50話 物語は加速する
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「それで、呉へは早めに攻めた方がいいと?」
「はい」
軍議の場で日陰が発言する。
「そう焦らなくても、敵は逃げんだろ?」
と夏侯惇が発言する。
「しゅ、春蘭様、熱でもあるんですか?」
「それはどういう意味だ、季衣!」
凄く真っ当なことを言った夏侯惇に全員が目を見開く。
「確かに呉は逃げも隠れもしないでしょう。しかし、敵が増える可能性があります」
「増える?孫策たちが分裂でもするというのか?」
「良かった、いつもの春蘭様だ」
「だからどういう意味だと言うのだ!?」
「つまりはどこかと同盟を結ぶ、ということですねー」
と夏侯惇と許緒のやり取りはスルーして程イクが言う。
「まぁ、同盟を結ぶとしたら蜀しかないですけどねー」
「ふん。呉や蜀が束になろうと我が魏武の敵ではないわ!」
「でも単体で当たる方がなお楽ではありますね」
各軍師が話を進めていく。夏侯惇は華麗にスルーしながら………。
「そうね。そろそろ呉へ攻めてもいい頃合いかしらね」
そして曹操が決断する。
「では兵を纏めなさい。準備ができ次第呉への進攻を再開するわ。前回のような不手際がないように万全の準備で行くわよ」
『はっ』
そんなこんなで、楽進たちが先遣隊として呉へ進行していた。
そして、事が遅すぎた事を知ることとなった。
楽進たちが関羽たち蜀の一団と出会ったのだ。
そして魏の大軍は馬超率いる西涼軍の奇襲により行軍が遅らされていた。
「これは呉と蜀が手を組んだと考えるべきね」
そして楽進たちと合流し再び軍議が開かれた。
「しかし、それでも予想の範囲内です。このまま行軍しても支障はありません」
郭嘉は呉のみの場合と呉と蜀の場合、二つの可能性を念頭において準備をしていたのだった。
「そう。準備がいいのね、稟」
「こ、これくらい、軍師として当たりま…………ぷはっ!!」
確かに優秀なのだが、“これ”さえなければ…………。
「はーい、稟ちゃん。とんとんしますよー、とんとーん」
程イクに介抱される郭嘉。
「では我らは変わらずこのまま進軍。西涼軍の奇襲に気を付けなさい」
『御意』
「…………」
日陰は自分の天幕の中、灯りも点けずにいた。
――――ギリッ。
寝台にある柱を強く握る日陰。
「………まだ、だ」
頭を抑える日陰。その表情はいつもの無表情でも、貴重な少しの笑みでもなかった。
それは―――――。
『苦痛』
「まだ、こんなところで終わるわけにはいかない。せめて我が君が……………」
「―――日陰、居るかしら?」
「ッ!?」
そこで天幕の外側から声がかかる。その声は日陰の主、我が君とお慕いするその人。
「………桂花様?」
「寝てたのかしら?」
天幕に灯りがないことをそう解釈した荀イク。
「………はい。明日から忙しくなりそうだったもので………。桂花様、何かご用でしたか?」
「べ、別に構わないわ。休んでるとこ悪かったわね………」
そう言うと入り口から気配が消える。
荀イクは陣内を自分の天幕に向けて歩いていた。
(………約束)
未だに荀イクと日陰の約束は果たされてはいなかった。
そして、物語は急速に進んでいくのだった。




