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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
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幕間16「遭遇(2)」【ジークベルト・ギルエス】

 四凶災の一人がなぜセシリーを狙っているのかは、わからない。

 わからない、が。

 この男がセシリー・アークライトのもとへ辿り着くのだけは、なんとしても阻止せねばならない。

 直感的にジークは、そう確信した。

 遭わせてはならない。

 彼女とこの男が遭遇するのは、まずい。

 だが、どうする。


 ――どうすればいい?


「ねぇ、知ってるの? 知らないの? 遊ぶ? 知らないなら、ぼくと遊ぶ?」


 ジークはやや後方にいるヒルギスに目配せした。


 ――逃げる、準備を。


 が、ヒルギスは了承とも拒否ともつかぬ表情で応える。


「ね〜え!」


 ずいっ、と。

 男がジークの前に立ちはだかる。


「人の話、聞いてるのかな?」


 改めて男の大きさに圧倒されながらも、ジークは努めて冷静に答えた。


「セシリー・アークライトの居場所、だったな?」

「うん」

「……知っている」

「え! ほんと!? セシリー・アークライトだよ!? あっ! もし嘘をついたら、すぐに殺しちゃうんだよ!?」

「知っているに決まっているさ。おれはセシリー・アークライトとは非常に近しい間柄の人間だからな。いや……おれくらいしか、彼女の居場所は知らないだろう。さっきの男が知らなかったのも、無理はない」

「へぇ〜、そうなんだ! すごいすごい! よ〜し、お手柄だ! これで、マッソ兄ちゃんに褒めてもらえるぞぉ!」


 マッソ。

 おそらく四凶災の一人の名であろう。

 だがそれよりもジークが気になったのは、セシリーを探している四凶災が他にもいるかのような発言である。

 セシリーを探しているのは、目の前の男だけではないということなのか。


「ただし――」


 ジークは剣の柄に手をかける。


「あっさり教えてやるつもりは、ないが」

「なんで!? 死ぬぞ!」

「さっきおまえ、遊びたいと言っていたよな? なら……遊んで、やろうか?」


 男がぴくりと反応した。


「え? きみ、ぼくと遊びたいの!? 遊んでくれるの!? 嬉しい! 自分から遊ぼうって声をかけてくれる人は、とっても珍しい!」


 男の視線がジークの剣を捉える。


「力比べ!? 力比べだね!?」


 男が得意げな顔で、準備運動でもするかのように腕をぐるぐると回す。


「いいよ! ぼくも力比べは大好きだ! さあ、やろう!」

「待て」

「待つの? 何を? 早く遊ぼうよぉ!」


 迷いを見せるヒルギスに視線で再び合図を送ると、ジークは先ほど男が放り捨てた衛兵の死体のところまで歩いた。

 そして腰を屈め、衛兵の腰の剣を抜き取る。


「ね〜何してるの〜? 早くやろうよ〜、力比べ」


 ジークは男のところへ戻ると、剣の柄を向けて差し出した。


「剣?」


 男が首を傾げる。


「ぼく、武器なんかなくていいよ?」


 ふっ、とジークは微笑んでみせた。 


「つまらないだろ?」

「え?」

「おまえにはわかっているはずだ。おれとおまえでは力の差がありすぎる。そんな状態で戦って――遊んで、楽しいのか?」


 その時だった。

 男の双眸が、すぅ、と細められた。


「ふーん……ふぅぅーん……なるほどなぁ……そうだね……いつも簡単に勝てすぎるから、つまんないとは思ってたんだ」


 差し出された剣を、男が手に取った。


「つまりこれ、剣だけで勝負ってことだよね? ぼくが強すぎて、勝負にならないから。だけど……ぼく、それでも負ける気がしないな」


 自信を覗かせながら、試すように剣を振る男。

 重さなど微塵も感じていない風だ。

 ジークも剣を鞘から抜き、構えた。


「ヒルギス」

「……何?」


 ヒルギスはジークが視線で逃げろと伝えてから、逡巡を見せていた。


「邪魔だ。気が散る」

「…………」

「おまえがいると……この男と、全力で遊べない」


 男がヒルギスを見る。


「じゃあ、ぼくが殺し――」

「そこの女を殺したら、おれはおまえと遊ばん!」


 ジークの一喝で、動きかけた男の動きがぴたっと止まる。


「そ、そんなぁ! どうして――」

「死体が転がっていたら邪魔で動けないからな! そうだ! その女の死体が視界に入るだけで、おれは楽しく遊べなくなる!」

「むぅ……わ、わかったよぉ……」


 ヒルギスは表情を歪め、そして、ようやく背後の路地へ駆け出した。


 ――これでいい。


 言葉にせずとも意図は伝わっていたはずだ。

 自分が時間を稼いでいるうちにここから離れ、セシリーもとへ向かってほしいと。 

 四凶災の狙いが――少なくとも四人のうち二人の狙いが――セシリー・アークライトであることを本人に、伝えてほしいと。


 一つ、深呼吸をする。


 一応ジークも、ヒビガミやキュリエといった遥か高みにいる強者たちに触れてきた。

 そのおかげもあってか、相手の強さの質を以前よりも見極められるようになった。

 そして、


 相対してすぐに、実感を得た。


 やはり四凶災は、別格であると。

 自分がまともに戦って勝てる相手ではない。

 そして今、大時計塔を破壊した男も含めて彼らがここに来たということは……聖樹騎士団が敗北したという可能性が、高い。


 死ぬ、と思った。

 目の前の男がどのみち自分たちを殺すつもりであることが、瞬時に理解できた。

 口ではなんと言おうとこの男は、自分たちを素直に見逃すつもりはない。

 繰り返し口にしている『遊び殺す』とやらに引き込むであろうことは、明々白々であった。


 そんな時、何をすべきか。


 ジークが咄嗟に思いついたのは、最悪の結末を避けることだった。

 最悪の結末はジークとヒルギスが二人ともここで死んでしまうこと。

 ならばせめて、ヒルギスだけでも生かす。

 ヒルギスへ伝えた意図はある種、口実に過ぎなかった。

 とにかく理由をでっち上げて、彼女をこの場から逃がすべきだと思った。


 本当は可能であれば、セシリーが狙われていることをクロヒコやキュリエに伝えたかった。

 セシリーを守ってやってほしい。

 そう伝えたかった。

 しかしこの四凶災襲来という状況では、正確な二人の位置を知るすべはない。

 学園や城に留まっている保証もない。


 ――今のおれには、セシリー様の無事を祈ることしかできない。


 ジークは口惜しく思う。

 自分が、無力に等しい存在であることに。


 セシリー・アークライトのように、修羅へと至る可能性を持つ才能を秘めているわけでもない。

 キュリエ・ヴェルステインのように、修羅の道で鍛えられた剣技を持つわけではない。

 サガラ・クロヒコのように、禁呪の力やヒビガミと渡り合う剣の才を持っているわけではない。

 

 ――それでも、せめて、


 剣先を男へと向ける。


 ――目か、足の腱だけでも。


 それは、自分の命と引き換えでいい。


「ソニだよ」


 二ラータルを越えるであろう男がジークを見下ろしながら、何かを告げた。


「ソニ?」

「ぼくの名前さ。ぼくは、ソニ・アングレンっていうんだ。で、きみは? 自分から遊びに誘ってくれた人は珍しいから名前を聞いてあげるよ。ねぇ、教えて?」

「ジーク」


 神経を集中させ、柄を握り込む。


「ジークベルト・ギルエス」 

「ジークか……うん、わかった。さあ、遊ぼう――」


 男――ソニが、剣を振りかぶった。


「ジーク!」


 ジークは前に出つつ、ソニの初撃を後方へ受け流した。

 できそうだったら、幕間17「遭遇(3)」を1:00頃に更新いたします(無理そうな場合は活動報告に次話の投稿予定を載せます)。

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