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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
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第99話「わたしの王子さま」

 目を覚ますと、俺は学園の医療室のベッドに寝ていた。

 引き攣る痛みを首に感じながら顔を横に向けると、セシリーさんがいた。


「……俺、どれくらい寝てました?」

「実はクロヒコが気を失ってから、あまり時間は経っていないんですよ」


 ベッドの横で、セシリーさんは丸椅子に座っていた。

 多分、付き添っていてくれたのだろう。


 セシリーさんが俺がここへ来た経緯を話してくれた。

 あの後、意識を失った俺をヒビガミが学園まで運んでくれたのだとか。

 キュリエさんが馬に乗せて運ぼうとしたら、


『おれが運んだ方が早い』


 と、俺を奪い取ったという。

 そして学園に到着したヒビガミは、マキナさんに俺を預けたとのことだ。

 そうして医療室に運ばれて今に至る、という流れらしい。


「キュリエはヒビガミに預けることに対しやや迷いがあったようですが、最終的には、あの男があなたを死に追いやることだけはしないだろうと踏んだようでした」


 俺は複雑な気持ちで天井を眺めた。


「ヒビガミとしては自分のためなんだろうけど……それでも、また助けられたのは事実だよなぁ」


 こうなると、ヒビガミの求める強さの域に意地でも達しないとなぁという気にさせられてしまう。


「ところで今、他のみんなは……?」

「キュリエはこれからロキアという男と何か始めるらしく、その打ち合わせをしています。ただ、そのうちここに様子を見に来るとは思いますが」


 ロキア、か。

 あの二人が何かするとなると、やはりノイズ関係なのだろうか。


「学園長は現在、今後の方針について教官たちや騎士団の生き残りと協議中です。それと……避難地区の方では、実は四凶災の一人の死体が見つかっていないらしくて、避難地区の市民たちを解放するかどうか決をめあぐねているようです。現場には四凶災のものとおぼしき腕が一本、落ちていたとのことですが……」


 ベシュガムは確かに死んでいたはずだ。

 ゼメキスという男はキュリエさんに倒され、ロキアが捕縛したと聞いた。

 これも違うだろう。

 マッソも死んでいたはずだし、何より腕を失ってはいない。


 ならば、ヒビガミが倒したという四凶災か……?

 だけど妙だ。

 あのヒビガミが敵を殺し損ねるなんてことが、あるだろうか?


 いや、違う。

 あの男が意味もなく相手を生かすなんてこと、するはずがない。

 ならば意図的に息の根を止めなかったに違いない。

 …………。

 伸び代がある相手だったから見逃した、といったあたりだろうか。

 あるいは誰かがなんらかの思惑があって死体を隠した、という考え方もできるが……。

 だとすれば一体、なんのために?


「となると、まだ王都の警戒態勢が解けたわけではないんですね?」

「ええ、そのようです」

「そういえば……ジークたちは避難できたんでしょうか? セシリーさんのところには、何か情報は?」

「ジークはヒルギスとわたしの母、ハナ、ロロア夫人と一緒に避難地区へ向かったそうです。少し前に学園にやって来たバントンがそれを伝えてくれました。祖父も騎士団の者に付き添われ、避難地区へ」

「そうですか。よかった、みんな無事で」


 ロロア夫人の名は初耳だが、多分、例のジークの想い人だろう。


「ただジークとヒルギスは途中、四凶災と遭遇したらしくて」

「え!?」

「ジークは腕を折られ、ヒルギスも指を何本か折られたようです……命に別状は、なかったとのことですが」

「そう、ですか」


 …………。

 相手はあの四凶災。

 生き残れただけでも、僥倖だったと考えるべきか。

 そして二人と四凶災との間に割って入ったのは――おそらく、ヒビガミ。

 あいつはジークとヒルギスさんのことを一言も喋らなかった。

 そもそも助けたという自覚すらなかった、という可能性はあるが。


「…………」

「ん? どうしました、クロヒコ?」


 これは聞くべきことなのかどうか、迷っていたのだが。


「セシリーさん、その服――」

「ああ、これですか?」


 セシリーさんはエプロンドレスの生地を指で摘んで、持ち上げてみせた。

 そう。

 今、セシリーさんはメイド服を着ていた。


「四凶災との戦いで服が破けたり汚れたりしていたので、学園長が侍女の服を貸してくれたんです」


 セシリーさんが腰を捻って、前や後ろを俺に見せる。


「ふふっ、似合いますかね?」

「……ちなみに、貴族のお嬢様に『メイド服が似合う』とか言ってもよいものなんでしょうか?」

「ん? それはつまり似合うと思ってくれていると、そう解釈していいんですね?」

「ええ、すごく似合ってるとは思います。ただ、ちょっとサイズが大きめなのが惜しいところですかね」


 持ち主(おそらくミアさん)がどうこうというより、セシリーさんが華奢すぎるのだろうけど。

 この人、けっこう身体つき自体はほっそりしてるからな。

 と、なぜかセシリーさんが両手を胸のあたりへやり、ぷぅ〜、とほっぺたを膨らませた。


「む、胸の大きさは個人の努力では限界があるんですよぅ……もぅ、クロヒコのいじわる」


 恨みがましい目で睨まれた。


「え、いや――」


 服の全体を指して言っただけで、誰も胸の大きさを指摘したわけではないんだけど……。

 つーん、とセシリーさんが顔を逸らす。


「いーんです、別にっ。お母様も、胸は大きさよりも形の方が大事だって言っていましたからっ」


 少し頬を赤くしたセシリーさんが、じーっ、と流し目を送ってくる。


「ここ、わたしたち以外今は誰もいませんし……なんならちょっとだけ形、確認しますか? いいですよ? わたし、形には自信がありますし……クロヒコにだったら、み、見られても構いませんし?」


 くいっ、とメイド服の襟首に指を引っかけ、意地になったような顔で迫ってくるセシリーさん。

 な、なんかムキになってないか?


「あの……セシリーさん? 俺が言ったのは胸のことじゃなくて、服そのものの大きさのことなんですが」

「……へ?」


 目を丸くするセシリーさん。


「セシリーさんって細身だから、その服だとちょっとぶかっとしてますよね? って意味で言ったんですけど」


 セシリーさんは歯を浮かせると、あぅ、と照れ臭そうに顔を赤くした。


「そういうことは、さ、先に言ってくださいよっ! は、恥かいたじゃないですか……」

「……いや、自らかきにいった感ありません?」

「も〜、いじわるなやつめ!」


 ぷにっ、と人差し指の先でほっぺたを突かれた。

 ふぅっ、と息をつくと、セシリーさんは気勢を削がれた様子で椅子へ座り直した。


「しかし、もう少しこの姿に反応してくれると思ったんですけどねぇ……」

「いえ、こう見えても実は何気にけっこうときめいていたりも――」


 言って俺が身体を起こそうとした、その時だった。


「――っ!? ぅ、ぐっ……!?」


 身体に力を入れようとした途端、身体中に激痛が駆け巡る。

 セシリーさんが驚いて立ち上がる。


「クロヒコ!?」


 俺は再び、ベッドに倒れ込んでしまう。


「だ、大丈夫ですか!?」


 心配げにセシリーさんが覗き込んでくる。


「多分、禁呪を使った影響ですね。まだ負荷が抜けきっていないんだと思います……正直、ここまでとは思ってませんでしたけど」


 身体に力を入れなければ、特に問題はなさそうだ。

 寝た状態でいる今は痛みを感じない。

 それにさっきは予想していなかったから痛みに驚いて倒れ込んだけど、痛みが来ることが事前にわかっていれば、少しは耐えられそうだ。

 もちろん、激しい動きは難しいだろうけど……。

 まあ、しばらくはじっとして休んでいた方がよさそうだな。


 と、セシリーさんが何やら考え込んでいることに気づく。


「セシリーさん?」


 どうしたんだろう?

 あっ、とセシリーさんが顔を上げる。


「いえ……ヒビガミがあなたを運ぶと言い出した際『馬は揺れるからやめておいた方がいい、か。おれならば揺らさずに運べる。ここはおれに任せた方が、大分マシだと思うが?』と言っていたんです。あれは、おそらくあなたの状態を見抜いていたんですね……さすがというか、なんというか」


 そうか。

 ヒビガミは、俺の状態を見極めた上で、揺れなんかで痛みが走らないような運び方をしてくれたわけか。


 戦う相手としての期待をかけられているからとはいえ、今回はヒビガミに借りを作りまくってしまった気がする。

 …………。

 修行、本気でがんばらないとな。


「あの、セシリーさん」

「はい?」

「身体、起こすの手伝ってもらえます?」

「え? 大丈夫なんですか?」

「力を入れると痛みが走るんですけど、多分、補助してもらえればどうにか。寝ながらだと、喋りづらいのもあって」

「なんならわたし、出て行きますけど? クロヒコも休んだ方が――」

「どの程度まで動かすと痛みそうかは大体把握しましたし、なんか起きたばかりのせいか、これから寝るって感じでもないので」

「そうですか……わかりました」


 セシリーさんが立ち上がり、俺の傍まで来た。


「では失礼いたしますね、ご主人様?」

「……なるほど、そういうノリできますか」

「あら、お嫌いですか?」

「……腹黒メイド」

「こ~ら」

「いてっ」


 ぽてりっ、と軽く額をチョップをされた。


「まったく、お口の悪いご主人様ですねぇ?」


 と、セシリーさんが俺にそのまま覆いかぶさりそうな具合に、上半身を前に出してきた。

 ちょうど顔を突き合わせる感じになる。


「せ、セシリーさん?」

「ふふ……今の状況ってよくよく考えてみれば、わたしがやりたい放題の状況ともいえますよね?」

「へ?」


 セシリーさんが、右手を俺の太もものあたりにゆっくりと這わせる。

 さするかのような動きで、そのまま撫でまわす。


「な、何をしてるんです!?」

「ご主人様の態度がよろしくないので、少しお仕置きが必要かなとも思いまして。あまりおイタがすぎますと、ちょっぴり恥ずかしい目にあうかもしれませんよ?」

「……セシリーさん、こんな引き出し持ってる人でしたっけ?」

「ん〜? 何がですか? ご主人様が何をおっしゃってるのか、意味が解りませんね〜?」


 セシリーさんが蠱惑的に微笑みながら、俺の上着の中に手を入れようとする。


「こ――」

「こ?」


 セシリーさんが首を傾げる。


「こんなの、俺の知ってるセシリーさんじゃない! おまえさては偽者だな!? 口さえ動かせれば第九禁呪は使えるんだ! 我、禁呪ヲ発ス――」

「わ、わーっ! クロヒコ、落ち着いて! わたし! ちゃんとわたしですってば! ご、ごめんなさい! 調子に乗りすぎました!」

「……本物?」

「はい、本物ですよ? ほら?」


 肝を冷やした様子で、セシリーさんがにっこりと笑う。

 うーむ。

 このエンジェルスマイルを作れるのはセシリーさんだけ、だな……。

 信じるしかあるまい。


「悪ノリしすぎですよ、セシリーさん。……ていうか、ここまで攻めてくる人でしたっけ?」

「実は……ここのところ母から色々と指導を受けておりまして。その影響かと」

「指導?」

「最近『ようやくあなたにも想い人ができたとのことだし、そろそろ相手に女としての価値を刻みつける時期に来たと考えてよさそうね』と、母がわたしに男性を虜にする技術を伝授しようとしているんです」

「なんじゃそりゃ」

「若い頃から母が記している、男性を虜にする技術を集約したメモの束――通称『ソシエ文書』を一日一枚、母が寝る前にわたしの部屋のドア下に差し込んでいくんです」

「なんか大仰な名前がついてるけど……蓋を開けてみればただのエロ辞典の気配しかしないぞ」

「今のはわたしになりにそれを読んで実践した結果、だったんですが……」

「実の娘に何教えてんです、セシリーさんのお母上は! ――ぐぁぁ、いてぇ!」


 思わず頭を抱えかけたせいで、身体に痛みが走った。

 ……くそ。

 シーラス浴場の時はけっこう冷静に距離を取っているように見えたのに、今じゃセシリーさん、何気に母君に取り込まれかけてるじゃないか……。


「ちょっ!? クロヒコ、激しく動いちゃ駄目ですってば!」


 あたふたするセシリーさん。


「ほら、起こすの手伝いますから。無理しないでください」


 セシリーさんが片膝をベッドの上に載せた。

 それから俺の背中を支え、手を引いてくれる。


「あ、セシリーさん」

「もう、また顔真っ赤にして……胸が当たってる、ですか? こういう時は仕方ないでしょう。わたしは気にしてませんから、あなたも気にしない。わかりました?」

「……す、すみません」

「痛くないですか?」

「はい、大丈夫です」


 てんやわんやの末、どうにか俺は身体を起こしてヘッドボードに寄り掛かった。

 寄り掛かる時の姿勢を気遣ってか、セシリーさんが枕を二つ、ヘッドボードと俺の背中の間に入れてくれる。


「どうも、助かりました」

「いえいえ、とんでもございません」


 うん。

 こうして座っていた方が、なんとなく仰向けに寝ているよりは楽な気もするな。


「しかし、セシリーさんのお母上には一度ご挨拶に伺わなくてはならないみたいですね。主に、娘さんの件について」

「そ、それはつまり、娘を妻に欲しいですという用件で?」

「違いますよ! これ以上ソシエ文書とかいう不健全有害テキストを実の娘に譲渡しまくるのを後生だからやめてください! と抗議に行くんです!」

「クロヒコは、さっきみたいにされるのは不快ですか?」

「うっ……そ、そりゃあ心の底から嫌ってわけでもないですけど……ほら、フロンティアは自分たちの力で発見するから価値があるというか、なんというか」


 自分でも何を言っているのかよくわからなくなってきた。


「ふむ」


 きらんっ! とセシリーさんの瞳が鋭く光りを放つ。


「つまり、他人に干渉されずにセシリー・アークライトを俺好みに染め上げたいと?」

「名探偵ばりに『見極めたり!』みたいな顔してますけど、ぜんっぜん違いますからね……!?」

「う〜ん、クロヒコは意外と複雑な男の子ですよねぇ。だからこそ攻めがいがある、とも言えますが。ところで――」


 セシリーさんが医療室の簡易調理台の方へ歩いて行く。

 

「お腹、空いてませんか?」

「あ、ちょっと空いてますけど……」

「ふふっ、では少々お待ちを」


 セシリーさんが、簡易調理台の上に載っている丸みを帯びた装置のようなものの蓋を開けて中身を確認すると、突き出た取っ手みたいなものを、ぐんっ、と下げた。

 すると、装置が湯気を発し始める。


「なんですか、それ?」

「ふふ、できてからのお楽しみです」


 セシリーさんはいなすようにそれだけ言って、一分ほどが経過し――


「これは――」

「クロヒコが起きたら食べてもらおうと思って用意しておいたんです。ですがすみません、ごたごたしていたので、こんなものしか作れなくて」


 切り目の入ったほかほかのジャガイモの上に、溶けたバターがかかっている。


「じゃがバター……?」


 さっきの装置は電子レンジみたいな術式機なのだろうか。

 にしても、


「ごくり」


 お、俺の好物の一つじゃないか。

 まさか、こんなところで再び巡り合えるだなんて。


「セシリーさん」

「はい?」

「好きです」


 手に持った皿の上のじゃがいもに先っちょが刺さっていたフォークが、がっ、と深く沈んだ。


「なな、きゅ、急になんですか!?」

「俺、これ無茶苦茶好きなんですよ!」

「……ああ、そういう」

「これを用意してくれたセシリーさんも大好きです!」

「……自分がじゃがいもよりも序列が下のように聞こえるのは、気のせいですよね?」


 まあいいですけど、とセシリーさんが湯気だったジャガイモを小さく切り分けてくれる。


「熱いですから、冷ましますね?」


 ふ〜ふ〜、と息を吹きかけて冷ましてくれる。

 …………。

 セシリーさんの吐息がかかった料理。

 そんな見方もあるであろう。

 しかし今の俺はじゃがバターが食べたかった。

 食べたいのだ。


「はい、どうぞ? ……あ、そうだ」


 フォークを突きだしてきたセシリーさんが、妙案を思いついたとばかりに目を大きく開いた。


「クロヒコはあまり動けませんから、ひょっとして口移しの方が楽ですかね? ……ふふっ、なんちゃってっ」

「じゃがバターを、はやく」

「……はい」


 なぜか途端にションボリしてしまったセシリーさんが、じゃがバターを食べさせてくれる。


「むぐむぐ……ごくん」

「どうです? 美味しいですか?」

「美味い――これは美味いですよセシリーさん! バターも濃厚で、すごくいい! セシリーさん、大好きです!」

「複雑だ……これはすごく、複雑だなぁ……」


 しくしく、とセシリーさんが笑いながら泣くという器用な芸当をこなしていた。


          *


 とまあ、そんなわけで腹に食べ物も入ったのもあって、少し落ち着いた感じになった。


「色々とお世話になりました、セシリーさん」

「まあ、これもわたしなりの一つの恩返しだと思ってください。いえ……これくらいじゃまだまだですね。あなたのおかげで、わたしはこうして無事でいられるんですから」


 セシリーさんは目元を緩め、そっと両手で俺の手を取った。

 俺の痛みのことを気遣ってか、それはとてもゆっくりとした動作だった。


「わたしにできることがあれば、なんでも言ってくださいね? あなたは……それだけのことをしてくれたんですから」

「いや、俺はセシリーさんから受けた諸々の恩を返すつもりで――」

「ううん」


 セシリーさんが首を振る。


「もうそれ以上のことを、あなたはしてくれましたよ」


 そんな風に言われると、どう応えていいかわからなくなる。

 なので思わず、


「……恋人候補ですから、と、当然のことですよ!」


 なんてことを、口走ってしまった。

 するとセシリーさんは、えへんっ、と咳払いすると、妙に芝居がかった具合に言った。


「三年という期限を設けたが、己は予想外の速度で素敵になっている。それゆえ、期限を早めることも考えているが――」

「何気にさらっとヒビガミの台詞をアレンジしないでください。そしてまるで似ていない」

「に、似てたらむしろ大ごとですよ! というか、触れるべきはそこじゃないでしょ……?」


 けど、そうか。

 ヒビガミとの決着もセシリーさんの恋人候補期間も、そういや同じ三年だったっけ……。


 セシリーさんは俺の手をそっと置くと、手を後ろに組んだ。


「本当のわたしのことをわかってくれて、たまに気兼ねなく本音をぶつけ合えて、時にはとても頼りになって、ちょっと強く出るとなかなか反応が可愛くて……そして本当の危機に陥った時、とってもずるい形で駆けつけてくれて――」


 口元を綻ばせながら、俯きがちに顔を背けるセシリーさん。


「これで好意を持たない方が、どうかしてますよ?」


 心臓が、きゅっ、と締まった感じがした。

 顔が熱くなってくる。

 照れ隠しに、苦笑してみせる。


「お、俺はむしろ、セシリーさんみたいな素敵な人がどうして俺みたいなのをとか、今でも微妙に思ってますけど……」


 セシリーさんも、苦笑を返してきた。


「あなたはもう少し自分に自信を持つ努力をすべきでしょうけどね……ま、変に自信家なのに比べれば、個人的には好感が持てますが。ただ、わたしも自分に自信を持つのが少し難しくなってますけどね。だって、あなたは――」


 ちょっと寂しげな感じにに、セシリーさんの笑みが薄まった。


「あなたは、本当に強くなりましたから。そして今のわたしはキュリエみたいに、あなたを戦いの場で助けることができない。むしろ、足手まといになってしまうくらいですから」


 セシリーさんが視線を落とす。


「だから、このまま少しずつわたしにできることがなくなっていくんじゃないかって……少し、怖くなる時があります。もちろん、これからもわたしは強くなるために――」

「な、なら!」


 俺は一度唾をのみ込んでから、再び、口を開いた。


「俺がしんどくなった時……そ、傍にいてくださいよ」

「――――」

「俺、セシリーさんが傍にいると気持ちがほっとするんです。それは多分――」


 俺は微笑みかける。


「あなたが俺にとってかけがえのない、とても大切な人だから」


 セシリーさんが、瞳を丸くした。

 と、彼女は面を伏せた。


「やめて、もらえませんか?」

「え? あの――」


 その時、セシリーさんが俺をそっと優しく抱擁した。

 それは身体の痛みのことを慮った、とても柔らかな抱擁だった。

 彼女は俺の耳元に口を寄せ、吐息が感じられるほどの距離で囁いた。



「これ以上、わたしを惚れさせないで――――本当に三年間、待てなくなるかもしれないから」



 そして静かに抱擁を解くと、彼女は身体を離した。

 セシリーさんがほほ笑む。


「ひょっとしてまた『癪に障る』みたいなこと、言われるかと思いました?」

「……少し」

「不安にさせてから安堵させるのが、効果的。これも、ソシエ文書の教えです」


 ふっ、と俺は口の端を緩めた。


「けどまあ……今の俺は、どんなセシリーさんでも受け入れるつもりですけどね」

「おや、なかなか言いますね~?」


 俺は、にっ、と笑ってセシリーさんを上目づかいに見た。


「卒業までの三年間、覚悟しといてくださいね?」

「ふふ、今のは……なかなかよかったかな?」


 セシリーさんは片手を腰に手を当てて前かがみになると、俺の額を指先で、ちょん、とつついた。

 そして、ウインクした。


「期待していいんですよね――わたしの、王子さま?」


 はにかんだその笑みには、どこか胸のつかえが取れたような、そんな清々しさがまじっていたような気がした。


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