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人生が終わりました。

微鬱有り注意。

甘いふわりとした香りがして目が覚めた。

ぼんやりとした視界を上に上げると白い清潔感のある天井。僕の家はボロいアパートの木造建築だったからここは自宅じゃない。

こういう時はなんと言えば良いんだったっけ?確か…「…しらない…てんにょ…?」

上手く呂律が回らないのは寝起きだからかなんなのか、とりあえず状況を確認しようと首を回すと此方を覗き込み、クスクスと笑っている女性がいた。

「ふふ、お決まりの台詞が出てくるかと思ったらわたしを天女と呼ぶとは、なかなかに面白いねキミ」

楽しそうに笑う女性に僕は別に天女とか言おうと思ったわけじゃないのだが、それをいちいち自分から言うのもどうかと思うので起き上がり、誰なんだろうと思い確認しようと起き上がって正面から見やり、即座に顔を反らした。今の自分の顔は真っ赤になっているだろう。その証拠に風で熱を出した時のように頬が熱い。

彼女の服装は淡い紫のその、なんというか大人の下着?それにブラウスを羽織っているだけ。この春高校生になろうという僕にはいささか刺激が強すぎる。確かに天女でした。おっぱいも大きいです!

「えぁ、その、えっと、一応こんなんですけど男なんで出来れば何かちゃんとした服を着て貰えませんか?」

確かに僕の見た目は普通とは違う格好をしているが、やっぱり女性に興味はある。何より知らないお姉さんだ。気まづい。

それ以降お互い無言のまま固まってしまった。

時計の秒針の音だけがカチカチと聞こえる。それが無ければ時間が完璧に止まってしまったかのような錯覚に陥る。

それから長い沈黙を破ったのは躊躇いがちなお姉さんの声

「…え?あ〜ホントに?」

「はい、すみません。これでも男の子なんです」


「…男の娘?」


「?えっと、はい男の子です。」

少し発音が気になったが、発音どうこうじゃなくてチラッと脳裏に写ったお姉さんの姿が頭から離れなくてとりあえずうなずく。

「あ〜いや、まいったな、そうきたか。いや、でもアレに憑かれたわけだからそういう…」

そわそわしたかと思ったら今度はぶつぶつと1人の世界に入っていくお姉さん。心配になり声をかけようとしたらばっと立ち上がる気配がして口を閉じてしまった。きっと怒鳴られたりするに違いない。ビンタの一つや二つは覚悟しないとと、身をすくませる。

「とりあえず、さ。部屋を出て右手に脱衣所があるからソコで姿見を見てきて。出来れば服も脱いだ方が分かりやすいと思う。わたしはその間に服着るから」


「あ、はい。わかりました?」

なんだろう?怒られはしなかったけど僕が脱衣所?逆じゃないの?あとなんで僕は脱ぐ感じに?

不思議に思いながらも、とりあえず言われた通りに部屋を出ようと起き上がる。まだ寝ぼけているのか身体のバランスが取りにくくて転びそうになってしまう。重心がずれたような感じだ。なるべくお姉さんを見ないように努めて脱衣所の方へ。姿見を見つけて正面に立つ。

肩にかかるくらいの黒髪。ライトグリーンのリボンタイに半袖の白いブラウスに薄手の黒いカーディガン。紺色のスラックス。うん、ここまではいつもの僕だ。女顔で小さい頃今は他界してしまった両親に可愛い格好を毎日着させられていて気がついたらこういう趣味になっていた。別に男が好きだとかじゃない。恋愛対象は女性だし、純粋に可愛い格好が好きなだけ。一般的じゃないのは分かってるけどね。

問題なのは

まず瞳、濡れた黒曜石のように光るやや青みがかった眼。おかしい、二重で大きな黒目だったけどこんなキラキラした感じでは無かった。

顔のつきも以前に増して綺麗な逆三角形にまとまったシャープな線で構成されている人形のようだ。

極めつけはやや大きめの魅惑的な曲線の膨らみを見せる胸だ。思わず手を伸ばすと手のひらの動きに合わせてふにふにとマシュマロのように形を変える。少し強めに力を入れると全身に電気が走ったような痺れと共にふわっと身体が浮いてしまうような刺激。

「くうっ…ぅあっ…!!」無意識の内に声が漏れる。びっくりして手を放す、息が荒くなり下腹部にじわっと感じたことの無い感覚がして怖くなる。

明らかに今まで馴れしたしんだ生理現象と違うことでさっきとは別の意味で鼓動が早くなる。

なんで!?

なんで!?

なんで!こんな!

頭がぐるぐると周り更に身体に異変が起きた。

ぶるぶると震え、耳の付け根と臀部がもの凄く痒くなったと思ったら鳥肌が立つ時と同じ感覚、変化。目がチカチカして暗転。視界に光が戻るとそこには黒く艶やかな毛並みをした獣耳、先端だけが雪のように白くやはり艶やかな黒いふさふさとした獣毛の生えた尾。どちらもぴくぴくと動き自分の身体の延長に有るのが分かる。明らかに異常、これはまるで

「さっきの…いぬ…?」

そうだ。何故起きた瞬間に考えなかった?何故知らない場所に居るのか、自分は商店街で怪獣のような犬と出会し、そして…

「食べられ…た?」

そうだった。混乱していて、動けなくて、気がついたら口の中。そこからの記憶が全くない。

「僕は!僕は!!なんで!?なんで!なんで!なんで!?」

半狂乱、力任せに目の前の姿見に腕を叩き付けようとしたとき

「落ち着いて」

後ろから抱きしめられる。さっきの知らないお姉さんだ。一瞬身体が硬直して、それでも強引に振りほどこうとしたが、素早い手つきで首筋に何かを巻き付けられる。

「大丈夫。いい子だからわたしの話を聞いて」

頭に響くような声を聞くと不思議と心が安らいで落ち着いた。

「まず、大きな犬だけど、アレは狗神って呼ばれてるものなんだ。随分昔の呪術的な妖怪みたいなものなんだけど。極端な喜怒哀楽の感情や情緒不安定だったりする人の前に稀に現れたりするものなんだ。何か心当たりはある?」

ああ、そう言えばあの時は商店街でお店で買い物をしてて

「……。」

「心当たり、あるんだね?話してくれるかな?」

頭をゆっくりと撫でられ

うなずき、反芻しながら少し俯きながらに話した。

「小物とかアクセサリーを見てて、欲しいのをみつけたんですけど手持ちが少し足りなくて、家に帰ろうかなって思って街路樹の脇に黒い小さな子犬を見つけたんです。」

そこからは声が震えた。凄く哀しくて、でも何故だかこの人には全てを聞いて貰いたくてゆっくりと話した。

小さな子犬を見つけて、眠ってるようで。

可愛いから撫でてみたくなった。

近づいて触ってみたら冷たくなっていて、こんなところじゃなくて何処か安心して眠れる場所に埋めてあげようと思った。

抱き上げるとお腹の辺りに湿った感触があって

よく見たら玩具の鉄砲か何かで傷つけられた痕があって。

なんでこんなことをする人がいるんだろうってぐちゃぐちゃな感情が混ざりあって、

「気がついたら、そのことが頭から抜けてて、ぼーっとして、地震かなって、その後はおっきな犬、狗神…でしたっけ?あれに食べられていました。」

話終えたら何かがスっとした。まるでゆっくりとバラバラになった自分の身体が一つになるような、そんな感覚。

お姉さんはぎゅっと抱き締めてくれた。この人の匂いは暖かくて凄く落ち着く。「話してくれてありがとう。きっとその子とキミの感情って言うのかな、そういうのが合わさって狗神を呼んだんだと思う。今は少し割愛して話すけど、狗神は昔の人が犬の魂を使って願いを叶えようとした。感情の塊の妖怪なんだ。もしかしたらキミの願いが、キミと子犬の想いがキミたちを一つにしたのかもしれない。」

「僕とあの子を一つに?」お姉さんはゆっくりと語りかける。

「そう。本来なら狗神憑きって状態になるんだ。コレならしかるべき処置をすれば元に戻れる。けどキミは魂のレベルまで混ざりあってる。もう狗神そのもの。」

ニンゲンじゃ…ない?

姿見越しに目で問い掛ければ伝わったのかゆっくりと一撫でされる。

この瞬間。歯車がカチリと合わさるように本能的に理解した。

僕の人生は終わって、別の存在になったのだと。

最初はこんな感じにするつもりは無かったのですが、コメディ色がどんどん抜けていきました。難しいですね。

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