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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
125/284

幕間24「意志」【リリ・シグムソス】


 砦の制圧は完了した。

 十死末も、捕虜となった者を残し全滅したようだ。

 団員たちに指示を出し終えたリリは、ソギュートと砦の一室にいた。


「十死末も『獄』の人間とやらも、お兄様の前では無力……さすがですね」


 水の入った水筒の蓋を、リリは木箱に座るソギュートの傍らに置いた。

 ソギュートは「すまんな」と礼を述べた後、中身を一息に飲み干した。


「砦の奪還を迅速に達成できたのは団員の尽力が大きい。砦の制圧は、おれ一人ではどうにもならんからな」

「それでも、あれほどの威圧感と実力を持つ相手をまるで苦戦せず退けられるのはお兄様だけです」

「十死末に『獄』の男か……確かに、決して弱い相手ではなかった。しかし――」


 ソギュートが厳しい表情で虚空を見据える。


「四凶災と比べれば、やはり大した相手ではない。四凶災は、あれらとは比べものにならないほど凶悪な連中だ」


 四凶災。

 最凶の名を大陸中に轟かす四人の天災。

 そして、兄を変えてしまった元凶でもある。


「ですが……今のお兄様ならば勝てるのでは?」

「いや、難しいだろうな。少なくとも、今のおれと同等以上の力を持った人間があと三人は必要だ」


 ソギュートがレーヴァテインを静かに撫で、視線を細めた。


「しかも四凶災には一人、尋常でない強さを持った男がいる。あれを真正面から倒すことは非現実的だろう。あれを倒すには、なんらかの罠や策を用いる他あるまい」


 リリはスカートをおさえ、ソギュートの隣に腰かけた。


「では、他の三人ならば勝てますか?」

「いや、まずは残りの三人も分断する必要がある。なんというかな……連中は、動きの連係が完璧なのさ。以心伝心とでも言うべきか。ゆえに、まずは一人一人個別に戦える状況を作り出さねばならない。といっても、四凶災が容易に罠に嵌るとも思えんが……まあ、もしなんらかの気まぐれで一人ずつになってくれれば、あるいは――」


 彼が睨み据える遥か先にいるのは、四凶災か。

 それとも――彼の想い人であった当時の副団長、クリス・ルノウスフィアだろうか。


 クリスが死んだ後、ソギュートは悲嘆に暮れる日々を送っていた。

 彼は己の無力さを責めていた。

 夜には獣のごとき声が部屋から聞こえてきた。

 一方のリリは、兄に何もしてやれない自分の無力さを呪った。


 十日ほどが経った時、ソギュートが部屋から出てきた。

 これが自分の兄なのだろうか、とリリは驚愕した。

 それは、兄が年相応とは思えぬほどのやつれた顔をしていたからだ。

 元が美男子だったのでむしろ大人の色気を獲得したとも言えたが、しかし、その変貌ぶりはリリの心をひどく動揺させた。


『己の無力さを嘆くのは、もうやめだ。おれは聖樹騎士団長になって……四凶災を、殺す』


 それは血の気が引くほどに虚ろで、また、空恐ろしさすら覚える声だった。

 しかし同時にリリの心を打ったのは、悲しいという感情だった。


 この時まだ幼ないと言っても過言ではなかったリリは決意した。

 自分も聖樹騎士団に入って兄を支えようと。

 兄の目的を果たす、その手伝いをしようと。


 そうしてリリは聖ルノウスレッド学園に入学した。

 入学当初はシグムソス公爵家の娘であり、あのソギュート・シグムソスの妹ということでかなり色眼鏡で見られた。

 好成績を出しても所詮は親の威光ゆえだと陰口を叩かれた。

 だけどそれは当然のことだとリリは考えた。

 シグムソス公爵家の娘であり、リリが入学した時には聖樹騎士団長の座に迫っていたソギュート・シグムソスの妹となれば、偏った視点で見られるのは仕方のないことだ。

 頑張って結果を出しても、いつも家柄や人脈で片づけられてしまう。

 しかしそれが世の摂理。

 どうしようもないこと。


 だからこそ、気にする必要はない。


 贔屓されていると陰口を叩かれようとも、反論などせず甘んじて受ける。

 何より、本当の自分を見てくれる人間は最後に残るものだ。

 だから自分は目的のために邁進するだけ。

 兄の負担を少しでも減らせる立場へ到着する最短距離を辿ることだけ、考えていればいい。


 こうしてリリは、同級生であったディアレス・アークライト、ラムサス・ファロンテッサと共に学園における聖遺跡攻略の最高記録を打ち立て、学園を卒業した。


 騎士団の選抜試験にも難なく合格。

 ただ騎士団に入ってからも、しばらくは嫌味や陰口を言われた。

 しかし実力で次々と黙らせていった。

 嘆いている暇などない。

 悲観する意味などない。

 兄の苦しみを思えば、自分には苦しむ権利すらない。

 そうリリは思っていた。


 とにかくリリは大好きな兄の役に立ちたかった。

 そしていつか悲願を達成したあかつきには、兄は昔の兄に戻ってくれるのではないか――そんな淡い希望を、抱いてもいた。


「お兄様……自分は、お兄様の役に立てているでしょうか?」


 躊躇いがちにリリは言った。

 するとソギュートは少し意外そうな顔をした後、ふっ、と口元を緩めてリリの頭に手を置いた。


「おまえには感謝している。おまえのおかげでおれは自分の腕を磨くことに集中できた。そして今の騎士団は、おまえ抜きには立ちゆかないだろう」

「……それは褒めすぎかと。ディアレスの働きには、及びません」

「だとしてもだ。おまえはおまえで本当によくやってくれている。……それに、すまんな。おれのわがままに巻き込む形になってしまって」

「いいえ。そうおっしゃっていただけるだけで……自分は、本望です」


 ソギュートはそっと視線を伏せた。


「人に恵まれているな、おれは」


 リリは面を伏せる。


「ですがお兄様、自分は――」


 リリは口ごもり、出かかった言葉をのみ込んだ。


「おれが四凶災への復讐に固執しすぎていて心配、か?」


 胸中を見透かされたらしい。


「いえ、その……申し訳ありません、出過ぎたことを」

「復讐――そうだな、復讐の気持ちは今も消えてはいない。ただ、騎士団の連中と一緒に過ごしているとな……少し別の感情も入ってきていることに、気づいた」

「別の感情、ですか?」

「おれは、この騎士団の連中を好いている」


 ソギュートが浮かべたその表情を、リリはどこか懐かしいものとして感じた。


「どうしてクリス副団長が命を賭してまで騎士団の連中を守ろうとしたのか、今ならわかるような気もしてな。当時の騎士団は確かにおめでたいところがあったが……気のいいやつも多かった。クリス副団長を慕っている者もたくさんいた。慕ってくれる人間たちを守りたいと願うのは時に、復讐よりも強い力となるのかもしれん」


 ソギュートはレーヴァテインの柄を強く握り込んだ。


「あいつらがいつか四凶災に殺されるかもしれないと思うと……時折、この身が張り裂けそうな気持ちになる」

「お兄様……」


 だから四凶災を殺す。

 大切なものを守るために。

 己を殺し、修羅と化しても。


「とはいえ、そう遠くない未来に四凶災は倒せるかもしれん。今の学園にはおまえたちの世代以来の才が集まっている。ベオザ・ファロンテッサ、ドリストス・キールシーニャ、クーデルカ・フェラリス……セシリー・アークライト、キュリエ・ヴェルステイン、そして、禁呪使い――サガラ・クロヒコ」


 ソギュートが表情を緩める。


「あの世代が育ってくれれば、四凶災を倒すというだけでなく……ルノウスレッドは、より平和な国になれるのかもしれない。だからこそ彼らが育つまでは、おれたちがルノウスレッドと騎士団を守らなくてはな」


 その時、部屋のドアが開いた。


「ディアレス」


 ディアレスは捕虜の尋問を担当していた。

 見れば、彼の制服の袖には血が付着している。

 ディアレス・アークライトは尋問――それに付随する拷問に長けていた。


「どうだ、ディアレス。今回の砦占拠の件について何かわかったか?」

「ええ、まあ」


 どこか浮かない表情。


「今回は時間がなかったのもあって、やや強引な方法を取りました。まあ、身体的苦痛というのは、やりようによっては時間を取らなくて済みますからね。あまり、私の趣味ではありませんが」


 ディアレスは、希少植物からとれる中毒性の強い粉を食べ物に混ぜ、意図的に禁断症状を起こさせて自白させる手法や、何日も壁に向かってただ立たせ続けて放置し、気がおかしくなるのを待つといった、そういう尋問手法を用いる男だった。


「すまんな。おまえにはいつも、汚れ役を押しつけて」


 ふっ、とディアレスはこともなげに微笑した。


「適材適所というやつですよ。ま、決して気持ちのよい役回りではありませんがね。ただ、目的を達成する能力があるのにそれを使わないというのも、それはそれで宝の持ち腐れですから」


 彼は夜会などでもよく、華やかな場を好かぬソギュートや他の団員たちの代わりに、権力を持つ貴族のご婦人たちのご機嫌を取ったりもしてくれている。

 人の心を絡め取るのも彼の得意とするところであり、そんな彼の才は騎士団の維持にも一役買っていた。

 彼は以前、リリにこう語ったことがある。


『組織というものは、ただ清廉潔白なだけではその強さを維持できない……それが私の持論です。そして私は、ソギュートの騎士団を維持するためならばいくらでも汚れ役に回るつもりです。あなたのお気遣いについては感謝します、リリ。ですが、どうか私のことはお気になさらず』


 彼のその言葉を聞いたリリは、感謝と申し訳なさを覚えると共に、彼のことが少し心配にもなった。


「それで、尋問の結果なのですが」


 ディアレスが神妙な面持ちになる。


「急ぎ、王都に戻った方がいいかもしれません」

「どういうことだ?」

「やはり我々は、ここにおびき出されたようです」

「……おびき出された、か。その目的と、おびき出した者の名は?」

「残念ながら、目的までは知らなかったようです。ですが、おびき出した人物の名は吐きました。ただ――」


 何やら歯切れが悪い。


「正直、私としては信じることはできませんね。ですが、嘘を言っている様子もなかった」

「……この砦の占拠を指示したのは、誰だ?」

「捕えた者は皆、今回の件について口を揃えてこう言っています」


 難しい顔をしたディアレスは口元に手を当て、言った。


「今回の砦の占拠は、終末女帝の意志だと」


 リリは腰を浮かせた。


「お兄様」


 ソギュートが、カッ、とレーヴァテインの鞘の先で床を突いた。

 少し前までとは打って変わった、鋭く厳しい面持ち。


「砦内の団員を招集しろ、ディアレス。今すぐにだ」


 幕間が続き申し訳ありません……(汗

 次話で導入のための幕間は終わりとなります。


 次話、幕間25は30分後くらいに投稿いたします。

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