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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
133/284

第105話「白と黒と、盾と」


 ノイズが自分の豊満な右胸を艶めかしく持ち上げながら、挑発的な表情をキュリエさんへ向ける。


「あ、そっだぁ。大事なこと言い忘れてたわ、キュリエ」

「…………」

「ついさっきまであなたはタソガレの居場所を聞き出すためにあたしを殺しはせず、戦闘不能程度に留めるつもりだったみたいだけど、そんな気遣いは無用だったのよ?」


 なんだろう。

 両者に漂う空気が穏やかでないにも関わらず、キュリエさんと会話できること自体が幸福といった様子。

 ノイズがキュリエさんへ抱く感情を、なんと呼べばいいのか。


「タソガレの居場所を記した紙片を入れた小瓶が今、あたしの胃の中におさまっているわ」


 自分の腹を撫でまわすノイズ。


「だから、あたしを殺しても大丈夫。あたしを殺したら、この腹を掻っ捌いて小瓶を取り出せばいい。ごめんなさいねぇ……これ、もっと早く言っておくべきだったわ」


 撫でまわす手が止まる。


「ま、この言葉をあなたが信じてくれるかどうかはわからないけれど」

「この時期にそれを私に伝えるのも、予定通りなんだろ?」

「さあ、どうかしら?」

「……これから起こることはおまえとの殺し合いと考えて、いいんだな?」

「さっきの決意表明は嘘だったの?」


 ノイズが顎を上向け長い前髪をかき上げる。


「違うわよね? あなたはあたしを、殺すのよね?」

「……ああ」


 淡く光っていたリヴェルゲイトが、輝きを増していく。

 聖素をより、取り込みはじめたのだ。


 …………。

 それにしても、である。

 キュリエさんもロキアも――


「ずっと、奇妙に感じていたんですが」


 俺の横でそう言葉を発したのは、口元に白いこぶしをあてるセシリーさんだった。

 もしかすると、彼女も俺と同じ違和感を覚えたのだろうか。


「キュリエもロキアも、ノイズに仕掛けるのをやや躊躇しているように見えるんです」


 やはり、同じことを感じたらしい。

 そう。

 これまで第6院の者同士で会話が繰り広げられてきた。

 けれど会話ならノイズの戦闘能力を削いでからでもできそうなもの。

 彼らがある程度ノイズの『舞台の流れ』とやらにつき合っているとしても、あまりにも『仕掛けなさ』すぎるのだ。

 ロキアにしても、かなりタイミングを図っていた様子だった。

 つまり、それは――


「ですがようやく観察していて、わかった気がします」

「さすが『目』がいいわねぇ、ルノウスレッドの厄石ちゃん」


 ノイズがセシリーさんに微笑みかける。

 くつくつと忍び笑いを漏らすヒビガミ。


「『無形遊戯』といえばおれたち6院出身者の間じゃ優れた術式使いとしての印象が強いが、今のノイズはただの術式使いってわけではないようだな。キュリエとロキアが『踏み込めない』理由も、そこにある」

「隙を埋めるのが上手くなったこたぁ褒めてやってもいいかもな。おかげでペラペラしゃべるのを常に邪魔できねぇのは、気分が悪ぃがよ」


 吐き捨てるように、ロキアが続く。


 そうだ。

 キュリエ・ヴェルステインと、ロキア。

 仮にキュリエさんが手加減していたとしても、あの二人から何度か攻撃を仕掛けられているにもかかわらず、ノイズは今まで攻撃をすべてかわしている。

 一撃たりとも、喰らっていないのだ。

 不格好な回避だからギリギリではあったのだろうけど、しかしよくよく考えてみれば、キュリエさんやロキアのあの鋭い攻撃をすべてかわすのは、難しいことのはずだ。

 それを、難なくやってのけたということは、


「よほど今日の舞台のために練り上げてきたな、ノイズ」

「あたし、考えたのよね」


 ノイズが懐に手を入れる。


「相手がキュリエや6院のアホどもだと考えたら、いくら呪文と術式の才能に恵まれまくったあたしでも、さすがに呪文と術式だけじゃ対抗し切れないもの。だから、鍛えてきた。接近戦になっても、戦えるように」 


 術式だけの相手ではない、ということだ。


「けれどキュリエとロキアが『本気で』殺しにきたら、やっぱりちょっと自信ないわ」


 ノイズが、懐から紫色の液体が入った小瓶を取り出す。


「好きよ、キュリエ」


 ノイズが小瓶の蓋を器用に親指で開け、くいっ、と飲んだ。

 その動作が行われる寸前、


 キュリエさんが疾駆しながら光に包まれる。

 術式魔装。

 光が収束したその位置。

 剣を振り切った状態の、羽飾りを頭につけた、純白の鎧姿のキュリエさんがそこにいた。


「ノイ、ズ」


 そして、ノイズは、


「だからこそ、愛ゆえに――」


 キュリエさんと背中合わせになるようにして、その背後に妖艶な笑みと共に立っていた。


「今日この日だけ、あたしはもっと、強くなる」


 髪が。

 ノイズの髪の色が、赤く変色していた。

 しかもどことなく、ぼやりと赤味を帯びた桃色に発光している。

 まるで火の粉のごとき光の粒がノイズの周囲に、舞っていた。

 その瞳もまた、赤く、発光していて。

 ノイズが、背後のキュリエさんの方へ振り返る。


「死が二人を、分かつまで」


 圧倒的な、速度。

 刃先の伸びた光の刃とキュリエさんの剣速をもってしてもノイズを捉えることができなかった。

 あの『加速付与』の魔導具ほどではないにせよ、ノイズがあの速度で継続的に動けるとするのなら、かなりの強敵だろう。

 おそらくは、あの薬の効果だ。

 あの男は全体的な能力が馬鹿げていたから比較対象としては適切でないのかもしれないが、速度だけ見るなら、あのベシュガムをも凌ぎかねない――



「あまり、おれを喜ばせてくれるな」



 その時、だった。


「『その域』ならば仕合う価値ありだろうが――『無形遊戯』!」


 飾り気のない、鈍色の刀『無殺』。

 再び振り返ったノイズの視線は一転、ドス黒く、殺意に満ち満ちていた。


「危惧していたことが起きたわね……この舞台を台無しにする気、『壊神』?」


 その切れ味を極限まで削いだ刀を手にし後方に引いて構えたヒビガミが一足で、ノイズの手前まで移動していた。

 ノイズの問いに対し、ヒビガミは一言。


「おれと仕合え、ノイズ!」

「クソガミ!」


 ノイズが後方へ跳ぶ。

 が、ヒビガミは容赦なく追いすがる。

 刀を一振り。

 クリスタル灯の光を受けた鉄色の刀身が、鈍く煌めく。


「やっぱあんたよねぇヒビガミ! これが嫌だからあの薬は使いたくなかったのよ! ええ、強くなればなるほどあんたは黙っていられないものねぇ!? あんたはいつもそう! 戦うに値する強さを目にすれば――我慢できずに、仕合い、仕合い、仕合い仕合い、死合い! 


 ノイズが下がりながら巨人の小型種を五体、召喚。

 だがヒビガミは一瞬で、小型種をバラバラに解体。


「どんな手でもいいぞ? その力で己は何を見せてくれる? このおれに、どう対抗してくれる!?」

「あぁうっぜぇなっ! さすがあのタソガレに『ヒビガミとヴァラガだけはやりづらい』と愚痴吐かせてただけあるわよねあんたは! この戦闘狂い!」


 ヒビガミの水平切りをノイズがのけ反ってギリギリよける。

 そしてノイズはよけながら、さらに小型種を召喚。

 ヒビガミは、ほぼ同時と見紛う速度で破砕。


「その程度ではないだろう、ノイズ」


 その時、ノイズが大口を開けた。


「第一禁呪!」

「……何?」


 ヒビガミの動きが、止まった。

 どうにか勢いを殺しノイズも急停止する。


 ――第一禁呪?


 ヒビガミが、刀を下げる。


「ふぅ……あんた、禁呪の呪文書集めてんでしょ?」

「……知っていたか」


 ノイズが俺を一瞥。


「誰も読めないとされていた、禁呪の呪文書……誰もが、禁呪は実在しないものと思っていた。それが、まさか呪文書を読み上げ習得してしまう者が現れるとは、ま、さすがのあたしも予測してなかったわよね」

「それがどうした」


 刃の先を僅かに上げるヒビガミ。


「まあ待ってよ。聖樹の国に突如現れた禁呪使いによって、禁呪の呪文書の価値はとみに増したと言えるわ。で、禁呪ちゃんを宿敵候補として育て上げたいあなたは、禁呪の呪文書を彼のために集めていた」

「その通りだ」

「ん〜、でね? 神話にいくつか禁呪王が使ったとされる禁呪は存在するけれど、唯一、どの神話文献でもその名前しか記されていない、最強と名高い第一禁呪」

「……己」

「その通りよ、ヒビガミ」


 ノイズが一歩前に出て、ヒビガミの鼻先まで顔を近づけた。

 ちなみに見るところ、あのヒビガミの乱入とあってか、キュリエさんもロキアも今は様子を窺うに留めているようである。


「この舞台中おとなしくしててくれたら、第一禁呪の呪文書の在り処を教えてやるっつってんのよ」

「カカ、なるほど……それがおれへの『対策』というわけか。だがノイズよ、己がキュリエかロキアに殺されたらどうする? 己が殺されそうになったら、このおれに助けに入れとでも?」

「大丈夫……第一禁呪の在り処も、あたしの腹の中だから」


 つまり在り処を記した紙片の入った瓶をもう一本、飲み込んでいるということか。


「ならこの場で己を殺せば、終わりだな」

「――と、言うと思ってね?」

「ほぅ、まだ何か『土産』があるというのか?」

「あたしがこの舞台で生き残ったら、その時、あんたに教えてあげるわ――この世界に散らばる『強者』たちの情報を」

「強者たちの情報?」

「ねぇ? この大陸に出回っている強者の情報なんてほんの一部に過ぎないわ。強者として名高い者たち……例えば、有名どころでは『黒の聖樹士』ソギュート・シグムソス、『鎧戦鬼』ローズ・クレイウォル、『武神』ガルバロッサ・ギメンゼ、亜人特攻兵団の『双子』、そしてこの王都に恐怖をもたらした四凶災、まあ、あとはいるかどうかよくわかんないけど一応、終末女帝……でもこの連中ってつまりは伝聞とかで『名が通る』要素があったってだけでしょ?」

「まだ見ぬ名もなき強者がいる、ということか」

「そう、この大陸にはまだまだ世に名の知られていない強者が息を潜めている……ま、四凶災級がいるかどうかは保証できないけどねぇ……けど、『獄』のことはあんたも知らないはずよ」


 『獄』?

 『獄』って、なんだ?


「終末郷でも特に危険視されている者たちを閉じ込めてある、あの『獄』か……あいにくだな、ノイズ」


 ヒビガミがノイズの顎の下に『無殺』の剣先を突きつける。


「すでに『獄』は食い荒らした。『獄』は常軌を逸した連中の巣窟だと聞いていたが、いささか拍子抜けだったな」

「それさ、何階層まで?」

「何?」

「『獄』……かつて四度、あそこで殺戮を行った命知らずがいるとされているわ。四凶災の襲撃と、終末女帝による大粛清。そして残り二つは誰がやったのか語られていないけれど――そのうちの一つってあんたよねぇ、ヒビガミ?」

「まあな」

「けどね? あの『獄』ってどうもあんたが喰い散らかした三階層より下があるらしいって話は、知ってた?」

「……いや」

「昔四凶災が襲撃してきた時にこれは面倒な事態だと思った四階層の連中が、上の階層の囚人たちを見捨てて下への通路を塞いだらしいのよ。つまり――」

「つまりおれが食い荒らした三階層の住人よりも強い連中が、探せばその下にもっといるということか」

「そーいうこと」

「それで」


 ヒビガミは刃を引くと、一歩、後退した。


「有益な情報を教えたのだから、せめて己の望む舞台が終わるまではおとなしくしていろと?」

「もしあたしが生き残ってたら、全力でお相手してやるわよ。第一禁呪は、そん時にあたしをぶっ殺して腹ぁ掻っ捌いて手に入れればいいわ」

「そして己が生き残った場合は、大陸に散らばっているという名もなき強者どもの居場所も教える、と。己らしくもなく、至れり尽くせりだな」

「ここまで大盤振る舞いしてあんたを舞台から排除できるなら、お安いもんよ」

「カカ、なんとも喰えん女だ」


 ヒビガミが、刀を鞘に納めた。


「よかろう」


 ノイズに背を向けヒビガミがこちらへ戻ってくる。


「己の執念に敬意を表して、ここは引き下がってやる。それに、おれは別段キュリエやロキアの味方でもねぇしな。結果、サガラが完成に近づくならばそちらを優先するだけだ」

「んふっ、初めてヒビガミがイイ男に見えたかも?」

「おれは己にオンナを感じたことは一度たりともないがな」

「戦闘狂いのあんたがもし女に惚れでもしたら、天地が先にひっくり返るわよ」


 カカッ、とヒビガミは短く嗤った。


「かもしれんな。ところでノイズ――」


 振り返らずヒビガミが問うた。


「先ほど飲んだ紫色の液体だが、相当負荷がかかるようだな?」

「ん〜?」

「鼻の下から血が垂れているぞ」

「あら、いやだ」


 ヒビガミの言葉通り、ノイズの鼻の穴から血が垂れていた。


「そうか」


 口の片端を小さく吊り上げるヒビガミ。


「この舞台に、その命を賭す覚悟か」


 親指で鼻血を拭いながら得意げに微笑むノイズ。


「この舞台に賭ける情熱だけは、誰にも負けないつもりよ」


 そうして唐突に差し挟まれた幕間を終え、


「さぁて、どうにか必死に頼み込んだおかげで最大の懸念材料の一つだったヒビガミにもご退場願えたみたいだし……待たせたわね。続きといきましょうか」


 見せつけるかのごとくノイズが己の血の付着した親指をキュリエさんの方へ突き出す。


「我が愛しの人」


 と、


「その前にこの舞台の暗さ、どうにかしたいわよねぇ……と、いうわけでぇ」


 再び戦闘態勢に入ったキュリエさんとロキアと相対するノイズは親指を閉じると、三本、指を立てた。


「タソガレから貰ったこの薬。人の眠れる力を引き出すとかなんとか言ってたけど、ほんとに引き出されちゃったのよねぇ。ね、なんだと思う? 四凶災との戦いで消耗した体力の回復をさりげなく待ってる『魔王』サマ?」


 ちっ、とロキアが舌打ちする。


「っぜぇ女だな、いつもいつもよ」

「正解は、固有術式」


 固有術式。

 ある血脈を持つ者のみが使用できる特殊な術式。

 マキナさんの『ミストルティン』やシャナさんの『リィンプエルグ』も、固有術式である。

 四凶災も――その使用法こそ邪道だったようだが――使用していたものだ。

 どれもとても強力な力だった。

 つまり、ノイズも――


「晴れやかな気分で、最高の舞台に仕上げましょう」


 キュリエさんが光の刃を振るった。

 光の刃の軌跡がノイズへ襲いかかる。

 最中、キュリエさんはノイズの背後へ回った。


 目を瞠るほどに速い。

 今までの動きより、ずっと。


 キュリエさんが剣を上段から振り下ろす。

 ノイズはそれを、髪の毛先を何本か持っていかれながらも回避した。

 しかし回避した先には、ロキアが待ち受けている。

 ロキアが二本の剣でノイズを斬りつけた。

 ノイズはこれもかわす。

 かわした直後、


「『ノルンゾートガジェット』――」


 ノイズが天に向かって中指を突き上げた。


「『装飾光景』」


 すると夜闇に包まれていたはずの景色が一変し、なんと、昼の光景が俺たちの目の前に現れた。


 しかしキュリエさんとロキアは呆気に取られることもなく、だからどうした、と言わんばかりにノイズを攻めたてる。

 ノイズはキュリエさんの俊敏な攻撃の嵐を、飛び跳ねてかわす。

 けれど表情にはあまり余裕がない。

 神経を一瞬でも緩めれば、掴まる。

 キュリエさんの攻撃が、それほどだということなのだろう。


「さぁ、って! お次の『ノルンゾートガジェット』――『白壁――』っ……の前にぃ、やっぱり、ロキアが邪魔なのよねぇ!」

「危険な不確定要素だったヒビガミを取り除けてよかったじゃねぇか? で、オレにはなんもねぇのか?」

「あんたはヒビガミとは別の意味で面倒だからねぇ! だ、か、ら――」

 

 ノイズは両手を交差させると、白と黒の短い棒のようなものを軽く眼前に放り上げた。

 それをノイズは、同時にぐっと両手で掴んで握り込む。


「テメェ、ノイズ――」


 ロキアの声に、微かな動揺が走ったのがわかった。


「あはっ、その顔、いいわね」


 目を凝らす。

 あのノイズが掴んだものは……剣の、柄?

 キュリエさんの方へ召喚した小型種を放ち、ノイズの握る剣が青白い光を帯びる。

 光を帯びた二本の剣が変形。

 刃を、形成した。

 聖素を流し込まれたことが、スイッチになったとでもいうかのように。


「聖剣ラーフェイスと、魔剣ファルヴェティ……この剣、すっごく具合いいわよね?」


 白刃と、黒刃。

 二刃は同じ形をしていた。

 そのフォルムは、どこか斧にも通ずるものがあった。


 あれが、ロキアがノイズに奪われたと言っていた剣か。


 意気揚々としたノイズの横で、キュリエさんが向かってきた小型種をバラバラに解体。

 ノイズが白の剣でロキアの聖剣の剣撃を弾き、黒の剣で、ロキアの風刃纏う魔剣を叩き落とす。


「あんたの愛剣すごいじゃないの――ねぇ!? ねぇ、ねぇ、ねぇ!?」


 ロキアは取り落とした魔剣の柄の底を蹴り上げノイズに矢のごとく飛ばすが、ノイズは首を捻ってよける。

 残った聖剣で迫る白刃――ラーフェイスを防ぐ。


 ロキアの聖剣とラーフェイスの刃が触れ合った瞬間、耳をつんざくほどの金切り音が鳴った。

 金属を研磨でもしているかのような、甲高い削音。

 そして、割れた。


「あっはっ」


 ロキアの聖剣が真っ二つに、割れた。


「あんたのその剣、よっわ」


 ずぶり。

 ロキアの心臓部のやや上部にノイズの白い剣の刃が、突き刺さった。


「まあ……ぐっ……どっかで使ってくるたぁ、思ってた、けど、よっ……」


 ごふっ、と血を吐くロキア。

 続き、ロキアの肩口から血泉が噴き上がる。


 ノイズが後方から迫るキュリエさんに再び小型種――いや、違う――小型種よりも、ややサイズの大きめな中型種とでも呼ぶべきゴーレムを召喚し、ぶつける。

 キュリエさんが光の剣を振るう。

 中型種を切り刻みその光の刃はゴーレムの先にいるノイズを襲うが、ノイズはステップで回避。

 回避しながら、ノイズが黒い剣を振るう。

 黒い剣――ファルヴェティが、急速に伸びた。

 ヒュンッ、とノイズが風切り音を立ててファルヴェティを振る。

 ロキアの右腕が、切断。


 なんだ、あれ。

 まるで、鞭のような――


「ノイ、ズっ……」


 遅れてロキアの腕の切断面から、血がしたたり落ちる。


「予定外だったとはいえ、ほんとによくやってくれたわよねぇ」


 ロキアが蹴り飛ばし地面に落ちた魔剣をさらに遠くへ蹴り放ったノイズが視線を移したのは、先ほどの処刑劇で的役を負わされた四凶災の死体。


「あのキュリエとロキアの相手を一人でして、負けたとはいえ、よくもまあここまで二人を消耗させたもんだわ……さすが、四凶災ってとこね」


 キュリエさん。

 ロキア。

 一見では、わからなかった。

 二人とも、弱みを見せるような人間じゃないから。

 けれど、二人は思っていたよりも――


「別にあたしは、互いに最高の状態で仕合いたいとかってわけじゃないからねぇ。ていうか、そもそも戦いってのは相手が弱っている隙を狙って勝つのが……邪悪なる正攻法ってもんでしょう?」


 ノイズとの会話の中でキュリエさんが口にした言葉。


『本命のおまえとやる前に、余分な力を使いたくないものでな』


 今になって思えば、あの言葉はキュリエさんが疲労しているからこその言葉だったのかもしれない。


 ノイズは、背後からキュリエさんが放った光の槍を避け、さらなる追撃をかけるリヴェルゲイトの刃を振り向かぬままラーフェイスで受け止めながら、


「そうよね、武器なし『魔王』サマぁ!?」


 ファルヴェティを振り、ロキアの耳を削ぎ落した。

 キュリエさんのリヴェルゲイトとラーフェイスの接触面から、激しく火花が飛び踊る。

 ロキアの右腕の切断面が、青白く光りはじめた。


「お得意の忌々しい再生能力……け、れ、ど、武器は遠巻きに傍観しながら顔を強張らせてるお仲間から、もらわないと――ぶっ、ぐぅ!?」


 それは、ノイズも予想だにしなかった不意打ちだったのか。

 ノイズの顔を殴打したのは――


 地面に落ちていた、ロキアの右腕。


 ロキアが投擲したのだ。

 己の、切り離された右腕を。


「フ、フハハ……フハハハハハ――――!」


 高笑いを上げるロキア。

 ずるり、とノイズの顔面から滑り落ちたロキアの右腕が、シュウシュウと音を立てて溶解を始める。

 そしてロキアの右腕の切断面から、肉の塊が盛り上がってくる。

 高速で、再生しているのだ。

 そう。

 トカゲのしっぽみたいに。


「できれば、鼻っ柱を折ってやりたかったとこなんだがなぁ?」


 ノイズの鼻柱が赤くなっており、少し腫れていた。


「ロキ、ア……あんった、ねぇっ……!」


 少し、俺は呆れた。

 切り落とされた己の腕すら武器として使い、挙句、あの男は嗤う。

 汗をダラダラと顔面に流しながらも、疲労の色を濃く浮かべながらも、それでも嗤う。

 感じから見て、決して痛みがないわけではないのだ。

 だけど、彼は嗤う。

 牙を剥きながら、嗤う。

 なんだろう。

 呆れつつも少しだけ、


 あの男のことをかっこいいと、俺は思ってしまった。


 ノイズの後ろから、キュリエさんが迫る。

 ロキアの耳が再生されていく。


「キュリエ!」


 ロキアに名を呼ばれ、キュリエさんの眉がぴくりと動く。


「四凶災戦の、再現だ」


 腰を落として構えを取った後、ノイズを前後から挟み撃ちする形で飛ぶロキア。

 ノイズが剣を振る。

 二本の剣をそれぞれ、後方のキュリエさんと前方のロキアに振り分けて――


 しかしロキアはノイズを通り越し、キュリエさんとノイズの間に割り込んだ。


 ロキアを捉え損ねたファルヴェティが空を切り、ラーフェイスがロキアの腹を深々と抉る。


「オレの身体を、盾として使え」


 ロキアは笑みを絶やさず、そして、躊躇いの欠片も見せず、腹に刺さったラーフェイスの刃を掴む。

 刃を掴む掌の表面が急激に削り取られ、ロキアの血が飛び散る。

 ノイズがラーフェイスを引き抜こうとするが、抜けない。


「抜けないとか……うっそ、でしょぉ!?」

「悪ぃな――ぐっ――まだ、指の骨が削り切られずに、粘っちまって、よ!?」


 剣を構えたキュリエさんがロキアの身体の影から、銀髪を靡かせながら飛び出す。


「すまん、恩に着る」

「一本は、止め……といて、やったぜ――」


 こめかみに太く血管を浮かび上がらせたロキアが血を吐き散らしながら、吠えた。



「――やれ、キュリエ!」



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