4話目 ~ 無料で貰えるほど甘くない 前篇~
この作品は、失業給付金の受給方法を小説風にまとめたものです。
実際の手続きを行う場合、詳細などは最寄りのハローワークにお問い合わせ頂くよう、よろしくお願い致します。
説明会の重要性を説いた後、正登は先日行われた説明会に参加したそうで。
「優希姉……」
「なーに?」
「これで失業認定日にハロワに行けば手当もらえるんでしょ?」
「銀行振込だから、すぐ出るってわけじゃないけどね」
洗い物をしている私に、会話をしてくる正登。
「ふーん……ゴロゴロしてていい?」
「刺すわよ?深々と」
「あれ、何かデジャヴ」
適当に返事していたが、聞き捨てならない言葉を聞いたので、反射的に返答した私。デジャヴってなんのことかしら?
「正登、説明会に参加しただけでしょ?」
「参加したけど……?」
「そういう意味じゃなくて、ちゃんと中身聞いてた?」
「ももももも、もちろん、きききき聞いてててて、たよ?」
「じゃあ。何でそんなに動揺しているのかしらねぇ……?」
私の中の黒い何かが、ジワジワと込み上げてくる。生命的な危機を感じたのか、正登は即座に正座の姿勢になる。
「ごめんなさい。説明会の間、ずっと寝てました」
「……ふぅ」
素直に謝罪してきたので、私の中の黒い何かも収まってくる。
「じゃあ、復習も兼ねて説明してあげるわよ」
「宜しくお願いします」
礼儀正しい正登。でも、その背中から恐怖に怯える子犬のイメージを感じた。
テーブルの上には、もはや定番のお茶と煎餅。
「さて、正登君。説明会に参加する必要性を述べなさい」
「えっと、待期期間を終了させるため」
「……間違ってないんだけどね。間違ってはないのだけど……」
「??」
「ハローワークの使い方や、基本手当の受給方法などを理解するためでしょ?」
「そーいえば、そーでしたね」
どうしよう……いっぺん殴っておいた方がいいのかしら……?
自然と拳に力がこもるのを感じるわ。
「でっ、お姉さま!待期期間とは何なのでしょうか!?」
「……待期期間っていうのは、その人が失業状態であることをきちんと確認する期間みたいなものよ」
「そうなんですね!」
先ほどとはうってかわり、素直かつ真摯な態度の正登。一体何があったのかしらね?……というか、かえって怖い。
「では、次の質問ですが―――」
「待って。お願いだから、普通にして」
「うん」
どうやら素直な正登が帰ってきた。
「給付制限って何?」
「正確には給付制限期間、ね」
「確か……3カ月あるんだよね?何でそんなに長いの?」
「失業給付金制度そのものは、離職者が再就職するまでの生活が困らないように支援するものよね?」
「うん」
「正しく言うと、非任意的な失業に対しての支援なのよ」
「非任意的?」
「つまりはこういう事よ」
・会社が倒産した
・契約が終了したが、更新されなかった(更新しなかった)
・定年退職した
「へぇ……」
「もっと簡単に言うと、自分の意志以外で失業した、というのが非任意的という意味になるわ。まぁ、2番目はちょっと異なる様な気がするけど……ね」
「なるほど。じゃあ、任意的?でいいのかな、この場合はどういうのが当てはまるの?」
「任意的ならこういうのが当てはまるわね」
・自分の都合で離職する(自己都合)
・自分の責任による、重大な理由で会社を離職
「うん、2番目が分からない」
「手っとり早い例は懲戒免職ね」
「あぁ、そういう事」
「もっとも、自分の場合はどうなんだろうって悩んだら……」
「ハロワに相談ってことだね」
「そういう事ね」
少し喋りすぎたので、休憩することに。
あぁ、お茶が美味しいわ。
「正登の場合はどう考えても自己都合でしょ?だから、給付制限期間が適用されるわけ」
「ふぅん……」
「他人事の様に考えてるわね……」
「いや、いざとなればバイトでもすればいいかなって思ってた」
「……あー」
そう考えてるのね……やっぱり。
「どうしたの?」
「いえ、そう考えるのねーと思って」
「何か問題でも?」
「結構大問題ね」
「……うそ?」
「本当よ」
「ちょ、kwsk!」
「日本語で話しなさい」
「詳しく説明を求む!」
……時々、正登が変な方向に向かっていくのではないかと、姉としてすごく心配になるのです。
「んー……『失業の定義』ってお話したかしら?」
「能力や意志がないって話?」
「そうね。じゃあ……『仕事がある状態』っていうのは?」
「それは……聞いてないよ」
「そう?『仕事がある状態』とは、次の状態のある事を示すのよ」
『仕事がある状態』
(1)仕事したとき
・再就職したとき
パート・長期アルバイト・契約社員なども含む
・日雇い・臨時・短期のアルバイトなどをしたとき
(2)自営をはじめた場合
・準備期間も含む
(3)会社役員に就任したとき
・収入の有無、報酬の有無を問わない
「……えっと、つまり?」
「(2)と(3)は関係ないから省いて……正登の場合、(1)に該当するわけ」
「へぇ……」
「仮にバイトを始めたら……ね。その時点で収入が発生するでしょ?」
「うんうん」
「だから、失業状態じゃなくなるわけだから―――」
「基本手当が貰えなくなる?」
「そういう事になるでしょうね」
肩をがっくりと落とす正登。
「なんだ……バイト代+基本手当で新作のギター購入しようと思ったのに」
「世の中そこまで甘くないって事よ。それに……」
「それに?」
「隠蔽すると大変な目にあうわよ?」
「な……何をおっしゃるお姉さま!?そそそそそ、そんなここここ―――」
「動揺しすぎ。少しは落ち着きなさい」
「ハ……ハイ」
いけない。正登がカタコトになり始めてる。
「今日はここまでにしましょう。まだまだ先は長いし」
「へっ?」
「むしろ、ここからが本番だからね?」
「う……うん」
「そういうわけで。夕飯の買い物に行くわよ」
「俺も!?」
「そうよ、たまには手伝いなさい」
「いや、お手伝いしたら失業状態が……」
「安心しなさい。収入は発生しないから」
「えぇ!でも……」
少しだけ、目の力を入れて正登を見つめる。
「わーい、喜んで手伝うよ!」
「素直でよろしい」
やっぱり素直な弟は可愛いものね。ただ、汗を大量にかいているのは気になるけど。