25話 山なし落ちなし
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「鈴々たち、大丈夫かな?」
長坂に唯一架かる橋を越えて少し行った所に荷台を崩してバリケードを作っていた北郷は橋の前に残った二人を思う。
「恋殿が一緒なのですぞ。大丈夫に決まってます。だからさっさと手を動かすのです」
「あぁ……そうだよな」
陳宮に言われ、今は自分に出来ることをしようと決めた北郷。
「………」
日陰が徐州へ向かって歩いていると、目の前に陣を張った集団に出くわした。
旗は十文字と陳。
「どうしましょうか………」
そうは言うもののここ以外に通り道がないので、日陰は進むのだった。
「すみません。通ってもいいですか?」
「―――え?」
日陰が後ろから声をかけると驚いたように北郷が振り向く。
「徐福さん!?なんで、ここに!?」
「どうも。えぇと………西郷さん?」
「北郷ですッ!」
「何を騒いでいるのですか………って日陰!?なんでお前がここにいるのですか!?」
「………あっちから歩いてきました」
北郷の声を聴きやってきた陳宮に同じ質問された日陰は来た方向を指す。
日陰としては早く主の下に帰りたいわけで…………。
「それで今、魏の方々はどちらに?」
「徐福さん、知って……」
「そのやり取りは二度目です。先に答えるならあなた方の置かれた状況は知っていますし、更に言うなら僕は邪魔しません。ただ我が君の下へ帰りたいだけですから」
「…………」
唖然とする北郷と陳宮。
それもそのはず、日陰がここまでハキハキと喋る姿など初めて見るのだから。
「それでは通らせてもらいますよ」
もうすぐ荀イクに会えるからなのか、心なし早歩きでその場を後にする日陰であった。
長坂橋では曹操、劉備の両軍が睨み合っていた。
魏は夏侯惇、夏侯淵、張遼、許緒の四名。と百程度の兵だ。
一方劉備軍は張飛と呂布、ただ二人であった。
だが、両軍は睨み合っていたのだ。
一騎当千の二人の猛将の前に一般の兵たちはその気迫に当てられて竦み上がっていた。
張遼は呂布と、夏侯惇は張飛とお互いに対峙するが、互いに苦戦を強いていた。
張飛と呂布は最愛の人の為、この場を死守するつもりなのだ。
人は時に実力以上の気迫を発することができる。それが相手に誤認させる。
自分が対峙している者の実力を………。
それは奇しくも日陰と似ていた。
日陰が何万の相手に引けを取らないのは気迫と気迫のぶつかり合いに負けないからだ。
武人は一兵卒から将軍まで戦う前に気をぶつけるのだ。
たが日陰のそれは違った。
気を飛ばしても日陰は飄々と流すのだ。そして日陰からは気迫が飛んでくる。
それを他人は誤認する。
まるで気負けしたかのように………。
今回の場合はそうでなく、ただ単に飲まれてしまっているだけだが………。
だからこそ、夏侯惇は決死の覚悟で特攻しようとしたのだし、夏侯淵はそれを止めようとしたのだ。
しかしそれは後方から追いついた曹操に止められた。
そして曹操は張飛と呂布の覚悟を察し、その場を収める。
「本当に追ってこないのだ?」
「えぇ、曹孟徳の名に誓うわ」
張飛は曹操に確認を取り、橋を少し渡ると振り返る。
「追ってきてもいいけど、痛い目見ても知らないのだ」
「ふふ、私が橋向こうの葉擦れの音に気づいてないとでも?」
「そうは思ってないけど、気づいてなかったら嬉しいなぁ、って程度なのだ」
「そう、ならもう行きなさい。劉備に首を洗って待ってなさい、と伝えてちょうだい」
「分かったのだ」
そう言って張飛と呂布は橋を渡って行く。
「………あ」
橋を渡ったところで日陰と鉢合わせる二人。
「……どうも」
ぺこり、と頭を下げる日陰。
そして何事もないかのように歩き出す日陰。
「……日陰」
「どうも、お久しぶりです。先程、ねねさんや月さんたちにも会いましたよ。お元気そうでなによりです」
すれ違い様に言いたいことだけ伝える日陰。
それを目で追う呂布だったが、決して追いかけることはしなかった。
「さぁ、引き上げるわよ、春蘭、秋蘭」
「はっ」
「あ!華琳様、あれ!?」
引き上げの準備にかかろうとすると許緒が声を上げて、橋の向こうを指す。
「………どうも」
手を上げて、挨拶する日陰。
こうして、不殺の将はなんの山もなく落ちもなく、ぶらりと魏へ帰還したのだった。




