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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
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第12話「王都クリストフィア、散策」

 坂を下り終えると、小さな門が見えてきた。

 門の脇にはそれぞれ衛兵が二人立っている。


「ここが、聖ルノウスレッド大通り北口でございますっ」


 ミアさんがご当地観光ガイドさながらに、大通りを手で示した。

 と、衛兵が一人こっちを見る。

 おっかなびっくり衛兵さんをちら見しつつ、俺はミアさんに尋ねた。


「ふ、普通に通れるんですよね?」


 この世界に来てから、今のところ俺は『衛兵』というものにいい思い出がない。

 不審者と断ずるやいなや『懲罰房』とか言い出す衛兵は、特に嫌いだ。


「はい、もちろんですっ」


 衛兵は一度こちらに視線を向けたが、すぐに興味なさげな顔になって、大あくびをした。

 ふぅ、よかった。


 こうして俺たちは問題なく門を潜った。

 大通りに入ってしばらく歩くと、人の賑わいがにわかに増した。


「おぉ」


 大通りは目に見えて活気があった。

 さすがは国の中心といったところか。

 道には露店が立ち並び、食べ物やら装飾品やらを並べている。

 まだ朝方ということもあってか、露店の準備をしている人の姿もちらほら見える。

 それら様子は、眺めているだけでも目に楽しい。

 こっちの世界に来てからというもの、目にする何もかもが新鮮に映る。


「それでですね、クロヒコ様」

「はい?」


 ミアさんがエプロンドレスのポケットから、何か小さな袋を取り出した。


「どうでしょう? お召し物を一揃い、お買いになるというのは?」


 俺は自分の服を見る。

 そういえば、いまだに俺は前の世界の服を着ている。

 しかも、洗ってないし。

 ん?

 まさか、


「に、においますか!?」


 俺が聞くと、ミアさんは慌てたように両手を振った。


「いえいえ、そんなことございません! ですが――」

「『ですが』……?」

「実は、マキナ様からこのお金でクロヒコ様の服を買うよう、言いつけられているのです」

「え?」

「マキナ様がお部屋を出られる時、わたくしにそう言い添え、これを渡されました」


 ミアさんが掌の上の袋を揺らす。

 ジャリジャリ、と音が鳴った。


「お金?」

「はい、しかも金貨でございます」

「金貨……」


 この国の通貨については何もわからないが、きっとかなりの価値に違いない。

 なんたって、金貨だし。

 にしても、ああマキナさん!

 そんなにも俺のことを気にかけてくれているんですね!

 もう、ツンデレなんだから!


「マキナ様としては、その、今のお姿ですとクロヒコ様があまりにもみすぼらしいとのことで……」

「みすぼらしい!」


 ひどい!

 確かに服は上下と靴下と靴。

 ぜんぶ合わせて一万円いくかいかないかだけど!

 山登りとか地べたに昏倒とかして、汚れてはいるけど!


「み、みすぼらしい、かぁ……」

「も、申し訳ございませんクロヒコ様! マキナ様のお言葉とはいえ、みすぼらしいだなんて……!」

「いえ、いいんです……それが紛うことなき真実ですから」

「き、気を取り直して服店へ参りましょう! ね?」


 励まされつつ、俺は彼女に連れられて服店へ行った。

 そこで綿製の服を上下買い揃え、店の中で着替えた。

 これはいわゆる平服――普段着ってやつだろう。

 ミアさんは、


「わ! 大変素朴で、素敵ですよ!」


 と言ってくれたが、まあ『素朴』という単語をあえて称賛ワードとしてわざわざ使わなくてはならないくらいには、地味な服装というわけである。

 ついでに革製の靴も買ってもらった。

 靴下(ソックス?)もあったので、それも買ってもらう。

 ミアさんはもう少し高いものをと勧めてくれたが、根が貧乏性なせいか、俺は安そうな服をチョイス。

 ま、自分のお金じゃないしな。

 それに、いつかこのお金もちゃんとマキナさんに返そう。

 あと、今まで着ていた服を入れる麻袋も買ってもらった。


 こうして大通りに出てもすっかり違和感のなくなった俺は、みすぼらしいと苦言を呈された服の入った麻袋を肩にかけ、ミアさんと一緒に街を歩きはじめた。

 歩きながらミアさんは色んなことを話してくれた。

 といっても、どこにどんな店があるかだとか、どの店のどんな食べ物がおいしいんだとか、そんな話題が中心だった。

 多分、この世界や国のことをあまり一気に話しすぎても俺がついていけないだろうと、気を遣ってくれたのだろう。

 なんとなく、その気遣いは伝わってきた。

 そして俺にこの街のことを少しでも好きになってもらいたい……そんな感じだった。

 でも、退屈はしなかった。

 むしろ嬉しかった。

 一生懸命に身振り手振りを交えながら説明してくれるミアさんを見ているだけで、そしてこうして一緒に街の中を歩いているだけで、楽しかったから。

 まあ、彼女の話の内容におけるお勉強的な部分は、通貨と距離の単位、あとは時間のことくらいだろうか。

 すっごく大雑把に現代日本の単位に変換してしまうと、こんな感じ。


   通貨(1枚あたり)


 ドラシル白銀貨=100000円

 金貨=10000円

 銀貨=1000円

 銅貨=10円

 角貨=1円


   長さの単位


 1ミル=1ミリ

 1セイン=1センチ

 1ラータル=1メートル

 1ロタ=1キロ


 通貨のドラシル白銀貨とやらは、ほとんど流通していないものとのこと。

 記念硬貨みたいなものなのだろう。

 正確を期すなら『約』とか『大体』とか『くらい』とかつけるべきなのかもしれないが、めんどうなので、俺判断でつけずに脳内変換することにした。

 ちなみに物価云々まではわからないが、まあ銀貨が一枚あればどうにか二週間くらいは食っていけるらしいので、物価は日本よりは安いって感じか。

 うーむ、いつも思うが、ファンタジーの単位ってやつは面倒なものである。


 で、時間については、わかったのは一つだけ。

 どうやら王都では、一時間ごとに大時計塔にある鐘が鳴るようにできているらしい。

 学園の近くで目を覚ました時に聞いた鐘の音は、どうやらその鐘の音だったようだ。

 一応、壁掛け時計なんかはあるみたいだけど。

 学園長室にもあったし。


 俺の頭にきっちり入ったのは、まあせいぜいこのくらいである。

 一気に覚えると、頭がパンクするし。

 受験勉強で一夜漬けとか無理だったタイプです、はい。

 ……ま、そのわりに一夜漬けしまくった記憶がありますが。


 まあ、そんなこんなで、適度にローカルな街の話題を楽しみつつ、俺はミアさんに連れられ、街を見て回った。

 それから俺たちは、昼食がてら、露店で果物と肉の燻製、チーズの燻製を買って食べた。

 なんでも、チーズはルノウスレッドの名物でもあるらしい。

 そのチーズはというと、名物の冠に恥じぬ素晴らしい味であった。

 つーか、うますぎだろ!

 ファンタジーの飯って実際どうなのよ!? と危惧していたが、どうやらこの世界は『あたり』らしい。

 ……一応言っておくと、腹があたる方ではない。


「…………」


 うーん。

 にしても、食文化もそうだけど、この世界の文明発達度合いってのがまだいまいち掴めてないんだよな……。

 トイレは現代に近かったし、学園の制服にしても、さすがに中世ヨーロッパ風では通らない代物だった。

 のわりには、この世界は、なんとなーく西洋系のRPGみたいな感じがある。

 それに、学園の廊下や学園長室にあった光る水晶みたいなやつについても、わかってないんだよな……。


 そのへん、ミアさんに聞いとくべきなのかもな……。

 …………。

 ま、そのうちでいっか。

 どうせ俺、ファンタジー世界の知識とか、それと比較した中世や近世のヨーロッパの文化とかに詳しいわけじゃないから、大した考察もできないし。

 今は、美少女ケモノ耳メイドと一緒にデート気分で街を散策中!

 これで十分じゃないか!


          *


 俺は空を見上げる。


「…………」


 すでに、空は茜色に染まっていた。


「ミアさん……」

「はい……」

「夕方、ですね」

「はい、そうですね……」


 俺たちは今日一日、街の噴水広場に行ったり、街の巨大な図書館を眺めたり、聖神ルノウスレッド様とやらの像を眺めたり……まあ、なんというか、普通に遊び歩いて過ごした。

 あ、ちなみに石像のルノウスレッド様、美人でしたよ?


「…………」


 うん。

 そもそも今日はマキナさんのはからいで、この世界についてミアさんに色々と御教授願うはずだったのだが……。

 まあ、この世界に関する一般常識として頭に入れたのは、通貨と長さの単位、あと時間の話くらい?


「……も、申し訳ありません、クロヒコ様」

「え?」

「わたくし、もっとこの国や世間のことについてクロヒコ様に教えてさしあげなくてはならなかったのに、途中から、ただのお気楽な散歩になってしまっていたような気がします……」

「いやいや、ミアさんのせいじゃないですよ」


 俺だって、全力で楽しんでたし。

 くだらないことを、べらべらしゃべりながら。


「その……」

「?」


 ミアさんが両手の指先を、つんつん、と合わせている。

 微かに頬が上気しているようにも見えたが、あるいは、単に夕日のせいでそう見えただけかもしれない。

 まるで弁解でもするみたいに、ミアさんが言った。


「く、クロヒコ様のとても楽しそうなお姿を見ていたら、あのですね、なんだか、こっちも楽しくなってきてしまいまして、つい、わたくしも本分を忘れてしまったというか、その……」


 ミアさんが、ばっ、と頭を下げた。


「申し訳ございません! クロヒコ様はもっとこの国や世間について知りたかったのに、わたくし、関係のない話ばかりしてしまって! あまつさえ、まるでクロヒコ様に責任を押しつけるような物言い……どうか、お許しください!」

「い、いえ、そんな、気にしないでくださいよ! むしろ俺の方こそ、すみません!」

「え?」


 ミアさんが顔を上げる。


「や、俺が無邪気に楽しんでたせいで、ミアさんも堅苦しい話とか切り出しづらかったんじゃないかな、って……」

「クロヒコ様……」

「まあその、なんだ……」


 俺は面映ゆい気持ちになりながら、ぽりぽりと頬をかいて苦笑した。


「まだ時間、残ってますよね?」

「は、はい、残っております、けど……そうですね、あと、鐘の音が三回鳴るまでは――」


 弓者の刻とやらが9時ってことは、つまり今は午後の6時くらいってことか。


「ってことは、まだ二、三時間はあるってことですよね?」

「はい……」

「じゃ、どっかで夕食がてら教えてくださいよ、この世界のこととか、国のこと」

「は、はい!」

「とはいえ、今の俺はごはんをおごってもらう立場なんですけどね……ははは……」

「そこはお任せください! お詫びというわけではありませんが、本日の夕食は、わたくしの自腹でごちそういたします! いえ、是非ともさせてください!」


 にわかに元気づいたミアさんが、ぽふっ、と自分の胸を叩く。

 柔らかそうな胸がむにゅんとへこむ。


「…………」


 素晴らしい。

 …………。

 じゃなくて。


「じゃ、ごちそうになろうかな」


 こういう時は、下手に断らない方が失礼にならない。

 まあ、何かをごちそうになる際の『ここは私が』『いえいえそんな』『いえいえどうか私に』『いえいえ悪いですよ』『いえいえ今日は私が』『では次は私が』という日本人的応酬も、美徳ではあるんだろうけれど。

 ……ある意味、悪癖な気もするけど。


 そんなわけで、俺はミアさんに連れられて酒場に行くことになった。

 そこは、街をぶらぶら歩いている時、料理がおいしいとミアさんが言っていた店だった。

 酒場か。

 ファンタジーなら定番だよな。

 …………。

 そういえば、異世界だから別に気にすることないのかもしれないけど、身体年齢的には未成年なわけだから、一応お酒は遠慮すべきだろうか?


「…………」


 いや、そもそも俺、前の世界で生活してた頃から、アルコール駄目なんだった……。

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