人間の寿命がわかる猫
むかしむかしあるところに、一匹の猫がいました。
とても寒い場所で生まれたことだけ、覚えていました。
猫には親がいませんでした。友達も、いませんでした。
それはいつだったでしょうか。ある日、猫は気づきました。
自分は、『人間の寿命がわかる』ということに。
誰がいつ死ぬのか、はっきりとわかってしまうことに。
自分の寿命は、わかりませんでした。
他の猫の寿命も、わかりませんでした。
わかるのは、『人間の寿命』だけでした。
人間は『死』を怖がる生き物だと、猫は知っていました。
だからこそ猫は、死期の迫っている人間を、励まそうとしました。
猫は、死期の迫った人間のもとへ行っては、その人間の膝の上に乗りました。
寒い場所は怖い場所だと、猫は思っていました。
だから最期は温かくしてほしいと、思ったのです。
何度も、何度も。
猫は、人間の死を見取りました。
いつしかその猫は、人間から忌み嫌われるようになりました。
「あの猫が膝の上に乗ると、その人間は必ず死ぬ」
そんなうわさが、広まったのです。
猫を『排除』しようと、人々は動き始めました。
猫は、薄暗い場所に身を潜めて暮らすようになりました。
人間に、近寄らないようになりました。
それはいつだったでしょうか。
一人の少女が、猫のもとにやってきました。
警戒し、身をかがめる猫に、少女は笑いかけました。
「もう大丈夫だよ。寒かったね。――うちにおいで」
少女は確かに、そう言いました。
猫には、少女の寿命がわかっていました。
少女には、友達がいませんでした。
病弱で、外に出ることを許されていなかったからです。
ようやく外に出ることを許されたその日、少女は猫のもとへと向かいました。
あの猫もきっと寂しいに違いないと、思ったからです。
少女は毎日、自分の膝に猫を乗せました。
猫は毎日、少女の膝の上で喉を鳴らしました。
それはとても、幸せな時間でした。
――けれど、その日はやってきました。
猫は少女の膝の上で、苦しそうに息をしていました。
猫の毛には若干、白いものが混ざっていました。
自分の寿命を、猫は知りません。けれど、猫には分かっていました。
自分は今日、死んでしまうのだと。
少女と初めて会った日のことを、猫は思い出していました。
あの時『わかった』彼女の寿命は、何十年も先のものでした。
――この人間は、自分よりも長生きする。猫は、そのことを知っていました。
誰かが死ぬ姿を見なくていいのだと、猫は知っていました。
少女は、猫の背中をゆっくりとなでていました。
とても温かな、手でした。
とても温かな、場所でした。
猫は安心して、そっと目を閉じました。
「――何度も」
だんだん冷たくなっていく猫の身体をなでながら、少女は呟きました。
「君は何度も、死の時を見届けてきたんだね」
猫の背中をなでていた少女の手が止まり、
「……寂しかったよね。がんばったね」
猫の身体に、少女の涙が零れ落ちました。
「――……ありがとう」
むかしむかしあるところに、人間の寿命がわかる猫がいました。
猫はとても寒い場所で生まれ、
とても温かな場所で、死んでいきました。