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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
101/284

第89話「マキナの覚悟」

 今回も長くなったので分割しました。第90話「衝突」はもう少し推敲し、1時間後(1時15分)くらいに投稿いたします。

「四凶災、ですって?」


 唐突に伝えられた報。

 最初にマキナさんの口から飛び出たのは半信半疑の声だった。


「たちの悪い冗談というわけでは、なさそうじゃの」


 険しい顔のシャナトリスさんが眉間に皺を寄せる。

 血相をかかえ飛び込んできた教官の様子を見る限り冗談を言っている様子はない。

 その表情が事態の切迫さを物語っている。


 四凶災。

 まさしく今ほど話題にのぼったばかりの四人組。

 よもや噂をしたから寄ってきたというわけでもあるまいが、なんてタイミングだ、と思った。

 マキナさんの手が口元へと伸びる。


「可能性をまったく考えていないわけではなかったけれど……よりにもよって、どうしてこんな時に」


 困惑を帯びるマキナさん。


「状況は?」


 シャナトリスさんが教官に確認をとる。


「は、はいっ」


 弾かれたように教官が答えた。


「ヴァンシュトス・トロイア殿の率いる聖樹騎士団の八剣、及び聖樹士約三百名が北門へと向かったとのことです。現在、交戦中かと……」

「確かソギュート・シグムソスと副団長は今、王都を空けているんじゃったな?」


 マキナさんへ確認をとるシャナトリスさん。

 だが、返事がない。


「マキナ?」


 シャナトリスさんが声をかけ直すが、やはり反応はなし。


「マキナ!」


 シャナトリスさんが一喝するように名を呼んだ。

 するとようやく我に返ったという感じで、硬直していたマキナさんがはっとなる


「え、ええ……ごめんなさい」

「ソギュート・シグムソスと副団長はいない。加えて騎士団の精鋭も砦の奪還へ向かった。そうじゃな?」

「……その、通りよ」

「彼ら抜きで、現時点においてこの王都で四凶災に対抗できそうな戦力は?」


 マキナさんが俺を一瞥。

 やや間があってから、


「あえて挙げるならば、やはり聖樹騎士団でしょうね。それ以外で対抗できそうな戦力としてすぐに思いつくのは……王の近衛隊、私の父であるワグナス・ルノウスフィアに、王の剣術指南役のガイデン・アークライト、といったところだけど」

「聖樹騎士団以外は、聖王を守るのを優先するじゃろうな」

「仕方ないわよ。それが彼らの役目だもの」


 忌々しげにシャナトリスさんが舌打ちする。 


「こんなことならローズを連れてくるべきじゃったな。ま、相手が相手じゃから、あいつでも気休め程度にしかならんかもしれんが」

「あの、学園長……これから私たちは、どうすれば?」


 すがるように教官が質問する。

 一度マキナさんは強く目を瞑ってから開くと、再び表情を引き締め直した。


「あなたたち教官は、学園内にいる生徒たちを西門へ誘導。そのままシグムソス公爵領へ入り、保護してもらいなさい」


 シャナトリスさんが口を挟む。


「ん? 聖樹の麓には避難地区とやらがあるのではなかったか?」

「聖樹と学園は、王都においては東と西で正反対の位置にある。王都のど真ん中を突っ切るとなると、むしろ危険が増す。はなから勝てる見込みのない相手なら、王都の外へ逃げた方が安全よ」


 ルーヴェルアルガンを北とすると、王都において聖樹は東、学園は西に位置している。

 途中で四凶災と鉢合わせする危険性を考慮すると、確かにそのまま西門から王都を出る方が得策か。


 この時、俺は考えていた。

 キュリエさんとセシリーさんは無事に逃げのびてくれるだろうか、と。


 キュリエさんは今日、アイラさんと一緒に馬車で城へと向かった。

 掛け時計を見る。

 時間的にはすでに城の近くにいてもおかしくない。

 もしくは、すでに城内か。

 四凶災が城へ行く可能性は……ないとは、言い切れないだろう。

 だがマキナさんの先ほどの言葉を聞く限り、城には彼女の父を含め実力者たちが揃っているようだ。

 何よりもキュリエさん自身、百戦錬磨の戦士にも劣らぬ強さを持った実力者である。

 また彼女ならば、こういった事態の渦中にあっても的確な判断ができるだろう。

 その点ではアイラさんが彼女と一緒なのもむしろ幸運だったといえる。

 これでアイラさんの安全度もぐっと上がった。

 危険度は……低いと考えても、よさそうか。


 一方、セシリーさんだが……今日は、確か聖王の剣術指南役でもあるおじいさんと一緒に街で食事だと聞いている。

 純粋な剣の腕だけならばあのソギュート団長も敵わないというガイデン・アークライト。

 さっきマキナさんの口からも対抗できる戦力候補として名が挙がっていた。

 セシリーさんもこういった事態で慌てふためく印象はないし、そんなすごい人と一緒にいるならば、上手く避難してくれるはずだ。

 いつものことを考えると、おそらくジークとヒルギスさんも一緒にいるとは思うのだが……。


 上級生のレイさんやベオザさんは合宿で今、王都にはいない。

 ミアさん、そしてリーザさんとクラリスさんは、生徒たちと一緒に王都を出るはず。

 …………。

 大丈夫だ。

 きっと、大丈夫。


 そもそも四凶災がピンポイントでキュリエさんやセシリーさんを狙って来たわけでもないだろう。

 むしろ狙われる理由があるとすれば――

 俺はマキナさんを見やる。

 四凶災をこの大陸から消そうとしている、彼女の方だろう。


 ただ……それほど心配することもないのかもしれない。

 四凶災のところへはヴァンシュトスさん率いる聖樹騎士団が向かったと言っていた。

 ヴァンシュトス・トロイア。

 寡黙な人ではあったが、あの人からは言い知れぬ凄味が発せられていた。

 それに、ディアレスさんも今の聖樹騎士団は昔より遥かに強いみたいなことを口にしていた。

 だからソギュート団長たちがいなくとも、あるいは今の聖樹騎士団なら……。

 …………。

 ただ――


 さっきから妙な胸騒ぎがするのも、また事実だった。


 そう。

 決してゼロではないのだ。


 キュリエさんやセシリーさんが四凶災に遭遇する確率も。

 聖樹騎士団が四凶災に敗北する確率も。


 ゼロだと断じることは、できない。

 だから本当は、今すぐにでも彼女たちを探しに行きたい。

 だが、と教官に指示を飛ばすマキナさんを俺は見る。


 ここでマキナさんを放って学園を出て、いいのだろうか。


「わ、わかりました。急ぎ指示通りに、避難誘導をはじめます」

「お願い」

「あの……学園長は?」


 マキナさんが視線を伏せる。


「私は――すべての生徒と学園関係者の避難が完了するまでは学園に残り、その間は避難の補助に回ります」

「学園、長……」

「さ、早く行って。四凶災が聖樹騎士団を破ってここへ来る可能性は決して低くない。手遅れになってからでは、遅いのよ」


 マキナさんに促され教官が部屋から飛び出して行く。

 教官の駆ける足音が遠ざかるのを聞きながら俺はマキナさんに尋ねた。


「最後まで、残るつもりなんですか」


 俺の問いに対し、マキナさんは微笑みをもって応えた。


「私は学園長よ? 生徒の命を預かる立場にある学園長が、その生徒たちを置いて先に逃げるわけにはいかないでしょう?」


 マキナさんの表情が苦笑へと変わる。


「ま、やっぱり面倒な仕事だけれど」

「のぅ、マキナ」

「何?」

「おぬしは今回、四凶災が王都を選んだのには理由があると考えるか?」


 シャナトリスさんが問う。

 なんだか含みのある言い方だった。


「あなたの言うように、彼らは理由自体を持つのかどうかすら怪しい連中だわ。ただ――」


 マキナさんが虚空を睨み据える。


「どこかから、私のことが伝わったのかもしれないわね」

「つまり……おぬしが四凶災を始末しようとしているという情報が、か?」


 厳粛な面持ちで黙って首肯するマキナさん。


「だから責任を感じているのか? 自分が、四凶災を引き寄せてしまったのだと?」


 マキナさんはシャナトリスさんの問いには答えず、無言のままドアの前へ移動した。


「あなたたちは、避難して」


 彼女は取っ手に触れ、続けた。


「クロヒコ……ミアのことを、お願いね」


 なんだ、それ。

 まるでこれから、死ににでも行くみたいな。


「一人で戦うつもりですか、四凶災と」


 質問すると、マキナさんは横顔を覗かせた。

 口元が微かに綻んでいる。


「あら? 何も不思議がることはないでしょう? 私はただ、姉と同じことをしようというだけよ……それに、姉は『ミストルティン』で四凶災に傷を負わせたことで、聖樹騎士団を守った」


 取っ手を強く握り込むマキナさん。


「だったら私も同じことをすれば生徒たち――あなたたちだけは、見逃してもらえるかもしれない」


 決意のこもった声。

 つまり彼女はこう言っているのだ。

 自分も姉と同じく命を燃やし尽くして『ミストルティン』を放ち続けるつもりだ、と。

 …………。

 口惜しさが俺の胸に広がっていく。

 どうしてマキナさんは――


「死ぬ気か、マキナ」


 問いを投げるシャナトリスさん。


「四凶災の最低限の力量くらいは分析できているつもりよ……シャナ、あなたと同程度にはね」


 シャナトリスさんのことをマキナさんが、シャナ、と呼んだのは今日初めてのことだった。


「本音を言えば、先ほど戦力として挙げた者たちが四凶災を倒せるかというと……微妙なところだと思う。もしあの四人を倒せるとしたら、最低でも今のソギュート・シグムソスと同格の人間が四人は欲しいというのが、本音ね」


 シャナトリスさんは反論しない。

 彼女の分析もマキナさんとほぼ同じということだろうか。


「当時の聖樹騎士団と姉の力量、さらに姉の『ミストルティン』が四凶災に与えた傷の程度、そして過去の他の情報から導き出した推測ではあるけれど……四凶災の力が異常なことだけは、わかるわ」

「つまり、今の王都にある戦力では――」

「悔しいけれど、勝てる見込みはかなり低いでしょうね」


 マキナさんが皮肉げに微笑む。


「とはいえ、私の戦力分析が必ずしも的を射ているはどうかはわからないし、四凶災にだって年齢による衰えはあるはず。それに、私は今の聖樹騎士団を隅々まで熟知しているわけではないし……気持ちとしては、あのヴァンシュトス・トロイアと今の騎士団ならばあるいは、と期待もしているの。すがるような希望では、あるけれど」


 そう話すマキナさんの声には力がない。

 内心では厳しいと考えているのが、ありありと伝わってくる。


「あの、マキナさん」

「何かしら」

「どうして、ですか」

「どうして? 何が?」


 さっきから疑問に思っていたことを、俺は問い質した。


「さっき、俺のこと戦力として数えてませんでしたよね?」


 マキナさんが顎を上げて俺を見る。


「まだ、早いと思うからよ」

「早い?」

「あなたはまだ禁呪を二つしか覚えていない。今あなたが覚えている禁呪の力は見せてもらったわ。確かに強力な禁呪ではあるけれど……四凶災を倒せるかどうかと言われると、不安が残る。特に一人対複数となると、今の手持ちの禁呪では厳しいでしょうね。やはりあなたの補助ができる力ある人間を、揃えてからでないと」

「…………」

「そういうことだから――」


 マキナさんは身体の向きを変えると、シャナトリスさんと相対した。


「私にもしものことがあったら、後のことをあなたに任せてもいいかしら?」

「任せるとは……つまり、四凶災のことをか?」


 マキナさんの深紅の瞳が俺を捉える。


「クロヒコのことも、含めて」

「……嫌な女じゃな、おぬしは」

「何よ、急に」

「命を賭けた上でそんな風に言われたら……サガラ・クロヒコを預かっても、下手なことができんではないか」


 ふふっ、と笑みを零すマキナさん。


「私の信頼を裏切らないでね、シャナ?」

「ふん……じゃが、どうかな?」


 シャナトリスさんが俺を親指で示す。


「ワシはともかく、肝心の本人が納得していないようじゃぞ?」


 マキナさんが俺に向き直る。


「クロヒコ……ここは黙って、私の頼みを聞いてくれない?」

「…………」

「もしあなたが私に恩義を感じてくれているなら……ここで、私の言う通りにして欲しいの」


 マキナさんが深々と頭を下げた。


「お願い、この通りよ」


 俺は――


「すみませんマキナさん……その頼みは、聞けません」


 彼女の頼みを、拒否した。

 が、予想外なことに、


「ま、そうよね」


 マキナさんが浮かべたのは、納得めいた笑みだった。

 まるで俺の答えを予測していたかのような反応。

 彼女の反応は俺を戸惑わせた。


「城に行ったキュリエや、学園にいないセシリーのことを放ったまま逃げられるあなたではないわよね。わかってるわ。彼女たちを探しに行くのを止めるのは、さすがに酷すぎるものね」


 ああ……なるほど。

 さっきの反応は、そういうことか。


「マキナさ――」

「いいの」


 マキナさんが首を振る。


「さすがにそれを止める権限は私にもないわ。そこまで自分の勝手を押し通すつもりはない。ただ……彼女たちと上手く合流できたら、この王都から逃げて。彼女たちと生き延びて。そして、できれば――」


 マキナさんの口元は笑みこそ形作っていたが、その表情は何かを必死にこらえているようだった。


「いつか、四凶災を倒して」


 俺は黙って膝を突いた。

 視線の高さを彼女と合わせる。


「違うんですよ、マキナさん」

「違う? 違うって、何が……」


 マキナさんの瞳を真っ直ぐ見据える。

 彼女は不思議そうに目を丸くしていた。


「意味が、ないんです」

「意味が、ない?」

「ええ。俺にとっては意味がないんですよ。あなたが――マキナさんがいなくなった世界で、自分が生き残っても」

「クロヒコ?」

「俺、こっちに来てから色んなことが変わりました。そりゃあ根っこの部分は変わってないかもしれませんけど……でも、あっちにいた頃と比べると随分変わったと思います」


 マキナさんは黙って俺の次の言葉を待っている。

 よく見ると彼女の頬がほのかに桜色に染まっていた。


「それでね、考えたんですよ。あっちと何が違うんだろうって。答えは、簡単でした」


 俺は視線を逸らさず言う。


「心から大切に思える人が、できたんです」


 きっと以前の俺なら逸らしてしまっていただろうな、と頭の片隅で思った。


「失いたくないって思える人たちが、できたんです」


 本音を言えば、照れ臭さもあって心臓はバクバク。

 けど、ここで言わなくちゃならないと思った。

 俺の正直な気持ちを。


「大切だと思える人たちがいるから、こうしてがんばっていられるんです。きっとマキナさんたちがいるから……駄目人間が、必死にがんばろうと思えているんです」

「…………」

「もちろんキュリエさんとセシリーさんのことは探しに行こうと思ってました。けど……ここであなたを置いていくわけにはいかない。死ぬ気だとわかってしまったら、なおさらです」


 マキナさんは視線を逸らすと、その細く小さな身体をかき抱く腕に強く力を込めた。


「クロヒコ、あなたの気持ちは嬉しいけれど――」

「あなたが一緒に逃げてくれないのなら、これはもう、やるしかない」


 マキナさんが面を上げる。


「あなたが残るなら、俺は一緒に残って四凶災と戦うしかない。悪いですけど、他の選択肢はありません」

「でも、それは――」

「俺は全知全能の神様じゃありません。だからすべての人間を守れるわけじゃない。だけど、せめて自分の手の届く場所にいる人だけは守りたいと思ってるんです。大切に思う、人たちだけは」

「大切に思う、人たち……」

「それにマキナさん、言ってたじゃないですか。この国のことが、好きだって」

「……ええ」

「もし俺が逃げのびたとしても、王都が四凶災に無茶無茶にされちゃったら……それはもう、手遅れなんじゃないですか?」


 マキナさんが迷いを帯びはじめているのが表情の様子からわかった。


「マキナさんが守りたいものは、同時に、俺の守りたいものにもなるんですよ」


 そうだ。

 俺は彼女にとって都合のいい道具でいい。

 マキナさんがそうしたいのなら、それを叶えるために俺は死力を尽くすだけ。

 命を賭してでも、彼女の願いを叶えるだけ。

 だが……もしマキナさんが死んでしまったら、俺はきっと命を賭す意味を失うだろう。

 俺は苦笑する。


「つまりは俺、マキナさんがいないと駄目な男なんです」

「クロヒコ……」


 肩を竦めたシャナトリスさんが。


「これはおぬしの負けじゃな、マキナ」


 と息をついた。


「シャナ……?」

「要するにこの男は、おぬしにベタ惚れしとるわけじゃろ?」


 頬を染めながら俺を横目で見るマキナさん。


「べ、ベタ惚れって……」

「惚れた女を死なせたくない。なかなかに泣かせる話ではないか。せめて死ぬならば一緒に、ということなんじゃろう」

「シャナ、あんまり適当なことを――」

「この男、目がすでに語っておる。おそらく、もう梃子でも動かんぞ」


 俺は腕を上げて笑ってみせた。


「ま、どうせ四凶災はヒビガミとやるためにいつか倒さなくちゃならない相手だと思ってましたし。ちょうどいいです。ここで戦えるなら、探す手間も省けるってもんですよ」


 気を削がれたような顔でマキナさんが額に手をやる。


「随分と、気楽に言ってくれるわね」


 それから彼女はしばらく俺を横目で見つめてきた。


「けれど、そうね……この様子だと、説得に費やす時間こそ無駄になりそう」


 はぁ、とため息をつくマキナさん。


「わかったわよ。もう、わかりました」

「マキナさんっ」


 仕切り直すように、マキナさんが捻った腰に手を当てた。


「このまま四凶災が来ずに学園の生徒の避難が無事終わったら、私と二人で避難地区を目指しつつ、キュリエやセシリーとの合流を試みましょう」


 決心がついたせいか、マキナさんは淀みなく滔々と言葉を紡いでいく。


「もしその際に四凶災と遭遇しても、相手が二人以上の場合は戦闘は極力避ける方向で。戦うならば一人になったところを狙うべきね。四凶災だっていつも必ず四人一緒というわけではないだろうし……そうね、まずは手持ちの禁呪が有効かどうか、それを調べてみる必要がありそうね」


 よかった。

 これで少なくともマキナさんが死に急ぐようなことはなさそうだ。


「さ、では私たちもそろそろ――」

「よろしいですか、マキナ様」


 ノックの音がして、ミアさんの声が続いた。


「ミア? まだ退避していなかったの?」

「聖樹騎士団の方がお越しになっております。急ぎの用とのことで――」


 マキナさんが自らドアを開けた。


「手早く、お願い」


 開いたドアの先。

 聖樹騎士団の制服を着た男が、強張った表情で立っていた。

 その斜め後ろにはミアさんが微動だにせず控えている。

 ただ彼女の表情を見る限り、必死に恐怖を押し殺しているようにも見えた。


「すでにご存じかとは思いますが、現在ヴァンシュトス・トロイア率いる騎士団の聖樹士たちが、北門付近で四凶災と交戦中です。そこで……禁呪使いサガラ・クロヒコ殿の力を是非ともお借りしたく、参りました」


 騎士団員が俺へ視線を飛ばす。

 マキナさんが思案げに顎へ手をやった。


「それは……ヴァンシュトスの案?」


 騎士団員が肯定する。

 マキナさんは一度、俺の方を振り向いた。


「その言伝、キュリエ・ヴェルステインにも同じものを?」

「はい」

「聞いたわね、クロヒコ」


 俺は頷いた。


「北門に向かえば、キュリエと合流できる可能性が高い」

「マキナさん、俺は――」

「あなたのしたいようにしなさい、クロヒコ」


 強い調子で、マキナさんが言った。


「私は生徒たちの避難が終わるまではここを動かないつもりだけれど、あなたがすぐにでも向かいたいのであれば止めないわ。実際、何が正解なのかなんて私にもわからないし……けれど、後悔だけはしてほしくないから」


 俺は少し俯いた後、顔を上げた。

 答えは、表情で伝わったようだ。


「行くのね?」

「北門にキュリエさんが来るなら、そこで彼女と二人で四凶災と戦って……倒してきます」

「わかったわ」

「マキナさん」

「ああ、大丈夫よ。もう自分の命と引き換えにして、なんてことは考えないから」


 冗談めかした微笑を零すマキナさん。


「だって私が死んだら……あなたの生きる意味、なくなってしまうのでしょう?」


 それからマキナさんはゆるゆると首を振った。


「私の死が原因で自死でもされたら、それこそ元も子もないしね」


 シャナトリスさんが鞄を手にする。


「どうやら、指針は決まったようじゃな」

「シャナ、あなたも早く退避を――」

「いや、このままワシもつき合う」

「けれど、あなたはルーヴェルアルガンの――」


 シャナトリスさんが左目の眼帯に手を添えた。


「今は少しでも戦力が欲しいのじゃろう? ふん、正直ワシは平和ボケしたこの国が心底嫌いじゃが……マキナ、おぬしのことだけは好いておる。それこそ禁呪使いと似たようなもんじゃな。この国の連中を守ってやる気などさらさらないが……やはりおぬしは、ここで死ぬには惜しい女だ」


 ぱんっ、とシャナトリスさんが俺の臀部を叩いた。


「なっ……何するんです!?」

「じゃから、マキナのことはワシに任せい、禁呪使い。ワシが死ぬまでは、きっちり守ってやる」


 マキナさんの肩に、背後からシャナトリスさんが腕をかけた。


「それにじゃ。仮に四凶災が襲来した理由がおぬしが先ほど口にした通りだとすれば、ワシにも責任が発生するじゃろ。なれば、おぬしを置いて逃げるわけにもいくまい。連帯責任じゃ」

「シャナ、あなた……」

「おぬしたちだけじゃったからな。ワシが四凶災を抹消すべきだと説いた際……その危険性を、真の意味で理解してくれたのは。何より……ここでおぬしを死なせたら、あの阿呆に顔向けができんしのぅ」

「それって……」

「ふん、おぬしらは姉妹揃って真性の阿呆じゃな。他人のために身を切りすぎるくせに、副次的に発生する負荷までも自分たちですべて背負おうとする……ったく、甘やかすなら平和ボケした馬鹿どもではなく、もっと自分を甘やかせばよいのにのぅ。本当に、放っておけん阿呆どもじゃて」


 おぬしたち――つまりそれはマキナさんと、その姉のクリスさんのことなのだろう。

 そうか……お姉さんも、四凶災を危険視していたのか。

 話しぶりからして、シャナトリスさんはクリスさんとも旧知の間柄のようだ。

 ただ、反応を見る限りだと、マキナさんがシャナトリスさんとお姉さんとの関係を知ったのは今初めてのようだが。


「ところでマキナ、こうなってしまったからには――」


 と、その時だった。

 外から絶叫にも似た悲鳴が聞こえた。

 そして悲鳴は、さらに連鎖していく。

 悲鳴が立て続けに上がる方向の窓へ、俺たちは反射的に駆け寄った。

 あっちは……西門の方角、か?


「まさか……四凶災か?」

「待って。四凶災は今、聖樹騎士団と交戦中じゃなかったの?」


 青ざめる騎士団員に確認するマキナさん。


「そのはず、ですが」

「残念だが……すでに敗れたということじゃろう。ふむ、おそらく人の気配を察知して回り込んだのじゃろうな。集団で固まって避難していたのが、裏目に出たか」

「そんな……ヴァンシュトスと聖樹騎士団が、こんなにも早く……」


 マキナさんが爪を噛んだ。


「強く、なっている? まさか……成長している、とでも? あるいは……私が分析に使った情報は、彼らの真の力を示したものではなかった?」


 マキナさんの様子からするに、こんなにも早く四凶災が到達するとは予想していなかったようだ。

 俺は――窓を開け放った。

 カーテンが、風に舞う。

 そして、


「――第八禁呪、解放」

「え?」


 楕円形の穴が出現。

 そこから飛び出した黒いスライムが腕にまとわりつく。

 そのスライムを盾化してから分裂させ、俺は飛び石のような形でそれらを下まで配置した。


「じゃあ俺、いってきます」


 感心した様子のシャナトリスさん。


「ほぅ、それが禁呪か……なんじゃ、よく使いこなしておるではないか」


 禁呪は使用者次第で意外と応用がきく。

 本来は盾として使うこの禁呪だが、巨人戦で自由に飛ばし固定できることを知ってから、階段みたいな使い方ができるのではと思っていたのだ。

 俺は配置したダイヤ型の盾を足場に、下まで降りる。


「って、呑気に感心している場合ではない! おい禁呪使い、戦う前にだな――」


 と、


「きゃぁぁああああああああ!」

「う、うわぁぁああああああああ!」


 逃げ惑う生徒たちが一斉に、林の向こうから姿を見せた。


「いやぁぁああああああああ!」

「た、助けてぇぇええええ!」


 生徒たちが必死の形相で駆けてくる。

 その向こうで、人が空を舞うのが見えた。


 ――来る。


 林の向こうから姿を現したのは、剣を手にした数名の教官と――円筒状の帽子をかぶった、巨大な黒づくめの男だった。

 俺は目を細めた。


「あれが、四凶――」


 言いかけて、言葉を失う。

 筒帽の男の右手が掴んでいるモノ。

 左の足首を掴まれ、血まみれで逆さにぶら下がっているのは――


「ヨゼフ、教官」


 変わり果てた、俺たち獅子組の担当教官の姿だった。

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