プロローグ
「はぁ……一向に仕事が減らないんだが、どういう事だい、夏樹ちゃん」
溜め息を洩らし、ルービックキューブをカチャカチャと弄っている青年が呟いた。
「社長の仕事量が少ないんですよ」
机の上で事務的仕事をそつなくこなす、見かけ十四十五の、夏樹と呼ばれた少女が言った。
黒髪を長く伸ばしており、先で結んだポニーテイルの髪型だ。
年頃の女の子相応の格好をしており下はスカートをはいている。
対してソファーで転がる社長と呼ばれた青年――本名、神野 七夜は夏樹と同じ黒髪だが、地味な出で立ちをしている。
特徴を上げる事ができない、どこにでもいそうな普通な感じを持っている。
ただ頭を支えに乗せ、膝を曲げて足をもう片方の支えに乗せているのはあまり普通とはいえないが。
「手厳しいねぇ、夏樹ちゃん。ちなみにあと幾つ位残っているかな?」
「えっとですね……二十一個です」
「ふ~ん…………ん、今何個って言ったのかな?」
「二十一です」
「二と十一?」
「二十一」
「仁藤重一」
「ありそうな名前で誤魔化さないで下さい!」
夏樹が声を上げて、先程から使用し続けている万年筆を構える。狙いは当然七夜だ。
「ごめん、ごめん。二十一ね」
七夜が謝ると、数秒睨みつけたままだったが、ようやく万年筆を下ろして仕事へと戻っていった。
だと言うのに先の会話を忘れたように七夜は直ぐに呟く。
「次来た依頼人の人に手伝ってもらう様に頼もうかな」
「依頼人様にそんな事をさせないで下さい!」
「う~ん、そうでもしないと仕事が減らないからさ」
「なら、そのルービックキューブを早く完成させてください!」
「えぇ!? これ、結構難しいんだよ!?」
「それよりもこっちの書類を埋めて下さい。私が見てても書けないことばかりなんですから」
しょうがないなあ、と言って七夜は動き、夏樹と場所を変わる。
長らく椅子に座っていた所為で疲れていたのか、先の七夜と同じ体勢でルービックキューブを弄り始める。
「……? 夏樹ちゃん、これ本当にここに来た依頼なんだよね?」
「そうですが、何か問題がありましたか?」
「宝くじなんだけど……」
「…………」
「夏樹ちゃん、気がつかなかった?」
「…………」
「……夏樹ちゃん、パンツ見えてるよ?」
「え、嘘っ」
直ぐにソファーから起き上がる夏樹。十分遅いのだが。
「何で早く言ってくれないんですかっ!」
「え……気付いててやってるものだと」
「ふざけないで下さいッ!何でそんなことしなくちゃいけないんですか!」
七夜の言葉に憤慨して真っ赤な顔のまま怒鳴る。
「ごめん、ごめん。残りの割合7:3でやるからさ」
「えっ、本当ですか?」
「うん。たまには社長として働かなくちゃね」
それだけで機嫌を直す夏樹。
置いてある宝くじは別においておくとして、残りの書類に取り掛かる。
それと同時に夏樹がキューブを放り出し、立ち上がった。
「さて、ルービックキューブも終わりましたし、コーヒーでも飲みますか」
「……もう終わったの?」
「ええ、簡単でした。……あ、社長もコーヒー飲みます?」
「お願いするよ。僕のは」
「ホットですよね、分かってます」
駆け足で部屋を出て行って、しばらくすると扉を閉める音が聞こえた。
慣れた手つきで七夜が片付けて行くと、一つの文を発見して手が止まった。
長い時間それを見つめていたが、足音を聞き、急いで引き出しを開けてその中へとしまった。
ちょうどその後に、コーヒーを持った夏樹が入ってきた。
両手に一つずつ持って片方からは温かいことを示す煙が上がっている。
「どうぞ、社長」
「うん、ありがとう」
ズズズとしばらくコーヒーを啜っていた七夜。
同じくコーヒーを飲む夏樹だが、
「あ、夏樹ちゃん。はい、ルービックキューブ」
七夜の一言で盛大に吹き出した。
「ま、まだあるんですかぁ?」
「うん、あと四つ」
「四つ!?」
そんな感じが、この仕事場のいつもの日常。
依頼を受ければ絶対にこなす『黒代屋』。
見てみよう、それを営む二人……神野七夜と雪宮夏樹が送る……何でも屋の仕事の数々を。
前作を直したところで新作です。
向こうよりこっちの出来の方が良い様な……。