1話 宵闇の黒衣に身を包みし者は
どうも、目目連です。
過去に消えてしまった目目連作品集解禁特集から第二弾『不殺』の解禁です。
とある事情によりあるキャラの出演部分を削除しての再構築です。
楽しんでいただければ幸いです。
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数百の墓標の前に男が1人立っていた。
男は手を合わせるわけでもなく、死者を弔うわけでもなく、ただそこに佇んでいた。
男の手には一本の卒塔婆が握りしめられていた。
男はおもむろにそれを地面に刺し、その場を去る。
「ふむ。これくらいですかね………」
全身に宵闇の如く黒い服を着た男が、いくつもの土を盛った墓の前で鍬を横に置き、汗を拭き取る。
そして卒塔婆を盛られた土の上に一本一本刺していく。
「おい、そこの者、何をしている!?」
と男の後ろから厳しい声がかけられる。
「……ん?」
男が振り返るとそこには三人の少女と変わった服を着た少年がいた。
「何とは?墓を作っていたのですよ」
男の村はつい先日、賊に襲われたのだ。
生き残った者は一つの商家に集まっていたが、男は1人、町にあった死体を墓に埋めていたのだった。
「す、すまない。村の者だったのか……」
黒髪の少女かバツが悪そうに頭を下げる。
「いえ、別に構いませんよ。墓荒しと思われたのでしょ?そう見えなくもありませんから」
男は大して気にしていないのか、そう言って再び卒塔婆を立てる作業にかかる。
「あ、私も手伝います」
と桃色の髪の少女が男に駆け寄り、卒塔婆を立て始める。
「と、桃香様、お待ちくださいよ」
「待つのだ、お姉ちゃん」
「はは、仕方ないな」
後ろから黒髪の少女と赤髪の少女がついてきて、その後ろから少年がハニカミながらきた。
しばらく計五人は作業を黙々と続けた。
「ほぇ~、もうダメ~」
ヘタリと桃色の髪の少女が座り込む。
「桃香様、だらしないですよ」
それをピシャリとたしなめる黒髪の少女。
「あはは、お姉ちゃんはダメダメなのだ~」
その隣で赤髪の少女と少年が笑っているのを見て、桃色の髪の少女がもぅ、と頬を膨らませる。
「疲れたのでしたら、そこに水と布はありますよ?」
と今まで黙々と作業をしていた男が手を休め、木陰の下に置いてある篭を指差す。
「え!?いいんですか?やったー♪」
「桃香様………」
「いいのですよ。手伝ってもらったお陰で早く終われそうですし………。その対価ですよ」
「そうか。では遠慮なくいただこう」
と四人は木陰の下で休憩を取る。
「私の名前は劉備。字は玄徳だよ」
と桃色の髪の少女が言う。
「我が名は関羽。字は雲長だ」
黒髪の少女が続いて……。
「鈴々は張飛なのだ。字は翼徳だよ」
「俺は北郷一刀。字は無いんだ。一応、天の御遣いってことになってる」
赤髪の少女と少年が言う。
「僕は……徐福と言います」
と男―――徐福は言う。
「徐福、さん?……う~ん、どこかで聞いたことあるような……?」
劉備が首を捻り、考える。
「徐福、徐福………確か始皇帝の時代の方術士じゃないかな」
と北郷が言う。
「何ッ!?ご主人様、桃香様、お下がり下さいよ、危のうございます!」
「ほへぇ~、おじちゃんは長生きなのだ」
関羽は二人を庇うように立ち、張飛は感心はしていても油断なくこちらを窺っていた。
「えぇと、まぁ、違うのですけどね」
徐福は頬を指で掻きながら言う。
「徐福っていうのは偽名ですから……」
「偽名って、なんでそんなことを?」
北郷が当然の反応を返す。
「それが僕には記憶がないのです。知らぬ間にこの村に住んでいて、暮らしていたのです」
徐福はその感情の起伏の乏しい顔で淡々と語る。
「そんな時、偶々村を訪れた星読みの占い師の方が…………
『あら、貴方、名前が無いのね?なら、徐福と名乗りなさい。貴方にはそれがお似合いよ』
………と言われるので一応そう名乗っているのですが。おかしかったでしょうか?」
「あ、いや、そうだったのか………」
「な~んだ、ちょっとつまらないのだ」
警戒を解く二人。
「そういえば皆様は何故、こちらにいらしたのですか?見ての通り、村は今襲われた直後でお客を迎える余裕は………」
「そうだったのだ。鈴々たちは戦うために来たのだ」
その後、四人の話を要約するに、偶々立ち寄ったこの町の惨状を見て嘆き、村の生き残りと共に賊の退治に乗り出すと言う。
「それで出来るだけ多くの者を集めようとまだ生き残った者が居ないか探していたのだ」
「そうだったのですか。残念ながら生き残ったのは商家にいた人たちだけです。残りは………」
と徐福は作ったばかりの墓を見る。
「そうか………」
四人とも哀しそうな顔をする。
「それでは僕はこれで畑仕事があるので………」
と徐福は鍬を担ぎ、村の奥へと行こうとする。
「ちょっと待て、お主!?我々の話を聞いておったか?」
それを関羽が止める。
「え?はい、聞いておりましたよ?」
「ならばどこへ行くのだ?」
「ですから畑仕事へ」
「何故、そうなるのだ!?賊がまた攻めてくるやも知れぬのだぞ?それなのに畑仕事なぞ………」
「畑を耕さなくては僕らは生きてはいけませんから」
「だからと言っても………」
「それに――――」
とここで初めて四人は徐福の眼を見た気がした。
いや、今まで気づかないフリを本能的にしていたのかもしれない。
何故なら、徐福のその瞳は、まるで奈落に繋がる穴の如く、深く、暗く、そして濁りきっていたのだから。
「―――僕は戦力になりませんよ」
全ての光を、希望を、望みを吸い込むかのようなその瞳に見つめられ四人は言葉を失った。
「………ッ!?い、いや、しかし―――」
――――コツン。
それでもなんとか引き留めようとした関羽の額に何かが当たる。
そしてその何かが当たるまで関羽は己の顔から徐福の手まで伸びている卒塔婆に気がつかなかったのだ。
いや、それだけ徐福の瞳に魅いられていたのだ。
「関羽さん、僕は人を殺すことができないのですよ」
その奈落のような眼で関羽を見据えて、徐福は言う。
「な、何を言って……」
「今だって僕は貴女の頭をかち割るつもりでこれを向けたのですけど………。やっぱり無理でした」
徐福は卒塔婆を下ろす。
関羽が気づかなかったのは何も徐福の瞳に魅いられていただけが原因ではなかった。
殺気がなかったのだ。まるで息をするかのように徐福は関羽に、会ったばかりの者に刃を向けたのだ。
「まるで呪いのようですよね」
そう言って徐福はその場を後にする。
それを止めるものは最早いなかった。
賊徒との戦いは容易くはなかったとはいえ、村の義勇軍が勝利を収めた。
関羽や張飛といった豪傑の個の武は勿論のこと、一番の要因は天の御遣いが自分たちに付いているのだという心理的要因だろう。
そして、今回の功労者たる四人は村を挙げての宴に参加していた。
ただその宴には徐福の姿はなかった。
「うわぁぁぁ!!」
関羽が宴の席から少し離れているところに人の叫び声が聞こえた。
「まさか、まだ賊の生き残りが……!?」
関羽は最悪の事態を想定し、己の得物を持ち、声のした方向へ向かう。
だがそこには関羽の想像していた最悪の事態ではなかった。
いや、正確に言うならその想像を越えた状況であった。
地面には死屍累々。物言わぬ死体、否“物言う死体”が転がっていた。
声にならない悲鳴。呻きをあげる叫び。濁った助けを乞う声。
まさに阿鼻叫喚の地獄絵図。
その真ん中に立つのは宵闇の黒衣に身を包む男―――――徐福だった。
「なんと、いう………」
地面に転がるのはおそらくは賊だろう。
今朝方の一味の生き残りか、若しくは………今朝方の伏兵か。
もしかしたら賊は伏兵を仕掛けていたのかもしれない。
どちらにしても、結果は変わらない。
関羽は地に伏せられた賊を見る。
いや、嫌でも目に入ってしまう。その異形さ故に………。
手足が本来曲がるはずのない方向に向いているのだ。
どうすればあのようになるのか?まるで巨大な猪にでも体当たりをされたようだと関羽は思う。
その痛みで気を失うこともできない。
そして体を動かすことも出来ず、地を這い、蠢くことしかできない。
しかし、それの異様さすら薄らいでしまうほどに異様なのは、異常なのは―――――誰一人死者がいないということだ。
そのような様を中心で淡々と見ているのが徐福だった。
まるで賊たちを弔うかのように折れた卒塔婆を周りに突き刺し、徐福はただ立っていた。
その不気味さに、気持ち悪さに関羽は口元を押さえる。
(なんだ!?これはなんなのだ?どうすれは、このような………。どうすればこのように―――“殺さず”にいられるのだ!?)
その後、この村で徐福を見た者は居なかった。
ただ徐福の作った墓がだけが残った。