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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
106/284

幕間12「銀乙女と、魔王(1)」【キュリエ・ヴェルステイン】

 色々と考えた結果、少し構成を変えました。

 また、今回も分割となります。「銀乙女と、魔王(2)」は、三十分後くらいに投稿いたします。

「ガキ、が……っ」


 ゼメキスが立ち上がろうとした。

 だが思いのほか先のロキアの一撃が効いていたらしい。

 がくん、と再び膝をついた。


 キュリエはすでに拘束から解き放たれている。

 即座にゼメキスから距離を取り、ロキアの方へ移動。


「よぉ、キュリエ……随分と苦戦してるみてぇじゃねぇか。やっぱテメェでもきついか、四凶災は?」

「武器があればわからんが……噂に違わず、強いのは確かだな」

「フハハ、そうかい。ヒビガミのやつも時期が悪かったな。もう少し来る時期がずれてりゃあ、念願の四凶災と仕合えたのによ」

「それで、なぜおまえがここにいる?」

「ああ、そろそろノイズのやつが仕掛けてくると思ってな。仕掛けてくるなら、やっぱテメェのいるところだろうと踏んでたんだが……まさか、四凶災とはな」

「ロキア」

「あ?」

「なんにせよ今回は、助かった」

「ん〜、その礼はすぐ撤回することになるかもしれねぇぜ? 実はオレな? テメェとあのゼメキスとかいう男の戦い、ちょっと前から見物してたんだよ」

「……それでも、助かった」

「ククク……ここで『だったらなぜもっと早く助けに入らなかった?』みてぇなヌルいこと言わねぇあたりが、やっぱテメェだよな」


 ロキアはなんだか嬉しそうだった。


「で、テメェはどう思う?」


 左腕の岩を叩き割るゼメキスをニヤニヤと見ながら、ロキアが聞いてきた。


「何がだ?」

「今回の件、ノイズの野郎が関わってると思うか?」

「……どうかな。ありえなくはない、とは思う。さすがに聖樹騎士団が王都を空ける時期が、できすぎてるからな」

「だよなぁ。オレも動くならそろそろだと思ってたんだが……ただ、ここで出てきたのが四凶災ってのが、実に微妙なところでよ」

「どういうことだ?」

「オレの読みだと、あいつはキュリエに死なれるのだけは困るはずだ。なんたって、自分を殺させるための運命の相手なんだからな……だからこそ、そこがわからねぇ。ま、そいつは後だな」


 ゼメキスが、魔剣をへし折った。


「おいおい、寿命が近かったとはいえ魔剣を素手でへし折るって……冗談きついぜ。なるほど、あれが四凶災ってわけか」

「ロキア」


 と、後ろから頭を剃りあげた男が現れた。

 大きな棺桶を背負っている。

 見覚えはある。

 以前ロキアがクロヒコに接触した際、森の中に潜んでいた男だ。


「おう、ゴズト」


 ゴズトがキュリエに向き直った。


「これを」


 彼が差し出したのは、


「これは――」


 キュリエの剣――聖魔剣、リヴェルゲイトだった。

 ゴズトが棺桶をおろし、蓋を開く。

 その中には何本もの聖剣と魔剣が押し込まれていた。

 ゴズトはそこから一本ずつ手に取ると、ロキアに剣を放った。


 ロキアは放られた聖剣と魔剣を受け取り、鞘から剣を抜き放つ。


「悪く思うなよ。いよいよノイズが出てくるとなりゃあ、そいつが必要になると思ってな。しっかし……衣装箱に二重底を作って大事なもんを隠すのは6院時代から変わってねぇのな、テメェ」

「う、うるさいっ」

「ククク、ま、結果としちゃあ役に立っただろ? てわけで今回は相殺しとけ。殴りてぇんなら、あのゼメキスとかいう男を始末した後で、好きに殴らせてやるからよ」

「フン」


 キュリエが柄を握り、すーっ、と抜き放つ。

 金色の装飾のあしらわれた白い鞘から蒼き剣身が姿を現した。


「おまえのことは嫌いだが……恩を仇で返す趣味はない。で、おまえもあの男とやると考えていいのか?」

「テメェ一人じゃさすがにきついだろ、あれは。もちろんオレ一人だけでもきついだろうが……さっきの一撃、顔面を陥没させるつもりで殴ったんだぜ? それがどうだ? こっちの手の方が痛んでやがる。あの男、馬鹿みてぇに硬ぇな」


 立ち上がったゼメキスが、レンズの砕けた眼鏡を放った。

 ロキアが両手に剣を握りながら前に出る。


「クソノイズに盗まれたオレの愛剣がありゃあ、ちっとは違ってくるんだろうが……ま、ないものねだりをしても仕方ねぇさ。あるもんで、やるしかねぇだろ」


 キュリエとロキアが、ゼメキスと相対する。


「ふむ、よく見ればそっちの男も悪くないな……ロキア、といったかな? 先ほど大先輩と口にしたが……つまり、おまえも終末郷の?」

「といっても、そん中でも少しばかり異質の出だがな」

「異質?」

「第6院、でわかるか?」

「……聞いたことはある。そうか、例の孤児院の生き残りか」


 ゼメキスの表情に、暗く不吉なものが差した。


「ま、いいさ。重要なのは、俺が、おまえら二人を使った実に面白い遊びを思いついたということだ。そう、既知同士の男女が一対以上だと、演目の幅が増えて大変よろしい。絶望の幅が、最高に広がる!」


 ゼメキスが動いた。

 声を張り上げながらキュリエたちの方に直進してくる。

 ロキアが左に飛ぶ。

 キュリエは前進し速度を上げながら、リヴェルゲイトに聖素を流し込んだ。

 複雑なクリスタルの紋様に光の筋が次々と走っていく。

 光量が増す。

 そして――


 術式魔装に身を包んだまま、ゼメキスと接敵。


「術式魔装……か!」


 周囲で煌めく、小さな光球。

 キュリエは刃をゼメキスに向かって振った。

 涼やかな音色が響き渡る。

 ぐん、と伸びた光の刃がゼメキスに襲いかかる。

 ゼメキスが回避を試みる。


「くっ――本物は初めて目にしたが、なんいう美しさ! ちぃっ!」


 姿勢を低くしていたロキアは足首の後ろの腱――踵骨腱に狙いを定めていた。

 キュリエと同じくゼメキスの強みはあの速度にあると見たのだろう。

 足の腱を切ってしまえばゼメキスの最大の強みは失われる。

 術式魔装を直前で使用したのは、ロキアの攻撃の前にゼメキスの注意を惹くためだった。

 が、


「――っ!?」


 ゼメキスが、急激に加速した。


 ――さらに加速する、というのか。


 光の刃が届くより速く、キュリエの懐に飛び込んでくる。

 ゼメキスはキュリエの身体に抱きつこうとしてきた。

 おさえ込むつもりか。

 拘束し、ロキアへの盾にでもするつもりか。

 キュリエは――後退せず、前に出た。

 そして己の額をゼメキスの額に打ちつける。

 術式魔装の兜の額部が、ピキッ、と音を立てた。


「ぐっ!」


 前に出てくることは予想していなかったのか、不意を打たれた様子でゼメキスがよろめく。

 迫るロキアの刃。

 と、錐もみ状にゼメキスが身体を浮かせた。

 ゼメキスが、ロキアの背後へ移動。


「まだ速さが上がりやがるか! さすがは、四凶災だな!」


 振り向きつつ魔剣でゼメキスを追っていたロキアが、声を上げた。


「面白い演目だと思ったが、やはり二人も相手をするのは面倒だな」


 布地越しではあったが、ゼメキスの腕が発光しているように見えた。

 ロキアの心臓部に手を当てるゼメキス。

 瞬間――


 巨大な爆発が、ロキアとゼメキスを包んだ。


 続けざまに生ずる爆裂。


「あれは……」


 キュリエは後退し、額に手をかざした。

 そうだ。

 あれはまさに、先ほどキュリエが使用しようとしていた爆裂術式。

 それを、ゼメキスが使用したのだ。

 自爆覚悟だろうか。

 いや、違う。

 そんな風ではなかった。


 煙が晴れていく。


 上半身の服が所々破けたゼメキスが堂々たる様子で立っていた。

 キュリエは剥き出しになった彼の腕を見て理解した。

 が、同時に戦慄もした。


「術式刻印、だと?」


 術式を描いた様子はなかった。

 魔導具だろうと思っていた。

 それも当然である。

 術式刻印は実用性が皆無とされる外法中の外法。

 負の面が強すぎる方法だ。

 なればこそ魔導具が存在しているのである。

 しかしあの男は今、悠然と立っている。

 痛みに表情を顰めている様子もない。

 なぜ無事でいられるのだろうか。

 術式の効果が薄い、とでもいうのか。


 一方、あの近距離で威力だけは折り紙つきの爆発の直撃を受けたロキア。

 彼の左半身が……吹き飛んでいた。

 顔面の左半分も、眉のあたりまで吹き飛んでいる。

 が、


「本当に、なんなん、だ……おまえ、は?」


 今日一番の驚愕の表情を浮かべていたのは、致命傷を与えたはずのゼメキスの方。


 そう。

 キュリエがロキアのことを心配しなかったのには理由がある。

 ロキアは半身を失いながらも、嗤っていた。


 そして――彼の吹き飛んだ部分がみるみるうちに、『再構成』されていく。


「ぐ、ぎぎ……ぎ、ぎゃぁぁああああぁぁぁぁああああああああ!」


 ロキアの咆哮が、天高くへと放たれる。

 その間もロキアの身体は『元へ戻って』いく。


「フハ、フハハハハハハハハ! だ……だから言ったじゃねぇか、四凶災! 痛み、だよ! 痛みこそが、このオレの生きている証左だと、言った、だろう! フハハハハハハハハ!」


 ロキアの持つ特質。

 それは驚異的な再生能力であった。

 この特質のことを本人は昔から『罰』だと言っていた。

 破壊された身体が再構成される際、ロキアは強烈な痛みに襲われる。

 そして傷を受ける時にも当然、痛みは覚える。

 つまり傷を受ける時と、再生時に、二重の痛みを受けるわけだ。

 その痛みをロキアは以前、己への『罰』であると話していた。

 罰。

 なんの罪に対する罰か。

 ロキアは言っていた。


『あ? んなもん決まってるだろうが。このオレがこの世界に存在することへの罰だよ』


 聖遺跡のゴーレム。

 あの再生能力はロキアを参考にして、ノイズが与えたものだろう。

 おそらく聖素を一瞬で大量に集め、それを驚異的な速度で循環……排出、吸収を繰り返すことで、爆発的に回復力を高めたのだ。

 その速度は確かにロキアの『再生』と見紛うほどであった。

 が、仮にそのような循環が可能であったとしても、人間がそんなことをすれば身体の方がすぐに極度の疲労を覚え、まいってしまう。

 あれはゴーレムだからこそ、できたことだ。

 しかしあのゴーレムも、所詮は不完全な模倣の域を出ていない。

 ロキアの再生能力については、確かに聖素の許容量、吸収力にも関連はあるだろうが、やはり説明のつかない点が多すぎる。


「ククク……すでにオレは、この特質がなけりゃあ何度も『死んで』いる。死に至る傷を負っている。いわばオレは『死』そのものだった。が、次第にオレは死を恐れないようになった。そして気づいたのさ……恐れ愛すべきは、痛みだと」

「……面倒な特質だ、なぁ」


 ゼメキスのこめかみに血管が浮き上がっていた。


「邪魔だ、邪魔だ、邪魔だ……邪魔、だぁぁああああぁぁぁぁああああ!」


 勢いよくロキアの足を払うゼメキス。

 足を払われ仰向けに倒れ込むロキア。

 ゼメキスはロキアの剣を二本とも城壁の向こうまで放り捨てると、潰し殺さんばかりの勢いでロキアを踏みつけはじめる。


「ぐっ、がっ、きゅ、キュ、リエ! オレごと、やれ! がぁっ! こ、殺せ! オレもろとも、ぐはっ、その剣の力で、ぎっ、短気で間抜けな、ぐふっ、こ、この男を、げふっ、殺し、ちまえ! クク、クククク、フハハハハハハハハ!」

「こいつ、これでも死なないのか! 死ね! 死ね! とっとと、くたばれぇ!」


 ゼメキスの大槌めいた靴の底で踏まれるたびロキアの身体が再構成されていく。

 表情や言葉からは窺えないが、再構成のたびにロキアは激痛を感じているはずだ。

 その証拠にロキアの顔には大量の汗が流れている。

 キュリエは集中し、聖素を剣に集める。


「フ、ハ、ハ、ハハ!! だ、からよ、がっ、笑えって、し、四凶災! なん、で、一方的に、ぎゃっ、攻撃してるテメェの、ごふっ、方が、そんなに、必死、なんだよ!? 楽しい、だろ!? ほら、ぐぇっ、わ、笑えよ!? フハ、フハハ、フハハハハハハハハ! さぁ、笑えよ、四凶災!」

「黙れぇ! この、クソガキがぁ!」


 ゼメキスが、ロキアを蹴り飛ばした。

 キュリエは光刃を伸ばして振るう。

 体勢を立て直す間を無慈悲なまでに与えず、ゼメキスは光刃を避けつつ蹴り飛ばしたロキアを踏みつけた。

 避けられた光の刃が、槍の形に変化。

 光の槍がゼメキスを追尾。

 例の爆裂術式をゼメキスが発動。

 爆発の煙で二人の姿が隠れる。

 光槍はキュリエが視認できていないと追尾機能を発揮しない。

 対象を失った光の槍が消失。

 それでもキュリエは躊躇なく光刃を伸ばし、煙の方へ疾駆した。

 と、煙の中からゼメキスが飛び出してきた。


「足と口を、同時にふき飛ばした。あれならば減らず口も利けず、再生までの時間は動けな――ぬっ!?」


 ゼメキスの足が、とまる。

 煙が晴れた先。

 顔面の下半分と脚を再構成中のロキアの手が、こちらを向いていた。

 ロキアの手から延びた巨大な氷の塊が、張りつくようにしてゼメキスの背中を捉えていた。


「この術式……まさか『氷槍』、か? 込めた魔素の量で術式は質を変化させるが……これほどの変化を、見せるものなのか?」


 ゼメキスが背中の氷を引き剥がそうと動く。

 びきっ、と氷が罅割れる音。

 その間キュリエは会心の一撃を加えるべく、剣に可能な限りの聖素を集めていた。

 ロキアの作ってくれた隙を、無駄にするわけにはいかない。

 集約した量の多さのためか、刃が激しく振動しているように映る。


「その光の刃……おそらく魔素を高圧縮し、変質させたものだろう」


 ゼメキスが、ふん、と鼻を鳴らした。


「けど残念ながら、俺たち四凶災に術式……魔素を使用したものの効果は極度に薄いんだよ。にしても、いいねぇ……その術式魔装の麗しい姿。是非、その姿での演目も欲しいな」


 氷が砕ける瞬間を見計らい、キュリエは逆袈裟に剣を振るった。

 リィィン、と透明感のある音が剣の動作を追う。


「はっ、無駄だと言っただろう? 魔素を使用した攻撃は――」


 光の刃がゼメキスの身体を捉える。


 血しぶきが、舞った。


 表情を歪めるゼメキス。


「――な、に?」


 ゼメキスが一歩、後退する。

 キュリエは射抜くような視線で、ゼメキスを見据えた。


「魔素を使用した攻撃が、なんだって?」

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