53話 王佐の信頼
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曹操は赤壁にて多大な被害を受け、後退した。
そして呉蜀はこれが好機と見たのか平地での決戦を仕掛けた。
兵数は五分五分。おそらくこれが最終決戦となるだろう。
そして曹操もそれ暗に分かっていた。
だからこそ出し惜しみをせずに全力をもって二国を迎え撃とうとしていた。
だが、それに無粋な輩が横やりを入れたのだった。
「か、華琳様ッ!!」
「どうしたの、桂花?」
曹操が今、正に出陣をしようとしていた時、荀イクが慌てたように駆け寄る。
「そ、それが今物見より伝令が来まして―――北方より五胡の大軍がこちらに侵攻してきたと………」
「なんですって!?」
五胡の侵攻は三国全てに伝わった。
そして呉蜀から魏へ使者がやって来た。
「今は争ってる場合じゃないと思うんです」
急遽として開かれた謁見の場で劉備が停戦を申し出た。
「それで貴女たちは停戦と、そして共闘の約を結ぼうと?孫策、貴女も同じと考えていいのかしら?」
「えぇ、構わないわ」
「曹操さん、お願いします。今、私たちは協力しなくちゃ大陸に住む皆が悲しむことになるかもしれないんです。だから………」
劉備は頭を下げる。それに倣い孫策も頭を下げた。
そして曹操の決断は…………。
「稟、戦の準備は?」
「はい。五割方終わっています」
「そう。なら、急がせなさい。敵は―――五胡よ」
「曹操さん………」
「勘違いしないでよ、劉備。私は英傑との戦いを望むの。それを邪魔する輩は誰であろうと許さないわ」
こうして三国対五胡の戦いが始まろうとしていた。
その頃日陰は城壁の上で迫り来る五胡の大軍を見ていた。
「…………何か嫌な感じがします」
自分でも言い知れない嫌悪感を五胡に抱く日陰。
他者に対して、しかも初めて見る相手に対してここまで“積極的な”感情を抱いたのは初めてであった。
「……もしかして、僕の失った記憶に関わりが………」
「――日陰♪」
そんなことを呟いていると後ろからガバッと覆い被さられた。
「………?」
「あら、反応が悪いわよ?」
「………孫策さん。何故、ここに?五胡に対しての準備はいいのですか?」
「いいのよ。そんなのは冥琳がやってくれるもの」
子供のように無邪気に笑う孫策。
「それで何か用ですか?」
「用、ね…………。あれからどうなったかと思ってね」
孫策の言う“どうなった”とはおそらくは荀イクとのことなのだろう。
「はぁ~。貴女のせいで大変でしたよ」
あれから半日ほど口を聞いてもらえず、しかし無視というわけではない。ずっと日陰をジト目で見ているのだ。
誤解だと言っても聞き入れられず、正直なところ罵倒してくれた方がいくらか楽な状態だった。
今はなんとか誤解が解けたようであった。
「あらら、大変ね~」
そんなことを適当に説明すると孫策はにやけながらそう言うのだった。
「………それでは僕は準備がありますので、これで」
日陰は城壁の上から降りていく。
五胡との戦いが始まった。
それは過酷でありながらも三国の誰もがそれに屈することはなく果敢に戦っていた。
日陰は後方で荀イク他軍師の補佐として奮闘していた。
そしてそれは日陰が補給部隊を迎えに出ていた時に起きた。
「伝令!五胡により補給部隊が襲われ、今応戦中のこと。至急援軍を求むそうです」
「なにッ!?」
今まで五胡は突っ込んでくるばかりでこのような奇襲を仕掛けることはなかった。
だからこそ油断があったのだろう。
「直ぐに兵を送りなさい」
「あ、あの………」
とテキパキと指示を飛ばしている荀イクと周瑜に対して諸葛亮がおずおずと発言する。
「あの徐福さんはどうされたのでしょうか?」
日陰は迎えに出向いたまま帰ってきていなかった。
「………今はそのことはいいわ」
そう答えたのは荀イクだった。
「その、心配ではないのですか?」
「諸葛亮、日陰も魏の一員よ。戦う覚悟で戦場にいるのよ」
それに、と続ける荀イク。
「アイツはいつもポッと出ていってはポッと帰ってくるのよ」
それは絶大な信頼であった。
――――バキッ。
日陰は補給部隊の荷台を解体し、即席の卒塔婆で応戦していた。
「………おそらく我が君たちがそろそろ援軍を送ってくれるでしょう。それまでここを通すわけにはいきませんよ」
流石は蛮族、いや戦闘民族。仲間が地に伏せたところで勢いは変わらない。
だが、それは日陰には関係無い。人としての構造は同じだ。壊すことは容易い。
―――はずだった………。
「あぁん、なんだ?俺以外にこんな酷い戦い方するやつがいるとはなぁ」
それは五胡の奇襲部隊の指揮官なのだろう。
仲間有り様を見て、無感情どころか笑みさえ浮かべている。
体には至る所に傷があり、まさに戦闘民族風の男であった。
手に持つは鉄製の棍棒。殺すことを目的とせず、壊すことを目的としたかのような得物だった。
―――ズキッ。
日陰がその男を見たとき、頭の奥から鋭い痛みが走った。
そして次に日陰の“知らない”映像が頭の中で再生された。
霊山の麓の小さな村。村に奉られた祠。
そして次に壊されたその祠が映し出された。
それからは惨状というに相応しい映像の数々。死ぬことも出来ず、かと言ってもう長くはもたない人間。それを笑いながら作り出す男。
それは―――――。
「ん?なんだ、テメェ。どこかで見覚えがあるな」
目の前の男であった。
「―――――を」
「あぁん?」
「貴様が!村を襲ったのかッ!?」
―――憤怒。
それは日陰が初めて、そして“生まれて初めて”抱いた感情だった。
「はぁぁぁぁ!」
日陰が男へ突撃する。手には折れて先端がギザギザな卒塔婆が握られていた。
――――グシャリ。
その時、初めて日陰は人を殺す感覚を覚えた。




