勇者パーティーを追放された俺、再就職先が王立幼稚園だった件 〜しかも先生じゃなく園児側、隣の五歳児が上級魔法を無詠唱で撃つんだが?〜
勇者パーティーを追放された翌朝、俺は黄色い帽子をかぶっていた。
比喩ではない。
首から名札を下げ、肩には小さすぎる通園カバン。胸元には、丸い字でこう書かれている。
『ひよこ組 レオンくん』
「……俺は二十三歳だ」
「はい、レオンくん。朝のごあいさつは?」
目の前の女性は、にこやかに手を叩いた。
金髪を後ろでまとめた、いかにも優しそうな先生だ。
だが俺に向ける目は完全に園児を見るそれだった。
「おはようございます」
俺は教室を見回した。
小さな机。
小さな椅子。
壁に貼られた、やたら上手いドラゴンの写生。
床に転がる積み木。
そして俺をきらきらした目で見上げる園児たち。
「おはよー、レオンくん!」
「レオンくん、おっきいね!」
「でも魔力量すくなーい!」
初対面で失礼すぎる。
俺は昨日まで、勇者パーティーの後衛魔法使いだった。
火力は低い。
派手な魔法も使えない。
だが、荷物運び、結界の補助、索敵、簡単な治療、野営の火起こし、濡れた靴下の乾燥まで、地味な仕事は全部こなしてきた。
それなのに勇者は言った。
「レオン、お前は伸びしろがない。パーティーの格に合わない」
そして追放魔法陣に放り込まれた。
俺は辺境の砦か、魔物だらけの鉱山か、最悪でも治安の悪い港町あたりに飛ばされると思っていた。
だが目を開けたら幼稚園だった。
しかも職員室ではない。
園児用の下駄箱の前だった。
「レオンくんの適性再配置先は、王立ひよこ幼稚園です」
園長は真顔でそう言った。
「先生としてか?」
「いいえ」
「用務員か?」
「いいえ」
「まさか警備員か?」
「園児です」
「なぜだ」
「追放者再配置制度により、精神的成長が必要と判断されました」
制度が人を殴っている。
「はい、では今日は魔法の訓練から始めます」
先生が黒板に大きく書いた。
『きょうのめあて:まほうでおともだちをころさない』
目標が低いのか高いのか分からない。
園児たちは元気よく返事をした。
「はーい!」
俺は小さな椅子に無理やり腰を下ろし、膝が机にぶつかっていた。
こんなガキどもと魔法訓練だと?
勇者パーティーを追放されたとはいえ、俺も一応は実戦経験者だ。
いくらなんでも幼児相手に本気を出すわけにはいかない。
「では、まずレオンくん。好きな魔法を見せてください」
「……いいのか?」
「お友だちに当てなければ大丈夫です」
基準が怖い。
俺は指先に小さな火を灯した。
生活魔法《種火》。
野営で鍋に火をつけるときに便利なやつだ。
戦闘ではほぼ使わない。
「ほら、火だ」
園児たちが一斉に拍手した。
「わー!」
「ちいさい!」
「かわいい!」
「マッチみたい!」
褒めているのか処刑しているのか判断に困る。
先生は穏やかにうなずいた。
「いいですね。制御が丁寧です。では次、ミリィちゃん」
「はーい」
桃色の髪をした女の子が、とてとて前に出た。
身長は俺の腰くらい。
手にはうさぎのぬいぐるみを抱いている。
「ミリィ、きょうはお花の魔法やります」
「えらいですね。お友だちに当てないようにね」
「はーい」
ミリィちゃんはぬいぐるみを掲げた。
次の瞬間、教室の天井に七重の魔法陣が展開した。
俺は椅子ごと後ろへひっくり返った。
「七重展開式だと!?」
「おはなー」
ミリィちゃんがにこっと笑った。
魔法陣から、白銀の光が降り注ぐ。
光は空中で収束し、槍となり、さらに枝分かれし、花びらの形をした刃を無数に作り出した。
上級殲滅魔法《聖花槍雨》
王都の魔術師団でも、扱える者は数えるほどしかいない。
それが教室の真ん中で、五歳児のお遊戯みたいに発動していた。
「先生! 止めろ! 園舎が消える!」
「大丈夫ですよ。ミリィちゃんは昨日、照準が少し上手になりました」
「昨日まではどうだったんだ!?」
「園庭が半分、花壇になりました」
「平和な言い方をするな!」
ミリィちゃんは魔法を壁際の的へ向けた。
的は爆発しなかった。
消えた。
存在ごと、最初からなかったみたいに。
園児たちは拍手した。
「ミリィちゃん、すごーい!」
「きのうよりお花っぽい!」
「レオンくんの火もよかったよ!」
慰めが早い。
俺は立ち上がりながら、額の汗をぬぐった。
「おかしいだろ……なんで幼稚園児が上級魔法を使えるんだ……?」
その後も訓練は続いた。
積み木を浮かせる練習かと思えば、積み木で城塞結界を構築する子。
水魔法かと思えば、教室の湿度だけを敵兵の肺に合わせて調整する子。
お絵描きの時間かと思えば、描いた魔獣を三分だけ実体化させる子。
俺の生活魔法は、完全に「お兄さんすごいね、火がつけられるんだね」枠だった。
「では次は戦闘訓練です」
先生がさらりと言った。
俺は反射的に顔を上げた。
「戦闘訓練?」
「はい。今日はお外です」
ようやく常識的な響きが出てきた。
木剣で素振り。
せいぜいスライム相手の模擬戦。
幼稚園なら、そういうものだろう。
園児たちは小さなリュックを背負い、水筒を持った。
先生が配ったしおりの表紙には、こう書かれていた。
『たのしいドラゴンとうばつ』
俺はしおりを二度見した。
「先生」
「はい、レオンくん」
「これは遠足の誤植か?」
「いいえ。戦闘訓練です」
「ドラゴン討伐が?」
「はい。今日は小型ですから」
「ドラゴンに小型とか関係あるか!」
「ありますよ。大型は年長さんからです」
年長さんを何だと思っているんだ。
俺たちは園バスに乗せられた。
園児たちは歌っている。
「どーらごんさん、こんにちはー」
「つばさをもいだら、さようならー」
歌詞を監査しろ。
到着したのは、王都北方の岩山だった。
黒い煙が上がっている。
焦げた木々。
割れた岩。
空気に混じる硫黄の匂い。
その奥から、赤い鱗のドラゴンが姿を現した。
小型と言っても、家より大きい。
鋭い爪。
炎を吐く喉。
尻尾だけで馬車を砕ける。
俺は本能的に杖を握った。
「全員、下がれ! 先生、避難を――」
「はい、ひよこ組さん。二列に並んで」
「「はーい!」」
並ぶのか。
ドラゴン前で。
ドラゴンが咆哮した。
岩山が震える。
園児たちは耳を押さえた。
「うるさーい」
「せんせー、ドラゴンさん、朝の声が大きいです」
「そうですね。注意しましょう」
先生は連絡帳を開き、淡々と書いた。
『本日のドラゴン:声量に課題あり』
何の評価だ。
「では、作戦確認です。ブレス担当は?」
「はーい!」
青い帽子の男の子が手を上げた。
「翼固定担当は?」
「はーい!」
三人の園児が手を上げる。
「とどめ担当は?」
ミリィちゃんがぬいぐるみを抱いたまま手を上げた。
「ミリィ、お花やる」
「はい。ではレオンくん」
先生が俺を見た。
「あなたは初日なので、見学でもいいですよ」
見学。
ドラゴン討伐を。
園児側で。
俺の中で、元勇者パーティー魔法使いとしての何かが音を立てて折れた。
「……分かった。俺は後ろで補助する」
「えらいですね」
「園児扱いをやめろ」
ドラゴンが炎を吐いた。
赤い濁流が、園児たちへ迫る。
俺は反射的に結界魔法を張ろうとした。
だがその前に、青い帽子の男の子が水筒を振った。
「おちゃバリアー!」
水筒から出た麦茶が空中で巨大な壁になり、炎を受け止めた。
蒸気が爆発するように広がる。
「麦茶でブレスを止めるな!」
「カフェインないから安心です!」
「論点が違う!」
翼固定担当の三人が、地面にクレヨンで線を引いた。
その線から鎖が伸び、ドラゴンの両翼を絡め取る。
「おえかき封印術!」
「きょうははみ出さない!」
「はみ出すと先生に怒られる!」
ドラゴンが暴れる。
しかし鎖はびくともしない。
ミリィちゃんが一歩前へ出た。
「お花ー」
七重の魔法陣。
聖なる花びらの槍。
ドラゴンの額に向かって、光が落ちた。
その瞬間、俺は見た。
ドラゴンの尻尾が、横から大きくしなった。
狙いはミリィちゃんではない。
後ろで転んだ、小さな園児だ。
誰も気づいていない。
園児たちは強い。
強すぎる。
だから、死角への警戒が甘い。
俺は走った。
「伏せろ!」
俺は転んだ園児を抱き上げ、前へ転がる。
その背後を、ドラゴンの尻尾が通過した。
骨がきしむほどの風。
まともに食らえば、人間など簡単に潰れる。
俺は杖を地面に突き立てた。
《薄皮結界》
勇者パーティーでは馬鹿にされていた。
強い攻撃は防げない。
見た目も地味。
名前も弱そう。
だが俺はこの魔法を、野営の虫除け、雨よけ、鍋の保温、勇者の寝相対策に使い続けてきた。
薄く、広く、何枚も重ねる。
ドラゴンの尻尾が二撃目を放つ。
一枚目が割れた。
二枚目も割れた。
三枚目で勢いが鈍る。
四枚目が角度をずらす。
五枚目が地面へ逃がす。
尻尾は俺の真横に落ち、岩を砕いた。
抱えていた園児が、ぽかんと俺を見た。
「レオンくん、すごい」
「すごくない。危なかっただけだ」
「でも、ぼくを見てた」
俺は言葉に詰まった。
その間に、ミリィちゃんの魔法がドラゴンの額を正確に貫いた。
ドラゴンは大きく揺れ、地面に倒れた。
岩山に静寂が戻る。
園児たちは一斉に歓声を上げた。
「やったー!」
「お昼ごはんだー!」
「ドラゴンさん、ありがとうございまーす!」
礼儀正しい討伐だった。
先生が手を叩いた。
「はい、みんな。今日の反省です。ミリィちゃん、とどめは上手でした。でも後方確認が足りませんでしたね」
「はーい」
「翼固定班は線が少し曲がりました」
「ごめんなさーい」
「ブレス班は麦茶を使いすぎました。帰りの分がありません」
「えー!」
「そしてレオンくん」
俺は身構えた。
先生はにこりと笑った。
「たいへんよくできました」
先生は俺の名札に、金色のシールを貼った。
『きけんをみつけられた』
二十三歳、人生初の金シールである。
「……どうも」
「レオンくんは火力こそ低いですが、周囲を見る力がありますね」
「それは、まあ……勇者パーティーで雑用ばかりやってたからな」
「雑用ではありません。集団戦では重要です」
先生の声は、初めて少しだけ真面目だった。
「この子たちは強い。でも、強すぎる子ほど、自分が何を壊せるかは知っていても、何を守るべきかを忘れます」
園児たちはドラゴンの横で弁当を広げていた。
「ドラゴンのしっぽ、からあげにできる?」
「せんせー、ミリィのおにぎり、魔力で光ってます」
「食べる前に封印を解いてくださいね」
俺はその光景を見ながら、ため息をついた。
勇者パーティーを追放されて、終わったと思った。
だがどうやら俺は、もっと危険な場所へ来てしまったらしい。
魔王軍より怖い。
王国騎士団より制御不能。
そして、本人たちは昼寝の時間を何より大事にしている。
王立ひよこ幼稚園。
この国の未来は明るい。
明るすぎて、たぶん爆発する。
帰りの園バスで、俺は疲れ果てて窓にもたれていた。
隣ではミリィちゃんが、うさぎのぬいぐるみを抱いて眠っている。
その小さな手が、俺の袖をつかんでいた。
「レオンくん……あしたも、いっしょにとうばつ……」
「明日は普通の授業にしてくれ」
俺がそうつぶやいたとき、先生が明日の予定表を配った。
俺は受け取った紙を見た。
『あしたのよてい』
一、朝の会
二、古代魔王語
三、魔界遠足
四、魔王軍四天王とのふれあい体験
五、お昼寝
その下に、赤字で持ち物が書かれていた。
『水筒、帽子、ハンカチ、魔王の首を入れる袋』
俺は静かに予定表を閉じた。
そして、窓の外を見ながら思った。
勇者パーティーに戻りたいとは、もう思わない。
ただ一つだけ、はっきりしている。
俺を追放した勇者たちより、この幼稚園のほうが絶対に強い。
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