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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
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幕間10「絶望を求むる男(1)」【キュリエ・ヴェルステイン】

 慌ただしく城行きの準備を済ませたキュリエ・ヴェルステインは、馬車に揺られながら聖ルノウスレッド城へと向かっていた。


 うららかな日差しが王都へと降り注いでいる。

 活気に満ち溢れる街。

 砦占拠の件があったとはいえ、王都は平和なのものだ。


 ――どこぞの孤児院のあった場所とは大違いだな。


 窓の外を眺めやりながらキュリエは物思いに耽っていた。

 と、


「……私の顔に、何かついてるか?」


 キュリエは、先ほどから熱っぽい視線を送ってきていたアイラに問いかけた。


「え? あ……ご、ごめん、気になった?」


 眉尻を下げてアイラが苦笑する。


「どうした?」

「ん、とね……キュリエってやっぱり綺麗だなぁ、って」

「んなっ――」


 石にでも車輪が乗り上げたか。

 がたん、っと馬車が揺れた。


「一体なんだ、藪から棒にっ」


 ふふ、とアイラがほほ笑む。


「そのドレスも、やっぱりすごく似合ってる」

「……そう、か?」

「うん、まるで神話に出てくる女神様みたい」

「それはさすがに大げさすぎるだろ……」


 垂れた髪を払いのけつつ、キュリエは自らの装いを検めた。

 落ち着いた感じながらも高級感のある白地のドレス。

 所々に金色の刺繍が走り、きめ細やかなレースがあしらわれている。

 が、シーラス浴場の時のドレスと同じで裾が長く大変動きづらい。

 前に着た赤いドレスに比べ露出が少ないのはありがたいが、それでもこの慣れない服装はキュリエを憂鬱と不安に突き落とすには十分だった。


 姿見で最初に自分の姿を見た時は、正直、歯が浮いた。

 変な笑いが出た。

 誰だ。

 この女は一体、誰なのだ。

 ……帰ろう。

 今日は休聖日。

 人が休みをとる日だ。

 そうだ。

 このまま女子宿舎に戻って、静かな眠りにつこう……。

 そう決意し部屋から出ようとすると、不穏な笑みを浮かべるアイラとミアが目の前に立ちはだかった。

 間断なく繰り出される嫌味のない賛辞と、適度な叱咤。

 たまに差し込まれるクロヒコを絡めた説得。

 その波状攻撃を、耐え切ることはできなかった。


 肘のあたりまである手袋のようなものの端を摘み、ちょいっ、と引っ張ってみる。


 ――どこのご貴族様だよ、まったく。


 キュリエは、はぁ、とため息をついた。


「あ、あのさ、キュリエ」

「ん?」


 正面の席に座るアイラが俯きがちに声をかけてきた。


「アタシ、キュリエと友だちになれてよかったよ」

「私と?」

「最初は……少し、怖いと思ってたんだ。あの模擬試合の時、覚えてる?」

「あー、あれか」


 模擬試合用の剣で自分はこの場の人間を皆殺しにできる、みたいな言ってしまったことがあった気がする。

 もちろんはったりではなく事実ではあったし、フィブルクの気を自分へ向けさせる意図もあったのだが、今になってみると確かに行き過ぎた言動に思える。


「けどね? 巨人討伐作戦とシーラス浴場のことがあって、本当はすごく優しい人なんだってことがわかった。それにキュリエって……みんなで盛り上がるような雰囲気、実は苦手なんだよね?」


 これに対しキュリエはすぐ反論することができなかった。

 アイラの言葉通り、決して得意ではないからだ。


「でも、キュリエは苦手そうな顔はしても、嫌そうな顔は一度もしたことがなかった」

「……意外と人をよく見てるんだな、おまえ」

「あはは、どうかな? アタシ自身は、自覚ないんだけど」


 とはいえ、微妙なところか。

 人の気持ちに敏感であるならば、フィブルクの気持ちに気づいていてもよそうなものである。

 が、すぐにキュリエは思い直した。

 そうだった。

 異性の好意に対してだけ極端に鈍感になる人間も、この世には実在するのだった。

 …………。

 どこかの誰かさんみたいに。


 アイラは両膝に手を重ねて置くと、その上に視線を落とした。


「けど、確かに他人に対して敏感ってのは少しあるかもなぁ。アタシって家同士の関係ではけっこう色々あるんだけど……たまに気疲れしちゃうことも、あるから」

「そういうもんなのか?」


 反応を返しつつ、家関係のつき合いで上級生たちと昼食を一緒に取らねばならない、みたいなことを以前アイラが言っていたことを思い出す。


「うん……でもね? キュリエたちと一緒にいる時はなんだか安心して普段の自分でいられる、っていうか」

「ふーん、おまえにもあるんだな、そういうの」


 貴族同士の関係というのは、自分と6院の連中の関係とはまた違った種類のものに感じられる。

 それぞれにつき合い方の難しさがあるのだろう。

 面倒なのは、まあ、どちらも同じなのだろうが。


 アイラは後頭部に手をやると、取り繕うように笑った。


「あ、あはは、いや、そんな深刻な話でもないんだけどね? ごめん、変な話しちゃって。けど……キュリエとクロヒコは、特に話してて楽でさ」

「あいつはともかく……私が?」

「うん。キュリエは自分を偽ってる感じがないっていうか……真っ直ぐなんだよ。上手く言えないけど、だから、すごく安心するっていうか」

「私が真っ直ぐ、か」


 どうだろうか、とキュリエは思う。

 自分の場合、はじまりからして偽りだった。

 最初は第6院の出身者であることを隠していた。

 入学までの道筋も、決して上等な手段とは言えない代物である。

 アイラや……クロヒコが知らないこと、知られたくないことも、たくさんしてきた。

 でも、仕方がなかった。

 何もかも、生きるためだった。


 と、アイラが身を乗り出して右手を差し出してきた。

 キュリエは差し出されたアイラの手を見る。


「握、手?」


 アイラがちょっとはにかむようにして、にこっと笑う。


「だから……これからも、その、よろしくね?」

「……ああ」


 キュリエは、ぬくいアイラの手を握り返した。

 温かい手だった。


「それから、改めてありがとう。巨人討伐作戦と、シーラス浴場行きに参加してくれて」

「礼ならクロヒコに言え。私とおまえを繋いだのは、ある意味あいつなんだから」

「そ、そうだね。も、もちろんクロヒコにも、感謝はしてるよ?」

「だが、まあ――」


 キュリエは少し手に力を込めた。

 

「私からも礼は言わせてもらう。今日のこともそうだし、その、なんというか……こんな私を受け入れてくれたことに、とても感謝している」

「うんっ」


 アイラは花が咲き誇ったような笑みを浮かべた。


「どういたしましてっ」


 互いの手が離れると、アイラは座席に戻り、どっと緊張が解けた様子で胸を撫でおろした。


「あはは、なんかこういうのって照れちゃうな……でも、よかった。キュリエと二人きりになれることって今まであんまりなかったから。こういう機会に、ちゃんとお礼を言っておきたかったんだ」


 それからアイラは、上機嫌な様子で窓の外を眺めはじめた。

 表情にはくすぐったそうな感じが混じっている。

 ちょっと照れくさくなって、窓の外へ視線を逃がしたのだろう。


 今日はアイラもドレスを着用していた。

 薄っすらと青味がかったふわりとした印象のドレスだ。

 髪は後ろで一つにまとめていて、耳にはいつものイヤリングをつけている

 派手さこそないが上品さを感じさせる仕立て。

 普段のアイラよりも若干大人びて映った。

 それでも、まさに『女の子』だよな、とキュリエはアイラを見て感じる。


 セシリ・アークライトが異質なだけで、アイラも十分に美しいと呼ぶに値する少女だ。

 彼女の持つ愛嬌、その天真爛漫な性格も魅力の一つであろう。


 少し悔しくもあるが、クロヒコとアイラが二人でいるのを見る時、正直キュリエはお似合いだと感じることがあった。

 ほほえましい、というか。

 思わず見守ってあげたくなるような空気が漂うのだ。


 何よりアイラ自身、嫌味のない性格をしている。

 入学初期の頃は家の重圧のせいか神経が張りつめていた感があったが、蓋を開けてみれば、実際はとても純朴で親しみやすい少女だった。

 いささか直情的で甘い面もあるが、見ていて不快さを感じることはない。

 どころか、つい支えてやりたくなるような魅力を持っている。


 端的に言えば、キュリエはアイラに好意を持っている自分を認めていた。

 キュリエはまだ微かにアイラの熱が残る掌を見やる。


 ――そんな仲間が、私にもできたんんだ。


 アイラの横顔を見る。


 ――ルノウスレッドに来て、よかった。


 微笑みかけてきたアイラに柔和な微笑みを返しながら、キュリエはそんな風に思った。


          *


 丘陵の上に白亜の城が聳え立っている。

 城の周りをぐるりと取り囲む城壁。

 円筒型の見張り塔。

 さらに尖塔がいくつか見える。

 そして清廉さを漂わせる城が背にしているのは、この国の象徴でもある聖樹。

 こうして間近で見上げるのはキュリエも初めてのことであったが、その威容に思わずひれ伏したくなる気持ちも、わからないではないと思った。


 高台の上にある城へ伸びる緩やかな石畳の坂をのぼり切ると、どっしりとしつつも豪奢な彫刻に彩られた城門が待ち構えている。

 城の周囲に巡らされた水堀。

 聖樹からもたらされる水であろうか。

 水はひどく澄んでいた。

 降り注ぐ日差しを反射する水面が、穏やかに煌めいている。

 その上に渡された跳ね上げ式の橋を馬車が渡る。

 城の門番が馬車を止めた。

 主に、城の兵士たちは白銀色の胸当てや兜などをつけていた。

 開かれた城門の向こうはちょっとした広場のようになっていて、その先の巨大な扉を先へ行くと城内に入れるようになっているようだ。

 広場にはよく手入れされた草花や、芸術品めいた石像が見て取れた。


「なんか、様子が変だね」


 先ほど門番に止められたまま、キュリエたちは足止めを喰らっていた。

 アイラが御者に尋ねると、


「どうも北門の方で何かあったようですが……詳しくは、わかりません」


 との答えが返ってきた。

 御者としても予想外の事態のようで弱り切った顔で首を掻いている。

 窓の外を見ると、確かに兵士たちが慌ただしく行き来していた。

 そういえば城に入る手前くらいで、馬で路地を駆け抜ける聖樹士らしき者の姿が見えた気もするが……。

 確か、馬を飛ばして城に向かう兵士の姿も見かけた覚えがある。


 このまま待っているべきだろうか。

 キュリエはドアを開けて外に出た。


「何があったのか教えてもらうくらいなら、かまうまい」


 困惑した様子で会話をしている門番の一人をつかまえ、尋ねる。


「あの、少しお聞きしても?」

「ん? あ、ああ――」


 キュリエの姿を認めた途端、門番が言葉を失った。


「何か、あったのですか?」

「…………」


 見ると、他の門番も阿呆のように口を半開きにしキュリエの方を向いている。


「あの……何かあったのかと、聞いているのですが」

「え? あ、えっと……そうそう、キュリエ・ヴェルステイン様、でしたね。えー、聖王様の、お客人の……」


 歯切れが悪い返答。

 話していた兵士たちは皆、危急の事態を知らされ興奮でもしているのか、妙に顔が赤く見えた。

 キュリエは少し呆れた。

 こういう時でも慌てず落ち着いていられなくては城の門番など務まらないのではあるまいか。


「おい」


 背後にいた兵士の一人が、ようやく我に返った感じでキュリエに質問を受けた兵士の背を小突いた。


「あ、そうか」


 ここで、兵士の表情が引き締められた。


「き、北門に――現れたと」

「現れた? 現れたとは一体、何がです?」


 緊張した面持ちへ戻った兵士が、唾をのみ込み、北門の方を眺めやった。


「正直、まだ現実感がありませんが……四凶災、だそうです」


 一様に、兵士たちに緊迫感が戻ってきた。


「北門に四凶災が、現れたと」


          *


 しばらくするといよいよ、兵士たちの間で怒号が飛び交うようになった。


「おい本当に四凶災が来たらしいぞ!」

「大丈夫なのか!? 大丈夫だよな!? 王都には聖樹騎士団がいるもんな!?」

「けどソギュート団長やディアレス副団長は今、砦の奪還で不在だぞ!?」

「ヴァンシュトス殿がいるだろう! それより、王は!?」

「大丈夫だ! 王には近衛隊もワグナス様もついておられる!」

「ど、どうする!? おれたちも戦うのか!?」

「わからん! そもそも四凶災が王都になんて……どうしたらいいんだ!?」


 明らかにさっきと比べ空気が変わってきたのがわかる。

 ある瞬間を境に、にわかに緊迫の度合いが増した。

 事態の深刻さが伝播し一気に爆発したのであろう。

 それこそ災害的な脅威における危機感というのは案外、直前まで迫らねば意外と持てぬものである。


「ここで呑気に待ちぼうけ、というわけにもいかなさそうだな」


 キュリエは馬車の横で腕組みしながら、遥か遠くに見える学園を見据えた。


「学園の方が、気になるな」


 今日、あそこにはクロヒコがいるはずだ。

 キュリエは御者に馬車で学園へ向かってもらえないかどうか、尋ねた。

 しかし御者は、ここで務めを放棄するわけにはいかないし、何より本当に四凶災が現れたのであればこの城にいた方が安全である、そう言って拒否した。


 馬車に寄り掛かり黙考していたアイラが聞いてきた。


「どうする、キュリエ?」

「歩いて戻る、か。だが、途中で遭遇する可能性を考えると武器が欲しいところではあるな」


 さすがに聖王家の人間と会うのに、馬車へ武器を持ち込むのは厳しかった。

 それに、武器が必要になる事態になるとはさすがに思っていなかった。

 もちろん、愛用の剣がなくとも徒手空拳でも戦えるし、術式だってある。

 現地調達も可能。

 そうも考えていた。

 だが、


「四凶災……本当に、来たというのか」


 もしあの四凶災を相手にするとなれば……やはり、リヴェルゲイトが手元に欲しい。

 しかしリヴェルゲイトは女子宿舎の自室にある。


 と、


「そこにおられるのは、キュリエ・ヴェルステイン殿でございますか!?」


 馬が一頭、こちらに向かって走って来るのが見えた。

 坂を駆け上がってくる。

 鞍上にいるのは聖樹士……聖樹騎士団の団員か。

 なぜ自分の名を呼んでいるのだろう、とキュリエは疑問に思った。

 聖樹士は城門を少し入ったところ――馬車の横で止まった。


「申し遅れました、私は聖樹騎士団の者です」

「キュリエは私だが、何か?」

「我が騎士団のヴェンシュトス・トロイア殿より、言伝がございます」


 ヴァンシュトス・トロイア。

 バシュカータの兄。

 事情聴取の時に顔を合わせた記憶がある。

 傍若無人な弟とは違い、礼節を弁えた気骨ある武人といった印象の男だった。

 実力に見合った人格の持ち主だったと記憶している。


 馬上の騎士団員が気を揉む表情を浮かべて北門の方を一瞥し、言った。


「現在、ヴェンシュトス殿の率いる聖樹騎士団が四凶災と交戦中です。そこで、どうかあなたにご助力を願いたい。またサガラ・クロヒコ殿のところへも、同じ要請がいっているはずです」


 キュリエの眉が動く。


「クロヒコにも?」

「例の殺人犯の一件で、その殺人犯を禁呪で追い返したことから……戦力として、助けが欲しいと」

「……そう、か」


 わからなくはなかった。

 ただでさえ今の聖樹騎士団は砦の件で主力を欠いている。

 となれば、禁呪使いであるクロヒコと、第6院出身者と名乗った自分に力を借りたいというのも、頷けなくはない。

 人選としては、間違ってはいない。

 そしてクロヒコなら――力を、貸すだろう。

 もちろん学園長が止める可能性はあるが……。


 それに、とキュリエは思った。

 セシリーは、大丈夫だろうか。

 今日は街の方へ行っているはずだ。

 確か祖父と一緒に食事の予定だと聞いている。

 ジークやヒルギスも一緒だろうか。

 そちらの方も気になる。

 無事、避難できていればいいが。


 キュリエは思考を巡らせた。

 そして、


「わかった」


 団員の表情に安堵の色が灯る。


「キュリエ殿……助かります」


 自分が四凶災を倒してさえしまえば、セシリーやクロヒコのことを心配する必要もなくなる。

 北門に向かえば、そこでクロヒコと合流できるかもしれない。

 もちろん四凶災に自分の力が通用するかどうかは未知数だが……何より、この状況でヴァンシュトス・トロイアを放っておく、というのもいささか気が引ける。

 …………。

 やはり甘くなっただろうか、とキュリエは思った。

 が、すぐに雑念を振り払う。

 キュリエは馬上の団員を見上げた。


「ただ、一つ頼みがあります」

「なんでしょうか」

「あなたでもいいのですが、聖樹騎士団の人間か誰かに、学園にある女子宿舎の私の部屋から、私の聖魔剣を取ってきてもらいたい。衣装箱が二重底になっていて、蓋はすぐに外せる」

「つまりキュリエ殿は、先に北門へ?」

「ええ。学園まで戻っている時間はないでしょう。だが相手が四凶災となれば、聖魔剣は武器として必要になるはず」

「わかりました。では私の剣をここでお渡しして、あなたの剣は私が……いや、しかし」

「なんです?」

「衣装箱となると……やはり、女の団員に頼んだ方が――」


 こんな時に何を言っているのだ。


「事態が事態だ、あなたが行けるのなら、あなたが行くのが手っ取り早いでしょう」


 キュリエは慌ただしさを増す城の方に視線を飛ばす。


「それと、聖樹騎士団の人間の頼みならばこちらも早いでしょう、ここの兵士に、私に馬を貸してもらえるようあなたから――」


 その時、地面で影が乱舞した。

 次に、ぶんっ、と重々しい風切り音。

 そして、


 ぐしゃっ。


 馬上の聖樹士が、巨大な何かに、馬ごと押しつぶされた。


「……え?」


 アイラも、御者も、兵士たちも、何が起きたのかわからない顔をしていた。

 キュリエだけがたった一人、その巨大な何かの正体をすぐに理解した。

 自然と眉に皺が寄る。

 石畳にめり込み突き刺さっているのは……巨大な、大剣だった。

 見覚えがあった。

 この剣は、あの男の――


 ヴァンシュトス、トロイアの……。


 つまり。

 キュリエは、山なりに剣が飛んできた方角を向く。

 緩やかな坂の向こうから、こちらへと歩いてくる人影が見えた。

 頭が見えて、次に上半身が姿を現す。

 そして全身が視認できる距離まで、その大きな影がやって来た。


 背の高い男は、右手にもう一本の巨大な剣を持ち、引きずっていた。


「お、当たったみたいだねぇ。ん〜、遠目からでもいい顔が揃っているのわかるねぇ。絶景、絶景。ま、絶望の下準備ってところかなぁ……それとも、あー、ちょい早まったか? もっと引っ張った方がよかったかねぇ?」


 日差しを受ける藍色の髪。

 群青色の外套。

 眼鏡をかけている。

 錯覚かもしれないが、その身体が化物じみて大きく見えた。


「あ、あの剣……まさか」


 兵士の一人が気づいたようだ。


「ヴァ、ヴァンシュトス殿、の……?」

「え?」


 もう一人の兵士が目を丸くする。


「じゃ、じゃあもしかして……聖樹騎士団は、すでに――」


 兵士たちの表情がみるみる恐怖と絶望に染まっていく。

 キュリエは何もわからずに死んだであろう聖樹士の死を悼みつつ、彼の腰から剣を抜き放った。

 柄に血が付着している。

 施晶剣。

 贅沢は、言っていられない。

 今あるもので、やるしかあるまい。


「アイラ」

「う、うん、何?」

「もし可能なら、このまま城内なり、安全な場所なりに避難してくれ。あいつは、私が相手をする」

「キュリエ、だったらアタシも――」

「駄目だ」


 きっぱりとキュリエは切り捨てた。

 気持ちは嬉しいが、アイラでは駄目だ。

 あの男は――強い。

 圧倒的に。


「頼む、アイラ」

「キュリエ……」

「せっかくさ、友だちが増えたんだよ」


 アイラが、はっと息を呑むのがわかった。


「だから、守らせてほしいんだ」


 キュリエはそっと目を閉じ、神経を研ぎ澄ます。

 なぜか不意に脳裏に蘇ってきたのは、ヒビガミの言葉。


 ――それだよキュリエ!

 ――己のよさはそこよ!

 ――いつでも『人でなし』に戻れる!


 呼吸を静へと近づけていく。

 いらぬ感情を奥深くに押し込む。

 ゆっくりと、目を開く。


「ああ、いつだって――」


 キュリエは力を入れ過ぎず、ゆったりと剣を構えた。


「戻って、やるさ」

 すみません、幕間「絶望を求むる男」も分割することになりました。

 ベシュガム戦から一旦離れて、次はゼメキス戦へ突入と考えていただければ……。


 次話は17日あたりに更新できればと考えております。


 また、以前も書きましたが、やはり話の展開的にどうしても幕間が多くなりそうです。

 クロヒコ以外の視点も楽しんでいただけるよう、がんばります(汗

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