第八話
宇宙の墓場、あるいは欲望の吹き溜まり。
無数の廃棄衛星やデブリを強引に繋ぎ合わせて作られたその巨大な構造体は、宇宙へと伸びるその形状から、いつしかこう呼ばれるようになった。
【屑鉄の巣アラクネ】
銀河共和国の法が届かぬこの場所では、金と暴力だけが共通言語だ。
その最上層。ステーション全体を見下ろす支配者の私室は、下層のスラム街とは無縁の、洗練された――しかしどこか冷たさを感じる、ミニマルなオフィスだった。
床には埃一つなく、壁面には株価チャートと戦争のライブ映像が淡々と流れている。
「――それで? 君の報告は以上かな、ガレッゾ君」
部屋の奥、巨大なデスクに座る男が、手元のタブレットから視線を上げずに問いかけた。
カラメル・カルマンディ。銀河共和国の裏社会で強大なファミリーを築き上げたマフィアのボスであり、同時に表社会では兵器開発会社のCEOを務める男。
細身の高級スーツを着こなしたその姿は、一見するとカリスマ性溢れるビジネスマンにしか見えない。
「は、はい……。ですが、ボス! 俺の話を聞いてください! 今回は運が悪かっただけで……!」
デスクの前で土下座をするガレッゾは、レイオンで見せた姿よりも擦り減ったようにボロボロだった。
任務失敗の心労と、カルマンディへの恐怖が彼を蝕んでいるのだ。
「運、か」
カルマンディは初めて顔を上げ、ガレッゾを見た。
冷たい瞳。そこには怒りも呆れもない。ただ、無機質に損益判断を行うだけだった。
「ビジネスに運を持ち込むのは三流だ。私が投資したのは君の『運』ではなく、君が提示した『利益』だ」
彼は指先でデスクを叩いた。
「多脚戦車の損失、部隊の半壊による補償費、無許可で雇った傭兵との契約金、そして共和国軍からの指名手配によるリスクヘッジ費用……。君が生み出したのは莫大な『負債』だけだ。私のファミリーに、無能を養う余剰経費は1クレジットもない」
淡々とした通告。
それが死刑宣告だと理解したガレッゾは、悲鳴を上げて懐を探った。
「ま、待ってください! 利益ならあります! これです、これを見てください!」
彼が差し出したのは、蒼く輝く結晶石のペンダントだった。
無機質なオフィスに、幻想的な光が満ちる。
「ほう……?」
カルマンディが初めて興味を示した。
彼はペンダントを手に取ると、デスクの解析スキャナにかざす。
表示された数値を見て、彼の口元が微かに歪んだ。
「驚いたな。現在発見されているどの鉱石にも該当しない。それにペンダントから溢れるエネルギー量……なるほど、これが『レイオンの秘宝』か」
「そうです! こいつは金になります! これさえあれば、損失なんて一発で帳消しに……!」
「黙りたまえ」
カルマンディの低い声に、ガレッゾが凍りつく。
彼はペンダントを指で弄びながら、独り言のように呟いた。
「君の報告書にあった『無から有を生む力』か……。これを兵器転用すれば、戦争のパラダイムシフトが起きるな……報告が本当であれば、だが」
彼の脳裏で、瞬時に数十パターンのビジネスプランが構築されていく。
死の商人としての嗅覚が、この石に莫大なビジネスチャンスを嗅ぎつけている。
「……で、この石を制御する『鍵』が必要だという話だったね?」
「は、はい! レイオンの王女です! あのガキが生きてる限り、この石の価値は何倍にもなる! 俺を追って、必ずここに来るはずです!」
ガレッゾの言葉に、カルマンディは目を細めた。
その時、デスクの通信機から着信が入る。
『カルマンディ様。報告があります』
「手短にな」
『ステーションへの接近船を確認。識別信号は……エコーズの番犬フレデリックの船『キャリコ』です』
その報告に、カルマンディの瞳に鋭い光が宿った。
フレデリック。そして、その背後にいるニール・E=ターメルの影。
(なるほど。あの偽善者が欲しがるほどのネタか。……ならば、私が独占する価値は十分にある)
裏社会を統べるべくカルマンディは銀河共和国の元老院議員たちといくつものパイプを持っていた。
そして、ニールもそのパイプの一つだったが、その本性――慈愛という名の狂気――には反吐が出るほどの嫌悪感を抱いていた。
しかし、エコーズを牛耳る彼との取引材料が増えるなら、それは大きな利益になる。
「……面白い。ガレッゾ君、君の提案は受理されたよ」
カルマンディは立ち上がり、ガレッゾを見下ろして微笑んだ。
それは慈悲ではなく、新たな「利用価値」を見つけた捕食者の笑みだった。
「君の負債は一時凍結しよう。……ただし、失敗は許されない。あの船の乗客を、私の『商品』として丁重に招き入れるんだ」
「は、はいっ! ありがとうございます!」
「下がっていい。……ああ、それと」
退出しかけたガレッゾに、カルマンディは冷たく釘を刺した。
「次は地下の独房で待機していろ。……余計な真似をして私の商談を壊したら、その時は君の臓器をパーツ単位で売り捌いて補填させるからな」
ガレッゾが震え上がりながら部屋を出て行く。
静寂が戻ったオフィスで、カルマンディは窓の外に広がる宇宙を見つめ、ペンダントを強く握りしめた。
「ようこそ、アラクネへ。……私の利となるか否か……確かめさせてもらおう」




