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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
121/284

第97話「抱かれる興味」


「クロヒコ」


 背後からセシリーさんの声がして、はっとする。

 振り返ろうとして、しかしその前に背後から腰に手を回された。


「……セシリーさん?」

「助かりました」


 とん、と。

 背中の上の方にセシリーさんの額があたった。


「けど、あの登場の仕方はちょっとずるかったです」

「すみません、無我夢中で」

「無我夢中だから、ずるいんですってば」


 その調子は拗ねているようでもあり、ちょっと照れているようでもあった。


「無我夢中になって間に合うんなら、いくらでも必死になりますよ」

「……ふふ、ああ言えばこう言うんだから――照れもせずに」


 腰に回された手に強く力が込められる。

 背中に柔らかい何かが押し当たった。


「セシリーさん、こ、これはさすがに密着しすぎでは……?」

「こういう時はちゃんと、戸惑ってくれるんですけどねぇ」

「は、はい?」


 ふっ、とセシリーさんが微笑を漏らした。


「すみません。こうでもしないと、たまにあなたの弱いところが見えなくなって……少し、不安になってしまうので」

「け、怪我の方は大丈夫ですか?」


 慌てて身体を離し振り返る。

 が、口にした問いへ対する返答はなかった。

 彼女は僅かに背伸びをし、俺の左のこめかみ辺りへ手を添えた。


「左目、どうしたんですか?」


 俺は今に至る経緯を簡単に説明した。

 主に学園へ現れた四凶災と遭遇し、戦ったことについて。

 セシリーさんは話を聞き終えると、複雑な心情を覗かせながらうつむいた。


「相変わらず自分のことは二の次なんですね、あなたは」

「はは……というより、状況的にそうせざるをえなかったかなぁ、と。なんといっても、相手が相手でしたから」

「こんなにボロボロになって……それでも、逃げずに戦って。しかも、いつも自分のことは後回しで。単なるお人好しを、越えています」


 視線を落とす。


「誰に対してもこうってわけじゃ、ないですけどね」

「ふーん」


 両手を後ろで組み、セシリーさんが上体を寄せてきた。

 何やら含みのある顔をしている。


「じゃあ……わたしだから、ですね?」

「ええ」

「ふふ、まあそれはそうで――へっ!?」

「セシリーさんためだからこんなにがんばるんです、俺は」


 意地悪げだったセシリーさんの表情が、虚を突かれたものへと変化した。

 奇妙なジェスチャーを交えながら、途端彼女はしどろもどろになる。


「や、そこは、ほら、クロヒコ、冗談で、ここは普通、ごまかすとか、建前とか――」


 ぼしゅぅっ、という効果音でも聞こえてきそうなほどセシリーさんの顔が真っ赤になる。

 まるでゆでだこみたいだった。

 白い耳を先まで朱に染め上げ、彼女は面を伏せてしまう。

 そして緩く右腕を上げると、ぽてんっ、と俺の左肩あたりを平手で叩いた。


「な、何言って……ば、馬鹿っ」


 声が若干、動揺めいた震えを帯びていた。


「だ、だからなんであなたはそういうことに限って、真っ直ぐに投げてくるんですか……あれですか? 不意打ち? わざとなの?」

「……本音を言ったまでなんですが」

「もうっ、本音だから困っちゃったんでしょ!」


 ぷんむくれるセシリーさん。

 俺は安堵しつつ、苦笑した。


「調子は、大丈夫そうですね」


 ヒビガミと戦った時のことがあったから心配していたが、直面した戦いのショックはなさそうだ。

 倒れているガイデンさんを見る。

 ところで、あの人は大丈夫なのだろうか。


「ああ、祖父なら気を失っているだけです。あのマッソという男、祖父を生かした状態で何かしたかったようなので。ですから祖父は無事のはずです……多分」


 言ってから、一応セシリーさんは状態を確認すべくガイデンさんのもとへ歩み寄る。

 やがて屈んだ姿勢から立ち上がると、俺へ向かって親指を立ててみせた。


 よかった。

 どうやら無事のようだ。

 ガイデンさんを丁寧に横たえると、彼女は俺のところへ小走りに駆け寄ってきた。


「ところでクロヒコ、その姿って禁呪によるものなんですよね? まだ、解かないんですか?」


 自分の腕や翼へ一度、視線をやる。


「気味悪い、ですかね?」

「何を馬鹿なことを言ってるんですか。……怒りますよ?」


 セシリーさんが腰に手をやり、ため息を一つ。


「それともクロヒコは、わたしが、腕が少し変貌したり羽が生えた程度で気味悪がるような人間だと? だとしたら、落ち込むのですが」


 微笑しつつ申し訳ない気分になる。


「ですよね。すみません、セシリーさんはそういう人でした」


 直後、俺は冗談っぽい顔で言った。


「けど、実は心の中で『癪に障る』とか思ってたりします?」

「お、思ってませんっ! うぅ……あ、あの時の発言は反省してますから……」


 セシリーさんは気まずそうに視線を逸らした後、上目遣いにに尋ねてきた。


「い、意外と気にしてたりします?」

「はは、冗談ですよ。蒸し返してすみません」

「……もー、イジワルなんですから」


 恨めしい視線が向けられる。


「わ、悪かったですよ。前にも言った気がしますけど、こういうタイプの軽口を叩けるのって正直セシリーさんくらいだから……つい、ぽろっと」

「……わたしは、クロヒコの特別?」

「最初から、あなたは特別でしたけどね」

「ふーん……」


 なんかまんざらでもないって顔をしていた。

 最初に出会った時点で、度肝を抜く美しさと尋常じゃない剣技を見せつけられているからな。

 そりゃあ特別だ。

 セシリーさんは何やら満足げに肩を竦めた。


「ま、他の誰が気味悪がっても、わたしはその程度のことであなたを嫌いになったりしませんから」


 ふふんっ、とセシリーさんが得意げな目つきになる。


「なんなら、その腕をこの場で舐めて差し上げてもけっこうですが?」

「意図はわかりますけど、舐めてどうするんですか……絵的にも、なんかまずいでしょう」

「そうですか?」

「はい」


 強く頷く。


「誰も見てませんよ?」

「……いや、そういうことではなく」


 それからセシリーさんは、表情を改めると、俺の左腕にそっと触れた。


「……さっき、その姿を解かないのかどうかと尋ねたのはですね」


 揃えた指の腹を俺の腕に這わせるセシリーさん。

 この腕でも、はっきりと彼女の指の感触はある。


「その姿のクロヒコを見ていたら、なんだか無理をしているように映ってしまったんですよ。それで、つい」


 勘が鋭い人だ、と思った。


「大丈夫ですよ。何があっても俺、死ぬつもりだけはないですから」

「……そうですか。なら、いいのですが」


 少なくとも、まだそのリスクを負う時ではない。

 俺は剣を鞘に納めた。

 そして、城の方へ首を巡らせる。


「これから俺、キュリエさんを探しに行ってきます」


 そう、まだ終わってはいない。

 四凶災は四人。

 俺が二人。

 ヒビガミが一人。

 つまりあと一人、残っているわけだ。

 まだこの王都から、危険の種は取り除かれていない。


 セシリーさんが双剣を拾いに行き、手に取った。


「キュリエは今日、お城に呼ばれていたんですよね? あなたはこのまま、ルノウスレッド城へ?」

「その前に一度北門を経由してから、城へ向かってみようかと」


 俺は、自分とキュリエさんが聖樹騎士団から力を貸してほしいと要請されていたことを、セシリーさんに告げた。

 ただ、城にいたキュリエさんのもとへ伝達役の団員が到着した頃には、すでに北門の騎士団の包囲網は突破されていた可能性が高い。

 四凶災北門突破の報は、王のいる城へは真っ先に届けられたはず。

 ならばキュリエさんが、北門へ向かう前にその報を知った確率も高いとみていいだろう。

 なので、彼女が一人北門へ向かったかどうかというと微妙なところである。


 だが、万が一ということもある。

 北門の様子は一応、見てみることにする。

 空が飛べればそれほど時間はかからないだろうし。


 それにキュリエさんなら、きっと大丈夫だ。

 臨機応変に最適解を見つけようとする人だし、何より恐ろしく強い。


 俺は、翼を広げた。


「セシリーさんは、どうします?」

「そうですね――」


 鞘に剣を納めながら、セシリーさんが答える。


「母やジークたちとも合流したいところですが、マッソの言葉通り四凶災の目的がわたしだとすれば、合流すると母たちにも危険が及びかねません。祖父を近くの民家の中に移した後、わたしは移動して、祖父とは別の建物に身を隠そうかと思います」


 四凶災の目的がセシリー・アークライトだったことは、彼女も知っているようだ。

 あのマッソという男から聞いたのだろう。

 セシリーさんは微笑を浮かべたまま、緩く首を振った。


「まったく戦えないわけではありませんが、この状態では足手まといになる可能性もありますしね。下手に動き回って残る四凶災に見つかって囚われでもしたら、それこそお荷物ですから」

「……俺としては正直、セシリーさんに一緒に来てもらえた方が安心ですけど」

「え?」

「四凶災の目的がセシリーさんなら、個人的には一緒にいてくれた方が、安心するっていうか……それに今の俺なら、セシリーさん一人くらいなら抱えて空を飛べると思います」

「ですが、わたしがいては足手まといに――」

「もし、仮にそうだったとしても」


 俺はマッソの死体を見る。


「守るべき相手が傍にいても、守り切る自信はあります」


 ベシュガムの言葉が真実であったことが判明した今ならば、この状態で他の四凶災を相手にしても、十二分に勝機はあるはず。

 事実、セシリーさんとガイデンさんを守りながらでもマッソという四凶災を圧倒することができた。

 ならば、むしろ個人的にはセシリーさんと行動を共にした方が安心できる。

 そのことを説明すると、先ほどのマッソとの戦いを見ていたせいもあるのだろう、セシリーさんは意外とあっさり了承してくれた。

 で、


「じゃあ、行きますよ?」

「大丈夫ですか? なんだか身体が、強張ってません?」

「大丈夫です。大丈夫な、はずです」


 ガイデンさんを近くの民家のベッドに寝かせた後、俺はセシリーさんを両手で抱え上げた。

 そして今、俺はセシリーさんをいわゆるお姫様だっこしている状態だった。

 ただ、その……互いの身体が、限りなく近い。

 首に手を回して掴まっているセシリーさんの顔も、異様に近くて。

 強張りを増す俺の身体と相反し、セシリーさんの身体の色々な部位は、とても柔らかくて――


「これは選択を間違えた、かも」

「え? なんですか?」

「セシリーさん」

「はい?」

「落ちないようにしっかりしがみつきつつも、あんまりくっつきすぎないでください」

「けっこう無茶な要求じゃないですか、それ!?」

「……行きますよ」

「ま、待ってクロヒコ、どの程度の力加減で掴まれば……って、うわっ!? これは駄目です! しがみつきますよ!? けっこうがっつりと、しがみつきますからね!?」


 南無三。

 事態は急を要する。

 ここは、我慢するしかあるまい。

 上目遣いで、気がかりそうに見上げてくるセシリーさん。


「く、クロヒコ、苦しくないですか?」

「ある意味、胸が苦しい」

「……そこそこは、あるつもりなんですが」

「いや、そういう意味じゃないですから!」


 セシリーさん、やっぱり調子悪そうだな……。


「じゃあ気を取り直して……行きますよ?」

「は、はいっ! はなさないでくださいね!?」


 表情を引き締め、ぎゅっと密着してくるセシリーさん。

 先ほどの様子からすると、ちょっと怖いのかもしれない。

 ……ま、もうどうにでもなれ。

 今はキュリエさんに会うことが最優先。

 そうさ。

 照れている場合じゃない。

 観念した俺はセシリーさんの腰に回した手にしっかり力を入れ、空へ―― 


「楽しそうで、何よりだな」

「え?」


 その声は、俺とセシリーさんから同時に発せられた。

 見ると、


「きゅ、キュリエさん?」


 馬に乗ったキュリエさんが、そこにいた。


 馬上の彼女はやや不機嫌そうな面持ちで、俺たちをじーっと眺めていた。

 彼女は白いドレスを着ていた。

 城へ行くために用意されたものであろう。

 元はとても煌びやかであったであろうその装いは、所々が破れ、汚れていた。

 汚れの中には血の赤も混じっている。

 身体の節々には僅かに負傷の痕もうかがえた。

 そう。

 それはまるで、激しい戦いを終えてきた後のような――


「……で、おまえたちは抱き合って何してるんだ?」

「あっ――」


 俺とセシリーさんは互いに、間近で顔を見合わせた。

 彼女とほとんどくっついた状態で抱きかかえたままの俺と、がっしりと俺にしがみつくセシリーさん。

 これは……誤解されかねない。


「ち、違うんですキュリエさん! これは別にいちゃついてたとか、そういうことでは……っ!」

「そ、そうです! いちゃつきたい気分がなかったわけではありませんが……さすがのわたしも、今の事態の深刻さくらいはわかっていますから!」

「え? なかったわけではない!? そんなこと考えてたんですか、セシリーさん!?」

「ちょ、ちょっとくらい思ったっていいでしょ!? もちろん、思っただけですよ!? 実行はしてませんからね!?」

「もういい」


 キュリエさんが大きなため息をついた。


「わかってるよ。おまえらが、こんな時にそんなことするようなやつらじゃないってことくらい。さっきのは冗談だ。で――」


 キュリエさんの表情が鋭さを帯びた。


「その左目はどうした? 何があった?」


 俺はセシリーさんを地面に下ろすと、キュリエさんの元へ駆け寄って経緯を説明した(セシリーさんを抱きかかえていた理由も)。

 説明を聞き終えたキュリエさんは、そうか、と一つ頷いた。


「そうまでせざるをえない相手だった、ということか」

「今になってみると正直、勝てたのは奇跡だったような気もしますけど」


 キュリエさんは暫し感情の読み取りづらい顔で俺を見た。

 そして、何か諦めを思わせる様子で息をついた。


「おまえ自身が自分の行動に納得しているならば、私は余計な口は挟まん。おまえの行動によって救われた人間もたくさんいるだろう。ただ……できれば自分自身のことも、少し大切にしてくれ」


 キュリエさんがセシリーさんをちらっと見た。


「もう、おまえだけの身体じゃないんだ」

「……キュリエさん」


 なぜ妊娠した妻へ夫がかけるみたいな言葉を。

 は、ともかく、


「キュリエさんこそ、何があったんです? ドレス、すごいことになってますけど」


 尋ねると、今度はキュリエさんが我が身に起こったことを説明した。


「え? じゃあもう四凶災は全員、倒されたってことですか?」

「おまえの話と照らし合わせると、そういうことになるな」

「そっか……もう、四凶災の危機は去ったのか」


 身体からどっと力が抜けていくのを感じた。

 安堵からくる脱力。

 よかった。

 話を聞く限り、城に居合わせたアイラさんも無事みたいだ。

 キュリエさんはゼメキスという四凶災を援護に現れたロキアと共闘して倒し、俺と合流すべく学園を目指していたらしい。


「そしたら遠くに空を飛ぶ人間みたいなものが見えてな。それがどことなく、おまえのような気がして」


 で、確認するために馬で追ってきたとのこと。


「俺、キュリエさんに気づきませんでした」

「私も警戒しながら移動していたしな。それに私が見つけたすぐ後、おまえはすぐに地上に降りて行ったから。遠くにいた私にまで意識が回らなかったんだろう」


 ちょうど俺がセシリーさんを見つけたくらいの時、キュリエさんが俺を発見したのだろう。

 セシリーさんを助けることで頭がいっぱいで、彼女を目にした後は周囲まで気が回らなかった。


 キュリエさんは首の後ろに手を回して俺を引き寄ると、額を押しつけた。

 …………。

 急に顔を引き寄せられたから、ちょっとびっくりした。


「がんばったな、クロヒコ。この短期間で、おまえは本当に強くなった」


 キュリエさんが額を離す。

 少し照れながら、俺は言った。


「キュリエさんに褒めてもらえると、やっぱり嬉しいですね」


 感じ入ったように、うんうん、と頷くキュリエさん。


「やっぱりおまえは、ロキアとは違うよな」


 疑問符を浮かべる俺を横目に、キュリエさんはセシリーさんへ向き直る。


「セシリーも、とりあえずは無事みたいでほっとしたよ」

「こうしていられるのも、クロヒコとあなたのおかげです。二人には改めて礼を言いますよ。……ただ、今回のことで二人との距離をより痛感しましたけど」


 苦笑するセシリーさん。


「置いていかれないよう、精進しますよ」

「おまえにやる気があるなら、いつでも稽古はつけてやるぞ」

「ふふ、ありがとうございます、キュリエ先生」

「……先生はいらん」

「お師匠様?」

「却下だ」

「お姉さま」

「おい」

「ふふ、冗談ですって」

「……ったく」


 二人のやり取りを微笑ましく感じつつ、ひと気のない通りに目をやる。

 ジークやヒルギスさんたちも、無事だといいんだけど……。

 まあ、四凶災の脅威が消えたのなら、もう禁呪を解いても――


 その時だった。

 キュリエさんが構えを取り、腰の剣の柄に手をかけた。


「何を、しに来た」

「当然のごとく――四凶災を、狩りに」


 俺とセシリーさんは、彼女の視線の先を追う。

 路地の陰から姿を現したのは、ヒビガミだった。

 ヒビガミが、マッソの死体をしげしげと眺めた。


「そこのはすでに狩られたようだな。しかし、学園で死んでいた男には心惹かれたが……他は存外、期待外れか?」

「ヒビ、ガミ」


 平板に呟いたのは、セシリーさん。


「ん? ああ、セシリー・アークライトか。その様子……ふむ、四凶災とやり合ったか」


 セシリーさんを観察するヒビガミ。


「ただ、どうやら勝利には至らなかったようだな。ある程度は成長しているようだが……まあどの道、己とキュリエには手を出さん約束だ。安心しろ。おれの邪魔さえしなければ、もう痛い目にも苦しい目にも合わずに済む」

「くっ……」


 唇を噛むセシリーさんに、キュリエさんが言う。


「気にするな。あいつは、戦いにおける強さでしか人を測れん哀しい男なんだ」

「カカッ、言うじゃあないか、キュリエ――だが、あながち間違ってもいねぇかもな。おれが人を見る際に何より重視するのは、強さと、その伸び代がどの程度か、そしてその伸び代を最大限に伸ばすことのできる要素は何か、だからな。見る者が見れば、哀しい人間と映るのかもしれん。ただ、どこぞのガラス細工のように打ちひしがれることはないが」

「なんかおまえセシリーにだけやたらと厳しくないか?」

「気にするな。狭量な男の安い挑発だと思っておけばいい」

「フン、減らず口を」

「おれは昔から口の減らん男だからな」

「好かれる要素はどんどん減ってるけどな」

「カカッ、このおれに平然と突っかかれる己のような女も貴重なのかもしれんな、キュリエよ」


 キュリエさんって、けっこうヒビガミをいなすの上手いよな……。

 やっぱり同じ6院の出身者同士だからなんだろうか。


「ま、セシリーどうとかは、頼りになる禁呪使いに慰めてもらえばいい。大切に思う己のためならば、サガラはいくらでも言葉を尽くしてくれるだろう。それにおれは別に、甘犬が憎いわけではない。興味がないだけだ」

「私はおまえに興味がないがな」


 すかさずキュリエさんが棘を刺した。

 というか、ちょっと本気で怒ってる感じもした。


「己に純粋な興味を持ってもらおうと思ったことはない。持ってもらいたいのは、戦意か敵意だ」

「なら成功しているぞ。セシリーにつまらん言葉をかけるおまえに、私は敵意を持っている」

「己が戦りたいというのであれば受けてやるぞ? おれの方からは、サガラとの取り決めで手が出せんからな」

「残念だったな。私から仕掛けるつもりはない」

「カカッ、煽り損か」

「フン、ざまーみろ」


 なんだかキュリエさんが以前よりも強くセシリーさんのことを大事に思ってくれている感じがして、俺は内心、ちょっと嬉しくなった。

 と、ヒビガミが愉快そうな顔のまま俺を見た。


「その様子を見る限り、そこの二人とは以前より随分と仲を深めたようだな、サガラよ。彩りに満ちた生活を送っているようで、何よりだが――」

「強くなるための努力は怠ってないよ。あんたとの『仕合い』のことは、ちゃんと見据えてるつもりだ」


 多分、楽しい学園生活に溺れて鍛錬を疎かにしているのではないかと訝っているのだろう。

 その時、


『心底、反吐が出る』


 ベシュガムに投げられた言葉が、ふと頭をよぎった。


「……それに俺は、なんと言われようと今のみんなとの関係性が好きなんだ。この関係を捨ててまで、強くなるつもりはない」


 ヒビガミが嗤う。


「別に、その必要はねぇさ」

「え?」

「己が守りたいと願う人間たちとの関係性を捨てる必要なんざ、まるでないと言っている」

「……あんたがそんな風に言うなんて、少し意外だな」


 セシリーさんには以前、持っているものをすべて捨てて修羅になれみたいなことを言っていた。

 ヒビガミのようなひたすら孤独に力を追い求める男からすれば俺たちのような関係性は一種の生ぬるいものとして映るのかもしれないと、そう思っていたが――


「勘違いするな。別に慰めているわけじゃあない。これは『それ』こそが己の強さを支えている、という話だ。己の物理的な強さは禁呪による恩恵のようだが、おそらくその精神的な強さは――己自身の異常さによって、支えられている」

「…………」


 俺の、異常さ?

 ククッ、とヒビガミが含んだ笑いを漏らす。


「己は少々興味深い『異常者』のようだな、サガラ・クロヒコよ?」

 ちくちくと時間をみつけて書いてはいたのですが……約一か月ぶりの更新となりまして、大変申し訳ございません(汗


 書籍化の作業が予想を超えて大変だったのと(これは私が不器用なせいないなのですが)、書籍化とはまた別の事情で何かと時間に追われておりました。

 楽しみにしてくださっている方々には、本当に申し訳なかったです。



 書籍化の作業もまだ色々とやることがあり、まだ作業は続きそうです。

 どうにか更新も定期的に進めていければ……と思うのですが、今年は色々と見通しが不透明なことが多く、確約は難しいかもしれません……。

 書籍が発売する頃には、第一部が完結する付近までもっていければと思っているのですが……。



 そんなわけで、第一部は98話で一旦「四凶災編」が終わり、次に幕間を挟んで、いよいよラストエピソードへと突入します。

 鈍足ながらも書き進めていくつもりですので、よろしければ今後ともおつき合いいただけると幸いです。




 次話98話は、明日(9月4日)の11:50~11:59に投稿予定です。


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