51話 赤壁は燃ゆるる
―――――――――――――――
「陣内に侵入者!?」
曹操と共に策を練っていた荀イクたちの下に楽進が慌てた様子で入ってきた。
「はっ。霞様と真桜が今応戦しています。秋蘭様も今向かっています。自分は華琳様の護衛に………」
「私も向かうわ」
『か、華琳様!?』
曹操はそういうと得物を手に取り、天幕を出ていってしまう。
「な、凪、華琳様を追ってちょうだい。私たちは兵を連れて後から追いかけるわ」
「は、はっ」
楽進が慌てて、曹操を追いかける。
「日陰……」
「はい、ここに」
「アンタも追いかけて護衛しなさい」
「はい。承りました」
そして日陰も曹操の後を追う。
「………あれは―――――」
日陰たちが現場に向かうと、そこには張遼と李典、夏侯淵、そして…………。
「………黄蓋さん?」
黄蓋と少女がいたのだった。
一触即発の空気の五人。
「日陰、止めなさい」
「………了解しました」
そして日陰は駆け出す。
―――――ザクザクッ。
『――ッ!?』
五人の間に卒塔婆が刺さる。
「そこまでです。双方とも、剣を収めて下さい」
「日陰、なんで邪魔するんや!?」
「私の命令よ」
『華琳様!?』
卒塔婆を見て、誰のものか分かった張遼が文句を言おうとすると、日陰の横から曹操が出てくる。
「凪、何故華琳様をここへ連れてきたのだ?」
「そ、そのお止めはしたのですが………」
「私が自分の意思でここに来たのよ」
曹操がそうピシリッと言うと夏侯淵は黙る。
「さて………何故、このような所に貴女が居るのかしらね、黄蓋?」
「ほぅ。お主が曹操か………。少しお目通りを願いたいのだが?」
「構わないわ。秋蘭、謁見の準備を」
「し、しかし華琳様………」
「私は構わないわと言ったのよ?」
「は、はっ……」
どうやら黄蓋は曹操の元へ亡命に来たらしい。
理由は周瑜が呉を牛耳っているため、と……。
「そう、分かったわ。誰か黄蓋に部屋を」
「華琳様、こやつの言葉をお信じになるのですか!?」
それに二つ返事で返す曹操に夏侯惇が異議を申し立てる。
「別に信じてないわよ?ただ、黄蓋が何かを企てようとしていようともそれすら飲み込む。それこそ覇道ではないかしら?」
自信に満ちた笑みで一同を見る曹操。
そして、黄蓋を加えた曹操軍は呉への進軍を開始した。
しかし行軍に問題が出たのだ。
それは兵たちの船酔いだった。
そこで黄蓋の連れていた弟子の鳳雛の策により船を鎖で結び揺れを抑えることとなった。
「桂花様、大丈夫ですか?」
「……なんとかね」
荀イクも船酔いの被害者だった。
「お水です」
「ん」
水を受けとる荀イク。
「鎖のお陰で大分揺れも収まりましたね」
「確かにそれはそうだけど………」
荀イクとしては魏の陣営以外の軍師からの献策がよい方向に向いたことがいい気はしないのだろう。
「やはり火計が気になるのですか?」
「えぇ。確かに今は風上にいるわ。でも、もし風が変わったら………いえ、これは考えていても仕方ないわね」
今は自分の感情よりもこの大戦を成功させることに頭を切り替える荀イク。
だが、結果としてそれは失敗であった。
呉蜀との開戦して間もなく風向きが変わったのだ。そして先陣にいた黄蓋は火を放ち魏の船団は火の海に包まれた。
「衛生兵は怪我人の手当てを!手の空いてる者は消火作業をしなさい!」
荀イクが指示を飛ばすが、戦場は混乱し、火は更に勢いを増し、船を飲み込んでいく。
「くっ………」
荀イクは歯噛みする。
やはり、あの時無理にでも止めるべきだった、と………。
「誰か、華琳様の安否は分からないの!?」
火のせいで伝令もまともに機能していない。
荀イクは自分の主の無事を祈るしかなかった。
「桂花様、お下がり下さい。この船はもうもちません」
日陰が荀イクに駆け寄り、そう告げる。
「駄目よ!まだ華琳様が下がられてない。ここを手放しては華琳様が………」
「桂花様ッ!」
「―――!?」
大声を出した日陰に驚く荀イク。
「お気持ちは分かります。ですが、ここで桂花様が没しられては華琳さんの覇道を誰が支えられるのですか!?」
「日陰………」
「華琳さんなら大丈夫です。あの方がこのようなところで倒れられるわけがありません」
「分かったわ。……全員、直ちに船を移りなさい」
日陰の言葉に頭の冷えた荀イクは乗員に指示する。
「アンタも行くわよ」
全員が船を移ったのを確認し、日陰の姿を探した荀イクだったが…………。
「………日陰?」
だが、探せども日陰の姿は見つからなかった。
そして日陰は………。
「すみません、桂花様。桂花様にはああ言いましたが………」
火の中を駆け抜けていた。
「万が一の可能性も潰しておきましょう」
その頃、曹操は………。
「ちっ」
火と敵に囲まれていた。
火のせいで親衛隊とも離れてしまい。孤軍奮闘でここまで戦ってきたが………。
「曹操。お主の覇道もどうやらここまでのようじゃな」
目の前には弓を引く黄蓋。
「さぁ、それはどうかしらね?」
「やせ我慢を………」
曹操の虚勢にも揺るがず、弓を絞る黄蓋。
(くっ。我が覇道もここまでか………)
覚悟を決める曹操。だが――――。
「―――前にも言いましたが、貴女の覇道はそう簡単に諦められるものなのですか?」
そう聞こえた先には炎を背に立つ日陰の姿が見えた。




