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27話 臨時警備員






―――――――――――――――






「興行の警備、ですか?」


「そうよ。今回は今までにないほどの規模で興行をするの。だから凪たち三人では手が足りないのよ」


玉座の間に呼ばれた日陰は曹操の横に立つ荀イクに説明されていた。


「それで日陰にも応援に行って欲しいのよ」


曹操がそう続けた。


ちなみに日陰の真名については荀イクが呼ぶようになってから魏の皆も呼ぶようになったのだった。


「はぁ、それはいいのですが……。僕は指揮出来ないのですよ?それでもお役に立てるのでしょうか………」


「大丈夫よ、それは」


日陰の疑問に荀イクが答える。


「アンタの仕事は興行の警備と言ってもただの警備じゃないわ。………張三姉妹の護衛よ」


「…………え?」










ところは変わって張三姉妹の事務所。


「ねぇねぇ、人和ちゃん。今日の舞台って今までのと比べ物にならないくらい大きいんだよね~?」


「そうよ、天和姉さん」


張角は張梁にそう訊ねた。


「なら~、それが成功したらお給金だってい~ぱい入るんだよね?」


「そうね。今回は華琳様たちの方でも人員や舞台設置をまかなってくれてるし、いつもよりは多いと思うわ」


それは嬉しいことなのだろう。いつも無表情な張梁も心なしか嬉しそうである。


「じゃあさ、じゃあさ、これが終わったら一報亭に行きましょうよ」


そこで張宝も話に加わってきた。


「そうそう。お姉ちゃんもそれが言いたかったんだよ~。ねぇ、いいでしょ~、人和ちゃん?」


「はぁー。何言ってるのよ、二人とも。今回の収益は次回の公演の予算にするに決まってるじゃない」


『えぇ~!?』


張梁の言葉に不服そうな顔をする二人。


「………まぁ、でも焼売三人前くらいならなんとかなると思うわ」


と張梁は悪戯っぽく笑うのだった。


「もぅ~、人和ちゃんの意地悪~」


「そうならそうと早く言いなさいよね」


「はいはい。それよりもうすぐ迎えの人が来るんだから用意済ませてよね、姉さんたち」


パンパンと手を叩く張梁に急かされるように支度を再開した二人。


「そう言えば、今日迎えに来る………何だっけ?」


「徐福って人よ」


「そうそう。その徐福って人ってどんな人なのかな?」


「カッコいい人かな~?」


「さぁ、私もよくは知らないけど………」


「けど?」


「その人、あの“不殺”らしいわ」


「“不殺”!?……ってあの洛陽で数十万の大軍相手に一歩も引かなかったっていうあの!?」


「確か~、五日間その場に立ち続けたって聞いたよ、お姉ちゃん」


「噂では泰山ぐらいの空を見上げる大男だって……」


「ちぃは岩のような巨漢だって……」


三人が三人筋骨隆々の大男を想像していた。


噂とは尾ひれが付くものである。






「……すみません」


三人の準備ができた頃、扉越しに声が聞こえた。


「張三姉妹様をお迎えにあがりました」


「はーい、今行きます」


張三姉妹は期待半分、不安半分で扉を開けるとそこには……………。


「今日は天和ちゃんたちの警備ができて、自分、嬉しいッス」


一般的な鎧を身に纏った兵がいた。


「………えぇと、貴方が徐福さん?」


「えっ、自分ッスか?違いますよ、自分は――――」


「僕が徐福ですよ」


兵が興奮気味に自分の名を名乗ろうとした横から声がした。


張三姉妹は声のした方へ目を向けるとそこには全身が常闇のような黒で統一されているほかはいたって平凡な男がいた。


……まぁ、日陰である。


「え?貴方が………?」


まだしも先ほどの兵の方が説得力がある。日陰は見るからに武官という雰囲気ではないのだから。


「はい。我が君の命により、この度の興行の間身辺警備の任を任されました徐福です」


ペコリと頭を下げる。


それにつられて三人も頭を下げてしまった。


「それで唐突で悪いのですが、兵を数人連れて来たのはいいのですけど…………僕、人を使えなくて……。出来れば配置の方をお願いできますか?張梁さんがそういったのが得意だとお聞きしましたので……」


「え、えぇ。構いませんけど……」


「ありがとうございます。それでは舞台設置場所までご案内します。詳しくはそちらで………」


そう言うと日陰はクルリと反転する。


それに付いていく三人。







「ねぇ、人和。ホントにあれが“不殺”なの?」


「さぁ、分からないわ。私も見るのは初めてだがら。それに名前は聞いてもあまり表に出てこない人だから……」


こそこそと後ろで話す張宝と張梁。


「………」


そして張角は日陰の後ろ姿をぽけ~と見ていた。


「ねぇ、お兄さん。あの人が徐福なのよね?」


と張宝が兵の一人に声をかける。


「は、はいッス。徐福さんです」


「私たち曹操様に仕えて長いけど、初めて見るんだけど……」


「そうッスね。徐福さんは基本は文官補佐として働いてますから、あまりお会いになれないんだと思うッス」


「それでも文官の方とも結構会ってるんだけどなぁ………」


「あぁ、それは………荀イク様専用だからッスね」


『………は?』


「徐福さんは荀イク様にお仕えしてるんス。だから将の位も官としての位も曹操様から受けてないんスよ」


三姉妹のファンな兵は三人と喋れるのが嬉しいのか喋るペースが止まらない。余分な話まで口から溢れる。


「文官としてもスゴいのは荀イク様が認めてることからも分かるッスけど。武の方もスゴいんスよ。洛陽での不殺に始まり、夏侯惇将軍を小指一本で相手したとか、孫策の軍勢を火を纏いながら撃退しただとか、人とは思えない偉業の数々ッスよ」


噂とは尾ひれが付くものである。


「どうかされましたか?」


とそこで日陰が振り返る。


無表情ないつもの顔だ。そして数十万もの大軍を相手取ったとは思えないほどに長閑のどかで、間の抜けた顔だった。


「いえ、なんでもな―――」


「あーッ!!思い出した!」


張梁がなんでもないと言おうとすると唐突に張角が叫ぶ。


「ちょっと姉さん!いきなり大声出さないでよ!」


「あ、ごめんね、ちぃちゃん」


「それで天和姉さん、何を思い出したの?鍵を閉め忘れたとか?」


「違うよ~。お姉ちゃん、ちゃんと閉めたもん。そうじゃなくて、徐福さんのことだよぉ」


「ん?僕ですか?」


「うん、そうだよ。徐福さん、私たちと一度会ってるんだよ」


「そうだったけ?ちぃは覚えてないんだけど……」


「えぇ~。人和ちゃんは覚えてない?前に洛陽で凱旋公演しようとした時に………」


「……ッ!?あの時の黄巾党の人!確かに、似てるかも……」


「……あぁ!思い出した!あの時は呂布に殺されそうになった時に………そうだわ、黄巾のくせしてちぃたちの名前もろくに覚えてなかった奴よ」


三人が各々日陰を思い出す、が…………。


「………?」


日陰は例の如く忘れていた。


「ちぃはてっきりあの後呂布にヤられちゃったんだと思ってた」


「でも、あれ?徐福さんは洛陽に居たんだよね?」


「……呂布さんに僕は拾われて、洛陽で働いていたんです」


話の流れから適当な情報を口にする日陰。


とりあえず空気を読むことができる日陰であった。


「そうなんだ~。あの時はありがとね♪私は天和だよ。良かったら真名教えてくれる?」


「……日陰です」


「あぁ!姉さんだけズルい!ちぃは地和だよ」


「まぁ、私たちはあまり本名じゃ名乗れないし、真名の方で呼んでもらった方がいいのよね。ちなみに私は人和」


「はい、分かりました。地和さんに人和さんですね」


「真名は正確に判断できるのね……」


と四人が真名を交換し合うと………。


「あ、自分は―――」


チャンスとばかりに先ほどのファンの兵が真名を口にしようとするが…………。


「あぁ!!やっと来たの!」


于禁が日陰を見つけ、大声を出した為それが聞こえることはなかった。


「日陰、遅いっちゅうの」


于禁と李典が日陰たちに近づきながら言う。


「舞台設置の準備で忙しいんやから、はよ手伝ってや。今は猫の手でも借りたいんやから」


「え、でも僕は護衛の配置について人和さんと打ち合わせを………」


「そんなもん、人和に任せとき。どうせ、日陰には何も出来へんのやから。こっちで体動かして働いた方が何倍も有益っちゅうもんやで」


と日陰の首根っこを掴んで引っ張っていく李典。まるで猫でも扱うかのように………。


「じゃあ、日陰は貰っていくの。人和ちゃんは警備の配置ヨロシクなの!」


于禁もピースをして李典を追っていく。






「なんだか想像してたのと違うわね」


張宝が引っ張られていく日陰を見ながら苦笑いを浮かべる。


「まぁ、所詮は噂ってことでしょ。それより早く配置を決めちゃわなくちゃ。仮設の控え室はもう出来てるんですよね?」


「はいッス」


残された三人と兵たちは仮設の控え室に向けて歩き出す。


いや、一人、張角だけが未だ引っ張られていく日陰を見ていた。


「ちょっと、姉さん行くわよ。もう、ぼさっとしてるんだから……」


張宝がそれに気づいて声をかける。


「あ、うん。今、行くね」


それに応える張角だが、未だに目は日陰を見ていた。


「姉さんー、置いてくわよ!」


「あぁん、待ってよ。二人とも~」


そして今度こそ二人の後を追う張角。


「日陰さん、か…………」


そんな呟きを残して…………。


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