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15話 気の利く男








―――――――――――――――





「荀イク様、お茶が入りましたよ」


うにょ~ん、とのび~るアームでお茶を渡す日陰。


男を嫌う主のために李典に言ってつくってもらったのだ。


「一息着いてはいかがですか?朝からずっと机にかじりついてますよ?」


「うっさいわね。気安く話しかけないでって言ってるでしょ」


相も変わらず、ツンツンな荀イクであった。


だが、追い出しはしないため、ある程度は許容しているのだろう。


実際、日陰の文官としての実力は中の下だが、サポートしての実力はピカ一だった。


生来の下っ端体質なのだろうか。






「ふぅ、丁度切りが良いわね」


それから大分経ってから“冷めた”お茶を飲む荀イク。


「流石、荀イク様ですね。こんな短時間にあれだけの仕事をこなすなんて、流石筆頭軍師です」


「アンタに褒められても嬉しくないわよ、全く」


「………!」


不服そうな荀イクを見て、日陰の頭に電球が光る。


「流石、荀イク様ですね。こんな短時間にあれだけの仕事をこなすなんて………」


ここまでは先程と同じ。


「………流石は曹操様お抱えの軍師です。曹操様もきっとお褒めになるに違いありませんよ」


「へ?華琳様が私を………」


曹操の名前を出した途端に目の色が変わる。


いや、露骨に言うなら頬が上気する。


心なしかフードの猫耳もピクピクしてるような。


「そうですよ」


大袈裟なくらい頷く日陰。


「そ、そうかしら。…………そうだわ、私華琳様に報告しなきゃいけないことがあったんだわ」


そう言うか否かで既に立ち上がり扉の方に歩いて………いや、早歩きで進んでいく荀イク。


「私は華琳様の所に行ってくるから、その間にそこの書簡を整理しておきなさい」


「はい。承りました」


「華琳様ぁぁぁ!!」


バタンと扉が閉まった後にはそんな荀イクの声が聞こえた。








「失礼します。桂花さん、いらっしゃいますか?」


と荀イクが出ていってから少し経つと荀イクの部屋を訪れる者がいた。


「…………」


「…………」


日陰と目が合う訪問者。


日陰は書類の整理中。


見ようによれば泥棒とも見えなくは………。


「あ。僕は荀イク様の補佐をしてます、徐福と言います」


「え?そうなんですか?私、桂花さんの部屋に男の人が居るからてっきり………」


ドスンと音を立てて、巨大な円盤状の得物を隣に“落としながら”人懐っこい笑みを浮かべる訪問者。


「あ、私は典韋って言います。華琳様の親衛隊をしてます」


「これはご丁寧にどうも。我が君にご用ですか?生憎、今席を外しております。もしよろしければ僕が言伝をお預かりしますが………」


「え、えぇと。これは直接伝えたいのですけど………。桂花さんはいつ頃お戻りになりますか?」


「ふむ。そうですね…………。曹操さんに閨に誘われていれば、夕方過ぎとなるかもしれません」


「ね、閨!?」


「はい。意気揚々とお出になられましたよ」


「そ、そうですか………/////」


あまり免疫がないのか、顔を真っ赤にする典韋、対して日陰は無表情で淡々としていた。


「あ、でも、もうそろそろ………」


とそこまで日陰が口にすると………。


「あぁ!もう!」


行きと同じようにバンッと扉を勢いよく開けて帰ってきた荀イク。


「お帰りなさいませ、荀イク様」


恭しく礼をして出迎える日陰。


「もう、腹立たしいたっらないわッ!」


何やらご機嫌斜めのようだった。


「あ、あの……桂花さん……」


「え?………あ、流琉居たの……」


どちらも気まずい空気。


典韋は日陰から閨の話を聞いて、荀イクは自分の醜態を晒してしまって、どちらとも互いを見あったまま固まっていた。


「典韋さんは荀イク様にご用がおありのようで……」


そこで日陰がどちらにともなく助け船を出す。


「それでは僕はお茶の用意をしてきますので」


そして然り気無く退出。


気の利く男である。








そういえば何故、荀イクがあんなにも苛立っていたのか?


それは曹操の元に“先客”がいたからだ。


まぁ、“ナニ”の先客かは推して測るべきである。








「荀イク様、もう夜も更けてきました。もうそろそろお休みになられた方が………」


「うるさいわね。…………春蘭なんかに負けてなるものですか………ブツブツ」


なにやら呟きながら爪を噛む荀イク。


昼間からずっとこの調子だった。


食事などは取っているが、仕事から目を離さない。


「あまり根を詰めますとお体に障りますよ、荀イク様」


「うるさいって言ってるでしょ!?そんなことは分かってるわよ!馬鹿にしないでちょうだい!出ていって!」


「出てって!命令よ!?」


「………承りました」


荀イク自身も八つ当たりなのは分かっている。


それでも何かに当たらなければ、収まらないのだ。









「………」


それから黙々と仕事を続ける荀イク。


(もう、こんなに時間が経ってるわね)


明かりの油の減りから自分が思いの外長いこと仕事をしていた程度には冷静さは戻っていた。その分、体が気だるくはあった。


(明日の仕事にも支障がきたすかしら?もうそろそろ止めなくちゃ)


そして荀イクが筆を置き、寝ようかと思い、服を脱ぎ出した時――――。


「荀イク様、徐福です。入ります」


その声と共にお盆にお茶の用意を持った日陰が部屋へ入ってくる。


「荀イク様、お茶の用意を持って参りました」


いつものように気の利いたことではあるのだが…………タイミングが悪かった。


荀イクは寝間着に着替える途中であったため、いつもとは違う………いや、いつもは見えない中の部分が露出していたのだ。


…………裸ではない。下着だ。




がっかりするな。よく考えるんだ。荀イクちゃんの下着姿だそ?つまりはツルでペタな荀イクちゃんだ。下着は勿論、ネグリジェみたいな、あれだ(正式名を知らない)つまりは体のラインがハッキリと分かるんだ。同志たちよ、君らなら分かるはずだ。見えるより隠れていることの素晴らしさを…………。いや、むしろ見えないことでやらしさは倍増していると言っても過言にあらず。そう我らの想像力(妄想力)をもってすれば、全てはパラダイスだ!!by作者




「あ、ああ………」


あまりの出来事にフリーズ状態の荀イク。


「お茶をお持ちしました」


そして全く動じないのが日陰であった。


もしかして日陰には生殖機能がないのでは?


「…………あぁ。お着替え中でしたか」


そこでようやく理解したのかポンと手を打つ日陰。


そして…………。


「お手伝いします」


気は利いても空気は読めない日陰でもあった。


「出ていけぇぇぇ!!」









「全くアンタ脳みそ湧いてんじゃないの?」

「はぁ」


お茶の仕度をしながら、相づちをつく日陰。


「どうぞ」


のび~るアームでお茶を出す。


荀イクもいい加減、日陰の態度に慣れてきたのか黙ってお茶を受けとる。


「もういいでしょ?出ていってちょうだい。私は明日も早いのだから」


荀イクは受けとるもお茶を飲まずに、日陰に言う。


「明日は大丈夫ですよ」


「何が大丈夫なのよ?」


「明日の朝の荀イク様のお仕事は終わらせましたから……」


「はぁ?」


「今日は夜も遅くまで仕事をやられてました。確かに仕事熱心は良いことなのですが、お体を壊されては元も子もありません。ですので、勝手ながら明日の朝の仕事は僕がさっき終わらせておきました」


ですので、ゆっくりお休み下さい、と日陰は言う。


それに唖然と言葉をなくす荀イク。


日陰にここまで言われたのは初めてだった。いつもは自分が一方的に罵るぐらいしかしない。それに何も言わないのはただ弁が立たないのだと思っていた。


「ふ、ふん。分かったわよ……」


そして“温かい”お茶を飲む。


「あ、おいしい…………ッ」


ついポロッと出てしまった言葉を取り繕うように口に手を当てる荀イク。


「それは何よりです」


まぁ既に遅いのだが、日陰は微かながらも表情が綻ぶ。


「それは僕が茶葉を調合したものなのでその都度、味が変わるのでおいしくて何よりです」


「アンタ、もしかして毎回………?」


いつも冷めたお茶しか飲んでいなかったため、気付かなかったのだ。


「まぁ。日頃から激務をこなしている荀イク様は知らずの内に疲労を溜め込んでしまいますので、その効用のある茶葉を調合しています」


いくら曹操のところが優秀な人材が多いと言っても、軍師の数はまだ少ないのだ。


そして筆頭軍師たる荀イクの一日の仕事量は想像を凌駕するものだ。


「そ、そう……………」


少し俯く荀イク。


「“       ”」


何かを呟いた荀イク。


「はい?」


「………ッ。あ、ああ、ありがとうって言ったのよッ!“徐福”」


「…………」


「何よ……」


「いえ。お褒めいただき光栄です、荀イク様」


初めて名を呼ばれた日陰。


未だ、二人の距離はあるが、その内無くなる………のかもしれない。


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