【SS】エコひいき
私がエコに傾倒したのは中学二年の夏、弁論大会で最優秀賞を受賞したのがきっかけだった。
環境問題がテーマだった。
環境問題とは私たち人類の活動の影響で自然環境が悪化し、地球に悪影響をもたらす諸問題のことを言う。特に昨今は熱波や豪雨など異常気象が続いていることから、地球温暖化や環境汚染を身近なものに感じている人は多いのではないだろうか? 環境問題として具体的には地球温暖化、海洋汚染、水質汚染、大気汚染、森林破壊などがある。
これらの環境問題を解決するのは何か?
それこそがエコである
それこそがエコである!
それこそがエコである!!
(エコ活動とも言う)
私は中学の時の同級生と付き合っている。クラスは違ったけど、あの弁論大会で共に学年代表になり、放課後先生の指導で一緒に練習したことがきっかけで仲良くなった。卒業の時に私から告白して付き合うようになった。
高校は分かれてしまったけど、私たちの付き合いはもう一年以上続いている。彼は頭が良くて県内一の進学校に通っている。それに優しくて、細かいこともよく気付いてくれる完璧な自慢の彼氏なのだ。
私たちが会うのは毎週土曜の夕方から図書館で自習デート。たまに日曜でお互い塾のない日に街に出かけたりもする。
二学期に入ってすぐの九月のある日曜デートの日、ちょっと歩き疲れて私たちはそこで目に入ったカフェの前で立ち止まる。
「喉乾いたね…ちょっと休もうよ」
「うん。ここのドリンク、話題になってるよね」
「飲んでみたい」
「あ……でも」
私はふと気付いてためらう。
「ここのカフェってエコなのかな」
彼が言う。
「エコだよ。ここの親元の会社がSDGsの取り組みについてホームページにアップしてるんだけど、熱帯雨林の植樹や食品ロス対策とか精力的に色々しているみたいだったよ」
「じゃあエコだね! ここにしよう!」
私が疑問に思い、彼が答えを見つける。これが私たちにはよくある流れだった。
ルンルンで店に入る。カウンター席を片付けていた店員さんが笑顔で迎えてくれた。会計を先にするタイプのお店なので、まずはオーダーするためにレジへ。私も彼も話題のフローズンドリンクを頼む。期間限定なので楽しみだ。しかし……
「あ、ストローがプラスチックだ……」
「どうしたの?」
受け取ったドリンクを持って立ち尽くした私を彼が不思議そうに見ている。
「ストローが紙製じゃないの」
「紙製だってゴミになるじゃん」
「違うよ。プラスチック製のものは紙製のものに比べて海洋汚染のリスクがあるんだよ」
私たちが生きていく上で海は必要不可欠な存在だ。しかし人間が捨てたゴミや流した有毒物質が海洋生物の生態系に深刻な影響を及ぼしている。特にマイクロプラスチックと呼ばれる物は極小のために回収が困難で、また有毒物質を吸着しやすい。それを魚が食べることで毒が凝縮され、食物連鎖の末に人体に影響を及ぼすのだ。これの対策で自分たちにできることはゴミとしてプラスチックを出さないことに尽きる。
「ああ……」
彼は少し考えて
「じゃあこの次はマイストロー持ち歩けばいいね。今回は勉強になったからエコの理解になったよ。そう言う積み重ねが大事だと思う」
「そう……だね」
「気になるならここの会社の本部に意見投書したらいい。そう言う声があって変わっていくんだよ社会って」
彼は笑ってそう締めくくった。
なるほどつまり、今回があって未来のエコがある。そう思うとひどく納得がいった。さすがだと思った。彼はいつも的確な答えを私に示してくれる。私は顔を上げた。
「そうだね!」
ちょうど一番いい感じの窓際の席が空いた。私たちは並んでそこへ向かう。一緒に頼んだフローズンドリンクは甘くて爽やかでとても美味しかった。
デートの最後に彼がシューズを予約しているショップに来た。
「間違いないです」
彼はほくほくとした顔で新しい靴を眺めていた。数量限定の商品らしく、親に誕生日プレゼントを前借りして買って貰うそうだ。新しい靴はツヤツヤと輝いているように見える。彼の喜ぶ顔を見て私も嬉しくなった。
サイズの再確認をし会計を終えて店員さんがシューズを包む。薄紙で包んで箱に詰めて……
「あ、エコバッグあります」
私はそう言ってショルダーバッグから畳んだエコバッグを取り出した。
「お客様、こちらのショッパーは無料でおつけできますので……」
「いいえ、これでお願いします」
「「え……」」
店員さんと彼の声が重なる。
「でも……」
「こういうことの積み重ねが社会を変えていくんです」
そうですね。と店員さんはあくまで笑顔を崩さず、私からエコバッグを預かってそれにシューズの箱を丁寧に入れる。
「え、ちょっと待って。俺、ここのショッパー欲しいんだけど……」
「分かるよ。でもショッパーはエコじゃないよ」
「……そ、そうだけど」
彼は色々な感情が混じった何とも言えない表情をしている。しばらくの葛藤の末、
「そうだね。店員さんお願いします」
彼なら分かってくれると思っていた。彼の隣で私は大きくうなずいて、彼は店員さんからエコバッグを受け取り肩にかけた。
「このエコバッグ借りるね」
背の高い彼に花柄のファンシーなエコバッグは何とも不思議で可愛い組み合わせだった。
「来週からしばらく雨だって」
帰り道、何ともなしに天気の話になった。
「雨かあ……」
「またぐんと気温が下がるだろうね。風邪ひかないように気をつけような」
「うん。お互いに」
私たちは駅から夕焼けに向かって歩いている。彼の家は本当は駅から反対側に行ったところだけど、いつも私を家まで送ってくれる。
「ビニ傘、あれってよく考えたらエコじゃないよね?」
私はふと考えついて疑問を口にする。ビニ傘とはビニール傘のことで、学生はもとよりあらゆる世代の人におなじみの透明で個性のないあの傘のことだ。私も彼もよく使っている。
「エコじゃないかも。使い捨てのイメージあるし、だからか忘れたり盗難のリスクも高い。前にニュースだったかで見たんだけど、年間三百万本くらいのビニール傘が落とし物として届けられて、そのほとんどが破棄されるってさ」
「三百万も!?」
知らなかった。そうなんだ。
「自分が失くさなくても誰かから盗られて捨てられたら、エコじゃないよな」
そうだ。大量生産・大量消費の時代は終わりにしよう。と、そう言っても日本はまだまだだ。だからこんなにもロスがある。
「今度ビニール傘を使う時はマーカーとかつけて盗難対策しないとな」
「私もそうするよ!」
こうしてまた一つ、エコへの道が開けた。
彼は私を私の家の前まで送ると、手を振ってまたねと言った。外はもうだいぶ暗くて、虫の鳴き声や冷気を含む風に秋の訪れが溢れていた。
「じゃあおやすみ!」
「おやすみー」
夕方六時過ぎ、まだ寝ない。けれど私たちは会っている時も電話の時もいつもそうやって分かれる。
彼との会話は本当に楽しかった。彼は物知りで知的だった。将来結婚するならこういう理解のある人がいいだろう。私たちいずれそうなるんだと信じていた。けれど彼は少しずつ無口になっていった。
私はよく彼に今日起こったこととか、友達と話したこととかそういうふとしたささやかなことをメッセージした。彼は最初は相槌をうってくれていたがそれは次第にスタンプ一つだけになった。彼は進学校にいるので勉強で忙しいんだと私は自分に言い聞かせていた。
彼から断られて一ヶ月近くデートしない日が続いた。そんなある日彼からSNSでメッセージが来た。
「急にごめん。別れて欲しい」
私はその一言に青ざめた。すぐに彼に電話をする。
「もう好きじゃない」
電話口の彼は静かに言った。こんな突き放すような言葉をかけれるのは初めてで私もつい口調が早くなる。
「何で? それじゃ分かんないよ。ちゃんと説明して」
「だから、好きじゃない」
向こうでふうとため息をつかれたのが分かる。でも私にだって知りたいことがある。
「好きじゃないには理由があるじゃん? 理由を教えて」
「そういうところ」
「どういうところ?」
「……」
「説明してよ。私たち二年も付き合ったんだよ? ちゃんと言ってくれないと別れられないよ」
「……じゃないから」
「何?」
「エコじゃないから」
「エコじゃないって、どういうこと?」
私は自分の声が震えているのを感じていた。泣きそうだと思っていたら彼の方が先に泣き出した。
「毎回いちいちしんどい。楽しくてもしょっちゅうエコだ。エコだって言われて気が沈む」
私は面食らった。私たちの未来はエコによって開かれると信じていたからだ。
「一緒にいるの、全然エコじゃない。無駄に疲れるんだよ。もう好きじゃない」
彼はそう言い切ると通話を終了してしまった。
エコとはエコロジー(地球に優しい)とエコノミー(節約)の両方の意味を含むようだ。活動としては環境保全やゴミ削減、省エネといった色々ものがありそれぞれがそれぞれに持続可能な社会を目指した目標を持っている。
地球規模での目標ももちろんだが、私たちの小さな努力もまた大きなエコに繋がる一歩である。地球環境が悪くなったのは人のせいなのだから人が修正するのは義務だ。
「一人一人の意識が変われば、地球は、ひいては私たちの未来は守られるのです」
かつて弁論大会の壇上で私はそう熱く語った。練習よりもずっと情熱的に。その時のことを思い出す。
「エコじゃ、ないんだ……」
スマホをその辺に放って、自室のベッドの上であぐらをかいて私は考える。恋愛におけるエコって何なのだろう? 彼の言うことが初めて分からない。でも頭のいい彼が言うのだからそうなのだろう。となると出る結論は一つ。
「なら仕方ないか」
省エネのために電気の明るさを落とした部屋で、リサイクルショップで入手したおしゃれ服や家具に囲まれて、小学校時代から着てるパジャマのままで、私はつぶやいた。




