14話 戦わないこと
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「あの、霞さん?僕はどこへ連れていかれているのでしょうか?」
荀イクと別れた後、張遼の横を歩く日陰。
「中庭やで」
手に持った“得物”で方角を指す張遼。
「あの、一応聞きますけど、僕に何の用なのですか?」
「なんや春蘭がな、日陰と仕合いたいんやて」
「それで何故、霞さんも得物を?」
「ついで、や♪」
「連れて来たで~」
「待ちかねたぞ、霞!」
大剣をブンブンと振り回している夏侯惇。
え?もう臨戦態勢?
「それでは僕はこれで………」
クルリと180度方向転換する日陰。
「まぁ待ちや」
だが、それは張遼に肩を掴まれ阻止される。
「ほれ、春蘭連れて来たで」
そしてポイッと夏侯惇の前に投げ出される日陰。
「私を待たせるとはいい度胸だな、徐福。今すぐ得物を取れ!」
「………あ、あのぉ何故、こんなことに?」
日陰は恐る恐るといった感じに発言する。
「お前と戦いたいからだ!」
「…………。霞さん、説明を……」
どうやら夏侯惇から理由を聞くのは不可能だ。無理でなく不可能だ。
「前に日陰が呂布とやり合ったって言ったら興味持ってもうてな。それでや」
「あぅ。僕はそんなに強くないですよ?あの時だって手も足も出なかったんですから~」
「うるさい、言い訳は後にしろ。私はもう待てんのだ!」
「なぁ、霞。本当にあの男が徐福なのだな?」
中庭には夏侯惇の他に夏侯淵、楽進、李典、于禁が居り魏の武官の代表は大体集まっていた。
曹操の親衛隊たる許緒と典韋は除いてだが………。
「そうやで?」
「なんと言うか………。覇気がないと言うのか、闘気がないと言うのか………とても呂布とやり合える者には見えないのだが?」
「まぁ、前はああは言ったんやけど、ウチも実際に見たわけやないから何とも言えんけど」
「そうなのか?」
「そうや。というか日陰が戦うところなんか今回が初めてや、見るの」
「それで大丈夫なのか?…………初めが姉者で」
「……………。まぁ大丈夫なんとちゃう、多分」
「おいおい」
一抹の不安を覚え、二人は日陰へと目を向ける。
「早く得物を構えないか!?」
「え、でも僕、持ってませんよ?」
「なら訓練用のを使えばよかろう。私は早く暴れたいのだ」
段々、欲望に忠実になりつつある夏侯惇。
「あ、いや、僕、刃物は使えないんですよ………」
「は?どういうことなのだ?」
「そう言えば日陰はいっつも木っ端みたいなんを使っとたな」
「はい。それなので少し取ってきますね」
とクルリと部屋へ向かう日陰。
「逃げたりしたら承知しないからな!」
「木っ端で戦えるものなのか?」
「戦っていましたよ」
夏侯淵の問いに答えたのは楽進だった。
「うん。沙和も見たの」
「そやな、ウチらは前線やったから間近で徐福の戦うところは見てますで」
それに于禁と李典も続く。
「スゴい速業だったの!すれ違い様にスパーンって!」
于禁が身振り手振りで表す。
「速業?」
「そうですねん、秋蘭様。徐福の使っとる木っ端は単なる木っ端です。せやから一合と打ち合うたらポッキリいってしまいますねん」
「だから徐福はその一合で勝負を決めていたのだと思います」
「へぇ、中々見ものやん、それ」
李典たちの言葉に神速と謳われた張遼がニヤリと笑う。
「まだなのか、徐福はッ!?」
五人が話してる間も貧乏揺すりしながら待ち続けていた夏侯惇だったが、そろそろ限界らしかった。
「お待たせしました」
「遅いぞ、徐福ッ!」
確か最初に来たときは太陽がまだ南中にさしかかる前で、今はもう既に傾きつつあった。
「いや、色々と“準備”がありまして……」
と二本の卒塔婆を持ちながら言う日陰。
「ただの木っ端二本を持ってくるのになんで準備がいるのだ」
「いやいや、僕は今からあの世に名高い魏の大剣、夏侯惇さんと仕合うのですから、取って置きのものを選びに選んでいたのですよ」
「う?そ、そうなのか……」
おだてに弱い夏侯惇だった。
「では徐福。及ばずながらもお相手つかまつります」
「ふふ、ふふふ。やっと暴れられるのだな」
いい感じに壊れ始めた夏侯惇。これ以上引き延ばしたら周りの塀を破壊しかねない。
「では両者、前へ」
夏侯淵が真ん中に立ち、片手を挙げ………。
「いざ、尋常に…………始めッ!」
と降り下ろすと同時に夏侯惇が駆け出す。
「はぁぁぁあああ!!」
走る勢いと全身の筋肉から繰り出される一撃はまさに岩をも砕く豪撃。
――――――だが。
………ニヤリ。
―――――スパーンッ!
その豪撃を片方の卒塔婆で手首の柄の部分を狙い、剣の軌道を変える。
その勢いで卒塔婆は折れてしまうが、“その為のもう一本”なのだ。
残ったもう一本で夏侯惇の首を狙う。
そして………。
「勝負、ありです」
夏侯惇の首に卒塔婆が寸止めされた状態で日陰が言う。
それまでがまさに刹那的時間だ。
まさに迅速にして、神速。
『――――』
その場にいた人間が全て今の出来事を理解出来てはいないだろう。
何故、日陰があんなにも準備を遅れさせたのか?
―――夏侯惇を焦らして最初の一撃を単調にするため。
何故、得物でなく手首の柄を狙ったのか?
―――刃の部分では軌道を変えるのに卒塔婆では耐久が無さすぎて、軌道を変える前に折れてしまう。ならば小さな力で軌道を変えれればいい。だからこそ、柄を力点、夏侯惇の手を支点とし、梃子の原理を使い、軌道を変えたのだ。それに柄を少し動かすだけでも剣先は大きくブレるものなのだ。
何故、そのようなことをあの一瞬でやってのけたのか?
――――今の今まで焦らすのと同時に何百、何千、いや、何万と頭の中でシミュレーションしていたのだった。それは張遼に中庭に連れていかれた時からずっと………。
それが唯一無二の策だった。今回限りではあるのだが………。
「ふぅ~、これでもういいですか?帰っても?」
一つため息を吐く日陰。
かなりの精神力を使ったのかうっすらと汗が出ていた。
「いいや、次はウチとやで、日陰」
と未だ固まっている夏侯惇は放って置き、張遼が手を挙げて主張する。
「あ、あの出来れば自分もご教授願いたいのですが……」
それに楽進も続く。
「う~ん…………別に構いませんよ」
何故か、快く引き受ける日陰。
「よっしゃ。なら始めよか」
と張遼が得物を構えると…………。
「霞さーん」
と許緒が此方に走ってやって来て、霞の前で止まる。
「どないしたんや、季衣?」
「なんかね、華琳様が呼んでるよ」
「ちょ、マジかいな。ちょい待っとってもらえんの?今からが良いとこやねん」
「う~ん、なんか急ぎっぽかったよ?」
「うぅ~~。でも、これを逃したらまたいつ日陰と出来るか分からんし………」
主君の呼び出しと強者との仕合い。天秤にかけても傾かない。
「僕でしたら、構いませんよ。またの機会にでもしましょう、霞さん」
「ホンマか?すまんな、日陰」
日陰の提案に両手を合わせて、曹操の元へ行く張遼。
「姐さんが行ってまったし、なら凪が次やったらええやんな」
「で、ではよろしくお願いします」
と張遼に代わり、楽進が日陰と向き合うが………。
「李典小隊長」
「ん、なんや、どないかしたんか?」
そこへ三人の部下の兵がやって来た。
「すみません、至急小隊長三人のご意見を聞きたい案件が出まして………。お時間よろしいですか?」
「そ、そうか………。分かった、すぐに向かう。すみません、徐福さん。用事が出来てはしまって……」
「はい、僕は一向に構いませんよ。お仕事頑張ってくださいね」
日陰は快く三人を見送る。
残るは固まったままの夏侯惇と夏侯淵だけだった。
「さてと………」
日陰は二人を見て、微笑む。
「それでは僕もこれで」
律儀に一礼してからその場を去る。
「しかしああも皆の急用が重なるものなのだろうか?」
残された夏侯淵は一人呟く。
まだ彼女らは知らない。男は戦わない為ならどんな労力も惜しまず、どんな負荷でも省みず、その為だけに心血注ぐ男であると。
その為なら全員の予定を無理矢理にでも狂わせること位はやってのける程度には………。




