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41話 感謝の気持ちを込めて







―――――――――――――――






「……ねぇ、日陰。アンタ欲しいものとかないの?」


「え?欲しいもの、ですか……?」


政務をしながら荀イクが唐突に訊ねてくる。


「えぇと……。特にはないですけど……」


「じゃあ、好きな食べ物は?」


「嫌いなものは特には無いですよ」


「どうすればいいのよッ!?」


バンッと机を叩く荀イク。


「………?」


「……はぁ~」


ため息を吐く荀イク。








厨房にて。


「料理を教えてほしいのよ」


「え?」


荀イクは休日に手の空いていた典韋を見つけて……もとい、政務の量を調整して典韋と同じ日に休日になるようにして見つけ出した。


「珍しいですね、桂花さんが料理を………あ!そういうことですか。分かりました、先ずは簡単な物からしましょう」


始めは疑問を持ったが、前に訊ねられたことを思い出した典韋は合点がいったような顔をする。


「べ、別に私だって料理くらいできる方がいいと思っただけよ。他に意味なんてないんだからね!」


「はい、分かってますよ。それじゃ、先ずは食材の下拵えからです」


「え、えぇ………」









「………ま、まぁ最初は誰でもこんなものですよ。だんだん慣れていけばいいんですよ」


結果は…………推し量るべきである。










(次は確かに贈り物よね……。でもアイツ欲しいものは無いって………。そういえば私アイツの好きなものとか知らない……)


随分と長いこと一緒に居たと言うのに自分が日陰のことを知り出したのは最近からであると思う荀イク。


(アイツあんまり自分のこと喋らないし………。いや、でも確かこの前の休日は木を削ってたわよね……。それに絡繰にも興味があるみたいだし……。じゃあ、そっち方向の方が良いのかしら……)


「―――桂花ッ!?聞いているの!?」


「え?……あ、はい。すみません、華琳様……」


「珍しいわね。桂花が会議中に他事を考えてるなんて」


どうやら日陰へのプレゼントに悩むばかりに会議が上の空となっていたようだ。


「何か考え事かしら?」


「え、あ、いえ、なんでも……ありません」


「………男のことかしら?」


「――ッ!?」


曹操の言葉にビクンと肩を揺らした荀イク。


「べ、別に私は日陰のことなどは………」


「あら、誰も日陰なんて言ってないわよ?」


「え?あっ、いえ、今のは………」


「ふふふ。別にいいのよ、隠さなくても。貴女が日陰に感謝の気持ちをどう伝えるかを考えているのは皆知っているのだから」


「………え?」


ちなみにこの会議の場には日陰は居なかった。











「………華琳さん、日陰です」


日陰は曹操の自室の前に居た。


夕方頃に曹操の侍女から夜部屋に来るようにと言伝てを受け取ったのだ。


「開いてるわ、入ってきなさい」


「失礼します」


と日陰が部屋に入ると、部屋の中にはなんだか甘い香りとぴちゃぴちゃと水音で満ちていた。


「あのご用は何で―――ッ!?」


部屋に入った日陰が見たものは、足を組み椅子に座る素足の曹操とその足下にひざまずく荀イクだった。


「今夜は三人で閨を楽しもうと思うのよ」


曹操は笑みを浮かべながらそう言う。


「………」


日陰は沈黙。部屋には水音だけが響く。


「さぁ、日陰。そんな所に立ってないでこっちに来なさい」


蠱惑的な笑みを浮かべ、日陰をいざなう曹操。


それに日陰は…………。







「――――すみません」


ペコリと頭を下げた。


「僕は加わることはできません」


「あら。私たちでは不満かしら?」


曹操は下で跪いている荀イクの顔に手を添える。


「いえ。これは僕の問題です」


そう言って再び頭を下げるとクルリと踵を返す日陰。


(あら、失敗ね。うぶな子かと思ったけど、どうやらそうでもないみたいね)


曹操としては荀イクは日陰へ素直になれるし、自分も楽しめる一石二鳥の策であったが予想外にも日陰が理性的であったため、この策は諦めることにした。


――――ゴツンッ。


(………訂正。物凄く初ね)


曹操が物音の方を見ると扉を開けるのを忘れて、衝突していた日陰が居た。










「ふ~む、華琳様の策でも駄目でしたかー」


例の閨から数日後。極秘に(特定人物に対してのみ)開かれた作戦会議の場にて程イクが唸る。


「そうね。あれは初を通り越して無垢過ぎるわね」


曹操がため息混じりに言う。


「それで次はどうするんや?」


張遼が面白そうに訊く。


「そうね。真桜立案の『贈り物はわ・た・し』作戦でも行こうかしらね」


「それなら沙和たちにおまかせなの。可愛く着飾ってあげるの」


とやる気を出す于禁、李典。


ちなみに当の本人たちはこの会議には呼ばれてはいなかった。












『………?』


その頃、当の本人たちは悪寒を感じつつも政務をこなしていた。


「日陰。アンタ、休みの日は何してるのよ?」


とりあえず相手の事を知ろうとするのは軍師の性か。


敵を知り、己を知れば百戦危うからず。


「休日ですか?………特には何もしてはいないですよ」


ただ、日陰には知るほどの情報があるかが問題である。


「絡繰には興味はあるのよね?」


「まぁ、あるにはあるのですが………。真桜さんほど熱心ではありませんから」


「絡繰の道具とか欲しいとかは?」


「………特には。のみだけで足りますから」


別に遠慮と言うわけでなく、本心から言う日陰。


「全く。……もっと貪欲でも罰は当たらないわよ」


ボソッと呟く荀イク。


―――カラン。


とそこで荀イクの筆が床に転がる。


「あ………」


筆を拾おうとした荀イクだったが、日陰が先に拾うために動いていた。


(本当に何かないかしら…………?)


と荀イクの目の前には筆を拾うために屈んだ日陰の頭があった。


―――ポスッ。


「…………」


「…………」


気がつけば、荀イクは日陰の頭に手を置いていた。


(な、なな、なにやってるのよ、私!?)


「………あ、あの、桂花様?」


日陰は頭に手を置かれているため、顔が上げられず、屈んだ姿勢のまま言う。


(男の癖にサラサラしてるわね………)


荀イクは撫でるように髪を触っていた。


それに嫌がる素振りは見せず、屈んだままで止まっていた。


「………いつも―――」


するりと喉から落ちるかのように………。




「――――ありがとう」






「――ッ!?」


言ってしまえばなんてことのない一言。


だけど、とても大切で、とても大きな一言だった。


「………なんか言いなさいよ」


「え、あ。…………どういたしまして?」


「ふん……」


「………あっ」


日陰の頭から手を離すと日陰の口から声が漏れる。


「どうかしたの?」


「あ、あの…………。もう少しだけ、いいでしょうか?その、頭を……」


頭を下げたまま日陰が言う。


――――ポスッ。


それに無言で応える荀イク。


俯いているために日陰の顔は見えはしないが、口元が緩んでいるように見えた。


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