37話 三十六計逃げるに如かず
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「はぁぁぁ!」
―――バキンッ。
卒塔婆を二本犠牲に華雄の戦斧の軌道を逸らす日陰。
華雄の攻撃力はそれほど高くない、それこそ呂布や関羽に劣る。
だが、驚異となるのはその武器である。
戦斧。それは主に降り下ろして叩き割るように使う。
それを華雄は薙ぐように使うのである。
これが驚異となるのである。
普通に叩き割るようにするなら、受け流すことは容易い。
だが、薙ぐように使うと、回転力と遠心力、そして戦斧自体の重さもかけ合わさり、それは常人では受け止めきれるものでなくなっていた。
だからこそ日陰は卒塔婆を二本使う。
それは足りない強度を補うためである。
卒塔婆武麗奴なら耐えれるだろうが、それでは日陰の腕が耐えられない。
――――バキンッ。
「やるな、日陰」
ニヤリと笑いかける華雄。
「………華雄さんこそ」
少しヤバいと思いながらも日陰は言う。
チラリと城門を見ると呂布が絡繰の綱を断ち切っていた。
曹操は破城槌に使われては敵わないと油と火矢を丸太にかけていた。
「………あれ?どうやって城に戻ろう……」
戦いながらも日陰はそう思った。
「ちょっと、徐庶!日陰はどこいったの!?」
「じゅ、荀イク様、おち、落ち着いてくださいぃぃ」
徐庶の肩をグラグラと揺らす荀イク。
「徐福さんはいきなりあの絡繰に飛び乗って外に出ていかれてしまいました」
「なんですって!?なんで止めなかったのよ!」
「そ、それが余りの出来事に反応できなくて………」
揺すられて頭がぐわんぐわんとしながらも答える徐庶の言葉に荀イクは顔を真っ青にした。
「なんでこんな時に外に出るのよ、あの馬鹿は!早く連れ戻しなさい!」
「む、無茶言わないで下さいよぉ」
今や、徐福が出ていった絡繰は呂布により使い物にならなくなっていた。
城門を開ければ、敵の侵入を許してしまう。
目と鼻の先ではあるがその間は絶対の孤島となっていたのだ。
「―――落ち着きなさい、桂花」
「か、華琳様……」
そこに曹操が現れる。
「徐庶、貴女は指揮に戻りなさい」
「は、はい。失礼します」
「桂花、日陰ならそんな簡単にやられはしないわよ」
「………はい」
「今は城を守ることに専念しなさい」
荀イクは曹操の言葉に城壁の外を一度見て、手をギュッと握りしめる。
「そして、日陰が帰ってきたら目一杯叱ってやりなさい」
「はい!」
そう言って荀イクは己の仕事をしに城壁の上を駆けていく。
「………絶対に帰ってきなさいよ、馬鹿……」
その荀イクの呟きは風に流れていくのだった。
「…………?」
日陰は何か悪寒を感じ、身を震わせた。
「どうかしたのか、日陰?」
「………いえ、別に」
そしてもう何合目になるか、戦斧と卒塔婆が重なりあう。
「…………」
消耗戦になれば不利なのは日陰の方だ。卒塔婆のストックは限りがある、しかも華雄相手では消費が二倍である。
戦いながらも頭を巡らせる日陰。
いや、打開策はもう既に練り上がっていた。
しかしそれを実行する機会が掴めないでいたのだ。
――――バキンッ。
そして壊れた卒塔婆で周りが埋め尽くされ始めた頃、その機会が来たのだ。
「華雄、交代だ。アンタは休め」
「ここはたんぽぽたちが引き受けるよ」
「馬超!?馬岱!?私はまだ戦えるぞ!」
そこに馬超たちがやって来たのである。
「いや、朱里たちからの指示なんだよ」
「くっ。日陰、この勝負、預け―――」
と日陰の方を見ると…………。
―――スタタタタッ。
日陰が逃げていた。
「なッ!?」
そして城壁に卒塔婆を突き立てて、城壁を登っていく。
ロッククライミングな感じに………。
日陰の打開策、それは逃亡だった。
日陰にとって初めから勝ち負けなどは眼中になかった。勝つために策は練らず、負けないために策を練る。
日陰とはそんな男だ。
「………全く。熱くなるのは僕らしくないですよね」
下でギャアギャア言っている華雄を見て、日陰は呟く。
基本的には時間稼ぎが日陰の役目だ。
「絡繰が壊されてしまったのは、惜しかったですが…………良しとしましょう」
と遥か彼方、劉備軍の後方を見る。
「これでなんとか間に合うでしょう。…………はぁ。多分、また怒られるのだろうなぁ」
荀イクにまた怒られることを想像したのか、身震いをする日陰であった。
そして戦いが始まって5日後の朝、それが見えた。
劉備軍の後方に砂塵が上がったのである。
最初は劉備の援軍かと思ったが、砂塵が近づくにつれて見えてくる牙門旗は見慣れたものであった。
それは遠征に出向いていた魏の主戦力であった。
夏侯惇たちの到着により、浮き足だった劉備軍を曹操は城門を開け、挟撃した。
これにより劉備軍は敗走。魏の鬨の声で戦は幕を閉じた。
そして、荀イクの執務室では………。
―――ガシャン。
荀イクがのび~るアーム片手に仁王立ち。その前には日陰が正座させられていた。
戦は終われど日陰の説教はまだまだこれからだった。




