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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
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第10話「ミア・ポスタと朝食」


「あのぅ、どうされました?」


 いつの間にか、ぼーっとでもしていたのだろうか。

 気づくとミアさんが、前かがみになって覗き込んできていた。

 ぱっちりとした、大きくて丸い目。

 しかも――


「…………」


 エプロンドレスの胸部分の二つの丸みが、実に豊かに膨らんでいるのが、なんというか、その――

 しかも、前傾姿勢になっていることで、そのバイオレンスさがより強調されている。

 頬が熱を持ち、俺の視線が泳ぐ。

 正直、目のやり場に困ってしまう。

 こっぱずかしくなった俺は、顔を隠すようにして深く頭を下げると、そのまま右手を差した。


「と、ともかく……今日は、よろしくお願いします!」

「はい、こちらこそよろしくお願いいたしますねっ?」


 ミアさんが、両手で俺の右手を包み込んだのがわかった。

 かぁ、とさらに顔の熱が上がっていく。

 ミアさんの手はとてもあったかく、ふにふにとしていた。

 腰を浮かせた俺は、視線を逸らしつつ後頭部に手をやる。


「は、はい……こちら、こそ……」


 どぎまぎとした、歯切れ悪い返事が口から出てしまった。

 すると、ミアさんがにこっとして、俺の両肩をぽんぽんっと叩いた。


「緊張しているのですね? ふふっ、もっと気楽にいきましょう、気楽にっ」


 緊張を解きほぐそうとしてくれているのだろう。


「…………」


 かわいい上に明るくて、気配り上手。

 こんな子、実在するんだな。


「ところで、なのですが」


 肩から手を離すと、ミアさんが俺に尋ねてきた。


「サガラ・クロヒコ様は東国ご出身とのことですから、クロヒコ様とお呼びした方がよろしいでしょうか?」

「あ、どっちでもいいですよ。ミアさんの呼びやすい方で」

「では、これからはクロヒコ様とお呼びしても?」

「……あ、はい」


 …………。

 なんだか『様』づけで呼ばれると、妙に照れてしまう。

 それに、こうやって無邪気に向こうから踏み込んできてくれる人って、前の世界じゃ俺の周囲にはいなかったから――


「クロヒコ様……わたくし、何か粗相をしてしまったでしょうか?」

「え?」


 不安げな顔のミアさん。


「その、何やら複雑そうな顔をしていらっしゃいますので」

「いや、ただ……み、ミアさんが優しい人でよかったなぁ~と、思ってただけですよ!」

「え……?」


 今度はちょっと嬉しそうな顔になると、ミアさんが軽く俯いた。


「……そ、そうでございましたか」

「どうやら、二人の相性は問題なさそうね」


 学園長が食べかけのサンドウィッチ片手に、ミアさんに意地悪そうな笑みと視線を向けた。


「しかし、あなたが初対面の異性とこれほど早く打ち解けるのも珍しいわね……もしかしてミア、クロヒコみたいな男があなたの好みなのかしら?」


 ミアさんが真っ赤になって、あわわわわ、と慌てふためきはじめる。


「わ、わたくしなどが異性に対して好みを持つなど、おこがましいというか、その――」

「ま、私としては気が合ってくれた方が、この後の予定のことを考えても何かと都合がいいのだけどね」


 ん?

 この後の予定?

 俺はミアさんの方を見るが、しかし、ミアさんもマキナさんの言葉の意味を理解していないようだった。

 マキナさんは一つ息をつくと、話を続けた。


「ミア」

「は、はいっ」

「今日は一日クロヒコを連れて、彼に街の案内をしてあげなさい」

「街の案内、でございますか?」

「そうよ。彼、ド田舎から出てきたばかりの新入生だから、本当に何も知らないのよ」

「あ、やっぱり新入生さんだったのですか」

「しかも、彼は極度の方向音痴で、昨日なんか、入学式に間に合わないどころか、夜になっても学園を見つけられなくて、しまいには空腹で行き倒れてしまったんだから」

「た、大変だったのですね……」

「どころか、ずっと山奥に住んでいたせいなのか、一般常識すら欠如している始末よ」

「……そう、だったのですか」


 気の毒そうな表情で俺を見るミアさん。

 ……くっ、そうだった。

 今の俺は、山奥で育ち聖樹士に発見された世間のことをほとんど知らない野生児という設定なのだった……。


 マキナさんが肩を竦める。


「私が直接案内してあげたいところだけど、今日私は彼に関する手続きも含めて色々と忙しいから、街の案内は……ミア、あなたに任せるわ」

「か、かしこまりましたっ」


 マキナさんが時計を見る。


「そうね……『弓者の刻』までには帰ってきてちょうだい」


 きゅうじゃのこく?

 俺は目を凝らし、時計を見た。

 時計の『9時』にあたるところに弓を構える人間? みたいな絵が彫り込んである。

 弓者の刻……ああ、なるほど。

 時間は、時計の針がさす絵の種類で判断されているのか。

 つまり、時計に刻まれているのが『文字』や『数字』ではく『絵』だったから、俺はさっき理解できなかった、ってことでいいのかな?

 

「…………」


 は、ともかく。

 どうやら今日はミアさんが一日、俺に街の案内をしてくれるらしい。


「あなたも、ミアに色々教えてもらうといいわ」


 そう俺に言うと、マキナさんは小さな口で、はむっ、とサンドウィッチを頬張った。

 ミアさんが俺に向き直り、ぺこりと頭を下げる。


「ほ、本日はよろしくお願いいたします、クロヒコ様」

「こ、こちらこそ、よろしくお願いしま――」


 その時。

 ぐぅ、と。

 俺の腹の虫が鳴った。

 くすっ、とミアさんが笑う。


「クロヒコ様、お腹が空いておられるのですか?」


 俺は照れながら頭をかく。


「実は昨日から、何も食べていなくて……」


 ちらっ、と俺は学園長の方を見た。

 マキナさんは備え付けのナプキンらしき布で口元を拭いている。

 そして、


「いいわよ、私はもうお腹いっぱいだから。残りはあなたにあげるわ」


 そう言って、マキナさんがローテーブルの上を手で示す。


「さ、どうぞ? お食べなさい?」


 テーブル上の料理を見る。

 …………。

 サンドウィッチは半分ほど齧ってあり、ミルクのグラスも一つしかない。

 そう、元々は学園長一人分しか運ばれてこなかったのだから、当然、スープを飲むためのスプーンやサラダを食べるためのフォークなんかも、一本しかないわけで。

 と、


「何? 食べないの?」


 訝しげに尋ねるマキナさん。


「でも、これ――」


 が、学園長の食べかけ、なんですが……。

 つまりこれって、いわゆる間接――


「ああ、食べかけは嫌だった? なら少し時間はかかるけれど、新しく作らせて――」

「いえ、ありがたくいただきます!」

「? だったらいいけれど……」


 俺は感謝の意を込めて、合掌した。

 そして、微かに震える手で、飲みかけのミルクが入ったグラスを手に取った。

 あの飲み口に薄っすらとミルクがついている場所は、つまり……。

 ごくり。

 くっ。

 だが、待て俺。

 それは紳士として、どうなんだ?


「…………」


 くそっ……!

 俺は、ぐいっ、とミルクを呷った。

 薄っすらとミルクのついていたゾーンの反対側から、口をつけて。

 と――


 次の瞬間には、もう飲みかけとか食べかけとか、そんな些末なことはどうでもよくなっていた。

 …………。

 なんだ、これ?


 無茶苦茶、うまいぞ……?


 ほんのり甘くて、クリーミーで。

 急に胃が活発に動き始めた。

 次に、サンドウィッチを頬張る。

 ……これは。

 軽くトーストしてあるカリッとしたパン。

 そして挟んである食材――ハム、トマト、サニーレタス、バター……それぞれの素材の持ち味が反発することなく、いかんなく発揮されている。

 というか、素材の味ってこんなにも鮮明に感じることができるものなのか。 

 いや、まあ空腹補正もあるのかもしれないが……。

 今度はスープの入った皿にスプーンを沈め、口に運んでみる。

 ……これまたくどすぎない程度にクリーミーな味わいに、絶妙な塩加減。

 次はサラダ。

 ドレッシングも何も、かかっていないものだが……む?

 お、美味しい……。

 そして自然な甘みがある。

 断言できる。

 これは空腹補正だけじゃない。

 明らかに素材も調理も、レベルが高いのだ。


 気づくと、俺はすべての料理を平らげていた。

 最後に、ごっごっ、と残ったミルクを飲み干す。


「……ふぅ」


 そう俺が一息つくと、


「そんなにも美味しそうに料理を食べる人、初めて見たわ」


 呆れるというよりは、むしろ感服した風に、マキナさんが言った。


「そんなに空腹だったの?」

「確かに腹は減ってましたけど、何より、料理自体がすごく美味しかったもので……」


 マキナさんがミアさんを見上げた。


「ですってよ? よかったわね、ミア」

 

 え?


「てことは、この料理はミアさんが?」


 ミアさんは面映ゆそうに口元を綻ばせた。


「はい。本日の朝食はわたくしが作ったものでございます。そんな風に喜んでいただけると、その……わたくしも嬉しいです」


 すっ、と腰の後ろで手を組み、ミアさんが前かがみになった。

 ミアさんが微かに頬を朱に染め、にこっと微笑む。


「ありがとうございます、クロヒコ様」

「本当においしかったです。ごちそうさまでした」

「はい、お粗末さまでした」


 マキナさんが椅子から立ち上がった。


「さて、そろそろ私は行くわ。クロヒコのことよろしくね、ミア」

「はい、お任せくださいませ」


 そして、マキナさんは部屋を出て行った。

 室内には俺とミアさんが残った。

 ミアさんが俺に微笑みかけた。


「それでは、わたくしたちも参りましょうか?」


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