表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/57

7話 徐福と優しき暴君







―――――――――――――――




「こんにちは、徐福さん」


日陰がいつものように馬の世話をしていると見知らぬ少女に声をかけられた。


少女は豪勢な衣服に身を包み、儚げな雰囲気を醸し出してした。


「…………」


別に見蕩れているわけではない。自分の知っている人物なのかと考えているのだ。


「どうかしましたか?」


「あ、いえ。初めまして、でしょうか?」


「……は、はい。私は董卓と言います」


「………董卓、さん」


カクンと首を傾げる。


どこかで聞き覚えがある名前だと日陰は思っていた。


それもその筈、形式的に日陰の雇い主なのだ、彼女は。


だが、日陰がそれに気づくにはもう少し後になるだろう。


「董卓さんは厩にご用ですか?」


一応、業務的なことで話を進める日陰。


思い出す時間を稼いだのか、それとも思い出すのを諦めたのか。


「えっ。あ、えぇと……う、馬の世話を……」


何故か少しどもる董卓。


「馬の世話、ですか………」


そう言うと不躾にも董卓を見据える。


なにも真偽を計っているわけではない。ただ――――。


「その格好で、ですか?」


豪勢な衣服が馬の世話には向いてないとただそう思っただけだった。


「へ?………あ。そ、そうですよね」


自分の今の格好を見て、思い出したのか顔を赤くして慌てる董卓。


「お気持ちだけ受け取っておきますね、董卓さん」


「へぅ。すみません……」










「徐福さん、こんにちは」


再び董卓さんが厩にやって来た。


前の豪勢な衣服でなく、町娘のような質素な感じの服だった。それでも上等そうな生地を使っているのだろう。


「……………」


多分、お分かりだろうが……………。


「………どうかしましたか、徐福さん?」


「………卓董さん?」


「へ?………?」


まさかの逆だった。董卓も何を言われたのか分からないように、小振りな顔が少し傾いていた。


「………えぇと。もしかして私の名前ですか?」


必死に考えて、正解を導き出した董卓。


「…………イエ、チガイマス」


とりあえず違ったことを察した日陰は否定した。


「それで今日のご用件は?」


「そうでした。この格好なら馬の世話できますか?」


と自分の格好を一度見てから訊ねてくる董卓。


「まぁ、可か不可かで答えるなら可ですけど……」


「良かったぁ。わざわざ待女の人に買ってきてもらって良かったです」


「えぇと、では先ずはこの藁の束で馬の体を擦って血行を良くしてあげて下さい」


なんだか気になる単語は聞こえたのだが、華麗にスルーな日陰。


これが彼の処世術なのだ。


「は、はいッ。頑張ります」


藁の束を持って可愛く意気込む董卓。


「えぇと、こうですか?」


と小さな体を伸ばして馬の腹辺りを擦ろうとするが如何せん背が足りない。


「これをどうぞ……」


日陰が見かねて踏み台を持ってきて置く。


「あ、すみません」


「後、擦り方ですが……こう、腹から足に向けて。血が流れる方へ、中央から端部へ」


「あ、はい」


董卓は言われた通りに手を動かすと馬は気持ちが良かったのか小さく嘶く。


すると馬が自身で膝をつき、まるでこうべを垂れるかのようにしたのだ。


それは少女の甲斐甲斐しさにしたのか、それとも上のほうが痒いから掻いてくれとしたのか。


「…………」


その姿を黙って見守っていたが、やがて自分の仕事に戻っていく。


日陰も董卓と同じように馬のブラッシングをし始める。


「―――きゃ!?」


そこで突然馬が大きく嘶く。


それで董卓が踏み台の上で足を踏み外し、バランスを崩す。


――――ぽすっ。


だが地面に落ちることはなく、優しい感触に包まれる董卓。


「大丈夫ですか?」


そこには董卓を抱き止める形の日陰がいた。


「虫か何かでも馬の頭を通りすぎたのですかね」


「へ?………あ、す、すみません」


抱き止められていることに気づき、慌てて離れる董卓。


「へぅ~」


そのまま縮こまってしまう。


そこで気の効いた台詞を言えない我が主人公、日陰。


――――パンパン。


とりあえず董卓に付いた埃を払い、自分の仕事に戻る日陰だった。


「あ、あのッ!?」


しかし、それは董卓に呼び止められて中断することとなる。


「あの、私の真名……ゆ、月って言います!?」


「…………僕は日陰です」


「は、はい、日陰さん」


そう簡単に真名を教えていいものなのか?


董卓はどう考えているかは分からないが、日陰にしては十中八九、どうでもいいのだろう。


それから二人は日が暮れるまで馬の世話をしていた。










「月、今日はどこに居たのよ?部屋に行っても居なかったみたいだけど」


「ごめんね、詠ちゃん。ちょっと日陰さんの所に言ってたの」


董卓の自室で董卓と賈駆が向かい合って座っていた。


「はぁ!?なんで、月があの男のところに?」


「ちょっと思うところがあって………」


「思うところ?」


最初は飛び付くような勢いだった賈駆だが、董卓の宥めるような声色に段々と落ち着いていく。


「うん。私ね、一度日陰さんにあったことがあるんじゃないかな、と思って。最初に詠ちゃんに日陰さんのことを聞いてからそう思ってたの」


「えッ!?いつ!?」


「私がまだ子供の頃。体の弱い私をお父さんが療養のために連れていってもらった村で。………でも、違うみたい」


「違うってどういうこと?」


「私が会った徐福って子は綺麗な銀髪だったんだ」


「銀髪………確かあいつの髪は……」


「うん、黒髪だった。だから違う人なんだと思うの」


「そう。もう遅いし、そろそろ寝なさい、月」


「うん」


賈駆は部屋から出ていく。


「そういえばお父さんがあの村にあった山には麒麟の伝説があるって言ってたのような……」


寝台に潜りこみながら、董卓は呟いた。










「…………あッ。董卓さんだ」


寝台に入った日陰は今更、思い出していた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ