Lily Bell
私が覚えているのは、白い百合の花が咲いた、小さな湖のあるこの森の景色――――。
それ以外の記憶はあまり覚えていなくて、私の名前も思い出せずにいる。
そして、私は…………普通じゃないみたい。
私の手は物に触れられない。
触れようと手を伸ばしても、まるで幻のようにすり抜けてしまう。
そのかわり、物を浮遊させることが出来た。
塵とか小さい石とか水とか。
いろいろ試してみたけれど、大きな岩や重たいは大木は浮かせられないと分かった。
物に触れられないことから考えると、私は幽霊ってこと?
でも、幽霊は足が無いって聞いたことがある。
……足のある私っていったいなんなのだろう?
「みどり!」
茂みの方から誰かの呼ぶ声がした。
出てきたのは私と同じくらいの女の子。
「あーよかったー! 間に合って本当によかったよー!」
………………みどりって……………わたし?
「さがしたんだよーみどりぃー。もういないかと思っちゃった……」
「あの……わたしのこと知っているみたいですけれど……いったいあなたは誰なの?」
「……………………。え、ちょっと待ってよ……。わたしだよ、ほら、小鳥だよ!」
「……ごめんなさい。わたし、記憶喪失みたいなの……。だから、あなたのことも思い出せないの」
「ほんとうに?」
「ええ。ほんとうにごめんなさい…………」
「う~ん……それはちょっとヤバイかもしれないなぁー。でもね、安心していいよ。わたしはみどりの味方だから信じてね」
「え、あ、うん、ありがとう……」
なんだろう。私はこの小鳥って少女を知っているのかな? なんだか何か大切なことを忘れているような気がする。このドキドキした気持ちは一体なに?
「あ、えっと、ヤバイってどういうこと? わたしってやっぱり何か変なの? 何も手で触れられないし、意識しただけで浮遊させられるし……」
「まぁまぁ、落ち着いてよく聞いてよ。時間はあまりないけれど、いい? みどりはいま幽体よ。足はあるけれど間違いなく幽霊なの。このまま成仏できないでいると、記憶も戻らないまま消えてしまうのよ。誰もみどりの存在を覚えている人がいなくなってしまうの。でも、しっかりと成仏することが出来れば、転生の機会を与えられて、みんなの記憶にも残るの。そこで、成仏できずにうだうだしているみどりを探しに来たってわけ」
「ふふ。ねぇ、小鳥ってわたしを天国とか地獄とかに案内する人? それとも、わたしの姿が見えている霊能力者? もしかして女の子のくせして死神だったりして」
「ちがうわよっ! 鎌とか骸骨とかそういうの持ってないでしょ! とにかく信じてほしいの!」
「うん、だいじょうぶ。小鳥のこと信じてるわよ。だって、ようやく実感できたもの……。わたしが幽霊だって。よかったよ……生きているのにこんな不思議な現象が起きていたら怖いもの。でも、やっぱりわたしは死んでいたんだ…………」
「みどり………………」
「気にしないでよ。なにも小鳥が悪いわけじゃなさそうだし。それに、足はあったけれど、なんとなく死んでるんじゃないかって思っていたし。ショックではあるけれど、微々たるものだから」
「わたしはみどりに消えてほしくないの! 思い出してほしいの! 忘れてほしくないのよ! だからみどりの成仏の手伝いをしに来たのよ!」
「じゃあ――――お願いしてもいい? わたしを成仏させて。それには一体何をすればいいの?」
「うーん……そうだねぇー。あぁ、まずはわたしとキスでもしよっか」
…………はい?
「ちょっと何言ってるのよ……」
ゆっくりと近づいてくる小鳥。
「まぁまぁ、詐欺にあったと思って一度だけ」
来るな! 意識を集中させて小石を宙に浮かせ、小鳥の顔を横切るように投げつけた。
ついでに、もうふたつほど小石を宙に浮かせて待機させる。
「あの……いまのって当たってたらヤバかったよ……?」
「だいじょうぶ、当たらないぎりぎりを狙って投げたから。何が信じてよ……。わたしの記憶がないことをいい事に、もしかして変なこと吹き込もうとしてるの?」
「いやいや! ほら、触れ合えばきっと記憶も戻るって思ったのよ! それに、一度わたしとキスしたことあるでしょ?」
「何が触れ合えばよ! わたしは何にも触れないの! それに、わたしはキスなんてした覚えないわ! 小鳥の馬鹿ぁー!」
湖の水に全意識を集中させて水を宙に持ち上げる。五分の一程度の水を、小鳥に向かって津波のようにして投げた。彼女は水に飲み込まれて木にぶつかった。
「ちょっと……まじめに死んじゃうって……痛いし……」
「だってあなたが悪いのよ!」
「茶化したのは悪かったけれど、わたしは本気でみどりを成仏させに来たのよ……」
……………………。
「わかった。いまのは少しだけやり過ぎたわ。あなたがちゃんと、しっかり、まじめに、真摯に取り組んでくれるのならば信じてあげる」
「ありがとう。ぁあもう、服がびしょびしょだよぉー。おまけに冷たいし、痛いし、ちょっと破けてるし……。まずはさっきのワンランク下げたやつでいいかな」
「なによ……」
「ハグしよ」
…………はい?
「でも、たしかにキスよりはいいわね」
「でわさっそくですが失礼しまーす」
小鳥はいきなり飛びついてきた。それも思いっきり。
私たちはぬかるんだ地面に倒れた。
……倒れた?
って、あれ? どうして小鳥はわたしに触れられるの?
それに、わたしもなんで小鳥に触れられるの?
「驚いた? わたしって本当は霊能力者で、天国とか地獄との案内人でもあって、死神でもあるの」
「ウソ……本当に?」
あれ……何か思い出せそうな気がする。
…………キスにハグ。
この水でずぶ濡れになった感じとか、覚えてる。
そうだ。思い出した。小鳥……思い出したよ。
わたし――――この湖で溺れたんだ。
小鳥とは親友で、よくこの場所で遊んでいたんだっけ。
あの時、飛んでいった小鳥の帽子を取ろうとして走っていたら落ちたんだ……。
それで小鳥がわたしを助けてくれて……。
キスって人工呼吸のことだったんだ。
「小鳥。わたし全部思い出せたよ……。わたし、小鳥にありがとうって言いいたくて…………だから成仏できずにいたんだね。ごめん、水かけたりして。あと、何度も迷惑かけてごめん」
「いいの。思い出してくれてよかったよ。みどりが思い出せずにあのまま消えちゃったら、わたしもきっと……」
…………えっ?
空から鐘の音が鳴り響く。澄んだ綺麗な音色が告げる。
「さぁ時間だよ。ぎりぎり間に合ったみたいだね。――――またね」
「また? まぁ、うん。ほんとうにありがとう」
『バイバイ』
「みどりが成仏できて本当によかったぁー。成仏できなかったらわたしまで消えてただろうし……。さぁーてっと、もうわたしも逝かなきゃなぁー。みどりにわたしも死んでたなんて知られたらきっと怒られるのかな――――」