45話 徐福と孫策
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日陰は拘束されたまま部屋に入れられていた。
食事や排泄などは言えば侍女たちが来るので困りはしていない。
ただ何故か回を増す毎に侍女さんの対応が積極的に…………。
どうやら、曹操は失態の穴埋めに許貢たちの首を呉に送り、暫くは攻めないことを誓ったらしい。
それに日陰が捕虜となっていることでこの誓いは確固たるものとなっていた。
大体こんな感じだ。そして今、日陰を悩ましているのは……………。
「やっほー、遊びに来たわよ♪」
「…………はぁ」
孫策が扉を開けて、元気よく入ってきた。
「なによぉ、ため息なんて吐いちゃって。幸せが逃げるわよ?」
「何度も言いますけど、仮にも僕は捕虜なんですよ。それに毎日会いに来るって………。王としてどうなのですか?」
そう。孫策は日陰が捕虜となった日から毎日こうして顔を見せていた。
「何度も答えるけど、捕虜って言っても形だけよ。あの場で普通に帰しちゃったら他の者に示しがつかないじゃない。それに………」
ニヤリと笑う孫策。それは曹操の悪い癖の時と同じ種類の笑みだ。
「……考えてくれたかしら?」
「………それも何度も言いますけど、僕は荀イク様以外に仕える気はないですよ」
孫策は日陰を取り込もうとしていた。
「もうちょっと考えてもいいじゃない。接吻を交わした仲じゃない。それに私の中には貴方の血だって少しは混じってるんだし」
「それは貴女が噛むからで………まぁ、いいです」
日陰は諦める。
「それで今日は何の用を“作って”きたのですか?」
そうも易々と王が捕虜に会うなどできるはずがない。というか周瑜が必ず止めるだろう。
孫策はそれを毎回色々な言い訳を駆使して、ここにやって来るのだ。
「う~と………何だっけ?」
仮とはいえ用件を忘れる孫策。
「はぁ~」
ため息を吐く日陰。
何故だろうか、呉に来てからため息が増えた気がする日陰であった。
「まぁいいじゃないのよ。どうせ、仮のなんだし」
「それで本当の用件は何ですか?」
「今日はね――――――外に出ようと思うのよ」
「…………は?」
孫策の口から出た言葉に日陰は一瞬呆けてしまう。
捕虜という立場は自分でも分かっている。
だからこそ拘束されていても文句はないし、食事や排泄に侍女の手を借りるのも我慢している。しかも地下牢などでないだけありがたいことも分かっている。
だが、この目の前にいる王はどうだろうか?自分を客将か何かとでも勘違いしているのか?とさえ思えてきた。
「………いや、捕虜を外に出すって……。無理じゃないですか、それ?」
「そんなことないわよ。ほら」
と見せたのは一枚の紙だった。
そこには捕虜である日陰の外出許可が書かれていた。
まぁ、この時代に紙は貴重なはずなのにこんなことに使っていいのかとかそういったことは問題ではなく。最も突っ込むべきは…………。
「提案者は?」
「私よ」
「許可者は?」
「それも私よ」
そう。この許可書、孫策から孫策へ提出、そして許可されていた。
「ちなみにこれ周瑜さんには?」
「まだ見せてないわ。外出してから見せればいいんじゃないかしら?」
「いや、良くないですよ………」
「もうッ!煩いわね、いいから行くわよ!」
と日陰の拘束を解いて、引っ張っていく孫策。
「それでどこに行くんですか?」
日陰は諦めて孫策についていくことにした。
というか一人で帰ったらもしかしたら脱獄したと思われそうだからだ。
「市でも見て回ろうかと思うのよ。どうかしら?」
「………いいのではないですか」
「む~、なんか素っ気ない返事ね。何か不満でもあるのかしら?」
「いや、不満と言いますか……。僕は呉のことは知りませんから、どこがいいのか皆目見当がつきませんから、孫策さんにお任せしますよ」
こうして二人は市へと向かうのだった。
「おや、孫策様また抜け出してきたのですか?」
「孫策様、いい桃が入ってますよ。寄ってきませんか?」
市に出ればあちらこちらから声をかけられる孫策。
「随分と頻繁に顔を見せてるみたいですね、孫策さん」
「ま、まぁね~。民とふれ合うのも王の役目なのよ」
「……………」
「なによ、嘘じゃないわよ」
「……いえ、それでいいと思ってたのですよ。それでこそ侠義の王ですよ」
「狭義?視野が狭いってこと?」
「いいえ。任侠に仁義で侠義ですよ」
造語です、と日陰は言った。
「貴女はそれでこそ呉の王なのですから………」
「あら、わかってるじゃない♪」
笑う孫策に無表情な日陰。
それでもなんだか穏やかではあった。
「きゃぁぁ!!」
だがそれは長くは続かず、悲鳴の声で壊されてしまう。
「……行くわよ、徐福!」
直ぐ様行動に移る孫策。
「え?いや、だから僕は捕虜で………ってもう行っちゃってますし………」
日陰の返事を聞く前に孫策は悲鳴の聞こえた方に走っていた。
捕虜である日陰を残して………。
「信用されているというか、何と言いますか…………はぁ」
ため息を吐いて、日陰は孫策を追いかけていった。
「…………」
孫策とどうやら黄巾の残党らしき人物が対峙していた。
そして黄巾の残党は老人を人質に取っていた。
そして老人は孫策の知り合いらしい。
――――とそこまで状況を飲み込めた日陰が抱いた感情は………。
「………展開が速すぎてついていけない」
………だった。
基本的に日常はスローペースな日陰は速い展開についていけない。
その間も孫策と残党の会話はあったが日陰はそれを認識から外していた。
だが、次の瞬間だけは外す訳にはいかなかった。
それは残党に向かって飛来する矢だ。
おそらくは誰か他の将がこの場に居合わせ、孫策が敵の目を引き付けている間に裏から手を回していたのだろう。
「―――ッ!?」
残党がそれに気づいた時にはもう遅い。
もう目前まで迫った矢を避けることはできない。
諦めか、目を瞑る残党。
………だが、いつまでも経っても矢による痛みが感じられなかった。
残党は目を開けるとそこには………。
矢を横から掴み取っている日陰がそこに居たのだった。
「……………」
そして日陰は矢を捨てると飛来してきた方を見て、牽制をする。
そしてクルリと残党を中心に回り、孫策と残党の間に立つ。
日陰の目の前で孫策の長剣が止まる。薄皮一枚隔てて…………。
「何のつもりかしら?」
「…………」
フルフルと横へ首を振る日陰。それは否定の意。
「………なんであろうと僕の目の前で人を殺さないで下さい」
日陰は静かに淡々と無表情に言う。
しかし目だけは孫策から離れてはいない。
「そいつを見逃せば、次は仲間を引き連れて来るかもしれないわ。私はその可能性を危惧しているの。退いてちょうだい」
「………それでも嫌です」
再び首を振る日陰。
「ならば私の納得のいく案を出しなさい」
孫策は剣を引かぬままそう言う。
「代案………」
思案顔の日陰。そして振り返り、じぃと残党を見ると手を伸ばし…………。
――――ゴキッ。
『――ッ!?』
―――ゴキッ、ゴリッ、ガキッ、バキッ、ガキンッ。
簡潔に要約すると、残党はコンパクトになった。大の大人が年端もいかない子どもくらいの大きさになった。
ここでは詳細の表現は省略としよう。
ただ、それの途中で野次馬たちはバラバラと散っていったと言う。皆、一様に口を押さえていた。
「確かに代わりの案を出せとは言ったけど…………」
「………?」
呆れたように孫策は呟くが日陰はそれをよく分からないと言った風な顔をしていた。
そして二人は城に帰ったが、その途中周瑜に見つかり二人共々、正座させられ説教をくらったのは別の話だ。




