表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/57

17話 全ては我が君の為に








―――――――――――――――






「よっ。日陰、何してんねん?」


「あ、霞さん。少し書簡の整理を」


日陰が書庫で書簡の整理をしてると扉の所から張遼がひょこっと顔を出す。


「なんや?桂花に言われたんか?」


「いえ、この後使うと思うので事前に……」


「頑張るなー、自分?」


「そりゃ、我が君のためですから」


そう言って再び整理を始める日陰。


「変わったな、日陰」


「そうでしょうね」


「自覚はあるねんな」


「霞さん。他人は自分を写す鏡だって知ってますか?」


「なんや、それ?」


日陰は手を休めず、振り返らずに言う。


「その人の周りに集まってる人を見れば、その人の性格なんかが分かるんですよ」


「あぁ、ま、分からんでもないな」


「それは人が他者への影響力が云々と言う意味合いだけではないのですよ」


深々と言葉を紡ぐ日陰。


それは隻腕の商人か、嘘つきな政務官のように………。


「それは人の他人への感受性の高さを意味しているのですよ」


「他人への感受性?」


「例えるならば、憧れ。あの人のようになりたい、あの人のように振る舞いたいと他人を模倣する。それもまた感受性です」


僕はそれが人一倍高いんです、と日陰の後ろ姿に張遼は誰かを重ねていた。


それは覇道を歩む少女だったかもしれない。それは王を支える少女だったかもしれない。また、自分だったかもしれない。


「その言い方じゃ、まるで自分が無いみたいに聞こえんで」


「さて、どうですかね。僕は僕ですよ」


その言い方に曹操と初めて会った時のあのギラギラと輝く目をした日陰を思い出す張遼。


「まぁ、ええわ。今日はそないなこと聞きに来たんとちゃうからな」


「そう言えば何故、ここに?」


「書庫には用は無い。日陰を探しとったんや」


「僕を?」


そこでクルリと張遼に振り返る。


その眼は勿論、銀色ではなく奈落の底のような暗黒だった。


それを見て、張遼はホッとしたように中へ入ってくる。


キョロキョロと辺りを見渡してから、だが………。


「……何か内密な話ですか?」


その様子に日陰は首を傾げる。


「いや、内密ちゅうか………。まぁ、あんまり人に聞かせるような話やないんやけど」


と粗方、周りを確認した張遼は日陰の耳元に口を近づけ………。


「………月のことやねん」


あぁ、と思う日陰。


曹操自身はもう既に董卓のことなどは構ってはいないが、曲がりなりにも反逆者として討伐された者のことだ。表立って話すことではないだろう。


「月さんならおそらくは逃げ切れたと思いますけど、僕も最後まで見たわけではないので………」


「ちゃうちゃう。そうやないねん、ウチは見たんよ。月っちを………」


そうして張遼は言う。


日陰が洛陽の門前で気絶した後、連合軍は洛陽へ入り、董卓が居ないため都の復旧作業をしていた。その時、劉備の軍に董卓と賈駆の姿を見たことを。


「別に嫌々ってわけやなかったし、おそらくはあの劉備っちゅう嬢ちゃんが保護してくれたんやと思う」


「……そうですか」


「まぁ、それがどないしたってわけやないんやけど、一応日陰には言うとこうと思ってな」


「それはわざわざ、ありがとうございます」


「ええよ。ほな、ウチはもう行くわ。頑張りや」


張遼は書庫を出ていった。


そして残った日陰は…………。


「劉備…………はて、どこかで聞いたことのあるような?」


確かに会って、話しているのだが………。


「まぁ、思い間違いですかね」


人の顔や名前を覚えるのが苦手な日陰だった。実は言うと魏の人たちのことも張遼と荀イク、曹操以外覚えてなかったりする。


「さて、整理の続きをしますか」


これで私生活に支障がないのだから不思議である。










「ちょっともう少し離れて歩きなさいよ」


只今、賊の目撃情報があり、近くの森を探索中。


後ろを歩く日陰に荀イクは言う。


「はい」


それになんの苦言も溢さず、一歩下がる日陰。


「ふん。アンタの位置はそこよ、覚えておきなさい」


「はい、荀イク様」


「……ふふ」


「何よ、凪……」


すると二人の後ろにいた楽進がクスリと笑った。


今回の探索は荀イク、日陰そして賊を見つけた場合にと楽進と数人の兵を連れてきていた。


「いえ、すみません。ただ桂花様も変わられたと思いまして」


「はぁ?変わってないわよ」


そう言って歩いていく荀イク。


それに付き従い歩く日陰。


前までの荀イクなら男が一歩後ろを歩くなど考えられなかったのだが………。


それを微笑ましく見る楽進だった。








――――ガサガサ。


「ッ!?」


しばらく歩いていると茂みが揺れる。


「桂花様ッ」


「分かってるわ。凪たちは見てきて」


「はっ」


「皆、気をつけろ。賊が隠れてるかもしれないからな」


楽進は注意を促しながら茂みの中へ入っていく。


「………徐福、桂花様を頼んだぞ」


「………」


それにコクリと頷きを返す。






楽進たちが茂みの捜索に行って、しばらく経った。


「遅いわね………」


荀イクは楽進たちが消えていった方向を見て、呟く。


「そうですね。もしかしたら先程のは野兎か何かでしょうか?」


「まぁ、賊が居ないに越したことはないわ…………ッ!?」


「どうかされましたか、荀イク様?」


なにやら身を震わせた荀イク。


「………アンタ、ちょっとここにいなさい」


と反対側の茂みに入っていく荀イク。


「あ、荀イク様。お一人になるのは危険で―――」


「いいからそこから動くんじゃないわよ!」


後を追おうとした日陰を荀イクが止める。


「いいわね。これは命令よ」


そう言って荀イクは茂みの中へ消えていく。


「………承りました」


そう呟く日陰は荀イクの背中を見続けていた。








茂みの中へ入った荀イクは辺りをキョロキョロと確認した後にそこに下着を脱ぎ、しゃがみこむ。


まぁ、所謂しぃーしぃーポーズである。←作者しか言わないかもしれない。


隠語を使うならお花を摘みに来たのだ。


まぁ、ぶっちゃけ尿意を催したのだ。


「ふぅ~………」


それにしても荀イクがこうして足しているとなんだか犯罪臭がするのは気のせいだろうか?


――――ガサガサ。


とそこで荀イクの近くの茂みが揺れる。


「ひぃ。な、何?」


――――ガサガサ。


と出てきたのは兎だった。




一応、断っておくが、動物の兎だ。絶賛ヤンデレ中の彼女ではない。




「なによ、ただの兎じゃない。驚かせるんじゃないわよ………」


ホッとしたように胸を撫で下ろした荀イク。だったが…………。


「アニキ、今女の声がしませんでしたか?」


反対側から声が聞こえた。


「おっ。なんだ、中々の上玉じゃねぇか」


茂みの中から柄の悪そうな男たちが現れる。見るからに盗賊の男たちだ。


「へへへ。今日はツイてるぜ」


荀イクを見て、下品な笑いを浮かべる盗賊たち。


「な、なによ、ち、近づくんじゃないわよ」


声を震わせながらも、虚勢を張るが………。


「なに意気がってんだよ、そんな格好でよ」


そう言われて自分が下半身を晒していることを思い出す。


慌てて履き直すが、男たちの下品な笑いは絶えない。


「わ、私は曹操軍の者よ。て、手を出したらど、どうなるか……」


「あぁん?曹操軍だ?」


一瞬、怪訝な顔をする族だが……。


「そうよ。徐福さっさと来なさい!」


日陰を呼ぶ荀イク。


その言葉を聞き、賊は辺りを警戒し始める。


……………………。


「なんだ、ただのハッタリかよ。ビビらせやがって」


だが、日陰は来なかった。


(なんで来ないのよ!?いつもは………あっ)


そこで荀イクは思い出す。自分が日陰に下した命令を。“あの場を動くな”と言う命令を………。


(アイツ、その命令に従ってるんだわ。それなら先ずはその命令を解いて……)


「徐福、もう――――ッ!?」


そうして荀イクはもう一度叫ぼうとするが、それは喉元へ突きつけられた賊の刃に阻まれる。


「うっせぇな、ガタガタすんじゃねぇよ」


男たちは荀イクを囲むように近づいてくる。


(い、いや。来ないで………)


荀イクはあまりの恐怖に目を瞑り、来ない助けを願うだけだった。







「―――その方から離れなさい」







その声は少しの時間ではあるけれど、聞きなれた声だった。


「じょ、徐福………」


「すみません。命令に背いてしまいました、荀イク様」


こんな時でも変わらず謝る日陰に安堵したように、目から温かな水が溢れてくるのを荀イクは感じた。


「ちっ、テメェがグタグタ騒ぐから………。おい、オメェらこれ以上邪魔が来る前にさっさと片付けちまえ」


頭らしき男は舌打ちをするが、相手が一人であるのを見ると、周りの男たちに指示を飛ばす。


男たちは日陰に得物をちらつかせるが、日陰は全く反応しない。


それを得物に怖じ気づいているとみたのか、ニヤニヤと笑う男たち。


…………だが、それは次の瞬間に固まることとなる。


―――バキンッ。


乾いた音と、折れた卒塔婆が宙を舞う。


「――はぁ?…………うぎゃぁぁ!」


一瞬、間の抜けた声を出した男が次には森に響き渡らんばかりの悲鳴を上げる。


そこには男の腕がぶらりと重力に従い垂れ、卒塔婆を振り抜いた日陰がいた。


「ッ!?テメェら、油断してんじゃねぇぞ!」


いち早く正気を取り戻した頭が他の賊に喝を入れる。


だが、それは遅かった。頭がそれを言う間に半分の男が地に踞り、呻いていた。その数だけの卒塔婆の破片と一緒に……。


それをまるで表情を変えず、やってのける日陰に男たちは戦く。


「さて、大人しく荀イク様をこちらに………」


「テメェ、動くんじゃねぇ!」


「きゃッ」


そこで頭が荀イクを掴み、首もとに刃を突き立てる。


「……………」


「へへ、そうだ、大人しくしてろよ」


それを見て、黙った日陰を頭は笑う。


「……………るな」


「あぁん?」





「我が君に触るんじゃねぇ!!」





突然の激昂に頭は一瞬身を強張らせる。そしてそれが、命取りだった。


その刹那とも言える時間に日陰は頭の目の前まで来ていた。


「……死なない恐怖をその身に刻め」










「申し訳ありません。荀イク様の命令に背いたばかりか、危険な目にまで遇わせてしまいまして………」


頭を下げる日陰。


「いかなる罰でも受ける所存です」


「………いいわよ」


「はい?」


「別に構わないって言ったのよ」


荀イクはそっぽを向いて、言い放つ。


その顔が真っ赤なのは気のせいなのかもしれない。


「お咎めは……?」


「無いわよ」


「お仕置きは……?」


「しないわよ」


「折檻は……?」


「だから、何もしないわよ!さっさと戻るわよッ」


「はい、承りました」


そして二人は“並んで”戻っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ