第104話「だからあたしを劇的に殺して」
「きゃーっ! ここにも人でなしー!」
ノイズは、前後をキュリエさんとロキアに挟まれた形になった。
「バケモノ魔王よぉー! 誰かぁ! 誰か人を呼んでちょうだぁい! ていっ!」
ノイズの右の小指の指輪が輝き出したかと思うと、音を立てて砕け散る。
刹那、まばゆい光が迸った。
物凄い光量。
思わず目を瞑ってしまう。
まるで、閃光弾のような――
「ちょっ……はぁ!? 待って! 待って待って待って――うぉ、っぶねぇぇええええ!?」
ノイズの声。
何が起きているんだ?
視界がゆっくりと、元に戻ってくる。
と、
「せめて気配や呼吸音や足音くらい消せるようになっとけ、クソノイズ」
「視界を封じた程度で逃げられると思っているなら、甘すぎる」
ロキアとキュリエさんが、ノイズへの攻撃を続けていた。
ただ、二人の攻撃はいささかキレを失っている。
あれは、おそらく、
「二人とも『見えて』はいないようだな」
そう口にしたのは、ヒビガミ。
「だが、あれらは目くらまし程度でどうこうできる相手ではない。特にキュリエはな……あいつなら、仮に暗闇の中であっても相手を剣で捉えられる。ただまあノイズとしては、今のは――」
「けぇぇど、ねぇっ!?」
声高に叫ぶノイズの、その両手の指輪。
青白く、光っている。
「あたしがこれに必要量の『聖素』を送り込む時間が稼げただけでも、十ぅぅぅぅうううう分ってわっ、けぇ! つーか邪魔すんな、グールもどきがぁ! あんたはさっさと退場しろってのよ――ロ、キ、アぁ!」
その時、ノイズの両肩のあたりに術式陣が発生。
すると、
「……え?」
セシリーさんが驚きの声を上げた。
「あれ、は――」
ノイズが描いた術式の円から飛び出したのは、
「聖遺跡に現れた巨人の、小型種……?」
そう。
おそらくノイズが使用したのは、召喚術式。
そしてそこから飛び出してきたのは、あのフィブルクたちと勝負をした際に聖遺跡で遭遇した、あの巨人の小型種だった。
すでに聖素吸収を終えているらしく、身体に走るラインの色は青白くなっている。
「やはりあの巨人は貴様の仕業だったか、ノイズっ」
続けざまに術式を描きつつ、退避行動を取りながらノイズは喜色満面といった具合。
「そう、そうよ! あの巨人はあたしが用意しました! 素晴らしい装置だったでしょ!? でっしょぉ!?」
「ロキアという男の読み通り、巨人の件も含め、聖遺跡の異変は彼女の仕業だったのね」
そう口にしたのは、俺の左横に立つマキナさん。
一方、
「キュリエ……」
俺の右横に立つセシリーさんが、祈るような表情でキュリエさんを見つめていた。
ノイズが放った小型種が、キュリエさんとロキアに襲いかかる。
ノイズの表情は喜悦に満ちていた。
「あれは、すごくよかったわ。キュリエの新たな一面が見られたもの。ああ、ほんと仲間とは素晴らしい! って感じたったわよね! 心温まる、ままごと劇場! 悪辣卑怯な低俗な悪役たちに対するは、ほんわか善人勢と異常者禁呪使いの混合部隊……あぁ! あれはとっても劇的だった! ああいうの、きっと万人受けするわ!」
「アイラたちの頑張りや優しさを笑うな。私はおまえみたいな人の頑張りや優しさを、心の底から嘲ったり茶化したり貶めたりするやつが、一番嫌いだ」
「頑張りとぉ、優しさとぉ、正〜論っ! キュリエ殿はとぉってもイイ子イイ子になったんでちゅねー!? ねー!?」
「黙れ」
「けど、あたしってすごいでしょぉ!? ロキアのクソ特性を有効活用したあの巨人を『登場人物が乗り越えるべき壁』としてしっかり用意して、ちゃんと機能させたんだもの! やっぱりあたし、才能あるわ!」
「二流以下だな、あんなものは」
言ってキュリエさんが、小型種に切りかかる。
しかし――なんと小型種が、キュリエさんの初撃を回避。
「以前より……格段に、速い?」
キュリエさんが訝しげに言う。
小型種に場を任せ、ノイズが後退。
「うっふっふっ、小型種ちゃんの強さがあの時のままのわけないでしょーがよ。ねぇところでキュリエぇ、あたしがあの巨人や小型種の生成、改良をこの王都のどこでやってたと思うぅ?」
「何?」
「あんなおっきな巨人の生成と改良を、この王都で身を隠しながらやれる場所なんてなかなかないわよねぇ? ね? ね? ねぇ〜?」
「そうか、貴様――」
「そうよ」
ノイズが両足を開き、力強く足もとの地面を指差す。
「あたしは聖遺跡に潜って着々と準備を進めていた……誰にも邪魔されずにねぇ! 種明かし!」
「……カカッ、なるほどな」
ヒビガミが納得げに言葉を発する。
「ノイズのやつめ、いわゆる『用塞』を聖遺跡の中に作ったというわけか。なかなかに大胆なことをする。だがむしろ、それこそが最適解か」
用塞……?
言葉の流れと感じからして、魔術を使う人の作業場みたいな感じだろうか?
「聖遺跡の深部なら、そこにいる魔物どもさえ駆逐できるならば、身を隠したいノイズにとってこの王都で聖遺跡内は最も安全な場所といえる」
「聖遺跡が封鎖になって聖樹騎士団の調査隊が入るってなった時は、ちょっと困ったけどねぇ! でもソギュート・シグムソスとディアレス・アークライトが参加しないって情報が入って、安心したけど! 特にあそこの団長は、やばいでしょ! 面倒すぎ!」
離れた場所から得意げに応答したノイズを無視し、ヒビガミが続ける。
「そしておれは聖遺跡に『拒まれている』から、おれに見つかってご破算にされる心配もない、というわけだ。地上へ出る時は転移装置を使えばいいし、あの女ならそこそこの深部への到達するまでに出現する魔物など余裕で蹴散らせるだろう」
そうか。
だとすると――
「聖遺跡に起きていた異変もすべて、おまえのせいというわけか」
強化された小型種の空を切る鋭いパンチを避けながら、キュリエさんがノイズを睨みつける。
「その通り」
ノイズが首肯する。
「あのね? ちょうどいい深さまで潜ろうと思って、階層をおりていく最中に、数だけ多くてうっざい魔物ちゃんたちはみぃんな、転移術式で上層階にポイーってしちゃったのですっ! でっもぉ? ゴーレムちゃんたちの数が揃ってからは、もうあたしの用塞に近づいてきたら――ぐちゃりぐちゃぐちゃぶちぃっ、って殴り殺させてたんだけどねぇ。まあ前途有望な若者たちの邪魔ができるのも面白いので、どっんどん上の階に『異変』として下の階層の魔物を送り込んでさしあげましたけどね!」
ノイズが得意げに両手を翼のごとく広げ、天を仰いだ。
「聖遺跡は、このあたしが占有させていただきました! おーっほっほっほっほっほっ! どうかしら!? いかがかしら!?」
あの聖遺跡での巨人討伐作戦の時にアイラさんが、
『魔物は階段をのぼってこられないはずなのに下の階層の魔物が本来の出現階層よりも上の階層にいるのがおかしい』
みたいなことを言っていた。
なるほど。
そういう、ことだったのか。
階段をのぼったのではなく、ノイズが転移術式で『ワープさせていた』のだ。
階段を使わず、術式で送り込まれていた。
送り込まれた魔物たちは階段をのぼることもおりることもできず、仕方なくその階層を彷徨っていた、ということか。
「結局あれらも、わたしが要因となっていたわけだ」
小型種の攻撃をいなしつつ、キュリエさんが気落ち気味に言う。
「そうよ、キュリエ!」
ここぞとばかりに語気を荒げるノイズ。
「未来ある聖樹士候補生たちの聖遺跡攻略という歩みを何を隠そう、あなたが止めてしまったの! 直接的な原因はもちろんあたしだけど、間接的には、逃げようもなく、あなたのせい! あなたが悪くなくても、あなたのせい! 残念だけれど……とっても悲しい宿命だけれど! 仮に不可抗力だったとしても、聖遺跡の異変でみんなが迷惑をこうむったのはあなたのせいなのよ、キュリエ! あなたさえここに来なければ! あたしを追って、こなければ!」
……ノイズ。
「クロ、ヒコ?」
セシリーさんの声。
俺は、立ち上がろうとしていた。
車椅子の肘掛けに置かれた腕が、悲鳴を上げながらも身体を支えようとしている。
「…………」
黙らせる。
今すぐに。
あの女を。
「よしなさい、クロヒコっ」
「そうです、だ、駄目ですよ、クロヒコっ」
マキナさんとセシリーさんが止めに入った。
「わたしだってキュリエのことをあんな風に言われて悔しいですよ。けど今のわたしではあのノイズという女には勝てない。それくらいは、わかります」
「歯がゆいけれど、ここでわたしたちが介入してもキュリエの足を引っ張ってしまうだけよ」
「そして今はあなたも――」
「仮に、動けたとしても」
男の声が交じる。
「まだ己の出る幕には早いだろうぜ、サガラ」
そう口にしたのは、ヒビガミ。
俺は可能な限り首を動かし、ヒビガミを見る。
「まあ今は、黙って観客の側に回っていろ」
ヒビガミがノイズの方を顎で示す。
「おれの見たところ、今のあれは以前よりも割り切るべきところは割り切れるようになっている。それは、おれとサガラが初めて剣を交えた頃と比べてもだ。一見変わらんように見えるが、適度に『聞き流す』ことを覚えている」
俺は痛みに耐えつつ、セシリーさんに補助されながらノイズの方へ向き直る。
と――
「あ、あらぁ?」
ノイズが一歩、後退していた。
キュリエさんが剣を振り上げている。
彼女の眼前で、強化小型種が縦に真っ二つになっていた。
下から上へと振り上げた刃。
下から上へ、真っ二つにしたのだ。
キュリエさんがゆっくりと、口を開く。
「最初の一撃は、前の小型種と同じ程度だと思って出したものだ。二、三撃ほど攻撃の様子を見れば、どの程度の力でやればいいかわかる。まだ手はいくつもあるんだろう? 本命のおまえとやる前に、余分な力を使いたくないものでな」
「うふっ、さ、さすがキュリエ……聖遺跡の異変の責任なすりつけ程度じゃ、ちょぉっと弱かったかしら? 以前のあなたなら、もうちょっと自分のせいだなんだって苦悩してくれた気がするけど」
「クロヒコと、仲間たちのおかげだ」
「まぁた、クロヒコ……」
ノイズが息を吐く。
「クロヒコクロヒコクロヒコ……どんだけ好きなのよぉって話よねぇ、ったく……で――」
ゆるゆると首を振った後、ノイズがもう一体の小型種の方を見た。
その先には、身体を首の脇から真っ二つにされた小型種の姿。
左右に分かたれていく小型種の身体の裂け目の向こうには、右手の剣を振り切ったロキア。
そしてロキアは左手の剣で、とどめとばかりに小型種の首を刎ねる。
その光景を不貞腐れた顔で眺めやるノイズ。
「あんたもあんたで苦戦の気配なし、と。二人とも普通に強いから、きついっちゃきついわ。ま、あの四凶災を倒しちゃうくらいだし、当然か」
ロキアは右手の剣を宙で回転させると、ぱしっ、と柄を的確にキャッチし、握り直す。
「四凶災も、テメェの差し金か?」
「ん〜、できれば四凶災もあたしが整えたかったんだけどねぇ。惜しいけど、あればっかりは無理だったわ」
肩を竦めるノイズ。
「さすがは悪名高き四凶災、といったところかしら。あたしの手には余りまくったわ」
「クク、なら四凶災の襲来は本当に自然と起きたことだったわけか。ここばかりは、読みが外れたな」
「あたしの予定も狂ったけどね。おかげで舞台の開演も、前倒しになったもの」
「元々狂ってるようなやつが、予定もクソもねぇだろ」
「あ〜ら、そんなに褒めないでよロキア、あんたらしくもない」
「世の中にゃ褒め殺しって言葉があってな」
「やっぱヤなやつ。死ね!」
「ククク、死ねるもんなら一度くれぇ死んでみてぇもんだがなぁ?」
「ふん! ほんとロキアと話しててもつまんないわ! いじめっ子ね!」
ノイズが髪をばさりと振りキュリエさんへ身体を向けると、包み込むように両手を広げた。
「だからあたしを愛いっぱいに慰めて? ね? キュリエ? あたしは、あなただけが大好きなの」
「わからないんだよ」
キュリエさんの声から微かに、刺々しさが消える。
「昔からおまえのことが私にはよくわからないんだよ、ノイズ」
と、
「カカカ……己のその性質はあの頃からまるで変わらんなぁ、『無形遊戯』」
自然と口をついて出たような感じにヒビガミが口を開いた。
瞳を潤ませていたノイズが射殺さんばかりの視線をヒビガミに向ける。
「劇の最中は、観客の方はお静かに願います。邪魔です」
しかしヒビガミはノイズの言葉に耳を傾けず、己の額に人差し指の先をあてた。
「昔あの女が『幼児性と知性を同時に兼ね備えた者こそが「正しく狂った賢者」となりうる』などとほざいていたが……なるほど、あるいはあの女が己に目をかけていたのは、己のような人間を作り上げたかったゆえなのかもしれんな、ノイズ」
「ふん」
ノイズは忌々しそうに鼻を鳴らす。
「あんたこそ変わってないわよねぇ、ヒビガミ……いくら6院の孤児の中で最年長とはいえ、その自分はなんでもわかってございますと言わんばかりの、偉っそうな小憎たらしい話し方、あたし嫌いよ」
「おれは強くなりすぎはしたが、別段、偉くはねぇさ。偉いってのはな、日々我を殺し、真面目に、そして堅実に何かの役に立つ仕事をしている連中のことだ」
「何それ? それがわかってるから自分は大人ですっていう、嫌味?」
「己もいい年になっただろうに……まだ幼児性は、捨てきれていない。ゆえに、そうあれるわけか」
「やぁねぇヒビガミぃ……ほんとの大人は子供と大人を時と場合によって都合よく使い分けるものよ? うふふふ」
「はっ! 弁解ご苦労だなぁ、クソノイズ!」
馬鹿にした態度で声を発したのは、ロキア。
「そうやってガキと大人みてぇな区別をしてる時点で、テメェはガキだってんだよ」
「るっせぇわね、ロキアぁ……いちいちうざいのよ、あんたは……」
ノイズは心底、うざったそうだ。
本当に心の底からロキアのことが嫌いなのかもしれない。
「黙っとけってんのよ――この、やっかましい異物王がぁ! あんたはいっつも目障り! 死司神ヘルヴに魅入られてさっさとくたばれ! いーだっ!」
歯を向いてロキアを威嚇するノイズ。
「フハハハハ! だからよ、そうやっていちいちムキになってんのがガキだってんだよ! なぁキュリエ? テメェもそう思うだろ?」
「おまえらの見飽きた罵り合いなど、どうでもいい。……それより、ノイズ」
「ん? 何? 何何キュリエ? キュリエの言葉なら、急いで脚本にやり取りを付け足すわよ?」
「おまえに、聞きたいことがある」
「んふ。わかってるわ。あの女……タソガレの居場所、知りたいんでしょ?」
タソガレ。
おそらくヒビガミが先ほど『あの女』と呼んでいた人物のことだろう。
その名前が出た後の彼らのやり取りから察するに――
「終末郷に、十三の孤児院を作った女」
ノイズが、ローブを翻す。
「そしてあたしたち第6院の人間を、育てた母なる美しき狂人……彼女の居所、知りたいのね?」
「ああ」
「ふふ、だからこそあなたは今まであたしを『死に至らしめる』攻撃はしてこなかった。あたしを戦闘不能に留めておかないと、聞きだせないから。でもそのせいでぇ、ちょっと攻撃にキレがなかったかしらん?」
「……クロヒコに手を出した時は、その加減も少々消えかけたがな」
「あの女に会って何を聞き出したいかを教えてくれたら教えてあげる……といっても、やっぱり教えてはくれないかしら?」
「話してもいいが……悪いが、おまえを信用できない」
「あら、寂しい」
「そしておまえはあの女の居場所を、私にそう簡単に教えるつもりはないんだろ?」
「ま、そうよねぇ? 劇をするには諸々の費用もかかるもの……タダってわけには、ねぇ?」
「一応、その言葉を聞いておきたかった」
「……え?」
「自分の未練がましさで踏ん切りをつけきれなかったことは、悪かったと思う。だが――」
決意を込めた調子で、キュリエさんは言った。
「やはり、おまえを排除することで今いるこの場所を守れるのなら……私はここで、自分の目的を捨てる」
「なんですって?」
……キュリエ、さん?
「おまえがあの女の居場所を素直に教えるつもりがないなら、それでいい」
「……キュリエ?」
「一応、確認だけしておきたかった。目的を果たせるに越したことは、なかったから……そして私は、そこまでして趣味の悪いおまえの舞台につき合うつもりはないし――」
キュリエさんが剣の柄を握り込む。
「私の大事な仲間たちをこれ以上、私の目的のためにおまえの舞台に上げさせるつもりもない」
キュリエさんが構えるリヴェルゲイトの蒼き剣身に埋め込まれたクリスタルが、発光を始める。
「ノイズ、私は、仲間たちを守るために――」
「キュリエ、あなた――」
「おまえを、ここで殺す」
すると、
「あぁキュリエ……あたし、とっても嬉しいわ」
ノイズが慈愛に満ちた不思議な表情を浮かべた。
「そんな風にあたしに感情をぶつけてくれるなんて……それも、殺意だなんて。殺意って、ああ、本当に素晴らしい感情……とても、劇的な感情。特別な、感情だわ。やっぱりキュリエ、キュリエ、キュリエ……あぁ、いいわ、キュリエ! だから、お願い――」
瞳を濡らしながらキュリエさんに微笑みかけると、ノイズは再び抱擁するかのように両手を広げてみせた。
「あたしを、劇的に殺して」
ノイズ・ディース。
どこまでが彼女の思惑通りなのだろうか。
…………。
わからない。
そして、キュリエさん。
キュリエさんはつまり、俺たちを守るためならば自分の目的を捨てると、そう言っている。
目的を捨て、自分の周囲に害を及ぼしかねないノイズの殺害を優先する、と。
医療室でのキュリエさんの発言を思い出す。
『ノイズのことは、私が自分自身で決着をつけるつもりだ』
あれは、そういう意味での発言だったのだろうか。
最悪自分の望みを捨て、
自分自身の手で『終わらせる』という、そういう意味での――
「ノイズのやり口を見ておくと面白いかもしれんぞ、サガラ」
ほくそ笑みながら、ヒビガミが言った。
「例えばおれや四凶災は、純粋な力によって勝敗や生死を決する。実に単純で明快な闘争をする性質の生き物だ。だがあの女は、少し違う」
「違う? それって、どういうこと?」
俺の代わりと言わんばかりに、マキナさんが尋ねた。
「ノイズが仕立てたこの舞台において、ノイズは果たして何を以て『勝ち』と考えているのか……『観客』としてそれを見極めようとするのも、また一興かもしれんな」
「この状況でよくそんな気の抜けたことが言えますね、あなたは」
不満げにそう口にしたのは、セシリーさん。
「まあ『高みの見物』を決め込めるあなただからこそ、そうやって呑気に構えていられるのでしょうけど」
皮肉った調子で、セシリーさんがヒビガミに言った。
「むしろこれは己にこそ必要な舞台かもしれんがな、セシリー・アークライト」
「わたしに?」
「貴族ではないサガラやキュリエは、絶大な戦闘能力こそ持っているが……例えば、貴族や王族と揉めた場合なぞは、その戦闘能力でごり押しというわけにもいかんだろう。となるとその場合『勝ち』の性質を変えなくてはならない」
「『勝ち』の性質……」
「その時こそ『貴族の娘』としての地位を使った『勝ち』が必要になるかもしれんぞ? ゆえに、『勝ち』が生き死にだけではないことを学ぶのは無駄ではないと思うがな」
「わかってますよ、そんなことは……というか、わたしの強みはそういうところですし。それにしても、わたしに修羅になれとか言っていた割には、なんだか拍子抜けする言葉です」
「なんとなくだが、どうも己はノイズに近い側の人間な気がしてな……まああくまで、印象だが」
むすっとした顔で、セシリーさんが眉の上あたりを指で掻いた。
「心外です」
「カカ、安心しろ。おれの知る限り――」
ヒビガミはノイズを見据えながら、口端を歪めた。
「ノイズほど正しく善良に性根の腐った女は、この世に二人といねぇだろうよ」




