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勇者パーティーを追放された俺、再就職先が王立幼稚園だった件 〜しかも先生じゃなく園児側、隣の五歳児が上級魔法を無詠唱で撃つんだが?〜

作者: 月宮 かすみ
掲載日:2026/05/27

 

 勇者パーティーを追放された翌朝、俺は黄色い帽子をかぶっていた。


 比喩ではない。


 首から名札を下げ、肩には小さすぎる通園カバン。胸元には、丸い字でこう書かれている。


『ひよこ組 レオンくん』


「……俺は二十三歳だ」


「はい、レオンくん。朝のごあいさつは?」


 目の前の女性は、にこやかに手を叩いた。


 金髪を後ろでまとめた、いかにも優しそうな先生だ。


 だが俺に向ける目は完全に園児を見るそれだった。


「おはようございます」


 俺は教室を見回した。


 小さな机。


 小さな椅子。


 壁に貼られた、やたら上手いドラゴンの写生。


 床に転がる積み木。


 そして俺をきらきらした目で見上げる園児たち。


「おはよー、レオンくん!」


「レオンくん、おっきいね!」


「でも魔力量すくなーい!」


 初対面で失礼すぎる。


 俺は昨日まで、勇者パーティーの後衛魔法使いだった。


 火力は低い。


 派手な魔法も使えない。


 だが、荷物運び、結界の補助、索敵、簡単な治療、野営の火起こし、濡れた靴下の乾燥まで、地味な仕事は全部こなしてきた。


 それなのに勇者は言った。


「レオン、お前は伸びしろがない。パーティーの格に合わない」


 そして追放魔法陣に放り込まれた。


 俺は辺境の砦か、魔物だらけの鉱山か、最悪でも治安の悪い港町あたりに飛ばされると思っていた。


 だが目を開けたら幼稚園だった。


 しかも職員室ではない。


 園児用の下駄箱の前だった。


「レオンくんの適性再配置先は、王立ひよこ幼稚園です」


 園長は真顔でそう言った。


「先生としてか?」


「いいえ」


「用務員か?」


「いいえ」


「まさか警備員か?」


「園児です」


「なぜだ」


「追放者再配置制度により、精神的成長が必要と判断されました」


 制度が人を殴っている。


「はい、では今日は魔法の訓練から始めます」


 先生が黒板に大きく書いた。


『きょうのめあて:まほうでおともだちをころさない』


 目標が低いのか高いのか分からない。


 園児たちは元気よく返事をした。


「はーい!」


 俺は小さな椅子に無理やり腰を下ろし、膝が机にぶつかっていた。


 こんなガキどもと魔法訓練だと?


 勇者パーティーを追放されたとはいえ、俺も一応は実戦経験者だ。


 いくらなんでも幼児相手に本気を出すわけにはいかない。


「では、まずレオンくん。好きな魔法を見せてください」


「……いいのか?」


「お友だちに当てなければ大丈夫です」


 基準が怖い。


 俺は指先に小さな火を灯した。


 生活魔法《種火》。


 野営で鍋に火をつけるときに便利なやつだ。


 戦闘ではほぼ使わない。


「ほら、火だ」


 園児たちが一斉に拍手した。


「わー!」


「ちいさい!」


「かわいい!」


「マッチみたい!」


 褒めているのか処刑しているのか判断に困る。


 先生は穏やかにうなずいた。


「いいですね。制御が丁寧です。では次、ミリィちゃん」


「はーい」


 桃色の髪をした女の子が、とてとて前に出た。


 身長は俺の腰くらい。


 手にはうさぎのぬいぐるみを抱いている。


「ミリィ、きょうはお花の魔法やります」


「えらいですね。お友だちに当てないようにね」


「はーい」


 ミリィちゃんはぬいぐるみを掲げた。


 次の瞬間、教室の天井に七重の魔法陣が展開した。


 俺は椅子ごと後ろへひっくり返った。


「七重展開式だと!?」


「おはなー」


 ミリィちゃんがにこっと笑った。


 魔法陣から、白銀の光が降り注ぐ。

 光は空中で収束し、槍となり、さらに枝分かれし、花びらの形をした刃を無数に作り出した。


 上級殲滅魔法《聖花槍雨》


 王都の魔術師団でも、扱える者は数えるほどしかいない。


 それが教室の真ん中で、五歳児のお遊戯みたいに発動していた。


「先生! 止めろ! 園舎が消える!」


「大丈夫ですよ。ミリィちゃんは昨日、照準が少し上手になりました」


「昨日まではどうだったんだ!?」


「園庭が半分、花壇になりました」


「平和な言い方をするな!」


 ミリィちゃんは魔法を壁際の的へ向けた。


 的は爆発しなかった。


 消えた。


 存在ごと、最初からなかったみたいに。


 園児たちは拍手した。


「ミリィちゃん、すごーい!」


「きのうよりお花っぽい!」


「レオンくんの火もよかったよ!」


 慰めが早い。


 俺は立ち上がりながら、額の汗をぬぐった。


「おかしいだろ……なんで幼稚園児が上級魔法を使えるんだ……?」


 その後も訓練は続いた。


 積み木を浮かせる練習かと思えば、積み木で城塞結界を構築する子。


 水魔法かと思えば、教室の湿度だけを敵兵の肺に合わせて調整する子。


 お絵描きの時間かと思えば、描いた魔獣を三分だけ実体化させる子。


 俺の生活魔法は、完全に「お兄さんすごいね、火がつけられるんだね」枠だった。


「では次は戦闘訓練です」


 先生がさらりと言った。


 俺は反射的に顔を上げた。


「戦闘訓練?」


「はい。今日はお外です」


 ようやく常識的な響きが出てきた。


 木剣で素振り。


 せいぜいスライム相手の模擬戦。


 幼稚園なら、そういうものだろう。


 園児たちは小さなリュックを背負い、水筒を持った。


 先生が配ったしおりの表紙には、こう書かれていた。


『たのしいドラゴンとうばつ』


 俺はしおりを二度見した。


「先生」


「はい、レオンくん」


「これは遠足の誤植か?」


「いいえ。戦闘訓練です」


「ドラゴン討伐が?」


「はい。今日は小型ですから」


「ドラゴンに小型とか関係あるか!」


「ありますよ。大型は年長さんからです」


 年長さんを何だと思っているんだ。


 俺たちは園バスに乗せられた。


 園児たちは歌っている。


「どーらごんさん、こんにちはー」


「つばさをもいだら、さようならー」


 歌詞を監査しろ。


 到着したのは、王都北方の岩山だった。


 黒い煙が上がっている。


 焦げた木々。


 割れた岩。


 空気に混じる硫黄の匂い。


 その奥から、赤い鱗のドラゴンが姿を現した。


 小型と言っても、家より大きい。


 鋭い爪。


 炎を吐く喉。


 尻尾だけで馬車を砕ける。


 俺は本能的に杖を握った。


「全員、下がれ! 先生、避難を――」


「はい、ひよこ組さん。二列に並んで」


「「はーい!」」


 並ぶのか。


 ドラゴン前で。


 ドラゴンが咆哮した。


 岩山が震える。


 園児たちは耳を押さえた。


「うるさーい」


「せんせー、ドラゴンさん、朝の声が大きいです」


「そうですね。注意しましょう」


 先生は連絡帳を開き、淡々と書いた。


『本日のドラゴン:声量に課題あり』


 何の評価だ。


「では、作戦確認です。ブレス担当は?」


「はーい!」


 青い帽子の男の子が手を上げた。


「翼固定担当は?」


「はーい!」


 三人の園児が手を上げる。


「とどめ担当は?」


 ミリィちゃんがぬいぐるみを抱いたまま手を上げた。


「ミリィ、お花やる」


「はい。ではレオンくん」


 先生が俺を見た。


「あなたは初日なので、見学でもいいですよ」


 見学。


 ドラゴン討伐を。


 園児側で。


 俺の中で、元勇者パーティー魔法使いとしての何かが音を立てて折れた。


「……分かった。俺は後ろで補助する」


「えらいですね」


「園児扱いをやめろ」


 ドラゴンが炎を吐いた。


 赤い濁流が、園児たちへ迫る。


 俺は反射的に結界魔法を張ろうとした。


 だがその前に、青い帽子の男の子が水筒を振った。


「おちゃバリアー!」


 水筒から出た麦茶が空中で巨大な壁になり、炎を受け止めた。


 蒸気が爆発するように広がる。


「麦茶でブレスを止めるな!」


「カフェインないから安心です!」


「論点が違う!」


 翼固定担当の三人が、地面にクレヨンで線を引いた。


 その線から鎖が伸び、ドラゴンの両翼を絡め取る。


「おえかき封印術!」


「きょうははみ出さない!」


「はみ出すと先生に怒られる!」


 ドラゴンが暴れる。


 しかし鎖はびくともしない。


 ミリィちゃんが一歩前へ出た。


「お花ー」


 七重の魔法陣。


 聖なる花びらの槍。


 ドラゴンの額に向かって、光が落ちた。


 その瞬間、俺は見た。


 ドラゴンの尻尾が、横から大きくしなった。


 狙いはミリィちゃんではない。


 後ろで転んだ、小さな園児だ。


 誰も気づいていない。


 園児たちは強い。


 強すぎる。


 だから、死角への警戒が甘い。


 俺は走った。


「伏せろ!」


 俺は転んだ園児を抱き上げ、前へ転がる。


 その背後を、ドラゴンの尻尾が通過した。


 骨がきしむほどの風。


 まともに食らえば、人間など簡単に潰れる。


 俺は杖を地面に突き立てた。


 《薄皮結界》


 勇者パーティーでは馬鹿にされていた。


 強い攻撃は防げない。


 見た目も地味。


 名前も弱そう。


 だが俺はこの魔法を、野営の虫除け、雨よけ、鍋の保温、勇者の寝相対策に使い続けてきた。


 薄く、広く、何枚も重ねる。


 ドラゴンの尻尾が二撃目を放つ。


 一枚目が割れた。


 二枚目も割れた。


 三枚目で勢いが鈍る。


 四枚目が角度をずらす。


 五枚目が地面へ逃がす。


 尻尾は俺の真横に落ち、岩を砕いた。


 抱えていた園児が、ぽかんと俺を見た。


「レオンくん、すごい」


「すごくない。危なかっただけだ」


「でも、ぼくを見てた」


 俺は言葉に詰まった。


 その間に、ミリィちゃんの魔法がドラゴンの額を正確に貫いた。


 ドラゴンは大きく揺れ、地面に倒れた。


 岩山に静寂が戻る。


 園児たちは一斉に歓声を上げた。


「やったー!」


「お昼ごはんだー!」


「ドラゴンさん、ありがとうございまーす!」


 礼儀正しい討伐だった。


 先生が手を叩いた。


「はい、みんな。今日の反省です。ミリィちゃん、とどめは上手でした。でも後方確認が足りませんでしたね」


「はーい」


「翼固定班は線が少し曲がりました」


「ごめんなさーい」


「ブレス班は麦茶を使いすぎました。帰りの分がありません」


「えー!」


「そしてレオンくん」


 俺は身構えた。


 先生はにこりと笑った。


「たいへんよくできました」


 先生は俺の名札に、金色のシールを貼った。


『きけんをみつけられた』


 二十三歳、人生初の金シールである。


「……どうも」


「レオンくんは火力こそ低いですが、周囲を見る力がありますね」


「それは、まあ……勇者パーティーで雑用ばかりやってたからな」


「雑用ではありません。集団戦では重要です」


 先生の声は、初めて少しだけ真面目だった。


「この子たちは強い。でも、強すぎる子ほど、自分が何を壊せるかは知っていても、何を守るべきかを忘れます」


 園児たちはドラゴンの横で弁当を広げていた。


「ドラゴンのしっぽ、からあげにできる?」


「せんせー、ミリィのおにぎり、魔力で光ってます」


「食べる前に封印を解いてくださいね」


 俺はその光景を見ながら、ため息をついた。


 勇者パーティーを追放されて、終わったと思った。


 だがどうやら俺は、もっと危険な場所へ来てしまったらしい。


 魔王軍より怖い。


 王国騎士団より制御不能。


 そして、本人たちは昼寝の時間を何より大事にしている。


 王立ひよこ幼稚園。


 この国の未来は明るい。


 明るすぎて、たぶん爆発する。


 帰りの園バスで、俺は疲れ果てて窓にもたれていた。


 隣ではミリィちゃんが、うさぎのぬいぐるみを抱いて眠っている。


 その小さな手が、俺の袖をつかんでいた。


「レオンくん……あしたも、いっしょにとうばつ……」


「明日は普通の授業にしてくれ」


 俺がそうつぶやいたとき、先生が明日の予定表を配った。


 俺は受け取った紙を見た。


『あしたのよてい』


 一、朝の会


 二、古代魔王語


 三、魔界遠足


 四、魔王軍四天王とのふれあい体験


 五、お昼寝


 その下に、赤字で持ち物が書かれていた。


『水筒、帽子、ハンカチ、魔王の首を入れる袋』


 俺は静かに予定表を閉じた。


 そして、窓の外を見ながら思った。


 勇者パーティーに戻りたいとは、もう思わない。


 ただ一つだけ、はっきりしている。


 俺を追放した勇者たちより、この幼稚園のほうが絶対に強い。


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