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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
103/284

第91話「第三禁呪、最凶の男」

 眼球の周囲が熱を帯び、血管が脈動する。

 みしっ、と目の周りに根が張ったような感覚。


 回避動作へ移ろうとする筒帽の男を眼が捉える。

 男の足元に術式陣が出現。

 脚に絡みつく金色の紐。


「ぬっ?」


 シャナトリスさんの『リィンプエルグ』。


「ぐっ――がっ、ぁ!」


 膜で覆われたかのごとく深紅に染まる視界。

 眼球の付近で、黒き光が爆ぜた。


「がっ、ぁ、ぁ、ぁああぁぁぁぁああああああ!」


 二本の直線光が筒帽の男へ向け、高速で放出。

 男は両手を交差させ防御姿勢をとる。


 ――受け止めるつもりか、あれを。


 放たれた光線が男に喰らいかかる。

 赤と黒の雷光めいた一本の光線が男と衝突、そして激突の瞬間、まるで衝突が引き金になったかのように男のいた場所で爆発が起こる。

 連鎖爆発のように次々と男の前方で赤と黒が爆裂する。

 轟音。

 ほどなくして、光線が細まりはじめる。

 そして、収束。

 光線を放った先。

 破壊光の残滓であろうか。

 薄っすらと黒い霧めいたものが、男のいた場所に漂っている。


 と――布地が破け丸太めいた太い腕を露出させた男が、霧の向こうから姿を現した。


 金色の紐を引きはがしながら、二本の脚で堂々と歩いてくる。

 地響きが聞こえてくるかのような威圧感。


「防ぎ、切ったというの?」


 後方から驚愕に満ちたマキナさんの声。

 見ると、彼女は放心した顔で膝をついていた。

 呆然とした様子のまま、マキナさんが先ほど光線が穿った地面の穴を見る。


「あれを防ぐなんて、そん、な」


 左目を手でおさえつつ、ぎりっ、と歯を噛みあわせるシャナトリスさん。

 固有術式を使用した影響か、目を覆う手の下から一筋の血が流れている。


「ちぃっ、化物め」


 シャナトリスさんが右目をすがめる。


「む? あの男の、腕……あれは?」


 筒帽の男が剥き出しになった己の腕をあげてみせた。


「これか?」


 男の腕に刺青を彷彿とさせる術式が彫り込まれている。


「まさか、術式……刻印?」


 マキナさんがさらなる驚きを口にした。

 さして特別なことでもないように筒帽の男が応える。


「これは確か、己の皮膚を硬質化させる固有術式『スヴェグルイン』といったか。戦獄塔からごくまれに産出する不壊と名高いアディマンティウム並に硬くなると、術者は言っていたが」

「『スヴェグルイン』じゃと!?」


 シャナトリスさんが目を瞠った。


「馬鹿な! あれはルーヴェルアルガンのスタンジス家の者だけが持つ固有術式のはずじゃ! それに、その術式は例外なく腕ではなく額に宿るはず――」

「だから、そこの女が今ほど言っただろう」


 筒帽の男がマキナさんを指差した。


「これは、術式刻印だ」

「それがありえんのじゃ! 術式刻印は術式発動の際、使用者に耐え難いほどの強烈な痛みを与える! ゆえに術式は固有術式を除けば、基本として人体以外のもの……剣や魔導具などに、刻印される」


 シャナトリスさんの話しぶりは目の前の現実を否定したがっているようにも見えた。


「術式刻印は、使用する者なぞほとんどおらん外法……まして固有術式ともなれば、『血脈』をもたぬ者が使えば拒否反応を起こし、死に至る激痛に襲われるはず。他でもないワシが、実験でそれを確認しておる」


 瞳に映る男の存在を否定するような調子で、シャナトリスさんが筒帽の男を指差す。


「それで、生きていられるはずなど……それともおぬし、まさかスタンジス家の血が流れておるのか? ありえんことじゃが、固有術式の宿った場所が、なんらかの偶然で違ってしまったとか――」

「ベシュガム・アングレン」

「何?」

「オレの名だ。一人の母と四人の父を持つ終末郷生まれの四兄弟。それが我々アングレン四兄弟だ。そしてオレの父も母もスタンジス、などという名は持たん」

「馬鹿な……固有術式を術式刻印で会得できてしまうなど、ありえては――」


 筒帽の男が俺の数メートル先まで迫っている。


「だから――我々なのだ」


 城壁のように立ちはだかる、巨体の男。


「術式刻印による痛みなど、すでに我々は超克している」


 マキナさんもシャナトリスさんも言葉を失っていた。

 あの筒帽の男が腕に施している術式刻印とやらは、相当に無茶な代物らしい。


「あえて言うのならば、この術式の効き辛い体質が逆に上手く作用しているのかもしれんがな。ふん、術式を使用する分には問題なく、身体に受ける分には効果を鈍化させる……世の中とは、なんともオレに都合よくできているものだ。オレはこの世界に愛されている。なればこそ、オレはこの世界を凌辱してみせよう」


 後半は意味不明だったが、あの腕の刻印については理解できた。

 なるほど。

 第三禁呪は『スヴェグルイン』とかいう固有術式とやらによって防がれたってわけか。

 だが、とも思う。

 本当に第三禁呪を防いだのは、あの固有術式なのだろうか。

 なんとなくだが、第三禁呪を防いだのはあの固有術式の力によるものだけじゃない気がする。

 あの、ベシュガム・アングレンという男。

 彼の元々のスペック自体が、やはり異常なのではないか。

 つい先ほどの光景を目撃した者からすれば、あの男が『リィンプエルグ』や『ミストルティン』、そして第九禁呪を容易に払いのけたように見えるだろう。

 が、どれも本来あんな簡単に防がれる代物ではないはずだ。

 となると、やはり異常なのは四凶災そのものと考えるべきなのか。

 …………。

 それを確認するためにも、できればあの固有術式がない状態でダメージが通るかどうか、試してみたいところなのだが……。

 

 ちなみに俺は三人の間で会話が繰り広げられる中、ずっと『検索』を行っていた。

 今までの禁呪ならば第二段階――第二界があるはず。

 が、検索の結果……第二界が使用不可であることが、判明した。

 第八禁呪以降は、一つ上の数字の禁呪を習得していないと第二界は解放されない仕様になっているらしい。


 禍々しく変貌した左腕を見る。

 第九禁呪を覚えていたから、第八禁呪の第二界は解放できた。

 つまりあの祭壇にあったのが第八以外の禁呪だったら、第二界は解放できなかったことになる。

 巨人討伐作戦の前に会得したのが第八禁呪だったことは運がよかった、と考えるべきかもしれない。

 ただ、となると、


 再び筒帽の男――ベシュガムを見上げる。


 もう今の手持ちの禁呪だけで、やるしかなくなったわけか。

 さて、どう攻めるか……。

 そうだ。

 腕のあの刻印、確か術式だって言ってたよな……。


「貴様」


 そう呼びかけるベシュガムの視線は、俺の頭上のやや後方へ固定されている。

 彼の視線の先を目の端で辿ってみた。

 そこには薄っすらと実像を失いつつある巨大な眼球が浮かんでいる。


「先ほど禁呪という単語を耳にしたが……眉唾と思っていた禁呪が、まさか実在したとはな」


 俺は距離を取るべく飛び退く。

 ……警戒していた追撃は、こなかった。

 ベシュガムが首を斜めに傾ける。


「なんだ? まさか先ほどの禁呪が効かなかったことで物怖じしたか? あそこの女どもの反応を見る限り……あれに、賭けていたようだが」

「――第九禁呪、解放」


 黒い鎖がベシュガムに襲いかかる。

 さっき距離を取ったのは小声で行なう詠唱を極力、聞かれないためだった。


「ふん、無駄だと――」

「我禁呪ヲ発ス、我ハ魔眼ノ――」

「む?」


 今度は俺から間合いを詰める。

 ベシュガムは迫りくる鎖を振り払っている。

 が、まだ足先から腰のあたりまでは鎖が拘束中。

 鎖をすべて取り払うには数秒の時間を要する。

 それは先ほど確認済み。

 あいつは第九禁呪を一瞬で無効化できるわけではない。

 ヒビガミのように、次元の断裂そのものを切り捨てる、なんていう芸当をやってのける様子もない。


 ならば、数秒の隙は作れる。


 俺が思い出していたのは、初めて禁呪を使った時のことだった。

 マキナさんを鎖で拘束してしまった時のことである。

 あの時、彼女は『ミストルティン』を放つための聖素を集められなかった。


「――第三禁呪、解放」


 血が沸騰したかのような感覚が、目に集まる。

 そう。


 第九禁呪は、拘束した者の聖素吸収経路を塞ぐ効果がある。


 ならば――


「おまえが鎖に拘束されている数秒の間に、第三禁呪を撃ち込めばどうだっ!?」


 聖素を集められなければあの『スヴェグルイン』とかいう固有術式で皮膚を硬化させることはできないはず。


 視界が、深紅に包まれる。


「――ぁ、がっ、ぁ、ぁぁああああああああああああああああああああああああああああ!」

「むっ?」


 聖素を集められないことにベシュガムが気づいたようだ。

 が、もう遅い。

 この距離で回避できるものなら、やってみろ。

 ベシュガムが咄嗟に防御姿勢に入る。

 俺とベシュガムの間で光が迸り――炸裂。


「……っ」


 第三禁呪発射の反動に耐え切れず、俺は地面に尻餅をつく。

 けれど、視線はベシュガムから外さない。


「そう、か」


 黒い残滓が霧散していき――禍々しい凶眼が、姿を現した。


「あの鎖には、体内への魔素の流入を遮断する効果があったわけか。今のはなかなか悪くない考えだったな、禁呪の男」


 その腕は火傷を負ったように爛れ、血を流していた。

 だが、


「貫通にすら至らず、か……マジかよ」


 ふっ、と笑みが零れる。

 不意に浮かんだ笑みだった。

 本当に無茶苦茶なやつだ、と思った。

 なるほど。

 つまり術式になんざ頼らずとも――耐えて、しまうわけだ。

 怪物め。


「ぐっ!?」


 目に、鋭い痛みが走る。

 手で目元にそっと触れてみる。

 血。

 そうか。

 第三禁呪も第八禁呪と同じで、ちゃんと使用者に負荷がかかるわけか。

 案外、負荷がないのは第九禁呪だけなんだろうか。

 しかし、と改めてベシュガムを見上げる。

 あの威力の攻撃を受けて、あの程度の傷とは。

 …………。

 さて、次はどうするか。


 祝う気などさらさらなさそうな空虚な拍手が、二度、鳴った。

 拍手をしたのは、ベシュガムだった。


「このオレに傷らしい傷を負わせたことに関しては、素直に称賛を贈るとしよう」


 ベシュガムが横目でマキナさんへ視線を飛ばす。


「傷らしい傷をつけられたのは『あの女』以来だ」

「…………」

「どうした? この程度の傷に収まったことが納得できんか? なに、気にすることはない。貴様が弱いのではない。オレが、強すぎるのだ」


 ベシュガムが血を流す腕の傷に触れる。

 痛みはあるのだろうか。

 表情が変わらない男なので、ダメージも読み取りづらい。

 と、イザベラ教官たちが一斉に動こうとした気配があった。

 俺に加勢しようとしたのだろう。

 が、ベシュガムの冷酷なひと睨みで教官たちは一瞬で怯んでしまったようだ。

 相手が相手だ。

 戦意を喪失してしまっても、誰も彼らを責めることはできまい。


「我々はひとまとめに『四凶災』と呼ばれているらしいが……実はオレと他の兄弟の間には、埋めがたい大きな隔たりがある」


 何やら語りはじめた。

 その間、呼吸を整えることに意識を注ぐ。

 少しでも回復の時間を稼ぐ。

 反撃の機会を、待つのだ。


「もう一度言う……オレが、強すぎるのだ。どうも弟たちは勘違いしているらしいが、オレは弟たち三人をまとめて相手にしても難なく勝てる。苦戦することなく皆殺しにできる。気分次第で強さにばらつきの出るゼメキスが仮に絶好調だっとしても、問題なく殺し尽くせる自信がある。それをしないのは、我々が同じ存在意義を持った運命共同体だからだ。この世で代替のきかない、たった四人の兄弟だからだ。そうでなければ――すでに殺している」


 ゆっくりと立ち上がる。

 左腕に力を込める。


「ただ、そんなオレを苦しめた者がたった一人だけこの世に存在する。オレは今もそいつを越えるべく人間の達成を目指している。そしてそいつは未だに、強くなり続けている」

「へぇ……誰だよ、そいつは?」


 応じつつ息を吐き出す。

 よし。

 意外と身体にダメージは残っていない。

 禁呪の負荷が少しかかっている程度だ。


「その男とは――」


 ベシュガムが己に親指を向けた。


「オレ自身だ」


 …………。

 なんつー男だ。


「額のこの傷も、潰れた睾丸も……このオレによってしか、なされなかった。つまりオレは今をもって、オレにしか敗北していない。ゆえに、オレが真の敵と認める者は、オレしかいない」

「あいつに聞かせてやりたいね、その言葉」


 俺は小声で呟いた。

 あの男が聞いたらさぞかし喜ぶだろう。


「貴様もよくやった方だ、禁呪の男。だが……貴様を見逃すつもりはない。ここで、殺す」


 ベシュガムは手をかざし太陽を見上げた。


「今日は誰かを見逃すような日ではない。そんな、気がしてな」


 ベシュガムがマキナさんとシャナトリスさんの方を向く。


「特に、あの二人はここでオレがきっちり殺しておかねばなるまい。ここに来たのがオレで僥倖だった。弟の誰かならば殺せなかった可能性もある。言動は大人びているが、あの見た目では……不安が残る」

「?」


 今のは何を言っているのかわからなかった。

 わからなったが、


 よそ見をしたのを好機と見た俺は、ベシュガムに飛びかかった。


 そのまま頬めがけ左拳を放つ。

 が、ベシュガムはマキナさんたちの方を向いたまま、あっさり俺を叩き落とした。

 衝撃を受け急速に落下した身体が顔から地面にめり込む。


「ぐっ、がっ!」


 すぐさま地面から身体を引きはがす。


「くっ……!」


 即座に身体を回転させ立ち上がり、体勢を立て直す。


「はぁ、はぁ……色々と反則だろ、あんた」


 なるほど。

 さっきくらいのスピードで攻撃をくわえると、あんな速度で反応してくるわけか。

 気配を察知しているのかもしれないが、ともかく視野も広い。

 不意を突くというのは、やはり難しいか……。


「さっきの呪文はもう使わないのか? ああ、なるほど……禁呪には何か、負荷があるわけか」

「…………」


 第九禁呪の効果をすぐに理解したことといい、察しもよいようだ。


 どうする?

 第九と第三の禁呪のコンボは、ダメージをまったく与えられないわけじゃない。

 だとすれば、あいつに防御姿勢を取らせず顔面あたりに第三禁呪の直撃を喰らわせられれば、あるいは――


「く、クロヒコ様っ!」


 え?

 今の、声って……。

 振り向くと、


「ミア……さん?」

「ミア?」


 意外そうな顔のマキナさんの背後に立っていたのは、ミアさんだった。

 彼女は顔中に汗をびっしょりと掻き、俺と同じくらい呼吸を荒くしている。


「こ、これを……お持ちいたし、ました……すみ、ません……クロヒコ様の、お覚悟を……立ち聞きして、しまいまして……っ!」


 彼女が抱えていたのは俺の施晶剣と――『魔喰らい』。


「クロヒコ様が、お逃げにならないので、あれば……っ」


 ぜえぜえと呼吸しながらミアさんが顔を上げる。


「勝って、ください……っ!」


 精一杯といった顔でミアさんが声を上げる。

 声が少し上擦っていた。

 目尻に涙を溜める彼女のその表情には、ある種の覚悟が見て取れる。

 …………。

 そうか。

 ミアさん、俺のために家まで武器を取りに行ってくれていたのか。

 学園長室で話を聞いた後、すぐに思い立って、急いで取りに向かってくれたんだ。

 そして全力で走って、届けてくれた。


 多分、本当は逃げてくれと言いたいのだろう。

 表情がそれを物語っている。

 が、俺の学園長室での話を聞いて引き留めることをやめた……そんなところ、なのだろう。


「ミアさん」

「は、はいっ」


 俺は笑ってみせた。


「勝ちます、絶対に」

「――はいっ」


 涙ぐむミアさんは、しかし笑顔を浮かべてくれた。

 私に任せてくれるかしら、とイザベラ教官がミアさんに言った。

 そしてイザベラ教官はミアさんから剣のおさまった鞘を受け取った。

 彼女が俺の方へ、続けざまに鞘を投げる。

 俺の足もとに二本の鞘が落ちてきた。

 ベシュガムが邪魔をするかと思ったが――邪魔は、入らなかった。

 彼は、


「お、おぇぇええええええええええええっ」


 え?

 なぜか、地面に嘔吐していた。 

 どうした?

 まさか、術式刻印とやらのフィードバックか何かか?

 ベシュガムが腕で口元を拭う。

 そして顔を上げると、彼は涼しげな顔で言った。


「すまんな。貴様らの関係があまりにも気持ち悪かったので、反吐が出た」

「なっ――」


 反吐が、出ただって?

 ベシュガムは俺たちを睥睨すると、指先を突きつけた。


「どいつもこいつも相手を信頼し切った盲信的依存関係……相手ありきの、不安定な関係性か。それはまさかあれか? 安い芝居の脚本を書く劇作家がよく好む、人と人との絆とかいうやつか? ふん、心底だな。心底、吐き気がする」


 口内に残った吐瀉物をベシュガムが地面に吐き捨てる。

 そして彼はこめかみに指先を添えた。


「ああ、なるほど」


 ぎょろりと。

 ベシュガムの眼球が、俺たちを捉えた。


「つまり貴様ら――生き残る気で、いるわけか」


 再び口元を拭うベシュガム。


「ここで死ぬわけにはいかんと、そう思っているわけか。なるほど、全員で生き残ろうと思っている……だから、鼻につくわけだ。この状況にありながら貴様ら、何か希望に縋っているわけか」


 ベシュガムの手が痙攣めいて震えている。

 震える手の甲には血管が力強く浮き上がっている。

 その様子は、今にも飛びかからんとする大型の獣を思わせた。


「だから、反吐が出るわけだ」

「何が、悪い」

「ん?」


 俺は足元の鞘に手を伸ばす。


「生き残りたくて、何が悪い。生き残ってほしいと思って……何が、悪い」


 右手と左手。

 二本の柄を、握り込む。


「ていうかさ、困るんだよ」

「…………」

「みんな生きててもらないと……他でもない俺が、困るんだよ。だから――」


 二本の剣を、するりと抜き放つ。

 ベシュガムを睨み据える。


「さっきあんたに反吐が出ると蔑まれた関係性を、これからも続けるために――」


 ぼとり、と鞘が地面に落ちる。


「ここで俺は、あんたを殺さなくちゃならない。どう、あってもな」


 右手に施晶剣。

 左手に『魔喰らい』。


「マキナさん、シャナトリスさん、イザベラさん、教官方……これ以降、術式は使えないと思ってください」


 リィィン、と。

 黒き刀身が鳴き声をあげ、青白い燐光を発する。

 この『魔喰らい』があればベシュガムの術式刻印は無効化される。

 何よりこれは、あのヒビガミが持っていた刀。

 威力も巨人討伐作戦で証明済み。

 この刀なら、あるいは――


 が、油断はできない。


 相手は四凶災最凶の男、ベシュガム・アングレン。

 一分の油断すら、許されない相手。

 俺は、



 先ほどから爛々と目を輝かせていた『獣』に、意識の一部を明け渡した。



「妖刀か」


 ベシュガムが、構えをとる。


「面白い」


 彼の腕の筋肉が軋むような音を立てて気勢を上げる。

 短く息を吐き出し、俺は剣を構えた。

 そして地を蹴り、疾駆。


「まだ諦めるつもりはなさそうだな。存外、しぶとい男だ」


 剣を握り込む手に力を込める。

 一気に互いの距離が詰まる。


「ならば」


 弓でも引き絞るかのごとく、血管の浮き出た腕を後方へ引くベシュガム。


「容赦なく打ち砕き――そして、完膚なきまでに蹂躙してやろう」


 回転を加えたベシュガムの拳が、咆哮めいた唸りをあげ襲いかかってくる。


「貴様の、すべてを」



 ――――――――――――――――――――――――――どくん。

 いつもお読みくださりありがとうございます。


 次話は幕間10「絶望を求むる男」【キュリエ・ヴェルステイン】となります。


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