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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
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幕間25「かくて最後の幕は上がる」【ノイズ・ディース】

 ノイズ・ディースは、学園本棟の空き教室から中央広場を見下ろしていた。



「あ〜あ、今回ばかりは予想外だったわねぇ……まいっちゃったわぁ」



 ノイズは腰を捻り、指先を唇の端に添えた。

 教室の窓からは陽光が差し込んでいる。

 夕刻にはまだ少し遠い光に目を細めるノイズ。



「せっかく終末郷の住人を騙くらかしてまで、聖樹騎士団をおびき出したっていうのに……」



 特に王都から最も離れさせたかったソギュート・シグムソスを砦へ向かわせられたのは、大成功といえた。

 ノイズは彼の過去を調べ上げ、心を寄せていた女が死んだ時と似た状況を仕立て上げた。

 目論み通り――何か特別な想いが胸に去来したのだろう――団長自ら騎士団を率いて、王都を発った。


 砦までは馬で約三日。

 帰還までは六日かかるはずだ。

 そして今日は騎士団が王都を発って五日目。

 聖樹騎士団に大事な舞台を邪魔立てされる心配は、これは排除されている。


「しっかし、終末郷のコたちも案外ちょろいものよねぇ~」


 終末女帝は存在そのものが幻想ではないかと言われている。

 だが、そんなあやふやな存在を信奉する者が終末郷には数多いる。

 何を隠そう、悪名高きロゼルバイオン率いる十死末も終末女帝の信奉者集団の一つだ。


「愛されてるわよねぇ、終末女帝ちゃんって」


 少し力を見せてやったところ、あの『獄』の人間も自分を終末女帝だと信じた。

 まあ、あれほど希少な古代術式を連発すれば、人知の及ばぬ未知の力と映るのも無理からぬことであろう。


 そして、これこそが終末女帝の力なのだと彼らは錯覚した。


 最初は終末女帝の使者を名乗ろうかとも考えたが、逆に思い切って本人だと名乗ってしまった方が意外と疑われないのではないか、とノイズは考えた。

 加えて昔『あの女』が終末女帝にまつわる話をたくさん聞かせてくれたおかげで、その知識が真実味を与えるのに一役買ってくれた。

 そう、


 ノイズは自らが終末女帝であると偽り、上手いこと終末郷の住人を動かした――のだが、


「ようやく舞台の準備が整ったかと思ったら、まさかあの四凶災が襲来だなんて……ほんっとに予定外。狂った狂った、大事な公演予定が、狂ってしまった」


 さしものノイズも、四凶災を意のままに動かせるだけの力はなかった。

 昔、ノイズは一度『役者』として出演願おうと四凶災に接触をはかろうとしたことがあった。

 しかし遠くから一目筒帽の男を見て、一瞬で理解した。


(あちゃぁ〜、無理無理。あれはあたしの手には余りすぎぃ〜! お〜怖っ!)


 ノイズはそう即断し、あっさり引き返した。


 だが今回、その四凶災がよりにもよって、自分がいざ仕掛けようとした矢先に襲来するとは。

 まさに予測不能の、突発性人間災害である。


「しかも……キュリエったら、まさかあの四凶災を倒しちゃうなんて。やっぱり素敵……んんん! 抱きしめてあげたい! 抱きしめたいわ、キュリエ!」


 ノイズが涎を垂らして身をかき抱いていると、一羽の鳥が開け放たれた教室の窓から侵入してきた。

 飛び込んできた鳥は、そのままノイズの足元で力尽きた。


「んふ、ご苦労さまぁ」


 教室の床には今息を引き取った鳥も含め、三羽の鳥の死骸が落ちていた。


 使い魔の使役術式。

 動物を使役する失われし古代術式である。

 この術式は『あの人』から教えてもらったものだった。


「ぐっ……! っ、たぁ……」


 脳に痛みが走った。

 次いで鼻から血が垂れてくる。


「使い魔の使役術式を『眼』として使ったのはいいけど、三匹同時は、さすがにきつかったわねぇ……」


 キュリエと四凶災との戦い。

 サガラ・クロヒコと四凶災との戦い。

 ヒビガミと四凶災との戦い。


 使役術式は負荷による危険性が高い術式だと『あの人』は言っていた。

 決して一つの対象以上は使用しないようにと、言い含められていた。

 しかしノイズは同時に三羽の鳥を使役するという暴挙に出た。


「だってあれこそ観覧しないと死んでも死にきれないでしょぉ? うふ……うふふ、うふふふふ! ロキア、禁呪ちゃん……キュリエぇ! そしてくそったれの邪魔ガミ! 驚きの四凶災! ああ、いいものを見た! 大変いいものを、見せてもらったわ!」


 ノイズは鼻血を流したまま両手をいっぱいに広げた。


「あははは! もう駄目! 駄目駄目駄目ぇ! 我慢できない! なっちゃう! あたし、雑音になっちゃう! この舞台の雑音に、心底、なりたがってる!」


 幸福感に満ちた顔で、ノイズはくるくるとその場で回転する。


「ねぇ、いいでしょう!? きっとここしかないわ! このあたしの『物語』を終わらせるならここがいい! ここでしょぉ!? ねぇそうでしょう!? タソガレ!?」


 しんと静まり返った教室の中でノイズは一人、高らかに言葉を紡いた。

 しかし彼女の言葉に応えるものはいない。

 カツッ、と静止の足音が室内に響く。


「んふ、ロキア……あなたなら、ちゃぁんとあたしを引きずり出してくれるわよねぇ? そのために、あなたの大事な大事なラーフェイスちゃんとファルヴェティちゃんを、盗んできたんだからぁ」


 学園に潜入してからのロキアの動きは見事と言うほかなかった。

 種はわからないが、もう何かしら見当をつけてきているようだ。

 自分が正体を見破られるのも時間の問題だろう。

 今も瀕死の四凶災を使って何か画策しているようだ。


 ノイズが、ぷつっ、と髪の毛を一本抜いた。


「いたっ、いたたっ! いったぁい! あはは……でも生きてる! 痛いってことは、生きてる証! ここにあたしは生きている! あぁ、だからこそ死にたい! 劇的に――死にたいわ!」


 ふぅっ、と髪の毛を吐息で飛ばす。


「けど、ヒビガミがまじってるのよねぇ……上手く、かわせるといいけど」


 ヒビガミに関しては『あの人』ですら強さの秘密がわからないと言っていた。

 6院の中でも、彼は飛びぬけて異質な存在なのだ。


「大っ嫌いよ、ヒ、ビ、ガ、ミ。けど、あの『魔喰らい』が折れてくれたのはよかったわね」


 対処できなくもないが、やはりあの『魔喰らい』対策に労力を割くのは骨だ。

 なのであの刀を折ってくれたベシュガム・アングレンには感謝である。

 …………。

 まさか、あれを素手で折る人間がいるとはノイズも思わなかったが。


「そ、れ、にぃ」


 四凶災が退場してくれたのは僥倖中の僥倖。

 主に魔素を使った力を行使するノイズにとって『術式の効果が極端に薄まる体質』を持った四凶災は、天敵とさえ言えた。

 運悪く遭遇した際にやり合えるかどうかは、微妙なところだった。

 その四凶災という不安要素が消えてくれたことは、今後の舞台にとって実によいことだった。


「しかも出演してくださる役者の皆様もイイ感じに疲労してくれたみたいだし……出撃するなら、今よねぇ?」


 ノイズは鼻血を親指で拭い、舐め上げた。


「んん〜……ただ一つ、禁呪ちゃんだけは少し読めないのよねぇ。対策があってもなぁ〜んか、嫌な感じ。今は動けないみたいだけど……ああ、しかも禁呪ちゃん、あたしのキュリエを――」


 ノイズは床に手を突くと、自らの肩を掴んで涙を流しはじめた。


 そう――これは、嫉妬の感情だ。


 大好きなキュリエ。

 何をしても彼女は、自分にはサガラ・クロヒコに向けるような笑みは向けてくれなかった。

 あんな風に接してはくれなかった。

 いつも自分とキュリエとの間には壁があった。

 サガラ・クロヒコにだけ。

 クロヒコにだけ。

 自分の占める領域が彼女の中でどんどん小さくなっていくのがわかる。

 ああ、取られてしまった。

 愛しの人を、奪い取られてしまった……。

 悔しい。

 嫉妬の炎が、ノイズの胸の内で燃え上がっていた。


(ああ……だけど、なんて甘美……)


 行き場のない嫉妬の情。

 胸を掻き毟りたくなるほどの衝動。

 だがしかし、同時にこの奪い取られた側の嫉妬こそが劇的であり、なんとも甘く、ノイズの脳を蕩けさせる……。


(素敵……素敵よ、キュリエ、禁呪ちゃん……この胸に穴がぽっかり空いたような嫉妬の感情、なんて素晴らしいのかしら……ああ、キュリエがあたし以外の人間に、あんなにも心を許しているだなんて! とっても悔しい! だけど――)


 んふっ、とノイズは不敵に笑んで立ち上がる。


「だからこそ禁呪ちゃん、あなたはとても、素晴らしい」


 ノイズは使い魔として使っていた三羽の鳥の死骸から一羽を拾い上げると、頬ずりした。


「ねぇ? あなたは劇的に死ねた? 死ねたわよね? だって、使い魔として死ねたものね? んふ……死にたくなかった? ごめんなさい……とっても反省しているわ。これって何もかも、あたしのわがままよね? うん、そうよね……あははは、だから誰か、善なる真の勇者よ! あたしを劇的に殺して! あたしを決して、許さないで! ――この邪悪を見事、劇的にうち滅ぼしてちょうだい!」


 そっと床におろした鳥の死骸に死司神ヘルヴの祈りを捧げると、ノイズは颯爽と立ちあがる。


 学園への入学。

 サガラ・クロヒコとの出会い。

 周囲から浮いてからの孤立。

 セシリー・アークライトとの確執、和解。

 溶けゆく氷の壁。


 聖遺跡での戦い。

 小さく甘酸っぱい恋物語と、一つの決意。


 そして、ようやく彼女が見つけたかもしれない自分の居場所――


「んふ、どれもなかなかいい物語だったわよ、キュリエ。キュリエ・ヴェルステインが死ぬほど好きなあたしとしては、ごちそうさまの連続」


 ノイズは腕組みをし、むむぅ、と表情を顰める。


「と、は、い、え……前幕に急遽『四凶災襲来』が割り込んだことで、途端に最終幕の盛り上げ方が難しくなっちゃったのよねぇ。あれ以上の最終幕をあたしは用意しなくちゃならないわけでしょう……? となると――」


 にぃ、とノイズは爬虫類めいた笑みを浮かべた。


「これはもう、あたしの命を懸けて望むしかないわよねぇ?」


 ノイズは懐から取り出した細長い小瓶を胸元で握りしめ、再び祈りを捧げはじめる。


「いいわ。あたし、自分の命に代えてでもこの舞台を成功させてみせる。ううん、この舞台には命を賭けるだけの価値があるもの。もうこれ以上の舞台はないわ。そうよ、このために……この日のためにあたし、今までがんばって準備してきたんじゃない。だから必ず、成功させてみせるわ」


 ノイズは小瓶をしまうと、術式を描くでもなく、指先の聖素で中空に無意味な図形を描き始める。


「うふふ、それにしてもキュリエ、ヒビガミ、ロキア……あの怪物たちをたった一人で相手にしようってんだから……あたしって、ほんとに健気よねぇ。泣けてくるわ」


 ノイズは聖素の光を纏う指先をぺろりと舌で舐めた。


「上手くあたしを引きずり出してよね、ロキア? もちろん手加減は……しないわよ?」


 教室の扉を目指し、鼻歌まじりに歩きはじめるノイズ。


「演じるわよ! 最高の悪役を!」


 そして彼女は一度立ち止まり、天井へ腕を突き上げた。


「さぁて、それでは――」


 パチンッ。


 ノイズは高らかに指を慣らすと、不敵な笑みを浮かべた。




「最終幕と、まいりましょうか」 

 長かった幕間におつき合いくださりありがとうございました……!

 次話から物語は本筋に戻ります(少しヒロインたちとの絡みを重視した回を入れる予定です)。


 次話は、土曜日(4日)の23:00~23:59に更新予定です。

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