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XROSSPHERE~クロスフィア〜蒼の王女と不死身の剣士  作者: 東山小月
第六章:『監獄の死闘、芽生える疑心』
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第二十八話

 ハイパースペースを疾走する『キャリコ』のブリッジは、深い静寂に包まれていた。

 流れる星々の光が青白い縞模様を描く中、シオンは一人、メインコンソールに表示されたホログラム映像を凝視していた。

 それは、アビスマーケットでの戦闘記録だった。


「……やっぱり、おかしいわ」


 シオンの指先が、空中に浮かぶタイムラインをなぞる。


「アル。あの日、エコーズの艦隊が突入を開始したのは、私たちがドックを脱出した三十秒後……タイミングが『良すぎる』と思わない?」


『……どういう意味でしょうか、シオン様』


 アルの返答には、いつもの軽妙さが欠けていた。シオンはそれに気づかず、鋭い眼差しでデータを指し示した。


「見て。エコーズの艦隊は、突入の十分前から小惑星帯の陰に展開していた。彼らの戦力なら、ゼロが私たちを襲っている最中に介入できたはずよ」

「なのに、彼らは動かなかった。まるで、フレデリックが『負ける』のを待っていたかのように」


 シオンの言葉は、恐ろしい仮説へと近づいていく。

 そして、もっと不可解なのはその直後だ。


「あの包囲網の中で、カルマンディとゼロ、そして重傷を負ったフレデリック……彼らだけが、煙のように消えた。いくら混乱に乗じたとはいえ、蟻の這い出る隙間もなかったはずの包囲網を、どうやって?」


 それはまるで、手品だった。

 観客の目を釘付けにしている間に、舞台裏でタネと仕掛けが動いていたかのような、作為的な気配。

 シオンは顔を上げ、隣に佇むアルのホログラムを見つめた。


「アル、貴方の分析は? 貴方の計算能力なら、この不自然な空白の答えが出ているはずでしょう?」


『…………』


 アルの光が、一瞬だけ不規則に明滅した。


『……データ不足です。敵が未知の転送技術を使用したか、あるいは……私のセンサーがキャリコへの攻撃で誤作動を起こしていた可能性が高いかと』

「誤作動? 貴方が?」


 シオンは怪訝そうに眉をひそめた。戦略分析に長け、こちらの数手先を読み行動するアルが、そんな言い訳をするなんて。


「……そう。貴方がそう言うなら、そうなのね」


 シオンは追求をやめ、再びコンソールに向き直った。

 だが、胸の奥に芽生えた黒い種――エコーズへの、そしてニールへの疑念は、消えるどころか根を張り始めていた。彼らは本当に「正義の味方」なのだろうか? 私たちは、何か大きな盤上で踊らされているだけではないのか?


(今は考えても答えは出ない。……焦ってはダメ)


 シオンは小さく首を振り、思考を切り替えた。

 疑念の正体を暴くため、そして大切な相棒を救うためにも、今は唯一の手がかりをもつ男――ガレッゾに会わなければならない。


「あとどれくらいで着くの?」


『……まもなくです。監獄惑星タルタロス、宙域に入ります』


 シオンはコンソールの窓から、漆黒の宇宙を見据えた。

 その瞳には、もう迷いも涙もなかった。あるのは、真実を掴み取るための冷徹な光だけだった。


          *


『ワープアウトまで、3、2、1……到達』


 空間が歪み、星々の光が線となって流れ去る。

 『キャリコ』が実体化したのは、禍々しい赤黒いガスに包まれた巨大な惑星――監獄惑星タルタロスの衛星軌道上だった。

 眼下には、無数の監視衛星と自動迎撃砲台が、惑星を覆うように張り巡らされている。


「……すごい数。まさにネズミ一匹通さない感じね」


 シオンが息を呑む。


『正規ルートでの接近は不可能です。ですが、私たちにはオルトゥージャで得た新たな装備があります』


 アルの冷静な声と共に、コンソールに『STEALTH MODE: ACTIVE』の文字が躍った。


『光学迷彩および熱源遮断フィールド、展開。……これより、防衛網の隙間を縫って大気圏へ突入します』


 キャリコの船体が周囲の星空と同化し、その姿を消す。

 オルトゥージャの職人たちが、今は無き星間連合軍の技術を再現して搭載した新機能だ。

 シオンは固唾を飲んでモニターを見つめた。レーダーには、赤く点滅する敵の索敵範囲が迫ってくる。

 接触まで数秒。もし見つかれば、数百門のレーザー砲が一斉に火を噴く。


(お願い……!)


 キャリコは幽霊のように、監視衛星の真横を滑り抜けた。

 アラートは鳴らない。砲台もピクリとも動かない。


『……通過。防衛網を突破しました』

「やったわね! さすがオルトゥージャの技術力!」

『油断は大敵です、シオン様。本当の地獄はここからです』


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