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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
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幕間9「シ、来襲(2)」【ダビド・ハモニス】


 金髪の男の放った拳が、頭を鷲掴みにされている団員の腹を貫通した。


「シャシャシャシャ! なるほど! まずはオレたちの力を測ろうって魂胆だったわけか!」


 腹を貫かれた団員は暫し手足をばたつかせた後、脱力し、そのまま動きを止めた。

 金髪の男の背後で、筒帽の男が、頭の両側面を掴んだ団員に額を打ちつけた。

 団員の額が割れ、激しく痙攣をはじめる。

 筒帽の男はその痙攣する男の足首を掴むと、剣を構え左右同時に肉薄する二人の団員を、殺した男の死体で振り払った。

 殴り飛ばされた二人の団員はすぐさま体勢を整えようとしたが、一人は筒帽の男が放った前蹴りで顔面陥没。

 もう一人は背後から飛んできた剣に喉を貫かれ、息絶えた。


 背後から飛んできた剣は、金髪の男が放ったものだった。

 金髪の男は先ほどから、倒れた騎士団員の剣を次々と手に取ると、まるで矢を放つように投げ屋根の上の衛兵たちを射抜いていた。

 その一貫で、筒帽の男に吹き飛ばされた団員にも剣を飛ばしたようだ。


 と、悲鳴と共に衛兵が一人、建物の二階から宙に放り出された。

 挙手するように眼鏡の男が頭上へ手を掲げた。

 降ってきた衛兵の身体が、ちょうど真下にいた眼鏡の男の腕に貫かれる。

 ぶんっ、と眼鏡の男は衛兵の身体を放り投げた。

 それから眼鏡の男は、ぺっ、と苦々しい表情でトド棒を吐き出した。

 血が口に入ったらしい。


「片づけた! 隠れてたずるいやつら、みんな片づけたよ! ずるは駄目なんだよ! かくれんぼは、つまんないんだ! つ、ま、ん、な、い、ん、だーっ!」


 衛兵が放り出された窓から赤髪の男が顔を出し、何やら叫んでいる。


「なるほど……あれが、四凶災、か」


 ヴァンシュトスは寡黙に構えていたが、その光景を見つめる瞳は静かな炎を湛えている。

 繰り広げられる凄惨な光景を、しっかりと焼きつけるかのように。

 見ると、腕が小刻みに震えていた。

 だがあれはおそらく恐怖によるものではない。

 悔しさによるものだろう。


「すまん……おれがもう少しちゃんと説明できりゃあ、よかったんだが」


 ダビドは己を恥じた。

 あの時は――クリスが身を挺して逃がしてくれた時は、逃げるのに必死で、ほとんど四凶災の戦い方など覚えていなかった。

 強さに触れるも糞もない。

 ただ、圧倒的で。

 力の差が開きすぎていると何もわからない。

 ただ恐怖だけが、染み込んできて。

 自分に知覚できたのは結局、筆舌に尽くしがたい恐怖だけだった。


「…………」


 こちらの戦力を確認する。 


 聖位第三位、ヴァンシュトス・トロイア、

 聖位第五位、ダビド・ハモニス、

 聖位第六位、ルネ・ウィンフォート、

 聖位第七位、ラムサス・ファロンテッサ、

 聖位第九位、ローグ・ワルター、

 聖位第十位、ギュンター・シデン、


 聖樹騎士団員、二百七十二名。


 どうすればいい。

 どう割り振るのが、最適解なのだ。


「まず……おれが、いきます」


 ヴァンシュトスが剣を構える。


「一番、弱いのは、おそらく……あの、赤髪の男」


 先ほど窓から何やら叫んでいた男だ。


「あれを、まず、おれが……殺します」


 殺します、の部分には明確な殺意が宿っていた。

 皆、黙ってヴァンシュトスの話に耳を傾けている。


「その間、ギュンターとローグは、あの金髪の男を。ルネ殿は、あの眼鏡の男……ダビド殿は筒帽の男を、お願いしたい」


 皆に伝わるよう、ヴァンシュトスは彼なりに声を張っていた。


「そしてラムサスは、防御術式を、張り続けてほしい。他の防御術式に長けた者は、八剣、および団員を、防御術式で援護。特に、筒帽の男に向かう者を、優先的に。それから戦う際は、極力……防御に、徹してほしい。可能であれば、相手の連係を防ぐために……やつらの互いの距離を、戦いつつ、自然と引き離せれば、より確実、なのだが」


 ダビドはヴァンシュトスの意図を理解する。

 ハロルドらの戦いで、四凶災の力の序列を把握したのだろう。 

 まずは弱そうな相手からヴァンシュトスが順番に倒していき、その間、他の団員は防御に徹する。

 戦闘にヴァンシュトスが加わってから、それぞれ順番に攻撃に転じていく、という目論見である。

 相手の数が減った方が戦いやすくなるのは事実。

 ただし、その策を取る場合、


「強い者の、相手……つまりあなたの負荷が、大きいが……任せても、よいですか、ダビド殿」

「やるしかねぇだろう」


 ダビドは後方を振り向いた。


「おまえらも……文句はねぇな?」


 皆、一様に無言で頷く。

 表情には緊張が走っている。


 ――ま、このくらいの緊張感があった方が、いいか。


 ダビドは四凶災へ向き直る。

 また一人、団員が殺された。


 目を一度閉じ、そして開く。


 ――そうさ、やるしかねぇんだ。


 今の自分は昔と比べれば格段に強くなっているはずだ。

 騎士団員たちも前団長の頃に比べれば信じられないほど練度は高い。

 もう、あの頃の聖樹騎士団ではないのだ。


 その時――


 こちらに歩み寄って来た四凶災が、ふと立ち止まった。

 四人以外、周囲で動く者はすでにいない。

 彼らは横一列に整然と並ぶと、一斉に天へ向けて人差し指を突きだした。


 ――なんだ?


「もし天獄界というものが存在し、獄神オディソグゼアが、この世を睥睨しているのであれば――」


 筒帽の男が、朗々と声を上げた。


「我々は、この殺戮を神に見せつけようぞ」


 無表情。

 悠然とした笑み。

 凶悪な笑み。

 純粋な喜びの笑顔。


 禍々しく並ぶ、四つの顔。


「見せつけようぞ、人は神を恐れず殺戮ができる実に冒険心に満ちた存在であると。我々は人間の勇気の証。つまり、我々こそが勇者である。よって、殺戮を行う」


 筒帽の男の目が、今度こそ、しっかりとこちらを捉えた。


「達成するのだ、人間を」


 筒帽の男が言い終えると、四人は統一感なくバラバラに腕を下ろす。


 今のが誰に向けた言葉なのかはわからなかった。

 内容の意味もわからない。

 ある種の宣言、なのだろうか。

 もしくは何かの儀式か。

 ただ――騎士団の誰もが覚えている予感だけは、理解できる。


 はじまる。


 四凶災の矛先はいよいよ、こちらへ向こうとしている。


 ついに順番が回って来た――そんな感じだった。

 これまで彼らは向かってくる者から優先的に殺していっているように見えた。

 そう。

 例えば……こなさねばならぬ数を、こなすかのように。

 まるで『義務だから殺さねばならない』とでも言いたげな、義務に駆られた殺戮。

 そんな風にも、映った。

 そうなのである。

 四人とも、殺戮それ自体を楽しんでいる風ではない。

 全員、愉悦を覚える点が殺戮そのものとは少し軸がずれている感じがした。

 本当に不気味な連中だ、とダビドは思った。


「うわぁぁああああ! もう我慢できない! ベシュガム兄ちゃん! あいつらも殺したいよぉ! 特にあの大きいの! あれで遊びたいあれで遊びたいあれで遊びたい! 遊びたい遊びたい遊びたいぃ!」

「いいだろう、行け」

「やったーっ! ぼくと、遊ぼう! ぼくの名前はねぇ――ソニ、アングレン!」


 だんっ、と。

 赤髪の男――ソニが踏み込んだ。


「ゆくぞ」


 その踏み込みに合わせるようにして、ヴァンシュトスが動く。

 ゆうに二十ラータルはあった距離。

 その距離をソニは一足で詰めてきた。

 矢のような足でソニがヴァンシュトス飛びかかる。

 しかしヴァンシュトスはそれに上手く合わせた。

 ソニの迫る勢いと己の加速をぶつける勢いで、手にした二対の大剣を振るう。


「わわっ! この大きいの、予想よりもずっと速い! う、うわぁーっ!」


 咄嗟に身体を捻り回避を試みるソニ。

 と、ヴァンシュトスの筋肉が盛り上がり剣の軌道が変化。

 打ちおろされた剣が、ソニの身体を捉える。


「ぎゃっ!」


 ソニが地面に叩きつけられる。

 ヴァンシュトスの刃が、ソニのわき腹に打ちつけられた。

 そして、


 じわり、と。


 ソニのわき腹に、血が滲んだ。

 さらに他の四凶災の表情にも変化が見えた。

 筒帽の男は片眉を動かしただけだったが、他の二人は少し意外そうな表情を浮かべる。


「ひっ――」


 ソニが引き攣った声を上げ、目を剥いた。


「血だ……ぼくが、血を出した……」


 掌に付着した己の血を確認するソニの頭上に、影が下りる。

 剛腕によって振り下ろされる、ヴァンシュトスの大剣。


「うわぁぁああああああああ! こいつ、怖いよぉぉおおおおおおお!」


 ソニは悲鳴を上げると、叫びながら路地の裏へ駆け込んだ。


「おい、あいつやるぞ! いいじゃねぇか!」


 金髪の男が、筒帽の男の肩に手をかけた。


「王都にも、あんなやつがいるんだな!」


 ソニを追撃するヴァンシュトスを愉快げに指差す金髪の男。

 が、次に彼の目が捉えたのは――ルネだった。


「ま……おれはあっちの方がいいけどな。なあベシュガム、もう殺した数も十分だよな? そろそろ……自由行動にしても、いいんじゃねぇか?」

「まるで、足りん」

「殺すって! もっとたくさん、ちゃ〜んと殺すからよ? だから、な? それにおれ、さっさとセシリー・アークライトを探しに行きてぇんだよ。昨日からうずうずしちまって、しょうがねぇんだ」

「ちっ……まあ最低限、必要な数は殺したか。仕方ない。いいだろう……好きにするといい。オレは、そうだな……あの建物に向かうか」


 筒帽の男――ベシュガムと呼ばれた男の視線が捉えるは、聖ルノウスレッド学園。


「てめぇはどうすんだ、ゼメキス?」

「なら俺は、あっちかなぁ」


 眼鏡の男――ゼメキスと呼ばれた男が嗜虐的に目元を歪め見据えるは、聖王のいる聖ルノウスレッド城。


「あそこには王やら王妃やら、王子やら姫やらがいるわけだろ? そういう連中を……うん、まあそういうことさね。ああ、マッソ――」


 ゼメキスが金髪の男――マッソと呼んだ男に話しかけた。


「セシリー・アークライトだが……完全には、壊すなよ? ちゃんと、俺を待て」

「あ〜? てめぇがそこまで女に執着するたぁ珍しいじゃねぇか。まあ、わかったよ。『完全には』壊さねぇから。もちろんその直前までは、遠慮なくやらせてもらうがな?」


 マッソが周囲を見渡す。


「んじゃ、おれはあのベルク族を喰い終わったら王都中を飛び回って、愛しのセシリー嬢を探すとすっか。あっちのご貴族サマが住んでそうな一帯が怪しいか? いや、育ちのよさそうなやつに聞いてみるのも……手かぁ?」


 マッソのぎらついた瞳がダビドたちへと向けられた。

 ダビドたちは、はっとなった。

 ヴァンシュトスのあまりの凄まじさに呆気にとられていたのは、ダビドだけではなく他の団員も同じだったようだ。


「お、おれたちも――行くぞ!」


 ダビドの号令で皆、己の役目を思い出す。

 一様に表情を引き締める団員たち。

 そして一斉に、駆け出す。


 ――いける。


 先ほどのヴァンシュトスの戦い。

 逃げ出したソニという男。

 やれる。

 四凶災といえど所詮は人間。

 やり方さえ間違えなければ、やれるはずだ。


「まずは相手を分散させる――いいな!」


 石畳が、はじけ飛んだ。

 ゼメキスが踏み込んだのだ。

 踏み込んだだけで石畳を砕く脚力。

 一瞬、怯みそうになる。


 ドシンッ、


 まるで巨人が駆けてくるかのごとき威圧感――


 ドシンッ、ドシンッ、ドシンッ、


 加速していく、三つの巨躯。

 地響き。

 大地が、揺れている。


「やる気なら、やってやるけどねぇ?」

「殺す」


 三人の巨人が勢いを上げ突進してくる。

 と、


「シャァ!」


 マッソが飛び上がった。

 次の瞬間、ダビドたちの頭上に巨大な影が飛来。

 目と歯を禍々しく剥いたマッソが降ってくる。

 ぐしゃり、と。

 二人の団員がマッソに踏み潰され、絶命。


 着地したマッソは、ちょうど団員たちに囲まれる形となった。

 が、あえて中心に飛び込んできたのは明白だった。

 禍々しい光を目に宿したマッソが大口を開き、カッ、と嗤う。

 その視線はルネを射抜いていた。


「シャシャシャ、そら、お姫様を守ってみな! 勇敢な騎士サマ方よ!」

「落ち着いて散開しろ! こいつは予定通り、私たちが引き受ける!」


 ギュンターが言い放つ間に、ローグが省略術式――略式の防御術式を展開しつつ、聖素を流し込んだ聖剣でマッソの牽制へ移る。

 続き、ギュンターが魔剣の能力を発動。

 剣が帯電。


「ルネ、そっちの眼鏡の男は任せたぞ!」


 ダビドもすでに聖素が流し込まれている聖剣を構えつつ、指輪の魔導具による防御術式を展開。


「二、三、四隊は、おれに続け! あの筒帽の男、四人の中でもかなり強いぞ! とりあえず一定の距離を保ちつつ、術式を中心に攻撃! 踏み込んで来たら、回避に専念! いいな!?」

「連係した動きを取ることで個人の何倍もの力を発揮する、か。聖樹騎士団……ふむ、あの時とはまったく別物として成長したようだな」


 今まさに行動に移ろうとしていた一人の団員の眼前に立ちはだかったのは、


「なるほど、これが本来の聖樹士か……期待以上だ」


 一瞬で移動を終えた、筒帽の男だった。

 ダビドは急ぎ、防御術式を団員の前に展開。

 即座に飛び退く団員。

 が、すぐに筒帽の男に距離を詰められる。

 そしてベシュガムの繰り出した一撃によって、団員は呆気なく頭がい骨を粉砕された。


「だが、足りん」


 ――さっきよりも、動きが速い?


 ダビドは全身が総毛立つのを感じた。


 ――本当に、やれるのか?


 刹那、家の壁がはじけ飛んだ。

 壁をぶち破って姿を現したのはソニ。

 そして間髪入れず、壁の穴の奥から飛び出してきたのはヴァンシュトス。

 彼は額から出血していた。

 が、軽傷のようだ。


「兄ちゃん、こ、こいつ強いよ! ぼく……ぼく、嬉しい! こんな気分になったのって本当に久しぶりだ! うぅぅぅぅぅぅぅぅ、湧き上がるぅっ! 湧き、あ、あ、あ、上ががががががががぁるよぉぉぉぉおおおおおおおお!」


 ヴァンシュトスは無言のまま、両手の大剣を逆手に持ちかえる。

 そして逆手に持った二本の大剣を、倒れ込んだ状態のソニの顔面と心臓部に躊躇なく、突き下ろした――。


          *


「…………」


 意識が混濁している。

 どうにか目を開こうとする。

 声が、聞こえた。


「なあ、てめぇセシリー・アークライトの居場所、知らねぇか?」

「ふん……仮に、知っていたとして……この私が……教える、とでも?」


 ラムサスの声。

 声に生気がない。


「どうせもう、死ぬのにか? なんでそんなつまらねぇ意地をはるかねぇ?」

「我らファロンテッサ兄弟は……美しいものを、愛する。美しきもののために、死ぬ……それで、本望。あの子が目的ならば……より、教えるわけには、いかん、ね。あれは、おまえのような、男が、触れてよい……存在では、ない」

「へぇ、なかなか男気があるじゃねぇの――んじゃ、死ね」


 肉が潰れ骨が砕ける音。

 聞こえなくなった。

 ラムサスの声が。

 死んだのか。

 …………。

 殺され、たのか。


「さぁて、おれも行きますかねぇ……ったく、予想外の展開で不完全燃焼だしよぉ。さっさとソニがセシリー・アークライトを見つけてくれりゃあいいんだが……しかし、あいつは本当に女にゃ興味ねぇから、その点は安心だな――シャァ!」


 石畳が弾け飛ぶ音。

 直後、気配が消える。

 おぁぁああああああああ、という咆哮が遠ざかっていく。


 そして……訪れたのは、静寂。


「うっ……」


 ダビドはようやく意識が鮮明になっていくのを感じた。

 薄っすら目を開く。

 覆いかぶさっていた団員の死体の下から、どうにか這い出る。

 地面を這いずり向かうのは――うつ伏せに倒れ伏す、ヴァンシュトスのいる場所。


「すまねぇ、ヴァンシュトス……」


 結果からいえば、作戦はあっという間に総崩れとなった。

 原因は実に単純で、明快。


 四凶災が、想像よりも遥かに強かったのだ。


 ハロルドらが命を賭して引き出した強さは、四凶災の本来の強さではなかった。

 四凶災は、それ以上の強さを有していたのである。


 まず、ローグがマッソに殺された。

 次にギュンター。

 ルネは善戦した方だろう。

 羽を持つベルク族の彼女は、その羽を使うことで常人よりも高く跳躍ができる。

 その特性を活かしながら適度に距離を取りつつ、なんとかゼメキスの相手をしていた。


 ダビドはぜいぜいと息を荒げながら、少しずつヴァンシュトスの身体を目指す。

 自分も頑張った方だと、ダビドは我ながら思った。


「あの時みたいに……逃げ出さなかったのだけは、褒めてもいいよな……」


 あの筒帽の男相手に、防戦一方ではあったものの、しばらくはなんとか粘っていた。

 戦いながら、視界の端でヴァンシュトスが一人でマッソとソニの相手をしているのが見えた。

 ヴァンシュトスは、二人を相手取りながらも奮戦していた。

 だが、ついにルネがゼメキスに掴まり、羽をもがれ、地に伏して気を失った――その時点で、


 ヴァンシュトスは、三対一に追い込まれた。


 さしものヴァンシュトスも三人相手ではどうしようもなかった。

 騎士団員たちも必死にヴァンシュトスを援護しようとしたが、三人は襲いくる団員たちを歯牙にもかけなかった。

 次々と、虫でも払うかのように団員たちは殺されていった。


 ダビドは壁に寄り掛かった顔の潰れた男の死体を、視線でとらえる。


「ラム、サス」


 ルネが気を失った直後だった。

 これはまずいと思ったのか、ラムサスがヴァンシュトスの援護に回った。

 その時点でダビドらはラムサスの援護なしで筒帽の男を相手取ることになり……結局そこから、総崩れになった。

 いや。

 誰一人として失敗したわけではない。

 相手が想像以上に、強すぎただけだ。


 そして今回のことで改めて、ヴァンシュトスと他の八剣の間に圧倒的な力量差があったことが判明した。

 ダビドは夢想する。


 ソギュート・シグムソス、

 ディアレス・アークライト、

 ヴァンシュトス・トロイア、


 そして成長した、クリス・ルノウスフィア。


 もしこの四人が揃っていたならば、あるいは――


 その時だった。

 ダビドは驚き、目を見開いた。

 白かった羽を血に染めた女――おそらく、ルネであろう。

 彼女が、歩いている。

 ルネは、ひょこひょこと覚束ない足取りで、ヴァンシュトスのもとへ歩み寄っていく。

 腹を手でおさえている。

 片翼の姿が、痛々しかった。


「ル、ネ……?」


 なぜだろうか。

 彼女は、顔を布切れでぐるぐるに巻いていた。

 布には血が滲んでいる。


「ダビ、ド?」


 ヴァンシュトスの身体の前で、二人は互いを確認し合った。

 ルネは膝をつくと、ヴァンシュトスを観察しながら、その身体に手で触れた。

 

「……まだ、息がある」

「そう、か……よかった」

「治癒術式を、使い、ましょう」

「……おれも、手伝う」

「ダビド、あなた……」

「ああ、おれは……もう駄目だな、こりゃ」


 ダビドは苦笑しながら振り向く。

 ルネの視線の先。

 そう。

 右足が、ない。

 筒帽の男に引きちぎられた。

 引きずってきた地面には、べっとりと切断面から流れ出た血がついている。


「おれはもう助からねぇ……自分のことだ。自分が、よくわかってる」


 言いながらダビドは、最後の力を振り絞って聖素を練り上げはじめる。

 練り上げながら、ルネが手で押さえていた腹部を見た。

 出血量を見る限り……彼女も、おそらく助かる見込みはないのだろう。

 今もどうにか気力で意識を保っているに違いない。

 ルネが、治癒術式を描きはじめる。


 ヴァンシュトスはゼメキスの拳で腹の半分を抉られ、さらにマッソが面白半分に振るった己の大剣で、右の肩口を深く斬り裂かれた。

 だが、さすがはヴァンシュトス・トロイア。

 その生命力には目を瞠るばかりである。

 これならば十分に、助かる。


「ルネ、おまえは肩口を頼む……おれは、腹を」

「はい」


 遠くで大きな破砕音のようなものがした。

 続けて、崩落音。

 何が起きているのだろうか。

 だが今のダビドに、それを考える余裕はなかった。

 むしろ気になるのは、


「……その顔、どうしたんだ」


 聞くかどうか迷っていたが、ダビドは思い切って尋ねてみた。

 するとルネは、うふふ、と得意げに笑みを零した。


「あの男に犯される前に、自分で斬り裂いたんです」

「……あの、マッソとかいう男か」

「興味をなくして、悪態をつきながら去って行きましたよ」

「そう、か。悪かったな……変なこと、聞いちまって」

「いえ」


 返事をしつつ、ルネの視線はこと切れたラムサスを見つめていた。


「……逝きましたか、ラムサスも」

「立派だったよ……信念を守って、逝った」

「そう、ですか」


 それから二人、無言で治癒術式を続けた。

 この状態で聖素を練り上げるのは一苦労だった。

 だが、ヴァンシュトスをここで死なせるわけにはいかない。

 せめて生き残って、団長たちと合流してくれれば……。

 ヴァンシュトス・トロイアは、こんなところで死んでいい男ではない。

 汗が滲んでくる。

 なぜだろう。

 妙に汗が、冷たく感じる。


「なあ、ルネ」


 …………。

 待っても、反応がなかった。


「ルネ?」


 ルネの手元を見て、そこでダビドはようやく理解した。


「あ――」


 術式も聖素の光も、消え失せていた。

 そう。

 いつの間にか、息絶えていたのだ。

 ダビドが気づかぬうちに。

 だが、ヴァンシュトスの肩の傷は塞がっていた。

 出血が、止まるほどには。


「……よくがんばった、ルネ」


 震える声で、ダビドは物言わぬ彼女をねぎらった。

 すると、はらり、とルネの顔に巻かれていた布が解け落ちた。

 その顔を見て――ダビドは、微笑んだ。


「綺麗だ」


 目に涙が滲んでくる。


「とっても綺麗だよ、ルネ」


          *


 ルネがこと切れてから数分後。

 ヴァンシュトスの腹の傷はある程度までは塞がった。

 そしてもうこれ以上、聖素は練り込めない。

 どうやら限界がきたようだ。


 体温が異様に下がっているのがわかる。

 というか、体温を感じない。

 寒い。


 ダビドは、すでに逝ってしまったラムサスとルネを見た。

 二人は特にダビドと親しかった。

 独り身であったダビドは内心、二人を息子と娘のように思っていた。

 そして二人ともこんな自分を、とても慕ってくれた。

 幸せ者だった、と思う。


 他の団員たちにしてもそうだ。

 ダビドは眼球だけを動かし、横たわる無数の死体を静かに見渡す。

 皆、気のいい連中だった。

 言うなれば皆、我が子みたいな存在だったのかもしれない。


「親より先に、逝っちまい……やが、って……ったく、親不孝な、やつら、だ、ぜ……」


 視線の先には空が広がっていた。


 ――だが、おれもすぐそっちに行くからよ……だから、またみんなで、楽しくやろうや。


 身体から、ぬくもりと力が抜けていくのがわかった。

 再び意識がぼやけてくる。

 その時だった。

 不意に意識に何か浮かび上がってきた。

 なぜだろうか。

 ふと思い出したのは、ヒビガミと名乗る男からセシリー・アークライトを守った、あの少年の姿だった。

 ダビドの口元が、微かに綻ぶ。


 ――あの時みたいに……しっかり守ってやれよ、禁呪使い。


 そして――ダビド・ハモニスは静かに、瞼を閉じた。

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