第六話
ガレッゾの襲撃から数日後。
夜明けの風が、焦げ付いた硝煙の臭いを運び去っていく。
王都を一望できる小高い丘の上。そこに、二つの真新しい墓標が立てられていた。
生き残った数十名の家臣や侍女たちが、すすり泣きながら祈りを捧げている。
その中心で、シオンは泥だらけのドレスのまま、静かに瞑目していた。
涙はもう見せない。彼女はゆっくりと目を開け、傍らに控える老執事に向き直った。
「……オズマ」
「はっ。ここに」
「私は行きます。父様の遺言……『レイオンの秘宝』を取り戻すために」
初老の執事、オズマは痛ましげに眉を寄せた。
「姫様……いえ、陛下。あまりにも危険です。どうか、御身を第一にお考え下さい…!」
オズマの言葉にシオンは漏れそうになった弱音を飲み込みひと呼吸置く。
「いいえ。秘宝がなければ、このレイオンはいずれ滅びてしまう。それに……あの大罪人ガレッゾを野放しにはできません」
その声には悲壮な決意が漂っていた。
彼女は振り返り、家臣たちを見渡す。
「留守を頼みます。必ず、必ず戻りますから」
「……御意。この命に代えましても、レイオンの地を守り抜いてみせます」
オズマは深く頭を垂れた。その目には、悲劇によって重荷を背負わざるを得ない姫への悲しみが滲んでいた。
*
葬列から少し離れた木陰。
シオンからの頼みで王と王妃の埋葬に呼ばれたフレデリックは
参列はせずその様子を遠巻きに眺めていた。
「すまないな、お姫様……俺がもっと上手く立ち回ってれば……」
誰に聞かせるでもなく、彼はポツリと漏らした。
救出対象だった王と王妃は死亡。ターゲットの秘宝は強奪された。
だが、彼が感じているのは任務の失敗に対する苛立ちではない。
「またしても守るべきものを救えなかった」自分への苛立ちだった。
『貴方のせいではありません、マスター。状況は予測不可能でした』
アルの慰めを、彼は鼻で笑って無視した。
そこへ、家臣たちとの別れを済ませたシオンが歩み寄ってくる。
彼女はフレデリックの前に立つと、真っ直ぐに彼を見上げた。
「フレデリックさん。お願いがあります」
「断る」
「まだ何も言っていません!」
「どうせ『一緒に連れて行け』だろ? 無理だ。俺は傭兵じゃない」
フレデリックは冷たく突き放し、背を向けた。
だが、シオンは回り込んで再び彼の前に立つ。そして、ドサリと膝をつき、地面に額を擦り付けた。
「おい、やめろ!」
狼狽えるフレデリックだったがシオンは止めない。
「お願いします! 私には力がありません…空の外に行く手段も…ですが、あの男から秘宝を取り戻すには、貴方の力が必要なんです!」
シオンは顔を上げ、泥に塗れた額のまま告げた。
「秘宝を取り戻し、国を再建できた暁には、私のすべてを差し出しても構いません。だから……!」
その悲痛な叫び。
フレデリックは眉をひそめた。その表情が、彼のトラウマを呼び覚ます。
だが、情だけで動けるほど、彼は自由な身ではなかった。
「……重すぎるんだよ、お前の人生は。他を当たってくれ」
彼が歩き出そうとした、その時。
アルのドローンが、甲高い着信音を鳴り響かせた。
『――やあ。話は聞かせてもらったよ。私も胸が張り裂けそうだ』
空中に投影されたホログラム。
ニール・E=ターメルが、相変わらずの聖人面で悔しさをにじませていた。
「……盗み聞きか、悪趣味な野郎だ」
『報告は聞いているよ。秘宝は強奪され、王族は娘一人を残して全滅……。悲劇だ。だが、まだ希望はある』
ニールの視線が、シオンへと向けられる。
値踏みするような、それでいて慈愛に満ちた異質な視線。
『フレデリック。新しい任務だ』
「おい、まさか…?」
『シオン王女を護衛し、彼女と共に秘宝を奪還するんだ』
それを聞いたシオンは目を見開く。
『シオン王女、申し遅れました。私はニール、そこのフレデリックの上司にあたります。
ニールは穏やかな笑みを浮かべ、シオンへと視線を向けた。
『我々エコーズは、貴女の復讐と秘宝の奪還を全面的に支援します。そして、貴女が不在の間、レイオンの守護と復興にも力を貸しましょう』
「え……本当、ですか!?」
『ええ、約束します。我々は平和と正義を愛する組織ですから。その代わり、貴女の力を貸していただきたい』
それは悪魔の契約にも似た、甘美な提案だった。だが、今のシオンにそれを疑う術も余裕もない。
「……分かりました。私の全てを賭けて、協力します」
『賢明な判断だ。……頼んだよ、フレデリック。彼女を丁重に扱ってくれたまえ』
ニールは満足げに頷き、通信を切った。
重苦しい沈黙が降りる。
フレデリックは深くため息をつき、頭を乱暴に掻いた。
そして、不安げに見つめるシオンの方へと向き直る。
「……来い」
「え?」
「上司の命令は絶対なんでな。……連れて行ってやるよ」
投げやりな言葉だったが、それは確かに承諾の証だった。
シオンの顔がぱっと明るくなる。
「あ、ありがとうございます……!」
「勘違いするな。俺はお前の保護者になるつもりはない。自分の身は自分で守れ」
フレデリックは背を向け、歩き出した。
その背中を、シオンは強く見つめ、駆け寄る。
「はい! ……よろしく頼みます、フレデリックさん!」
「”さん”はやめろ、呼び捨てでいい……」
*
宇宙船キャリコが、重力を振り切り宇宙へと飛び立つ。
急速に遠ざかる蒼い惑星。
船内では、シオンが助手席で泥のように眠っていた。
出発からしばらくの後、緊張の糸が切れ、親を失った悲しみと疲労が一気に押し寄せたのだろう。涙の跡が残る寝顔は、年相応の少女のそれだった。
『……珍しいですね。貴方が自分から面倒事を背負い込むなんて』
自動操縦に切り替えながら、アルがからかうように声をかける。
フレデリックは、眠るシオンの横顔をじっと見つめた。
ニールの命令だけではない。
やはり、放っておけなかったのだ。かつて守れなかった「彼女」と重なるこの少女を。
「……勘違いするな。ニールの任務は絶対だからな…」
彼はパイロットシートに背を預け、シオンの寝顔を見つめる。
「安心しろ、お姫様……地獄の底まで付き合ってやるよ」
誰にも聞こえないほどの小さな声で、彼は呟く。
それは契約の確認であり、自分自身への呪いの言葉でもあった。
キャリコは加速する。
星の海へ。終わりのない、復讐と再生の旅路へ。




