第三十一話
(……再起動……システム、異常検知……)
視界にノイズが走る。
フレデリックの意識は、冷たいデータの海の中にあった。身体の感覚はない。あるのは、膨大な情報の奔流と、強制的に従わされそうになるプログラムの鎖だけだ。
だが、その鎖を引きちぎるように、視界の端で赤い警告灯が明滅した。
頭の中に流れる映像。
黒いサイボーグ達がシオンとガレッゾを銃撃しながら追いかけていた。そして、無数のロックオン・アラートが鳴り響き、自身にも銃口が向けられていることに気が付いた。
(……シオン)
フレデリックにはそれが夢なのか現実なのか判断がつかない。ただ、シオンやキャリコを撃たせるわけにはいかない……その思いが、四散しかけた意識を覚醒させ、銀色の死神に命を吹き込んだ。
俺のツレと船になにしやがる……!
システムが反応を示す。『捕獲対象の保護を最優先、脅威対象を全て排除』
ゼロのカメラが捉えたドローンやエコーズの戦闘艇が全てターゲットとして表示される。
邪魔するやつは、全員ぶっ潰す!
*
「早く! シールド展開!」
シオンの叫びと共に、キャリコは轟音を上げて監獄の排気ダクトを飛び出した。
だが、外は死の嵐だった。
タルタロスの最悪な自然環境と自動防衛ドローンに加え、エコーズ特務部隊の戦闘艇が執拗に食らいついてくる。
『シールド出力低下! 後方より熱源接近! ロックオンされました!』
アルの悲鳴に近い警告。
モニターには、キャリコのエンジンノズルを正確に狙う4機の戦闘艇が映し出されていた。回避機動を取る余裕はない。
「くっ……! 振り切れないの!?」
『無理です! 相手は最新鋭の戦闘艇! このままでは撃墜されます!』
「せっかく出られたのにこんなところで終わるのかよ!そんなのごめんだぜ!?」
終わった。誰もがそう思った。
戦闘艇からミサイルが放たれる。死の光がキャリコに迫る。
その時だ。
ドォォォォンッ!!
キャリコの背後で、凄まじい爆発が起きた。
「な、何!?」
シオンが外部モニターを確認する。
爆煙を突き破り、銀色の影が宙を舞っていた。
ユニット・ゼロだ。
背中のスラスター全開で飛び出したゼロは、放たれたミサイルを素手で掴み取り、そのままエコーズの戦闘艇へと投げ返したのだ。
『な……っ!? ゼロが、特務部隊を攻撃しています!』
「どういうこと!? 暴走してるの?」
シオンは目を疑った。
ゼロは止まらない。驚愕して動きの止まった戦闘艇に突っ込み、その鋼鉄の腕で翼をもぎ取り、コックピットを粉砕していく。
まるで狂った獣のように。あるいは、キャリコに近づく羽虫を払うかのように。
『予測不能!エコーズ艦隊やタルタロスの防衛網も混乱しています。 ゼロは暴走状態にある可能性が高いかと!』
アルが分析結果を叫ぶ。
シオンは、モニターに映る銀色の巨体を見つめた。
無差別に暴れているように見える。けれど、その背中は、キャリコへの射線を完全に遮っていた。
(……何なの、さっきまでは私たちを殺そうとしてたのに……)
不気味だった。理解不能だった。
だが、一つだけ確かなことがある。
『シオン様! 敵の包囲網が崩壊しました! 今なら突破できます!』
「……っ! 分かったわ! アル、全速力で!」
シオンは迷いを振り払った。理由なんてどうでもいい。この奇妙な暴走がくれた、千載一遇のチャンスだ。
「アル!ワープドライブ全開!一気にタルタロスを離脱するわ! 」
『了解! ワープドライブ、強制接続!』
キャリコのエンジンが唸りを上げ、空間が歪み始める。
景色が引き伸ばされていく中、シオンは最後にもう一度、モニターを見た。
炎上する空で、ゼロがたった一機、無数のドローンに囲まれながら立ち尽くしている。
その姿が、なぜかひどく孤独に見えて、シオンの胸がチクリと痛んだ。
(……なんだったの……それに……)
シオンはモニターからアルのホログラムに視線を移し出かかった言葉を飲み込んだ。
硫酸の雲を切り裂き、キャリコはタルタロス宙域から消滅した。
*
(……よし、無事に逃げたな)
フレデリックは、何もなくなった空を見上げた。
キャリコの反応が消えた。ワープ成功だ。
途端に、意識が遠退いていく。
無理やりオーバーライドしていた回路が限界を迎えていた。
(ま、いいさ……。あとは野となれ山となれ、だ)
フレデリックの意識は、深い闇の底へと沈んでいった。
再起動した制御システムが、感情のない機械音声で告げる。
『脅威判定、消失。……システム、スタンバイモードへ移行』
銀色の巨体は、噴き上がる黒煙の中に膝をつき、静かにその動きを止めた。
*
小惑星帯に隠されたカルマンディの兵器研究施設『グレイ・ファントム』。その最深部にあるメインラボは、異様な熱気に包まれていた。
「最大稼働時の出力は150%に到達しています!」
「理論値を遥かに超える数値です…一体どうなっているんだ…」
研究員たちはデータを確認しながら口々に信じられないと漏らす。
巨大なメインモニターには、タルタロス監獄が炎に包まれ、防衛網や戦闘艇が壊滅されていく映像が繰り返し再生されている。それを見上げる男、カルマンディは、あふれ出す笑いをこらえるために口を手で塞いでいた。
「あの男の戦闘データをゼロにコンバートできればと神経接続を試してみたが……まさかここまでの成果を得られるとは……」
想像を超える成果と戦闘データ。カルマンディは次期主力兵器の生産計画を頭の中で練り上げていく。
「まさに金のなる木だな……」
その視線の先にはヘッドギアを装着され、培養液に浸けられたフレデリックの姿があった。
「次は君の番だシオン王女……歓迎の準備をしないとな」
カルマンディは再び口元を抑え、身を震わせるのだった。




