32話 仁と覇の譲れない戦い
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「…………」
何故か、魏の国には将軍たちが居なかった。
今、城に詰めているのは曹操、荀イク、程イク、李典、そして日陰だった。
「桂花様、どちらにいらっしゃるのでしょうか?」
そして日陰は荀イクを探して、城を歩いていた。
「………」
そして立ち止まるのは玉座の間。
「………ここでしょうか?」
そして、日陰はその扉に手をかけ…………。
「徐福さん!」
とその時、兵の一人に声をかけられた。
「……どうかしましたか?」
「それが、蜀、劉備の軍勢を国境付近で目撃したと報告がありまして………」
「……………」
将の居ないこの時を狙ったのか、どうやら劉備たちが攻めてきたようだった。
「そうですか、分かりました。僕は準備に取りかかります。曹操さんへの報告はお願いします」
ぺこりと頭を下げて、日陰は執務室へ向かう。
己の主が今後必要となるであろう資料を揃えに…………。
「こないな時に攻めて来るやなんて………」
もう既に目前まで迫る蜀の軍勢を見て、李典が呟く。
「真桜、準備は出来たの?」
「もう出来とるで~」
「華琳様が戻り次第、出るわよ」
「任せとき!」
「日陰!」
「……はい、ここに。桂花様」
「アンタは後方で補佐をお願い」
「承りました」
こうして蜀と魏の戦いが始まった。
「日陰!」
「ここに……」
「貴方には副官として徐庶を付けるわ。後方にて兵の増援をしてちょうだい」
「御意」
日陰に指示をしていく荀イク。
「それと………いえ、いいわ。もう行きなさい」
「………承りました」
と日陰は準備へ向かうのだった。
劉備との舌戦を終え、曹操は城を出て陣を展開させる。
定石で言うならば、ここは籠城すべきところではあるが、覇王たる曹操はそれを是とはしなかった。
だが、それは結果として失策となる。
万全の体勢で攻めてきた劉備の大軍の前にいくら魏の精兵と言えども数の暴力に徐々に圧されていったのだ。
「徐福さん、荀イク様並びに李典様から増援の要請が来ております」
徐庶が日陰へ報告する。
「……………」
それを聞きながら、日陰は戦場を見渡す。
「徐庶さん、あと送れる兵はどれくらいですか?」
「そ、それが…………」
徐庶の顔が曇る。
「こちらの守りを考えますと…………不可能かと」
そう。既に送れるだけの兵は送ってしまっていたのだった。
「………では守りを考えなければ、あと少しは送れるのですね?」
「………え?で、ですが、ここを捨てられては敵に城を明け渡すようなもので………」
「ここは僕が守ります。徐庶さんは両翼に送る増援の指示をお願いします」
「……分かりました。よろしくお願いします」
と徐庶は一礼して、他の兵に指揮をしに行く。
「……あ。後、僕に誰も近づけないでくださいね」
間違うといけないから、と付け加える。
「駄目ね。このままじゃ押しきられる………」
左翼の指示をしていた荀イクは目の前で繰り広げられる戦闘に苦い顔をする。
「真桜の方もなんとか持ちこたえてる感じね………これは一時撤退しか………」
後曲からの増援も明らかに少なくなっていた。それはもうこちらに割く兵が居ないのだと荀イクも分かっていた。
「華琳様、これ以上は持ちません」
荀イクは前曲で刃を振るう曹操を見る。
「―――華琳様ッ!?」
そこには数人の兵しか周りに居らず、敵に囲まれた曹操の姿が映った。
「邪魔ぁぁ!!」
曹操は前線で鎌を振るう。
「ふっ、私自ら鎌を振るうとはね………」
余裕の表情を表に出してはいるが、内側では自分の失態に薄々と気づいている曹操。
しかし、己の理念の為ならばそれも是とするのが覇王。
理念を曲げるくらいならば死んだ方がマシと思うのが覇王。
「雑兵ごときが我が前に立ちはだかるな!我が相手は英傑のみぞ!誰か居らぬのか!?曹孟徳はここぞッ!」
そう声高々に宣言する曹操。
「ならば私がお相手しよう」
と現れたのは…………。
「関羽か………」
「曹操、我が主の理想の為、ここで退いてもらうぞ!」
「ふっ、やれるものならやってみなさい!」
両者得物を構える。
『はぁぁぁ!!』
――――ガキンッ。
得物同士が瞬時に交わる。
(くっ、流石は関羽か。一撃が重い。これでは何合も打ち合えないか………)
関羽の豪撃に手が痺れる感覚を覚える曹操。
絶体絶命の局面に立たされた曹操。
そして更なる脅威が曹操の下へ現れる。
「………見つけた」
残り僅かな兵を吹き飛ばしながら現れたのは…………。
「………呂布か」
天下無双の飛将軍、呂奉先だった。
「恋か、助かる。曹操は私が受け持つから、恋は周りの兵を………」
「――――遅い」
と呂布は関羽の言葉を聞かずに、曹操へまるで動物の反射の如く速さで迫る。
(――ッ!?防御が間に合わない!)
「華琳様が危ない!」
荀イクは敵に囲まれた曹操を見て焦る。
今、曹操を討ち取られれば魏は瓦解する。
「誰か、援護に――――」
回せなかった。
李典は敵を受けるので手一杯だ。荀イク自身も同じだった。日陰にはもう回せる兵が残っていない。
(日陰自身なら………いいや、駄目!アイツなら迷わず、あの中にも突っ込む。私が命じれば必ず…………。でもそれは助ける自信があるからじゃない。必ず死ぬと分かっていてもアイツは行く。そう、アイツは勝算がなくても、迷いなく戦う)
荀イクは思う。日陰なら迷いなく、死地へと向かうだろうと。
(だけど、それは駄目。そんなことをすればアイツはこの前みたいに………いや、火傷程度で済むわけがない)
今の条件からではどんな希望的に考えても一人は失う。そして最悪なら…………。
(いつから私の中でアイツの存在が華琳様と同じになったのかしらね………)
荀イクは考える。
己の主と副官を助ける方法を………。
だが、それより速く動いた者がいた。
“承りました”
そんな言葉が聞こえた気がした荀イク。
(くっ。私の覇道もここで終わるのか………)
曹操は覚悟を決めてか、目を瞑る。
だが、一向にこない衝撃に疑問を覚える曹操。
痛みも感じる暇もなく殺されたのかと、思ったがまだ地に足の着いた感覚は確かにあったのだ。
「………あまり簡単に諦めてもらっては困ります」
目を瞑り、視界を閉ざしているためか、平淡な声が耳元で尚更ハッキリと聞こえた。
「貴女が諦めては我が君は誰を支えればいいのですか?」
曹操が目を開けると目の前に漆黒の外套が靡いていた。
「それに貴女が死んだら、我が君が悲しみます」
平々淡々。そんな言葉はないのだが、曹操の頭にそんな言葉が浮かんだ。
「それとも、もう疲れたのですか?覇王たらんとする重責に耐えられませんか?」
そう言った本人が振り返る。
その目はギラギラと白銀に光っていた。
「………日陰?」
そこに立つは徐福。魏で唯一曹操に仕えず、その軍師荀文若に仕える文官だ。
だがその反面、魏の大剣を策を弄してではあるが負かし、飛将軍呂布とも得物を交え、洛陽の門前では数十万もの軍を相手に五日間も戦い抜いた“不殺”の将。
それが今、曹操に振るわれた呂布の戟を受け止めていた。




