第三十話
地下15階。特別重犯罪者収容区画。
その最奥にある独房の前で、シオンは足を止めた。
「……ここね」
『はい。生体反応あり。ガレッゾです』
電子ロックが解除され、分厚い扉がスライドする。
独房の中は薄暗く、部屋の隅で一人の男が膝を抱えて震えていた。
無精ひげを生やし痩せこけた頬。かつてレイオンを襲撃しシオンの両親を手にかけた男は、恐怖と裏切りへの絶望で変わり果てていた。
「だっ…誰だ? 俺を殺しに来たのかっ!?」
男が虚ろな目で顔を上げる。そして、シオンの姿を見た瞬間、ヒッと喉を鳴らして後ずさった。
「お、お前……レイオンの……!」
「久しぶりね、ガレッゾ」
シオンは冷ややかに見下ろした。
怒りが湧き上がる。今ここで引き金を引けば、復讐は終わる。胸の奥で黒い炎が渦巻く。
だが、シオンは銃口を向けたまま一歩踏み出した。
「……答えなさい。カルマンディの居場所は? フレデリックはどこへ連れて行かれたの?」
「……ハッ、そうか。あの不死身野郎はカルマンディに捕まったのか…」
ガレッゾの目に、悔しさがにじみ出る。「俺を捨て駒に手に入れたいもんだけ手に入れやがったのか…」ひとりごちるガレッゾにシオンは冷静を装い再度問いかける。
「もう一度聞くわ、フレデリックはどこに連れて行かれたの…?」
ガレッゾはしばらく考えたあとに静かに答えた。
「……教えてやってもいい。……だが、条件がある」
「条件?」
「ここから出せ。俺も連れて行け。……あの野郎、カルマンディに一泡吹かせないと死んでも死にきれねぇ!」
ガレッゾは鉄格子に縋り付き、唾を飛ばして叫んだ。
「アイツの兵器開発ラボまで案内してやる!だから俺をここから連れ出せ!」
「……っ!」
シオンの手が震えた。
こいつを助ける? 両親の仇であるこの男を?
心の奥底から憎しみがあふれ出し「引き金を引け」と叫ぶ。だが、その時、フレデリックとの会話が蘇った。
――「王女様が処刑人になる必要はない。それに、殺さずに裁く方法だってあるだろう」
(そうだ……私は復讐者じゃない。私はレイオンの王女。この男を殺すのではなく裁かなくてはいけない…!)
シオンは大きく息を吸い込み、冷徹な瞳でガレッゾを見据えた。
「……いいわ。その条件、呑んであげる」
「ほ、本当か!?」
「勘違いしないで。貴方のためじゃない。……私の相棒を助け出したら、貴女をレイオンの王女として裁く」
シオンが独房のロック解除パネルに手を伸ばした、その時だった。
ズドォォォォンッ!!
鼓膜を破るような轟音と共に、監獄全体が激しく揺れた。
天井のコンクリートが崩落し、瓦礫の雨が降り注ぐ。
「きゃあっ!?」
『シオン様、上です!!』
アルの警告に顔を上げる。
もうもうと立ち込める粉塵の向こうから、巨大な影が降りてきた。
銀色の装甲。無感情なレンズアイ。
悪夢は、終わっていなかった。
『……標的、確認。排除する』
ユニット・ゼロ。
アビスマーケットでキャリコを破壊しフレデリックを連れ去った死神が、瓦礫を踏み砕いてそこに立っていた。
無機質なレンズアイが赤く明滅し、シオンとガレッゾを捉える。
「ひぃっ!?カルマンディの新兵器!?なんでこんなとこに!?」
ガレッゾが腰を抜かして悲鳴を上げる。
『警告。ゼロのエネルギー反応、増大。……センサーに反応がなかった…なぜ単独でここに?』
(あの時と同じようなタイミング……それにアルが気付かなかった…『気付かなかった』…?)
シオンの困惑をよそに、通路の奥から新たな足音が響いた。
「動くな! 抵抗する場合は排除する!」
完全武装した黒い強化服の兵士たち――エコーズ特務部隊と、タルタロスの武装警備ドロイドが雪崩れ込んでくる。
「ターゲット確認! ガレッゾと侵入者一名、および所属不明のサイボーグ!ターゲット確保しつつサイボーグを排除せよ!」
特務部隊長が叫ぶと同時に、彼らは躊躇なく発砲した。
標的はシオンたちではない。ゼロだ。彼らにとっても、この銀色の侵入者はイレギュラーな存在らしい。
「排除する」
ゼロの機械音声が響く。
次の瞬間、信じられない光景が繰り広げられた。
ゼロが、ゆらりと上体を揺らした。
ただそれだけで、特務部隊の一斉射撃がすべて空を切る。
最小限の動きで回避し、流れるように懐へ潜り込む。銀色の腕が閃き、隊長の喉元に手刀を叩き込む。
「が……ッ!?」
さらに、背後から迫る警備ドロイドを、見向きもせずに裏拳で粉砕する。
「な……?」
シオンは息を呑んだ。
その動き。その足捌き。その呼吸のようなリズム。
見間違うはずがない。それは、シオンがこの数ヶ月間、隣でずっと見てきた――
「フレデリック……?」
だが、目の前にいるのは銀色の鉄塊だ。
ゼロは瞬く間に特務部隊を壊滅させると、ゆっくりとシオンに向き直った。
その構え。右手をだらりと下げ、左半身を前に出す独特のスタンス。
フレデリックの戦闘スタイルそのものだった。
「貴様……!」
シオンの胸の内で、熱い感情が爆発した。
AIによる学習? モーションのコピー?
ふざけるな。あの人の戦い方を、魂のない機械が真似ていいはずがない。
「よくも……フレデリックを愚弄したわねッ!!」
シオンは『ブラック・ガルム』を構え、引き金を引いた。
ズドンッ! ズドンッ! 重い発砲音が響く。だが、ゼロはそれを紙一重で避ける。まるで、射線が見えているかのように。
ゼロが距離を詰めてくる。速い。
銀色の拳が迫る。シオンは反射的に腕を交差させてガードするが、衝撃で吹き飛ばされた。
「ぐぅっ……!」
壁に叩きつけられる。だが、追撃は来ない。
ゼロは倒れたシオンを見下ろしているだけだ。急所を外している?
『捕獲対象、生存確認』
無機質な声。まるで、壊さないように加減して遊ばれているようだ。それが余計にシオンの怒りを煽る。
「ガレッゾ! 走って!」
「お、おう!」
シオンはガレッゾを立たせながら、再び銃を向ける。
カチッ。
乾いた音が響く。弾切れだ。
「しまっ……!」
絶好の隙。ゼロが踏み込んでくる。
避ける暇はない。リロードも間に合わない。
このまま捕まれば終わりだ。フレデリックも助けられない。
(嫌……! 諦めない!)
シオンは空になった『ブラック・ガルム』を強く握りしめた。
この銃は、三百年間彼が使っていた相棒。
(お願い、力を貸して!)
その願いに答えるようにドクンと鼓動を感じた気がした。
シオンは体内の蒼い炎を、指先を通じて銃へと流し込んだ。
フレデリックが銀のリボルバーで使っていたレールガンモードをイメージする。
銃身が熱を帯び、青白い文様が浮かび上がる。そして、空のシリンダーの中で蒼い光が渦を巻く。
物理的な弾丸ではない。純粋なエネルギーの塊。
「行けえぇぇぇ!!」
シオンの叫びと共に、蒼い光が銃口から迸った。
――蒼い弾丸。
ドォォォンッ!!
轟音。蒼い閃光がゼロの頭部に直撃した。
熱による溶解ではない。凝縮された衝撃が、ゼロの巨体を砲弾のように吹き飛ばし、後方の壁ごと粉砕した。
『損傷甚大。システム、再起動……』
瓦礫に埋もれたゼロの眼光が消える。
シオンは湯気を上げる『ブラック・ガルム』を下ろし、荒い息を吐いた。
「……やった」
『シオン様、今です! 敵の再起動まで120秒! その隙に脱出を!』
アルの声で我に返る。
シオンは腰を抜かしているガレッゾの襟首を掴んで引きずり起こした。
「行くわよ、ガレッゾ! 置いてくわよ!」
「ひぃぃ! 待ってくれぇ!」
二人は全速力で通路を駆け抜ける。
背後で、瓦礫が動く音がした気がした。だが、振り返らない。
今はただ、この地獄から抜け出し、次なる戦場へ向かうために。




