ルノウスフィアあたりだろうか。

 その時、ディアレスの脳裏に二人の人間の名が浮かんだ。


 サガラ・クロヒコ。

 キュリエ・ヴェルステイン。


 ……いや、まさか。

 いくら禁呪使いに第6院出身者といえど、あの四凶災を――


「ディアレス」


 ソギュートの声で思考が寸断される。


「すみません、少し考え事を……それよりソギュート、もし四凶災が、すでに倒されていたとしたら――」


 ソギュートの悲願。

 四凶災への復讐。

 クリス・ルノウスフィアの仇討。

 ソギュートが、遠い目をした。

 彼の瞳の先にいるのは、おそらく『彼女』の姿なのだろう。


「それなら、それで構わん……それにここに来て、思った。おれは、この騎士団を捨ててまで復讐に身を投じることは、できないと」

「ソギュート……」

「ずっと、目を背けていた気がする。マキナ・ルノウスフィアに放った警告は、結局、自分自身へ向けた警鐘だった」


 ソギュートが剣を構える。


「あの頃からおれは何も変わっていない。ひねくれたガキで、本当は大好きだったいつもかまってくれる副団長に、照れ隠しで悪態ばかりついて……あの人が死んだ後、おれはあの人の死を受け入れることができなかった。それは、おそらく今もだ。そしておれは復讐という行為に固執することで、彼女の死と向き合うことから、ずっと逃げ続けてきた」


 皮肉げに口端を曲げるソギュート。


「最強の聖樹士などと言われても、中身は所詮、ひねくれた弱いガキのままだったというわけだ」


 ディアレスは微笑する。


「ま、ひねくれてるからこそ私はあなたに興味を持ったんですけどね。団長が『あなた』だから、私は副団長を引き受けたんです」

「…………」

「私ね、歪んだ人間が好きなんですよ。高潔なだけの人間って、逆に人間って感じがしないんですよね」


 場にそぐわぬ笑顔を作るディアレス。


「悪趣味だな」

「けれど、ひねくれてても、弱くても……今のあなたは大事なものをしっかり見つけて、向き合う覚悟ができたんでしょう? 復讐よりも、大事なものを」

「ああ」


 ソギュートが剣を次々と抜き放つ後続の団員たちへ一度振り向き、再び、前を向いた。


「その、つもりだ」

「なら復讐のために一人で四凶災を倒すなんて無茶な考え、もう、捨ててくれますよね?」

「気づいていたか」

「そりゃあ気づきますって。これでもけっこうな時間、女房役である副団長をやってるんですよ?」

「もし仮に四凶災がまだ生存しているのなら、騎士団の皆と力を合わせて、確実に殺す。この王都と、そこに住む人々を守るために。四凶災と戦い死した聖樹士たちの願いも、この聖樹の国に住む人々の命を守ることだったはずだ。だから……おれは今から、聖樹士としての役目を果たすために、戦う」


 ディアレスは目元を綻ばせる。


「あなたは自分を駄目な人間みたいに言いますけど……ただ駄目なだけの人間に従い続けるほど、騎士団の者たちは愚かではありませんよ」


 ディアレスも剣を構える。



「あなたの価値の半分は、あなた自身が決めるものじゃない」



 ソギュートの馬が、速度を上げた。


「こんな騎士団長だが……これからも副団長としておれを支えてくれるか、ディアレス」

「んー、普段もう少し私に優しくしてくれるなら考えますけど?」

「…………」

「いや、冗談ですって! 支えますよ! 支えて――見せます、ってば!」


 力強い返答と共にディアレスは聖剣を前方に投擲。

 剣が魔導人形の顔面に突き刺さる。

 ぐらり、と魔導人形が前へ倒れ込む。


「急所は、頭部――」


 ディアレスはブツブツと呟きながら超速で思考を整理していく。


「剣を投げた時……半人の魔導人形の方が他の人形よりも反応が早かった……特徴のない方の人形を盾のようにして動いているのも半人の魔導人形……半人には多少の知能がある、か……」


 ディアレスは後方より追いついてきたソギュートの妹、リリ・シグムソスへ声をかける。


「リリ! あの半人の魔導人形には聖位の高い者、多く余力を残した者をなるべく当たらせるよう、指示を!」

「わかりました」


 リリがやや馬速を落とし、後続の団員たちに指示を飛ばし始める。


 いよいよ魔導人形が、間近に迫る。


 距離が詰まっていく。

 攻撃性を剥き出しにして攻撃へ移る魔導人形。

 そして――ソギュートと魔導人形の先頭の距離が、消える。

 ソギュートの半月の軌跡を描く刃が、先頭の魔導人形を真っ二つにする。

 仏頂面のまま、ソギュートが言った。


「それにしても……おまえも相当のひねくれ者だな、ディアレス」

「妹ほどじゃ――」


 略式で『氷槍』を放ち、身体を馬体の横に沈め寄せると、ディアレスは倒れ込みかけた魔導人形に突き刺さった剣を引き抜く。


「――ありません、けどね!」


 そのまま襲いかかってきた魔導人形へ、一閃。


 騎士団が魔導人形の群れと、衝突。


 激しい乱戦へ突入。

 術式の音、剣の音、馬のいななきが天へと響く。

 その時、紫色の太い光の柱が空へ昇った。

 続き、ドシィンッ、と地を揺らす轟音。

 巨大な魔導人形が、出現。

 固定具から足を外し、ソギュートが下馬。


「ドーガ! あれを頼む!」


 ソギュートの呼びかけに一人の巨体の団員が応え、同じく下馬した。


「ノード! ファルザ! リアルダ! おれに続き……ドーガを守れ!」


 ノード、ファルザ、リアルダが馬から飛び降りる。


 五人は鬼気迫る勢いで剣刃を振るい、巨人へと突進していく。

 彼らの通る道に築かれるは、無残なる人形の山。

 竜巻がごとき奮迅なる五つの斬勢が鋭く道を切り開く。


 そして巨人の前に、到達。

 ドーガが巨人に背を向けて腰を落とした。

 その巨体は騎士団の中ではヴァンシュトスの次に大きい。

 技巧では劣るものの、力比べではヴァンシュトスにも引けをとらぬ男である。

 ソギュートが駆け出し、空へと向けたドーガの厚い掌を靴底で踏んだ。

 ドーガはソギュートの足首を掴むと、ぐっ、と力を入れ、そして、それを一気に解放するようにして上方へと送り出した。


 矢のごとく巨人の頭部へ向けて飛び上がったソギュートの剣が、巨人の額に深く突き刺さる。


 巨人の悲鳴。

 ソギュートを振り落とそうとするが、叶わず。

 ボゥッ、と巨人の頭部が黒き炎に包まれた。

 巨人の身体が揺らぎ体勢を崩す。

 倒れ伏す、巨人。


「あんな芸当ができるのは、やっぱりソギュートだけですよねぇ……あれ、リリ? どうしました?」


 魔導人形を一体仕留めたリリが、返す刃でもう一体を切りつけ、言った。


「なんだかお兄様の様子が少し、普段と違うような気が……」

「当然ですよ。今の彼は、この国の人々を守る聖樹士として戦っているんですから」


 微笑するディアレス。



「かつて聖樹騎士団の副団長であった、あのクリス・ルノウスフィアのように」



 極力半人のものを狙い、魔導人形を狩り殺していくディアレス。


 王都に到着した後、北門で、四凶災との戦いの傷跡を目にした。

 聖樹騎士団の死体が、散らばっていた。


 ルネ、ラムサス、ダビド。


 ルネはヴァンシュトスに寄り添うようにして、死んでいた。

 ラムサスは壁に背を預け、死んでいた。

 ダビドは片足を失い、死んでいた。

 多くの団員達が守るべき者のために戦い、散った。


 ヴァンシュトスだけは身体に深手を負っておらず、生きていた。

 息絶えたルネとダビドの位置と状況から見るに、おそらく二人は浅くはない傷を受けながらもまだ息のあったヴァンシュトスに、最後の力を振り絞って治癒術式を施したのだろう。


 あの時なのかもしれない、とディアレスは思った。

 ソギュートはあの光景を目にして、最後の決意を固めたのかもしれない。

 守るべきもののために決死の覚悟で戦った者たち。

 その彼らの想いを、受け取って。


「間に合わなくて、すみませんでした」


 そう独りごちたディアレスに、半人の魔導人形が襲い掛かる。

 しかしディアレスの初動が限りなく無に等しい『無動』の剣に、魔導人形はあっさり首を刈り取られた。


「だから……せめて、守ってみせます。あなたたちの意志は、私たちが受け継ぐ。王都の人々は必ず聖樹騎士団が、守ってみせる」


 さらに一体魔導人形を切り裂きながら、ディアレスは振り向き、大通りの遥か後方を見た。

 聖樹騎士団側が優勢とはいえ魔導人形は数が多く、すべてをこの場で片づけることは不可能。


 最初に衝突した騎馬部隊をすり抜けた十数体の魔導人形が、大通りを真っ直ぐに走る。


 その先には、


 聖樹を背にし横一列に並ぶ、聖樹士たち。


 立ちはだかる壁のごとく大通りを塞いでいる。

 彼らの周りには、死した聖樹士たちの剣が置かれていた。

 そして、その立ち並ぶ壁の中心で一際存在感を放ち、佇むは、


「そうですよね?」


 巨体と剛腕を持つ聖樹八剣、聖位、第三位――


「ヴァンシュトス」


 ――ヴァンシュトス・トロイア。


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