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11話 守る戦い








―――――――――――――――





「うぉぉぉ!」


日陰に無骨な槍が迫る。


しかし、それをかわし、すれ違い様に卒塔婆で小手に思いっきり、振り切る。


ガッと鈍い音と共に手首の関節が外れる。


そして卒塔婆も折れる。


一人に対して一本。


この場に刺さる卒塔婆は日陰と対峙する兵たちのものであるかのように……。


「くっ」


これが何度も繰り返されていた。


日陰を囲うのは数十人の精練された兵たち。しかし誰一人として門へ到達出来ていない。


刻々と過ぎていく時間は戦闘不能な兵と叩き折られた卒塔婆しか作り出しはしなかった。







戦場において返り血を浴びずにその場に立ち続ける日陰。


その髪から微かに銀色の粒子が流れ出ていた。








「よぉ、日陰、久しぶりやな」


戦場にありながらも、まるで道で会ったかのように手を上げて挨拶をする張遼。


「どうも、霞さん」


そしてそれに答える日陰。


「なんやえらく強いやん、自分」


「そうですか?これでも結構必死ですよ」


天の御遣いである北郷から連合軍に提案があったのだった。


曰く、人であるのだから疲れる。昼夜問わず、交代で仕掛け続ければ道は開ける。


各陣営の軍師たちも一理あると見て、それは決行された。


それがおよそ5日前のことだ。


つまり、今まで5日間、日陰は飲まず食わず、そして寝ずに戦い続けていたのだった。


各諸侯の予想に反して、日陰は戦い……いや、守り続けた。


そして今は曹操の順番なのだ。


曹操は初めから、分かっていた。この者にその様な策が通じないことを。


それは覇王が故の感性だろうか。


だからこそ、張遼を行かせたのだ。


普通、捕虜となった者を直ぐには雇用しない。だが、曹操は違う。素質のあるものは出身を問わず雇用してきた。


そして張遼が説得に来たのだった。







「それで霞さんは何をしに来たのですか?」


そう聞く日陰は皮肉でも何でもなく、ただ本当にそのままの意味で聞いていた。


それこそ道で会ったかのように……。


「ウチはな、日陰を説得しに来てん」


だから、張遼もいつもの軽いノリで言った。


「ホンマは日陰とやり合いたかったんやけどな。孟ちゃんがどうしてもって言うから来たんよ」


「はぁ……」


聞いときながらも、然程興味がない日陰だった。


「それは、まぁ……ご苦労様です?」


「それで大人しく降伏してくれるん?」


「………………」


日陰は考えている。


そう、端から見ればそう見えるだろう。だがこの場合、その内で“何を”考えているのかが問題だった。


「………それは出来ません」


「なんでや?」


おそらく張遼もこの答えは予想していたのだろう。直ぐに重ねて問う。


「僕は曹操さんの人となりを知りませんから……。それに月さんたちが逃げれるくらいは時間を稼がなくてはいけませんから」


「やっぱり月の為に守っとったんか」


「いえ、これは自分の為ですよ。僕はそこまでお人好しじゃないですよ」


僕の自己満足の為です、と付け加える。


「あ、一つ聞きたいことができました、霞さん」


「なんや?」


「あれはそちらの策ですか?」


と日陰が張遼の遥か後方を指差す。









その向こうには大量の兵がこちらへ進行していた。


その全ての兵が金ぴかの派手な鎧を来ていた。








「はわわッ!?袁紹さんたちが動いちゃってますよぉ」


義勇軍の陣営にて、軍師諸葛亮が慌てていた。


「こ、これじゃあ、例の策が実行出来ないよぉ」


それに鳳統も俯き落胆する。


そう曹操と同じように義勇軍も日陰があの程度の策でどうにかできるとは思っていなかった。


では何故、あのような策を提示したのか?


それは次なる策を成功させるため、いわば下準備なのだ。


その策とは投網。別の外史にてあの呂布をも捕らえた策である。


そのためには義勇軍のみで当たる方がいいのだ。


だからこその交代制での攻めだった。


だがそれは袁紹の気紛れな愚策によっていとも容易く瓦解する。










「お~ほっほっほっ。さぁ、有能たる袁家の兵たちよ。あの邪魔な男を退かしなさい。華麗に、雄々しく行進ですわ」


数十万の大軍を混戦になるのもいとわずに投入する、しかも順番を守らないという暴挙に出た袁紹。


しかしこれが正解であるのだ。唯一無二の正解。


曹操の説得より、諸葛亮の投網より、正解に近い。


日陰は日頃の言動から自主性が乏しいと思われがちではあるが、そんなことはない。自分が決めたことに対しては徹底して貫き通す頑固者だ。


そんな日陰を退かすには力業のごり押しが正解なのだ。








「無茶苦茶やるで、袁紹のやつ………」


呆れたようにそう呟く張遼。


「これでは僕の説得どころじゃないですよ、霞さん」


「まさか、日陰………あれを受け止めるつもりなんか?」


「そうですよ?……あんまり近くにいると一緒に壊しちゃうかもしれませんよ?」


そう言って日陰は数十万の大軍に対峙する。


そこで初めて張遼は日陰の笑みを見た。


しかしそれは歓喜の笑みでなく狂喜の笑みだった。


人はこんなにも醜く笑えるものかというぐらい歪に…………。


「さぁ、死なない恐怖を教えてあげますよ」







戦場には真っ赤な血ではなく、木っ端の破片が舞う。


幾人の兵が同時に攻撃を加えるのに対しては日陰は同時に相手取る。


否、全くの同時というのはありえない。刹那の違いは必ずあるものだ。


それを見抜いて、攻撃をかわして、反撃を加える。ただそれだけだ。


「……………」


しかし、今までとは少し違っていた。


血の流れなかった戦場で、初めて地面が赤く染まった。


それは日陰の右腕から流れ落ちたものだった。


流石の日陰も数十万の大軍を相手に無傷でいることなど無理難題だ。


だが、そんなことで、そんな程度で……………そんな“死なない程度”の傷で日陰をどうにかできるはずかない。


「…………」


傷口に目もくれず、日陰は新しい卒塔婆を握る。


「…………」


額には玉のような汗、体力も気力ももう既に限界まで達しているはずなのに、それでも日陰は未だ立ち続ける。


その意識が途切れるまで、その命の蝋燭が燃え尽きるまで…………。








――――ヒューン、ドス。









瓦が…………。







瓦が落ちてきた。







…………日陰の頭の上に。




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