第五話
血の匂いが充満する玉座の間。
気絶していた母、王妃エレナがうめき声を上げて意識を取り戻した。
「……う、ん……ここは……?」
「お母様! ああ、よかった……!」
シオンは泣きながら母に抱きついた。エレナは状況を理解できていないようだったが、すぐに傍らで血を流している夫の姿を見て、悲鳴を上げた。
「あなた! しっかりして、あなた!」
「……エ、レナ……無事、か……」
ガイウス王は瀕死の状態だった。
「おい、感動の再会は後にしろ。まだ終わってないぞ」
フレデリックは、崩れた扉の方角を睨んだまま警告した。
歴戦の剣士は外から伝わってくる異様な殺気を感じ取っていた。
『警告。質量兵器の接近を確認。……壁、来ます!』
アルの声と同時だった。
玉座の間の側面、分厚い石壁が内側から爆砕された。
ズガアアアンッ!!
砂煙の中から現れたのは、巨大な鋼鉄の蜘蛛だった。
六本の脚を持つ多脚戦車。
「そのペンダントは俺のものだ!誰にも渡さねぇぇぞ!!」
ガレッゾの絶叫が玉座に響き渡る。
フレデリックが舌打ちし、刀を構えると同時に疾走。
速度と勢いを乗せた刺突を繰り出すが鋼鉄の蜘蛛はそれを容易に弾く。
ガレッゾは狂ったように笑い、戦車を回転させフレデリックを吹き飛ばしつつ、機関砲をシオンたちに向けた。
「無駄だ無駄だ! 死ねよバケモノ女!」
「シオン、危ない!」
砲口が火を噴く。
反応したのは、母エレナだった。
彼女は咄嗟にシオンを突き飛ばし、自らその射線上に立ちはだかったのだ。
「お母様――!?」
ドォォン!!
着弾の衝撃が玉座の間を揺らす。
エレナの華奢な体は、榴弾の直撃を受けて木の葉のように舞った。
「が、はっ……」
血飛沫が舞い、エレナが床に叩きつけられる。
その跳弾で、シオンの首にかかっていたペンダントの鎖が切れ、宙を舞って床へと転がった。
「――ぁ、あ……」
シオンの視界が白く染まる。
母が、動かない。優しかった母が、ただの肉塊になって転がっている。
「邪魔すんじゃねぇよ! 今度こそ死ねぇ!」
ガレッゾが次弾を装填する駆動音が響く。
その音が、シオンの中の何かを完全に焼き切った。
「いや……いや……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
ボウッ、と。
シオンの全身から、これまでとは桁違いの密度の蒼い炎が噴き出した。
それは松明のような揺らめきではない。大気を揺るがし焦がす指向性を持ったエネルギーの濁流。
拒絶の悲鳴と共に放たれた蒼き炎が、多脚戦車を飲み込む。
超高熱の奔流に、鋼鉄の装甲が赤熱し、関節部のモーターが悲鳴を上げた。
「な、なんだ何が起こった!? 動けねぇ!?」
ガレッゾが操縦桿を引くが、熱膨張を起こした機体は軋むだけで動かない。
シオンの怒りが、物理的に戦車の動きを止めたのだ。
『敵機、装甲温度の急激な上昇を確認、マスター今です!』
アルの分析を聞きつつその隙を見逃すフレデリックではない。
彼は銀のリボルバーを構えると、それを自身の左腕義手のコネクタにガチンと接続した。
「じゃあな、蜘蛛野郎」
義手の排熱ダクトが展開し、バチバチと青白い放電が周囲を薙ぐ。
レールガン・モード起動。
フレデリックが引き金を絞る。
ズガァァァァァァァァンッ!!
発射された弾丸は音速を遥かに超え、一直線に多脚戦車のコアを貫いた。
装甲など紙切れ同然。
内部から誘爆を起こし、巨大な鉄塊が火の玉となって爆散する。
「ぐわぁぁぁぁっ!?」
爆風の中、脱出装置が作動し、黒焦げになったガレッゾがコクピットから弾き出された。
彼は床を転がりながら、落ちていた「蒼いペンダント」を見つける。そして、負傷もお構いなく尋常ではない速度で這って移動しそれを掴み取った。
「ハァッハハ、こ、これさえあれば……!」
壁の穴から現れた残党たちが、ガレッゾを回収すべく援護射撃を開始する。
フレデリックはシオンを庇うため、追撃を諦めざるを得なかった。
「逃がしたか……!」
ガレッゾたちはペンダントを持ったまま、嵐のように去っていった。
後に残されたのは、崩壊した玉座の間と、静寂だけ。
「……シ…オン……」
虫の息となったガイウス王が、震える手でシオンを呼んだ。
シオンは炎を消し、這いつくばって父の手を握る。
「お父様! お母様が、お母様が……!」
「泣くな……シオン。お前は、王の子だ……」
王は血を吐きながら、最期の力を振り絞ってシオンの目を見つめた。
「秘宝を……取り戻せ。あれが悪人の手に渡れば、この世界は終わる……。民を、この美しいレイオンを……頼んだ、ぞ……」
「お父様……はいっ! 必ず、必ず取り戻します!」
王の手から力が抜ける。
瞳から光が消え、偉大なる父は静かに永遠の眠りについた。
「お父様…お父様…いやあぁぁぁぁぁ!!」
シオンは天を仰ぎ、獣のように慟哭した。
悲しみ、怒り、後悔、それらが涙となって溢れ出した。
彼女の素顔を隠していたローブのフードが下がり、涙に濡れた横顔があらわになる。
それを見た瞬間。
今まで無表情を貫いていたフレデリックの目が、驚愕に見開かれた。
「……なっ?」
時が止まったようだった。
彼が見ているのは、シオンではない。
死ねない剣士の心に深く突き刺さったトラウマだった。
『……心拍数急上昇、ストレス値増大、精神負荷検知……』
アルの電子音声だけがむなしく響いた。




