第二十七話
会議が終わり、技師たちが慌ただしく準備に散っていった後。ドックの片隅で、長がシオンとアルを呼び止めた。
「お嬢ちゃん。……ちと、これを持って行ってくれないか」
長が差し出したのは、古びた、しかし艶のある重厚な木箱だった。シオンが不思議そうに受け取る。ずしりとした重みがある。
「これは?」
「開けてみな」
シオンが留め金を外し、ゆっくりと蓋を開けると赤いベルベットの緩衝材の中に、一丁の拳銃が鎮座していた。
それは、飾り気のない、無骨なリボルバーだった。この前までフレデリックが使っていた銀色のリボルバーとは違う。全体が漆黒の「黒鉄」で造られ、木製のグリップは使い込まれて飴色に輝いている。
「これは……」
『……ブラック・ガルム。懐かしいですね』
アルが感慨深げに呟いた。
『これは、マスターが私と初めて出会った頃に使っていた銃です』
「フレデリックの、昔の銃……」
以前、アルに見せてもらった2人が出会った時の記録映像。
そこに映っていた銃だった。
「長年使い込んでガタが来ていたもんでな。少し前、旦那がこいつを『フルメンテナンス』に持ってきたんだ。『銀の方は便利だが、たまにはコイツも手入れしてやらねえとな』ってな」
長老は懐かしそうに目を細めた。それは、ただの道具ではない。フレデリックの歴史そのものだ。本来なら、メンテナンスを終えて彼の手元に戻るはずだった相棒。
『シオン様。その銃を、貴女が持っていてください』
アルが真剣な声音で提案した。
『貴女の「蒼い炎」は強力ですが、燃費が悪く、精神状態に左右されやすい。先の戦いのように、力を行使できない時に無防備になります』
シオンは唇を噛んだ。
『だからこそ、物理的な「牙」が必要です。力が尽きても、引き金を引けば弾が出る。その単純な頼もしさが、極限状態で貴女を支えるはずです』
シオンは木箱からリボルバーを取り出した。重い。ズシリと手首にかかるその重量感は、ただの鉄の塊ではない。数百年もの間、フレデリックと共に戦場を駆け抜け、数え切れないほどの修羅場を潜り抜けてきた「時間」の重さだ。
グリップを握った時、ドクンッと鼓動を感じた気がした。
黒いリボルバーから何かが流れ込んでくるような感覚……初めて持ったはずの銃なのに不思議と手に馴染んだ。
「借りるわね、フレデリック」
シオンはリボルバーをホルスターに収めた。
「あなたが帰ってくるまで、この子は私が預かるわ。……あなたの代わりに、私がこれで道を切り開く」
シオンの瞳に、迷いはもうなかった。黒いリボルバーを腰に、彼女は戦いの荒野へと踏み出す。
*
それから数時間後。修復を終え、真新しい輝きを取り戻した『キャリコ』のコクピット。
シオンはパイロットシートに深く身を沈め、シートベルトを締めた。目の前のメインモニターには、発進シークエンスのステータスが次々とグリーンに変わっていく様子が表示されている。
『全システム、オールグリーン。動力炉出力、臨界点へ到達。……準備はよろしいですか、シオン様』
アルの声が、船内に凛と響く。シオンは大きく一つ深呼吸をして、操縦桿を強く握りしめた。
「ええ。……行きましょう、アル」
彼女の視線の先、地下ドックの天井ハッチが重々しい音を立てて開放されていく。そこに見えるのは、オルトゥージャの赤錆色の空ではなく、そのさらに向こうに広がる無限の星海だった。
『イエス、マイ・レディ。キャリコ、発進!』
ドゴォォォォォッ!!
メインスラスターが蒼い光を噴出する。猛烈なGがシオンの身体をシートに押し付け、鋼鉄の船体が一気に宇宙へと駆け上がっていく。
目指すは銀河の掃き溜め、監獄惑星タルタロス。最強の「相棒」たちの奪還の旅が、今、始まる。




