44話 既知の未知
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「…………」
日陰は戦場に立ち、見渡す。
呉の反撃は止まっていた。
「………これで我が君の命は完遂です。次は――――」
日陰は前へと歩を進める。
「止まれッ!」
そこには三人の少女たちが立ちふさがる。
「これ以上は呉の地を踏み荒らすことは許しません」
甘寧と周泰が得物を向けて牽制する。
「…………はぁ。僕は王に用があるのですよ。将には興味ないです」
それに日陰はため息を吐く。
「貴様のような輩を蓮華様に会わせるわけがないだろ!」
「思春、いいわ」
「蓮華様!?」
「我が名は孫権。先王孫策より王位を譲り受けた現呉王だ」
孫権が甘寧の間を抜けて前に出る。
「……………?」
それに対して日陰はカクンと首を傾ける。
「――――違いますよ」
そしてそう言ったのは日陰。
「貴女は王ではないです。王は孫策さんです」
「なッ!?貴様、我が主を侮辱する気か!?」
「――――王はまだ没してはいない」
『―――ッ!?』
日陰の鋭い眼光に息を飲む三人。
「………孫策さんは何処ですか?どうやら僕から出向いた方が早そうですね………」
「ここに、居るわよ………」
「―――え?………姉様!?」
そこに周瑜に肩を支えられながらも孫策が現れる。
「姉様!?こんなところに来ては!それにお体の方は………」
「別にいいわよ。もう曹操たちは行ったんでしょ?体だって―――ッ!?」
「雪蓮!?」
咳き込む孫策に周瑜が心配そうに肩を抱き寄せる。
「大丈夫よ、冥琳。…………それで私に用なんでしょ、徐福?」
「お久しぶりです、孫策さん。お元気でしたか?」
「えぇ。お陰さまでね……」
皮肉ではなく、ただの挨拶。
それを分かってか、孫策もそれに応える。
「今回の件は申し訳ありませんでした。曹操さんに変わりましてお詫び申し上げます」
腰深々と頭を下げる日陰。
「今更謝ったところで―――――」
「蓮華」
日陰に食い付かんばかりの孫権を止める孫策。
「もういいわよ。それで?それだけを言いに来たわけじゃないでしょ?」
「えぇ。孫策に聞きたいことがありまして………」
「私に?」
コクリと頷く日陰。
「いいけど。あまり時間は無いわよ。皆とも話したいのだからね………」
もう一度コクリと頷く日陰。
「孫策さんはそれでいいのですか?」
日陰は孫策の目を見る。
「貴女はそれでいいのですか?孫権さんに王位を譲り、それでもういいのですか?何も思い残すことはありませんか?」
「まぁ、そりゃ………無いと言えば嘘になるかしらね」
「雪蓮………」
周瑜の肩から離れて一人で立ち、前へと進む孫策。
「姉様、何を………」
「いいじゃない。最後くらい好きにさせてよね」
そして一歩日陰に近づく、日陰もそれに合わせて近づく。
「でもね。これも天命なのよ」
「それで諦めがつくと……?」
「諦めと言うより区切り、かしらね」
「………やっぱりよく分かりません」
日陰は言う。目は白銀。
「人とはそんなに簡単に受け入れるのですか?もっと醜く足掻かないのですか?」
「私だって助かるのなら足掻くけどね。でも…………。自分の体のことは自分がよく分かるのよね」
「…………ごめんなさい」
「……?何を言って―――ッ!?」
孫策が何かを言う前に日陰が孫策へ詰め寄る。
「―――貴女の思いは踏みにじらせてもらいます」
そして日陰は…………。
口づけをした。
「………舌、噛まないで下さいよ」
孫策から離れる日陰が言う。
「貴方が変なことするからでしょ。貴方こういう趣味だったの?」
「……いや、違いますよ。それでどうですか?―――お体は……」
「何を言って―――?」
「………ふむ。解毒は間に合ったみたいですね」
『……はぁ?』
日陰の言葉に全員が唖然とする。
「ば、馬鹿な!?呉の精鋭の医師でさえ分からなかった未知の毒だったんだぞ!?」
孫策に放たれた毒は即効性のものでなく、未知の毒であった。
呉の医師団を警戒した許貢がそう選択したのだった。
「たかが一国程度の未知は僕にとって既知ですよ」
「それで何故僕はこんな状況なのでしょう?」
縄でぐるぐる巻きに拘束されている日陰。
「そりゃ捕虜だもの♪」
そう笑顔で答える孫策。
「………はぁ。我が君、少し帰るのが遅くなりそうです………」
日陰は大きくため息を吐く。




