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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
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第1話「ひとつの人生の結末」


 就活に失敗した。


 これといったやりたい仕事を大学在学中に見つけられなかったのがまずかったのかもしれない。


 結局、就職活動に失敗した俺はそのまま実家でひきこもりのニートとなってしまった。


 何かがしたい。

 でも自分が何をしたいのかわからない。

 どんな仕事に就きたいのかもわからない。

 結果、動けなくなってしまう。

 勇気も意欲も消え失せてしまう。

 気持ちが、止まってしまう。

 

 こんなの本当の自分じゃない。

 何かが違う。

 しかし『何が』違うのかがわからない。


 負け犬の弁解思考だとわかっていながらも行動を躊躇してしまう。

 俺は駄目なやつだ。

 なら、これからどうする?


 わからない。


 鬱々と悩んでいるうち、最後はすべてにおいてやる気がなくなった。

 小学校入学から高校卒業まで友だちと呼べるやつなんていなかったし、もちろん大学生活もぼっち。

 今になって振り返ると、多分何に対しても本気になれなかったのが原因だと思う。

 果たして、そんなやつと友だちになりたいと感じるやつがいるだろうか?

 好意にしろ嫉妬にしろ、それらはいわゆる『がんばってるやつ』に向けられる感情だ。

 はなからやる気のなさそうなやつは、おのずと意識から外されていく。


 思えばこれまでの俺の人生、ずっとぼっちだった。

 友だち?

 何それ?

 食えるの?


 ……あほか。


 こうして俺の孤独なひきこもり生活がはじまった。


          *


 気づけば、五年の月日が経っていた。


 大学を卒業して五年も空白期間があれば、これはもう社会的にほぼ死んでいるも同然。

 企業の採用担当者だって、大学を卒業してから五年もぷらぷらしていた人間を採用しようとは思わないだろう。

 アルバイトだって怪しい。


 幸い、うちは大企業に就職した優秀な兄貴たちが皆社会的成功を収めていたので、四男の俺に対する風当たりが強くなることはなかった。


 とはいえ、大学を卒業してからというもの家族との絆は年々希薄になってきている。

 今ではほとんど言葉も交わさない。

 両親共に俺のことは諦めているみたいだ。

 一人息子じゃなくて本当によかったと思う。

 兄貴たちには感謝してもし足りない。


 バイトすらせず、ただ漫然と無味乾燥な俺の人生は過ぎていく。


 小説を読み、

 漫画を読み、

 映画を観て、

 アニメを観て、

 音楽を聴く。

 それ以外の時間は何か目的があるわけでもなくネット巡り。


 たまにサービス開始直後のMMORPGをはじめてみたりもするが、長続きはしなかった。

 やたらと手厳しい野良PTの暴言に心を痛め、すぐにアカウント消去することが何回か続いた。

 そんなこんなでいつからかネットゲームもしなくなった。


 次第に娯楽の消費から遠ざかっていく。

 それと比例するようにネットの接続率も落ちていった。

 最終的には……パソコンの起動すらしなくなった。


 では普段、何をするようになったのか?


 ただ何もせず布団にくるまって寝ることが多くなっただけである。


「たった一度でも大きく躓くと詰むなんて、ハードモードすぎるだろ、人生」


 ベッドに寝転がり、誰にともなくつぶやく。


「しかも年を取れば取るだけ、難易度が上がるときたもんだ」


 どうせ今さら誰かに相談を持ちかけてもきっと「甘えてる」とか「自業自得」とか言われて終わりだろう。

 嫌々でも、適当な企業に就職しとくべきだったんだろうか?

 けど企業側だって、嫌々就職されても困るよなぁ……。


 ――なんて小難しいこと考えてるから、だめなんだろうな。

 

 見慣れた天井をぼんやり眺める。


「なんにせよ……人生、失敗したなぁ」


 空虚。

 やりたいことを見つけられなかった人生とは、こんなにも惨めなものなのだろうか。

 ごろりと体勢を変え、横になる。


「仮に人生やり直せるとしても……一体、どの時点に戻ればいいんだろう?」


 どこに戻っても、なんだか同じ結末を迎える気がした。


          *


 俺は最近、在来線に乗り、家から遠く離れた駅で下車することが多くなっていた。

 なんのためにそんなことをするのかというと、ネットの地図で山が近くにある駅を探し、山登りをするためである。

 完全に山をナメ切った格好で。


 家を出る前、台風が迫っているとリビングのテレビが告げていた。

 気にするものか。

 むしろいいじゃないか。


 俺は台風接近など意に介さず、山に登ることを決めた。


 駅から電車で終点まで行き、ロータリーにとまっていたタクシーの運転手に目的地を告げる。

 タクシーの運転手さんは訝しそうな顔をして「本当にいいの? 台風来てるよ?」と親切に声をかけてくれた。

 俺は「お願いします」とだけ返した。


 運転手さんはどこか納得いかない視線を俺に向けながらも、黙って前を向き、アクセルを踏んだ。


 山の麓には誰もいなかった。

 だだっ広い駐車場には俺が乗ってきたタクシー以外、車は一台もとまっていない。


 金を払ってタクシーから降りると、俺はひとけのない山道をえっちらおっちら登りはじめた。

 小雨が降っているせいか、地面がぬめっている。


「これ、足滑らせたら危ないな」


 そう呟きながら、同時に『俺なんか足を滑らせて死んでしまえばいい』と思っている自分がいた。


 どうせ生きてたって、社会のお荷物なんだから。


 ちなみに、選ばれる山には一つだけ条件がある。


 それは、人のいなさそうな山でなくてはならないということだ。

 だから人気の登山スポットは選外となる。


 そう。

 ひとけのない山に一人で入って、一夜を過ごす。


 これが最近のマイブーム。

 あるいは、俺に残された最後の娯楽と言えるのかもしれない。


 娯楽。

 娯楽、なのかなぁ?

 ふと足を止める。


 もしかして、俺――


 空が光った。

 雨雲がゴロゴロと唸りを上げる。

 小雨が急に強さを増しはじめた。

 激しい雨が俺の顔面を打ちつける。


 今は山の中腹あたりまで来ていた。

 この山はなかなか険しかった。

 切り立った崖が、威圧感たっぷりに俺を見下ろしている。


 うわぁ……これ、けっこうやばそうだな。

 今までの山入り(と俺は勝手に呼んでいる)とは、なんだか様子が違う。


 大分ご機嫌斜めな空を俺は見上げる。


 ま、そりゃそうか。

 台風、来てるんだもんな。


 この様子だと命の危険もあるかもしれない。

 だというのに、この危機感のなさはどうしたことだろう。


 もう心が麻痺してしまったのだろうか。

 それとも、俺――


 やっぱ死にたいって、どこかで思って――


 瞬間、耳をつんざく轟音が鳴り響いた。


 同時に視界がまばゆい光に包まれる。


 落雷?

 直撃、したのか?


 まさか……ここで死ぬ?

 …………。

 でも。

 それならそれで、いいのかもしれない。


 俺は諦めを覚えると同時に、どこか解放感を覚えていた。


 ああ、もし……

 もし、来世というものがあるのならば――


 次は何かやりたいこと、見つかるといいな。


 さよなら、何もなかった俺の人生。


 こうして俺の人生は何もないままに、なんとも哀れな結末を迎えた。


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[一言] 現在新卒ニート中の自分にはとても心に刺さる1話だぁ…
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