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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
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幕間13「銀乙女と、魔王(2)」【キュリエ・ヴェルステイン】

 キュリエは先ほど放たれた氷槍に勝るとも劣らない冷やかな目を、ゼメキスに向けた。


「戦いにおいて最も重要なものは何か、わかるか?」


 光刃を振るうキュリエ。

 さらにゼメキスの肩口から鮮血が噴き出る。

 傷口をおさえ俯くゼメキス。

 キュリエは次の攻撃動作に移りながら、冷然と四凶災を睨み据えた。


「相手の力量を見極めることだよ。絶望の材料だかなんだか知らんが、おまえは相手の力量を見極めることを怠り、私を舐めた。結果、その油断が命取りになった」


 キュリエはゼメキスの脚を中心に斬撃を浴びせ続ける。


「ぐっ!」


 ゼメキスが姿勢を低くし、腕で脚を庇う。


「おまえの命は速度だな? つまりその脚なわけだ? その脚で避けられさえしなければ、この光の刃は、おまえの硬い皮膚すらも――斬り裂く」


 防御が解けたゼメキスの顔面へ向け、ひゅっ、と剣を振るう。

 咄嗟にゼメキスが首を動かす。

 ゼメキスの額に真一文字の傷が走る。

 額から、血が流れた。

 目を狙ったがギリギリで位置をずらしたようだ。


「ぬっ、ぐっ……!」


 ゼメキスの肩が痙攣めいた震えを見せた。


「ぐっ……がっ、がぁぁああああああああ!」


 ゼメキスの左腕が光った。

 爆裂術式。

 キュリエが腕を切り落とそうとするのより、その発動は速かった。

 爆炎。

 飛びすさるキュリエ。


 煙の向こうから流血姿のゼメキスが姿を現す。

 綺麗に撫でつけられていた髪はほつれ、その表情にはすでに、出会った当初の面影はない。


「殺す……殺して、やる……後悔しても、知らねぇ、からな? この俺を、不快にさせた、おまえら、が……おまえらが、悪い。ここからは慈悲があると思うな……手心が加わると、思うな。殺してやる……殺して、やる」


 魔素を源とした攻撃が効き辛いのは確かのようだ。

 あれだけ高圧縮した光の刃でも、腕や頭を断裂するには至らなかった。

 四凶災。

 やはり容易な相手ではない。

 過去に出会ってきた敵の中では、ヒビガミを除けば間違いなく最強格の相手。 

 が、確実に相手は消耗している。


 ふぅ、とキュリエは息を吐き出す。

 光の刃と光槍の連続使用、そして力を込めた先ほどの一撃で消耗したのは、キュリエも同じ。

 が、ここで退くわけにはいかない。

 キュリエは剣を構え直す。


「さっさとおまえをねじ伏せて、行かなきゃならないんだよ」


 ――あいつらの、ところに。


 ロキアも再構成を終え、立ち上がっていた。

 制服の上半身部分はボロボロだ。

 しかし身体には傷ひとつない。

 恐るべき再生能力である。


「相手が悪かったな四凶災。その女はな、本気で怒らせると尋常じゃなく怖ぇんだよ」


 その口元は相も変わらず邪悪に笑みを形作っていた。

 ゼメキスが背後のロキアを振り向く。


「殺す……殺しはするが、その顔だ……せめて一度くらいは、おまえの顔から、その胸糞悪い余裕、剥ぎ取ってやりたいよなぁ?」


 そう言うとゼメキスは、キュリエの方へ向き直り、突進してきた。

 命綱の脚は無傷に等しい状態。

 いくら油断があったとはいえ、ゼメキスも、己の一番の武器が何かくらいはしっかり把握しているらしい。

 守り切った脚。

 そして今までで、一番の加速。


 ――来い。


 全身にのしかかる疲労感を押し込め、キュリエは強く柄を握った。


「……何?」


 予想していたゼメキスの軌道がそれた。

 今、彼の瞳はキュリエを捉えてはいない。

 そして胴ががら空き。

 光の刃を振るう。

 ゼメキスのわき腹が裂ける。

 流血。

 血が宙に舞い、後方へ流れていく。

 それでもゼメキスは止まらない。

 負傷覚悟の疾走。

 果たしてどこへ向かうつもりなのか。

 キュリエは身体を半回転させ、ゼメキスを視線で追う。

 その先にいたのは、


「ゴズト、逃げろ!」


 棺桶から剣を取り出そうとしていた、ゴズトだった。

 キュリエは急ぎゼメキスを追った。

 迫る四凶災に気づいたゴズトは、慌てて剣を二本掴み取ると、それをロキアの方へと放り投げた。

 そして、


 ゼメキスの手刀がゴズトの身体を、貫いた。


「ぐ、むっ――」


 ゴズトが吐血する。

 光の刃で切りつけかけたキュリエだったが、即座にゼメキスが立ち位置を入れ替えゴズトを盾にした。

 そのことで、攻撃の機会を奪われる。


「信頼している仲間の死……安い手だが、効果は、あるからなぁ」


 ざらついたゼメキスの声。

 ゴズトは顔を歪め荒い息を吐きつつ、ロキアを見た。


「ロキ、ア」

「おう」

「あとは……任せた」


 ゴズトの投げた剣がロキアの手前に落ちていた。

 ロキアは笑みを消し、腕組みをしている。


「今までご苦労だった、ゴズト・ザーグウェイ」


 ぐらり、と。

 前のめりにゴズトが倒れる。

 絶命。

 あれは、致命傷だ。

 そして、


 地面に顔面を突く直前、ゴズトは、笑っていた。


 城壁の外に蓋を閉じた棺桶を投げ捨てたゼメキスが、釈然としない顔でロキアを睨む。


「……おい、なぜだ?」


 一転してゼメキスの声は、不服げであった。

 が、ロキアに話しかけつつも、キュリエへの牽制はしっかり怠っていない。


「あ? 何がだよ?」


 ロキアが足元の剣を拾いながら、平然と聞き返す。


「仲間が死んだんだぞ? そこに転がってる雑魚の死骸は、おまえの仲間だろう? ああ……それとも、ただの捨て駒だったかな?」


 挑発するように、ゼメキスがゴズトの死体を指差す。


「そこの、ゴミ」

「ククク、テメェはオレを逆上させてぇんだろうが……わかってねぇな、四凶災」

「おいおい、強がるなよ? おまえがそこのゴミと信頼関係にあったことくらい、わかっている。それを見抜いたからこそ殺したんだ。ま、ゴミだったがね?」

「クク……だからわかってねぇって、言ってんだろうが」

「……何がだ?」


 ゼメキスの声に苛立ちが混じる。


「『愚者の王国』にとっちゃ、仲間の死なんざ日常茶飯事。つーか大先輩であらせられる四凶災サマなら、よくわかんだろうが。あの終末郷がねぐらなんだぜ?」


 ロキアが柄を握る拳を、己のこめかみに添えた。


「そして『愚者の王国』は、仲間の死なんざ悼まない。なぜならばオレたちは、すでに失われてしまった未来よりも、共に過ごしたこれまでの時間にのみ価値を認めるからだ。つまりオレたちがいつも考えているのは、死ぬまでの時間をどう過ごすかってことだけなんだよ。ありえたかもしれない未来なんざ、クソくらえ……なぁ大先輩、一つ聞いてもいいか? まさかテメェ、本気で思ってるわけじゃあねぇよな?」

「何?」


 ロキアが尖った歯を見せ、嗤った。


「オレたちみてぇな愚者の集まりに、仲間の死を悼むなんて賢い真似ができると、本気で思ってるわけじゃあ、ねぇよな?」


 ゼメキスの目が吊り上る。

 その瞳と表情が憤怒と憎悪に染まっている。


「強がり、ばかり、ほざき、やがって……ガキ、が」

「ククク……だからよ? さっきから何度も、言ってんじゃねぇか――」


 ロキアが剣先をゼメキスに向けた。


「笑えよ、四凶災」


 その瞬間、ゼメキスの中で何かが切れたのがわかった。 


「だから――その、目障りな余裕と、物言いと、笑いを、やめろと言っているんだよ、このクソ、ガキ、がぁぁあああああああ! もう何もかも面倒だ! もう本命だけでいい! おまえもキュリエも、この場で殺してやる! があぁぁああああぁぁぁぁああああああああ!」


 ゼメキスが、動いた。

 ロキア視線で合図を飛ばしてきた。

 今ほど彼が口にした『愚者の王国』の心得のようなものは、決して嘘ではないのだろう。

 ゴズトが最後に見せた表情がそれを証明している気がした。

 が、ロキアにはあえて平然と流すことでゼメキスを逆上させる狙いもあったようだ。

 怒りの雄叫びを上げた瞬間、一気にゼメキスに隙ができた。

 怒りによって力や速度が増すかもしれないが、殺意に溺れさせれば必ず意識が行き渡らない瞬間が顔を出す。

 そして、


 苛烈な攻防が、はじまった。


          *


 激しい戦いがはじまってから、いかばかりの時間が経過しただろうか。

 理性の代わりに野性的な怒りを手に入れた獣は、およそ正気とは思えぬ形相で、キュリエ、ロキアと熾烈な戦いを繰り広げていた。


 ゼメキスの爆裂術式、盾になるロキア、再構成、キュリエの光刃が飛ぶ、ゼメキスの胸元から血しぶきが吹き出す、ゼメキスは血しぶきを上げながら拳を放つ、キュリエへ迫る拳――


 ロキアが再構成を終えつつ防御術式を展開、ゼメキス放ったの裏拳がロキアの顔面にめり込む、キュリエは防御術式によって防がれた時間を使って回避、ゼメキスが腕を振り回す、ロキアが聖剣をゼメキスの腕に突き立てる、ゼメキスの咆哮、隙、キュリエの光刃がゼメキスの指を切り飛ばす――


「ぐっ、がぁぁっ!」


 ゼメキスが指を一本失った拳を振りロキアの目に向かって血を飛ばす、ロキアが首を捻って避ける、キュリエの連撃、ゼメキスの腕が切り刻まれる、血が飛び散る、返り血、肩で息をしながら刃を素早く返すキュリエ――


 と、その時、


 キュリエの術式魔装が、消える。


 この絶好の機会を、ゼメキスが逃すはずはなかった。

 風の刃を纏ったロキアの魔剣に無数の裂傷をつけられながら――ゼメキスが、動きの止まったキュリエに狙いを絞った。


「はぁ、っ、は、ぁっ……!」


 キュリエは面を伏せ、苦しげに呼吸を繰り返す。

 普通に考えれば、あれほどの聖素を常時的に扱っていれば身体が悲鳴を上げるのは自明である。

 不思議なことではない。


「甘く見ていたことは、謝罪するがなぁ……それでもやりすぎたんだよ、おまえらは。俺を怒らせていいことなんざ、なんにもない。この俺に本気を出させて、どうするんだ? あぁ?」

「…………」

「殴るぞ? 全力で、殴る。もういい、おまえは死体で絶望させる。これは、決定だ」


 ロキアの聖剣がゼメキスの右耳を削ぎ落とす。

 が、ゼメキスの表情はぴくりとも動かない。

 ゼメキスが、キュリエの頭を鷲掴みにした。


「今度はこのまま、頭蓋骨を――」

「だから、さ」


 リヴェルゲイトが、急速に輝きを増す。

 今までで最も多い光量が、周囲に広がる。


 ――術式魔装、再装。



「甘く見すぎなんだよ、おまえ」



 キュリエは、ふっ、と嗤ってみせた。


「捕まえた」

 

 前に頭を掴まれた時にゼメキスが口にした言葉を、そっくりそのまま返してやる。


「ぐ、ぬ、ぅ――」


 リヴェルゲイトが、ゼメキスの腹を貫いている――すべてをこの一撃に、込めた。


「が、ふっ……おま、え、らぁ……ぐ、がっ――」


 血を吐くゼメキスが、左腕を腹へ伸ばそうとする。

 が、その左手が動かない。

 ゼメキスが不可解そうに眉を顰める。

 眼球がぎょろりと動く。

 彼の左腕が、ロキアの『氷槍』に包まれていた。


「キュリエの目論見……愚かなオレにも、すぐにわかったんだがなぁ? 焦ったな、四凶災」


 そう。

 自分がゼメキスの餌に二度も誘い込まれたのは、焦りがあったからだ。

 それは認める。

 焦りや怒りは注意力を散漫にする。


 だから今度は――キュリエが、餌を蒔いた。

 我を見失っている今のゼメキスならば、少し弱った演技をすれば喰いついてくるだろうと思った。

 聖素を使う力が尽きたのだと錯覚させれば、容易に勘違いするだろうと。


 結果、あっさりゼメキスは餌に喰いついた。


 悪意であれなんであれ、相手への過度な感情が、彼から冷静さという武器をはく奪したのだ。


「おまえはもっと私たちに、無関心でいるべきだったんだよ」


 柄を握る手に力を込める。

 ぐぐっ、とそのままリヴェルゲイトを上に向かって持ち上げる。

 歯を食いしばり、全力で柄を押し上げる――


「ぐ、ぁ、があぁぁああああぁぁぁぁああああああああ!」


 ゼメキスの絶叫が周囲に響き渡る。

 もがくゼメキスに構わず、キュリエは残された力を振り絞り、全力でリヴェルゲイトを押し上げる。

 ゼメキスの腕が光る。

 爆裂術式。

 ここで、ようやくそれを思い出したか。

 今まで思いつかなかったのも、冷静さを失っていたゆえであろう。

 が、ここで止まるわけにもいかない。

 そうして、次にゼメキスの絶叫に混じって響いたのは――


 キュリエの、裂帛の気合いを込めた叫びだった。


          *


 こうして、


 ゼメキス・アングレンは自らの流した血でできた赤い池に倒れ伏し、沈黙したのだった。

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