第四話
黒焦げになったはずの男が、煤を払いながら何事もなかったかのように立っていた。
シオンはその光景を前に、呼吸すら忘れていた。
「あ、貴方は……人間、なのですか?」
「見ての通りだ。……死ねない体質でな」
フレデリックは自嘲気味に笑い、自分の体を親指で指した。
死んでも、時間が巻き戻るように再生する体。シオンには無機質で冷たい現象に見えた。
『――対象の生体反応、正常値へ復帰。リセット完了です、マスター』
不意に、フレデリックの頭上――ドローンのスピーカーから、電子音声が響いた。
シオンがビクリと肩を震わせる。
「声……?」
「俺の相棒だ。挨拶はいい、仕事の話だ」
フレデリックは素っ気なく言うと、シオンの胸元へ視線を落とした。
ドレスの下から覗く、蒼く輝くペンダント。
『エネルギー波形、照合完了。……間違いありません。我々が探知していた「未知のエネルギー体」の反応源は、そのペンダントです』
フレデリックが一歩、シオンに近づく。
その瞳は、命の恩人のそれではない。獲物を値踏みするハンターの目だ。
「俺たちがここに来たのは、その石っころを回収するためだ。……察しが悪くはないだろ?」
シオンはハッと息を呑み、ペンダントを両手で強く握りしめた。
さっきの賊たちと同じだ。この男もまた、レイオンの秘宝を狙う略奪者なのだ。
「……渡しません! これは、父様から託された国の宝です!」
「だろうな。だが、お前一人でそれを守り切れるか? さっきみたいに暴発して自滅するのがオチだぞ」
痛いところを突かれ、シオンは言葉に詰まる。
森の向こうからは、依然として傭兵たちの怒号や、遠くで響く爆発音が聞こえてくる。王宮はまだ燃えているのだ。
(私がここで逃げても、お父様とお母様は……)
シオンは唇を噛み締め、決意を固めたように顔を上げた。
震える声で、けれどはっきりと告げる。
「……取引、しましょう」
「は?」
「貴方の目的がこのペンダントなら……差し上げます。ですが、条件があります」
シオンは燃え上がる王宮を指差した。
「お父様とお母様を助けてください! あの賊たちを追い払って、二人を無事に助け出してくれたら……その時は、これを貴方に譲ります!」
フレデリックは面倒そうに頭を掻いた。
「……だってよ、アル。どうする?」
『計算中……。現地の政治的トラブルへの介入は推奨されませんが、ペンダントの入手確率は、強奪するよりも譲渡された方が「安全」かつ「確実」です』
「チッ…こんな大立ち回りは想定外だ…」
フレデリックは、ため息をつきひと呼吸整えて少女に向き直る。
「いいだろう。その取引にのってやる、案内しろ」
「はいっ……!」
*
王宮の地下、ワインセラーの奥に隠された緊急脱出用の通路。
かつて幼い頃、父と一緒にかくれんぼをした思い出の場所を、シオンは呼吸を乱して駆け上がっていた。
「おい、足音をたてるな。死にたいのか」
「急がないと! お父様たちが……!」
背後からフレデリックが低く咎めるが、シオンの耳には届かない。焦燥感が理性を焼き切っていた。
通路の突き当たり。玉座の間へと通じる隠し扉の向こうから、男の怒声が聞こえてくる。
「――吐けよ! どこだ! どこに隠した!」
ガレッゾだ。その声には余裕がなく、悲鳴のような苛立ちが混じっている。
フレデリックがシオンを制し、音もなく扉を数センチだけ開けた。
隙間から見えた光景に、シオンは息を呑んだ。
玉座の間は惨状だった。
近衛兵たちの死体が転がる中、父ガイウス王が血まみれで椅子に縛り付けられている。
ガレッゾは王の手をサブマシンガンの銃口で押さえつけ、グリグリと体重をかけていた。
「王女に持たせて逃がしたのか? えぇ!? 答えねぇと、指全部へし折るぞオッサン!」
「……くっ、断る……。貴様らごときに……」
ガイウス王は苦悶の声を漏らしながらも、気丈にガレッゾを睨みつけている。
ガレッゾは顔を真っ赤にして地団駄を踏んだ。
「クソッ、クソッ! 時間がねぇんだよ! 手ぶらで戻ってみろ、俺がボスに殺されちまうんだ!」
ガレッゾは完全に追い詰められていた。
彼は血走った目で周囲を見回し、部屋の隅に転がされている気絶した女性――王妃エレナに目をつけた。
「そうだ、その女だ! その女を撃てば、口も軽くなるか!?」
ガレッゾが銃口をエレナに向ける。
それを見た瞬間、シオンの中で何かが切れた。
「お母様っ!!」
シオンは隠し扉を蹴り開け、フレデリックの制止も聞かずに飛び出した。
「おい、待て!」
「離れなさいっ!」
シオンが掌を突き出す。
激情に呼応して、蒼い炎が爆発的に噴き上がった。
だが、それは狙いを定めた攻撃ではない。ただの感情の暴発だ。
炎はガレッゾを焼くどころか、天井のシャンデリアを直撃し、灼熱のガラス片を部屋中に撒き散らした。
「うわぁっ!? な、なんだ!?」
「シオン……!?」
突然の爆発と王女の登場に、ガレッゾは恐怖で顔を引きつらせた。
彼はパニック状態で叫び声を上げながら、持っていたサブマシンガンをめちゃくちゃに振り回した。
「来るな! 化け物がっ!」
ダダダダダッ!!
狙いなどない、恐怖に駆られた乱射。
乾いた銃声が響き渡り、壁や床が弾ける。
その中の一発――不幸な流れ弾が、縛られたまま動けないガイウス王の腹部を捉えた。
「ぐ、ぁ……っ!」
「あ……お父様……?」
ガイウス王の体がガクリと揺れ、腹部から鮮血が広がる。
ガレッゾ自身も「あっ」と声を漏らした。殺すつもりはなかったのだ。人質としての価値がなくなるから。
時が止まったような静寂の中、重い銃声が一発だけ轟いた。
ズドンッ!!
「ぎゃあっ!!」
ガレッゾの手からサブマシンガンが弾き飛ばされた。
入り口に立つフレデリックが、硝煙を上げる銀の大型リボルバー『タウラス』を構えている。
正確無比な一点射撃。
「チッ……素人が戦場を掻き回すからこうなる」
フレデリックは冷たく吐き捨て、次弾を装填するために撃鉄を起こした。
その殺気に、ガレッゾは悲鳴を上げて王の脇をすり抜け、バルコニーへと逃げ出した。
「ひぃっ! こ、こんなところで死ねるかよっ!」
逃げていく背中。
だがシオンはそれを追うこともできず、崩れ落ちた父の元へと駆け寄った。
「お父様! お父様、しっかりして!!」




