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31話 虚実の想い







―――――――――――――――





「……………」


「ねぇねぇ、日陰さん。あれ、食べたいなー」


「ちょっと、なんで天和姉さんだけ買ってもらおうとしてるのよ!ちぃも、ちぃも!」


「姉さんたち、あまりはしゃがないでよ。恥ずかしいわ」


何故か、今、日陰は張角たちを引き連れて町を歩いていた。


いや、正確に言うなら張角たちが日陰を連れ回していた。


日陰が日用品の発注をしに来た帰り道。ばったりと張角たちに会ったのが日陰の運のツキだった。


「………これですか?」


と張角が指さした桃まんを3つ買う日陰。


「わぁ~、ありがとね、日陰さん♪」


日陰の腕に抱きつく張角。


「ごめんなさい。姉さんたちが我が儘を言って………」


「いえ、構いませんよ」


遠慮なく桃まんを食べる二人に代わり、謝罪する張梁。


「ちょっと、天和姉さんくっつき過ぎ!離れなさいよ!」


「なによ~、ちぃちゃん。別にいいじゃない。ねぇ、日陰さん?」


日陰に確認と取る張角。


「………はぁ」


気のない返事は決して腕に当たる柔らかな双丘のせいでなく、日陰の素である。


「ちょっと、天和姉さん」


「なに、人和ちゃんも日陰さんに抱きつきたいの?いいよ、もう片方なら空いてるから~」


「違うわよ。あまり抱きついてると瓦版屋に狙われるって言ってるのよ」


と張梁は後ろを見る。


そこには筆を片手に隠れる瓦版屋が居たのだった。


「えぇ~、別にお姉ちゃん、困らないもん」


「はぁー。これは天和姉さんだけの問題じゃないのよ」


張梁はそう言うと張角を日陰からひっぺがす。


「ぶ~ぶ~」


口を尖らせ、不貞腐れる張角。


「それにあまり日陰さんにベタベタしてると、城の侍女さんや桂花さんに後ろからグサッ、だよ?」


「え?侍女さんたちは分かるけど、桂花さんも?」


「あれ?でも桂花は男嫌いじゃなかったけ?」


張梁の言葉に張角、張宝が首を傾げた。


「それはそうだけど、日陰さんは別らしいのよ。それに城の中じゃかなり噂だってるみたいよ」


とそんな女の子特有の恋バナに花咲かせている三人の横で日陰は立ったまま放置されていた。


「………後、何か買い足すものあったかな?」


いや、他事を考えていて、話は聞いてないようだ。












張角たちと別れた後、日陰は特に用事も無いので城へ帰ることにした。


そしてその道中で……………。


「あら、そこのお兄さん、寄ってかない?」


と声をかけられた。


「…………僕ですか?」


日陰は声の方をを向くと、そこには一つの占い小屋があった。


小屋と言っても机となにやら怪しげな物が置かれているだけだが。


「そうよ。そこの真っ黒なお兄さん。他に人なんて居ないじゃない♪」


外套で顔は見えないが声や口調から女だと分かる。


その女の言葉を聞き、日陰は一度周りを見渡す。


「………?」


人が居なかった。


ここは魏の国でも小さくはない道の一本なのだが、いつもなら行き交う人で溢れかえることもしばしばある通りだ。


それに人が一人も居なかった。


「………それで僕に何かご用ですか?」


と日陰は女に向き直る。


「あら、驚かないのね。ふふふ、ホントいい男になっちゃって………」


「僕は僕の人となりが分かるほど貴女と関わりを持った覚えはないのですが―――――管輅さん」


「あらあら、こっちが驚いちゃったわ♪覚えててくれたのね、徐福ちゃん」


女―――管輅はクスクスと笑う。


「えぇ、僕に名をくれた人を忘れたりはしませんよ。それで僕に用ですか?それとも―――“私”に用ですか?」


ギラリと日陰の目が白銀へ変わる。


「残念だけど、今日は徐福ちゃんに用なのよ。貴方はお呼びじゃないわ♪」


「………そうですか」


と日陰の目は元の暗黒へ戻る。


「それで何ですか、用って?」


「あらあら、冷たいのね。私はもっと貴方と喋っていたいのよ?」


外套から出ている口が笑う。


「僕は我が君の手伝いがありますから………」


「まぁまぁ。………用ってのはその貴方の君の事なんだけどなぁ~♪」


女がニヤリと笑う。それは日陰がピクリと反応したことを見たからだろう。


「………早めにお願いします」


それを分かりながらも、気にも留めない。


今の日陰はいつもと違う。洛陽にいた日陰でも、魏にいる日陰でもなかった。


それは日陰の――――――。


「まぁ、別に貴方の君本人のことじゃないわ。その貴方の君への想いについてよ」


管輅は言う。惑わすように、騙るように……。


「貴方は考えなかったかしら?今まで他者に何一つ興味のなかった貴方が、一目惚れなんて“ヒトのような”想いを持つことを………」


管輅の言葉が深く日陰に染み落ちる。


ぽつんぽつんと雨漏りをするように、奈落のような瞳から日陰の心に染み落ちる。


「それが誰かの仕業だとは思わない?例えば………世界を管理する者の一人とか………」


笑みを深くする管輅。


「貴方のその感情は偽りの、他人から与えられた想い。それで行動し続けるのはどうなのかしらね?貴方に他意はなくても偽りの感情を抱いたまま仕えるのはその人を騙していることじゃないのかしら?」


「……………」


日陰は何も言わず、女を……管輅を見る。


「そんな騙し騙しはいつか綻ぶわよ。そんなごっこ遊びで嫌な戦いをする必要は無いわ」


途端に管輅が優しい声色に変わる。


それはまるで蜂蜜のように甘く、そしてネバネバと体に纏わりつく言葉。


「貴方が董卓ちゃんの誘いを断ったのは、ただ貴方の君の為じゃないわ。貴方は知っているのよ。いくら自分が平和な、平穏な暮らしをしていたとしても、周りから漂う戦の匂いを………。いくら自分が戦わないからと言っても周りが戦っていることを………。―――それすら耐えられない自分を……」


管輅は腕を広げる。


「でもね、私の下ならそんなことは無いわよ。私の下なら決して争いなんて起きないわよ、徐福ちゃん」


その場に管輅の声が反響し、増幅し、共振する。







「――――それでも僕は我が君に、荀文若様にお仕えします」








「……………へぇ」


管輅は広げていた腕を閉じる。


「例え仕えたきっかけが偽りでも、今この時の気持ちは僕がここまで過ごしてきて、想い、感じ、積み上げてきたものです」


「……………」


今度は管輅が押し黙る。


「それでは僕は失礼します」


そうして日陰は城への帰路に戻っていく。












「ホントにいい男になったわね、徐福ちゃん………」


町に人通りが戻るが、誰一人管輅を見ることはなかった。


それはまるで見えないかのように………。


「例え偽りであろうともその想いを持ち続けて真実にする、か………。でもそれすら嘘なのだとしたら、どうするの?……徐福ちゃん……いえ、麒麟の仔」


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